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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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64:作戦の全容











 《エリクトニオス》の回収および修理の依頼をし、更に蓄積された資料を開発者に受け渡したカインとアウルは、緊張を解いた表情で研究所の中を進んでいた。

他の都市では気味悪がられていた二人も、このカルシュオの研究者には好意的に受け入れられている。

将軍ジェネラリス》を倒したファルティオンの聖女一行である事もそうだが、カインは危険な実験に付き合ってくれた人物として、アウルは《操縦士ヴェルソー》を見分ける技術を提供してくれた人間として認識されているのだ。

どちらもレームノスにとっては価値の高い技術であり、開発国家の人々にとっても非常に興味深い内容である。

下手をすれば、技術提供に対する感謝の方が比重が大きい可能性すらもあった。



「しかしまぁ、あそこまで態度が違うと何か逆に変な気分だな」

「感謝される分には悪い気はしないんですけどねぇ」



 ああも少年のように輝く瞳で見つめられては居心地が悪いと、カインとアウルは苦笑する。

とはいえ、その視線の行き先は、二人に対してではなく新たな技術に対するものであったのだろうが。

どちらにした所で、恐怖の感情を向けられる事には慣れていても、感謝を向けられる事には慣れていない二人だ。

こそばゆい感覚は禁じ得ず、苦笑となって零れ出ている。



「……ま、害は無いしどうでもいいがな。で、この後はどうするんだった?」

「はい。作戦決行までもうあまり日がありませんから、これから作戦会議になるはずです。リーゼ様の元へと向かえばよい筈ですが――」

「どーも、向こうから近づいてきてるみたいだな」



 アウルの言葉を繋ぐように、カインは軽く肩を竦めながらそう口にする。

リーゼファラスの力と気配は強大だ。同種の力を持つ者ならば、すぐにでもその存在を察知できるだろう。

無論、隠そうと思えば隠せるのだろうが、リーゼファラス自身にそのつもりが一切無いのである。

堂々と正面から乗り込んで粉砕する。それこそが、リーゼファラスの好む戦闘方法であった。

普通に考えればただの愚かな行動であるのだが、リーゼファラスに関してはその限りではない。

あらゆる存在を正面から叩き潰せるだけの圧倒的な能力と、それ相応の実力を併せ持っている。

とはいえ――今回の作戦は、そうそう気配を垂れ流しにする訳にも行かないだろう。



「なあ、アウル」

「はい、何でしょうか?」



 こつこつとブーツが床を叩く音の中、カインはぼんやりと中空を見上げながら声を上げる。

殆ど上の空のその言葉――しかし、囁かれる言葉の中には、どこか鋭い気配が存在していた。



「星天の王ってのは、お前は見たのか?」

「……」



 カインの言葉に、アウルは閉口する。

答える事を躊躇った訳ではない。彼の言葉の中に含まれる意図を、その一瞬で察してしまった為だ。

と言うよりも、カインが強者に対して興味を持つのは、たった一つの理由のためである事に他ならない。

そしてそれは、アウルにとっては簡単には受け入れられない事柄であった。



「いえ、私は目にしておりません。私も、リーゼ様の本気を目にして見たいとは思うのですが」

「その距離にいたら巻き込まれかねんような戦闘になるって事か?」

「見た事が無い以上、私には何とも言えませんね」



 超越者の力の本質がなんたるか――それは、その領域に辿り着いていないアウルには理解し得ない感覚だ。

しかし、リーゼファラスとジュピターによって見出されたこの黒き死神ならば、それを理解できてしまうのかもしれない。

そこに辿り着いたとき、果たして彼はどうなってしまうのか。それは、誰にも分からない事だ。

若干の憂鬱さを感じ、アウルは小さく嘆息を零す。

幸い、彼女はカインの後ろをついて来ている為、その仕草が気づかれる事はなかったが。



(……出来る事なら、教えて欲しいですリーゼ様)



 この先、果たしてどうなってしまうのか。

神ならぬ身には分からぬそれに、アウルは祈るように目を閉じていた。

と――その瞬間、アウルは不自然な気配を感じて眉根を寄せていた。

周囲に感じ取れるのは、リーゼファラスの放つ強大な気配。しかしそれ以外に、何か奇妙な気配が混じっているように感じられたのだ。

具体的には言語化する事が出来ない、ただ奇妙としか形容が不可能なそれに、アウルは首を傾げながら声を上げる。



「あの、カイン様。何か妙な気配を感じませんか?」

「何? ……いや、分からんが。確かなのか?」

「そうですか……いえ、もう感じられませんし、気のせいだったのかもしれません」



 言葉通り、既にその気配は跡形も無く消え去ってしまっている。

元々、リーゼファラスの気配の中に埋没する程度のそれだ。ただの気のせいだったと言うほうが、まだ納得できるというものである。

具体的な位置を特定する事も出来ず、今から辿る事も不可能だ。

となれば気にしていても仕方ないと、アウルは軽く肩をすくめて気を取り直していた。

それよりも今は、主との再会に集中しなくては、と……入り口の辺りに見えた姿に、アウルは気を引き締める。



「リーゼ様、ただいま戻りました」

「ええ、お帰りなさい」



 本来ならば、従者である己が先に主の下へと出向くべきであろう。

しかし良くも悪くも、主であるリーゼファラスは変わり者であった。

自ら従者であるアウルのいる場所へと足を運んだリーゼファラスは、背後にミラとウルカを引き連れながら、穏やかな笑みを浮かべてみせる。



「色々と話すべき事はありますが……まずは、遠征お疲れ様でした。よく働いてくれましたね、アウル」

「光栄です、リーゼ様」



 リーゼファラスの言葉に対し、アウルは恭しく礼をする。

色々と変わった人間なれど、主からの賞賛はアウルにとって非常に重要なものだ。

そしてリーゼファラスもまた、社交辞令としてではなく、素直にアウルの事を賞賛する。

元より、《奈落の渦》というものを徹底的に敵視している彼女だ。

此度のアウルとカインの働きは、リーゼファラスにとっても非常に嬉しいものだったのだ。



「さて……ミラ。今後の話について、ここで話してしましょうか」

「ん、そうね……まあ、私たちの国にとっての機密って訳じゃないのだし、それほど問題はないのではないかしら?」

「かと言って、周りに聞かれていい話って訳でもないと思いますけど……」



 リーゼファラスとミラの言葉に、ウルカが若干苦笑を零す。

その言葉の中には緊張や隔意と言うべきものは存在せず、少年はただただ自然体だった。

上層そのものに敵意を持っていたウルカは、ミラやリーゼファラスに対しても常に若干の警戒を残していたのだが、今はそれがなくなっている。

その事に気付き、カインはわずかに目を細めていた。

しかしそれを茶化すような事もなく、カインは僅かにくつくつと笑いを零すと、ぐるりと周囲を見渡していた。

カインは政治的な取引にこそ殆ど関わっていないものの、技術者研究者とはそれなりに顔を合わせており、この建物内には知り合いもいる。

故に、ある程度はこの建物の間取りも把握していたのだ。



「ふむ……よし、あの辺に会議室があるはずだ。そっちで話すってのはどうだ?」

「成程、それはちょうど良さそうですね。では、そうしましょうか」



 カインの提言に、リーゼファラスは頷く。

いくら機密でないとはいえ、廊下で立ち話をしながら話すような内容ではない。

カインの案内の下、その会議室へと向かいつつ、リーゼファラスは自らの隣に戻ってきたアウルに対して問いかけていた。



「アウル、あの少年……出会った時はどうでしたか?」

「彼ですか……掴み所が無い、という言葉が最も当てはまると思います。後は、常に何らかの能力干渉が働いているのを感じました」

「やはり、常時発動型の能力……まあカインの場合はイレギュラーですが、それと似たようなものであると?」

「はい。常に気配が希薄というか……むしろ、彼の気配が『気にならなくなってしまう』という感じです」



 その言葉に、リーゼファラスは視線を細める。

カインのように、何らかの回帰リグレッシオンが常時発動している訳ではない。

だが、常に精神干渉に類する能力が発動しているのは、それだけでも脅威に値する事柄であった。

他者の能力干渉に対して耐性のある《拒絶アブレーヌング》の使い手、リーゼファラスはその効果から脱する事も難しくなかったが――



(注意しておかねば、なりませんね)



 胸中で小さく決意の言葉を零し、リーゼファラスは顔を上げる。

カインの案内する会議室は目の前。今は、新たな能力者に関して話しているべき時ではない。

足を踏み入れた会議室は、あまり広くはない休憩室程度のものだった。

とはいえ、今いるメンバーは別段体裁を気にするような人間でもないため、あまり大きな部屋は必要ない。



「ふむ……じゃ、二人に説明するわよ」



 適当に椅子に腰掛けたミラは、同じく腰掛けたカインと、彼とリーゼファラスの間に立つアウルへと視線を向ける。

一ヶ月ほど会っていなかった相手であるのだが、二人には全くと言っていいほど様子の変化は存在しない。

再会を喜ぶ言葉すらないのは、この一ヶ月間それだけ二人が楽しんでおり、時間の経過を殆ど感じなかったという事なのか。

あまり益体もない想像をしながら口元を引き攣らせつつ、ミラは声を上げる。



「今日より三日後、私達はレームノスの戦力を引き連れてファルティオンに帰還するわ。その際、向かうのはパルティナではなく、そことテッサリアの間にある村落の跡地よ」

「ん、パルティナじゃないのか。その跡地とやらは前線基地か何かか?」

「というよりも、これから前線基地にするのよ。現在、ファルティオンの戦力がその地に到着し、駐屯地として整備しているわ。私達はそこへレームノスの技術者達を引き連れ、その村落を兵器を搭載した要塞へと変貌させる」



 ミラの告げた作戦に、カインは一瞬目を見開き――そして、どこまでも楽しそうにその表情を笑みの形へと歪めていた。

距離のある出撃の場合、途中に駐屯地を作るのは当然だが、そこを要塞化するにはそれなりに資材や手間が掛かるものだ。

ミラはそれを、レームノスに対して協力を取り付けたといったのだ。技術力に特化した、このレームノスに。



「私達がレームノス側に交渉したのは、兵士としての戦力ではないわ。正直な所、ファルティオンには一騎当千と呼べる戦力があると自負しているわ」



 ちらりとリーゼファラスの姿を視界に入れながら、ミラはそう口にする。

今のミラは、リーゼファラスの戦力を実体験に基づいて評価している。

即ち、現状のチームの戦力であれば、少なくとも《将軍ジェネラリス》二体を同時に相手にすることも可能だと考えているのだ。

しかし、軍勢で行動する以上、後方支援はどうした所で必要となる。

食料や帰る場所がなければ、大規模な軍勢は戦えなくなってしまうのだ。



「一応、こちらも傭兵を雇っているしね。移動砲台も配備してもらっているし、それらの扱いに兵士を配備してもらうつもりではあるけど……実際の所、レームノスに対して人数的な要求はあまり多くを望んではいないわ」

「成程な。ま、確かに十分だろう。リーゼファラスを出し惜しみしなければ、十分押し切れる範囲だ」

「貴方が偉そうに言う事ではないと思いますが……まあ、私も同意しますよ。全力を出すつもりはありませんが、手は抜きません」



 リーゼファラスからすれば上層の人間――というよりも上位神霊以外の契約者がどうなろうと気にする事ではないが、国が敗北する事は認められない。

その為であれば、力を尽くす事も否とするつもりはなかったのだ。

そんなリーゼファラスの姿を見て軽く微笑みながら、アウルはミラに対して疑問の声を発する。



「けれど、《渦》の総大将を叩く準備だというのに、思ったよりも協力は少ないんですね」

「正直な所、うちとこっちの国では、戦い方のスタイルが根本的に違うのよ。ぶっつけ本番で、足並みを揃えて戦うのは無理と言っても過言ではないわ。だから、今回はある程度の協力に抑えて、こちらの貸しをとって置いて貰う事にしたのよ」

「……つまり、本番は東のコーカサスの方、って事か」

「奪還したテッサリアを防衛しつつ共同作戦の訓練……満を持してのコーカサス攻略。それが、ファルティオンとレームノスの総意よ」



 ミラの言葉に、カインとアウルは頷く。

元より、カインたちはジュピターの私兵である。彼の上位神霊の指示があれば、その通りに動くのが筋というものなのだ。

そしてその思惑が分かるというのであれば、それに従う事に否はない。

尤も――それが全てであるとは、二人も考えていなかったが。



「ま、俺は俺の仕事をやるだけだ。そっちはそっちで、何とかしてくれよ」

「……正直、戦いの最中まで勝手に動かないで欲しいのだけど。まあ、《将軍ジェネラリス》がいなければ貴方に力を借りる事もないとは思うから、どうしてもと言うならそうしなさい」

「了解。ま、状況を見てやるさ」



 にやりと笑みを浮かべ、肩を竦めるカイン。

その姿に対し、ミラは言い知れぬ不安を覚えていたのだった。





















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