63:再会
レームノス南端の都市カルシュオ、その北側の門の傍に、一台の魔力自動車が停車する。
無骨な形状をした大型の車、あちこちに傷やへこみの見えるそれは、破損しているというよりは歴戦の気配を漂わせていた。
その車の中より現れるのは、死神とメイドの二人組みであった。
「やれやれ……ようやく帰ってこれたか」
「何だか長かった気がしますねぇ」
街を出て一ヶ月以上、二人はレームノスの各地を回っていたのだ。
かと言って観光のような真似をする事は殆どなく、カインたちは日夜《操縦士》の駆除に奔走していた。
とはいえ、二人共敵を倒す事に対するモチベーションは高く、《操縦士》を狩る事に関しては楽しんでいたのだが。
時には協力し、時にはどちらが多く狩れるかを競い合いながら、二人はあらゆる都市で《操縦士》――に寄生された人間――を殺して周っていたのだ。
国からの依頼であるとはいえ、監督がなければとっくの昔に騎士団や警備隊に追われていただろう。
結果的にその監督らも、これ以上一緒にいたくないとばかりに帰還する二人からは距離を置いて、別の移動手段での帰還を求めていた。
「ま、恩は売るだけ売れただろ。俺らの仕事はこれで完遂って訳だ」
「そうですねぇ。これで《操縦士》を見分ける技術も更に向上するでしょうし、そちらもファルティオンに提供して下さるでしょうね」
レームノスの為政者達がカインやアウルに恩を感じているかどうかと問われれば、それは勿論その通りであろう。
霊的装甲を殆ど持たないレームノスの人間達にとって、《操縦士》は致命的な相手でもあるのだ。
一度取り憑かれれば決して助からず、持っていた記憶を利用される事によって操られ、更に犠牲者を増やしていく事になる。
神霊との契約によって霊的装甲を持っている契約者達はある程度耐える事が出来るため、ファルティオンでは上層部での被害はあまり目立たなかったが――
「知ってはいたが、厄介な相手だよなぁ」
「ですねぇ」
「まあ、俺らには関係ない話だが」
「ええ、全く」
大して気にした様子もない口調で、二人は肩を竦めながら街の中へと歩を進めていく。
二人からしてみれば、《操縦士》の被害など対岸の火事だ。
無論、神霊と契約を交わしておらず、霊的装甲を持たない二人が《操縦士》に襲われればただでは済まない。
カインに関しては、取り憑かれた事がないためどうなるかは分からなかったが、それでも取り憑かれないに越した事はない。
しかしながら、二人は《操縦士》に対して脅威を感じた事など一度もなかった。
――取り憑かれるまでに相手を殺せば済む話なのだから。
「とりあえず……しばらく仕事だったからと言って、別に休暇は貰えないんだよなぁ」
「まあまあ、いいじゃないですか。これからの仕事は、カイン様の目的に近づくためのものなのですから」
「ま、そうなんだがな」
ぼりぼりと頭を掻きながら肩を竦めるカインの後姿を見つめ、アウルは若干ながら目を細める。
カインの目的に近付く事は、即ちカインが“死”に近付く事を示している。
果たして彼は、どこまで生きて戦い続ける事が出来るのか――カインに執着するアウルにとっては、あまり考えたくない事柄だ。
けれど、悩んだ所で解決する問題ではない。それがカインの願いである以上、どうした所で曲げる事など不可能なのだから。
故に、アウルはそんな悩みを薄い笑みの下に隠す。主であるリーゼファラスにすらも、見破られないように。
「さて、と。まずはあの車を預けんとな……面倒だが、研究者共の所に行くか」
「はい。お供します、カイン様」
大型の魔力自動車である《エリクトニオス》は、そのまま街の中に入っていく事は出来ない。
元より、魔力自動車の開発元であるレームノスとはいえ、未だに街の中の道がそれ相応に整備されている訳ではないのだ。
情勢的に、魔力自動車の運用はあくまでも軍事目的であり、一般人にはあまり馴染みのない道具となっている。
故に、《エリクトニオス》を片付けるには、街の議会にある開発部に頼まなければならないのだ。
これまでも幾度か行ってきた作業に軽く嘆息し、カインは視線を上げる。
目に入るのは、オリュークスと同じように、街の中心に大きくそびえる巨大な建物。
「……もう少し、か」
僅かに感じる力の波動。距離があるためか、それは非常に薄い感覚だ。
しかし、それだけの距離があろうとも、カインは宿敵の気配を感じ取る事ができていた。
いずれは全力で戦う事になるであろう、『最強の聖女』の気配を。
「ああ、楽しみだ」
呟くカインの口元には――どこまでも、楽しそうな笑みが浮かべられていた。
* * * * *
「……ふむ」
「どうかしたの、リーゼ?」
ファルティオンからの報告に目を通していたミラは、部屋の片隅で本を読んでいたリーゼファラスの発した声に顔を上げる。
対するリーゼファラスは、窓の傍に置いた椅子に腰掛け、肘掛に頬杖を突きながら窓の外を見つめていた。
その視線は遥か遠く、街の北側の方角へと向けられている。
「……いえ、アウルたちが帰ってきたようでしたので。これで作戦の準備が整ったのかな、と」
「あら、到着したのね。大体予想通りぐらいかしら?」
「私の予想よりは若干遅い程度ですかね。大方、《操縦士》で遊んでいたのでしょう」
軽く肩を竦め、リーゼファラスは立ち上がる。
極秘ではあるが、カインは今回の作戦の要とも呼ぶべき存在なのだ。
早めに合流して話をしておくべきだろうと、リーゼファラスはそう判断していた。
そしてそんな彼女の考えを読み、ミラもまた小さく笑みを浮かべる。
「『最強の聖女』が下層の者をお出迎えなんて、ファルティオンの人間が聞いたら卒倒しそうね」
「それはいいですね、そんな様を見れたら面白そうです」
「やめてやりなさいな、可哀想だから」
リーゼファラスの言葉に苦笑し、ミラもまた立ち上がる。
その姿に、リーゼファラスは僅かに首を傾げた。
「貴方も行くのですか、ミラ。一応、仕事があったと思いますが」
「どちらにしろ、今度の作戦の話なのだから……揃っていた所で話した方が手っ取り早いでしょう」
「ふむ……まあ、それもそうですね。途中でウルカも拾っていきますか?」
「ええ、そうしましょう」
小さく微笑んで頷くミラの様子に、リーゼファラスは僅かに目を細める。
大きな戦いの前であり、さらに苦手としているカインと顔を合わせに行く場面。
にもかかわらず、ミラは非常にリラックスしており、穏やかな笑みすら浮かべている。
何か、心境の変化があったのか――僅かな間ながらも、リーゼファラスはそんな思考と共にミラの事を凝視していた。
そんな彼女の反応に、ミラは小さく首を傾げる。
「リーゼ、どうかしたのかしら?」
「……いえ、何でもありません。行きましょう」
どのような心境の変化であるかは分からないが、少なくとも悪い影響が出ている訳ではない。
雰囲気こそ柔らかくはなっているが、決して腑抜けているという訳ではないのだ。
肩肘張っていた部分が無くなり、より自然体で物事を見ている。
そんなミラの様子に、リーゼファラスは僅かに笑みを浮かべながら踵を返していた。
(感覚としては、鼻っ柱をへし折ってあげたような感じでしょうか。自分の力不足を知った分、より必要な事に目を向けられるようになったようですし)
今までのミラは、あまりにも高い場所を目指しすぎていたのだ。
しかし彼女は上を見上げるばかりではなかったため、そうそう躓く事は無かったわけだが――ついに、自分自身の限界と呼べるものを思い知った。
故にこそ、ミラは『無理な事は無理だ』と判断できるようになったのだろう。
(ふむ……友の成長を喜ぶとは、また新鮮な感覚ですね)
基本的に一匹狼で行動していたリーゼファラスが、新たに実感した感覚。
僅かばかりにこそばゆいそれに、彼女は小さく笑みを浮かべていた。
――他者を気遣うと言う、今までの己には無かった感覚に、気付く事無く。
「リーゼ、少し聞いてもいいかしら」
「はい、何でしょうか?」
追いつくように隣に並んできたミラに、リーゼファラスは首を傾げながら視線を向ける。
対するミラは、どこか遠くを見つめるような表情で、僅かに目を細めて声を上げる。
「今回の戦い、貴方はどうなると思う?」
「勝てるかどうか、ではなくですか?」
「ええ。正直な所……都市の奪還自体は、それほど難しい課題でもないと思っているのよ」
数多くの上位神霊契約者と、《将軍》を一対一で相手取れる三人の能力者。
この条件であれば、前回のように複数の《将軍》が存在していたとしても、テッサリアを奪還する事は可能だろう。
だが、と――ミラはリーゼファラスの瞳を見つめながら声を上げる。
まるで、その真意を量ろうとするかのように。
「私が気になっているのは、カインがどうなるのか。彼が記憶を取り戻したとして、それが本当に私たちにとっての益となるのか」
「……やはり、貴方も気にしていましたか、ミラ」
「当然でしょう。人格者であったならまだしも、あんな危険極まりない男なんだから」
廊下を歩き、階段を下りて、建物の外へと向かいながら――ミラは、嘆息と共に肩を竦める。
カインの失った記憶が、どのようなものなのかは全く分からないのだ。
記憶を取り戻した後の彼が味方であり続ける保障もなければ、そもそも記憶を取り戻せるかどうかすらも分からない。
先日のアルベールと言う少年も危険因子ではあったが、ある意味カインはそれ以上に危険な存在であった。
そんなミラの言葉に対し、リーゼファラスは僅かに逡巡するように目を閉じ、二拍ほど開けた後に声を上げた。
「……貴方の言う懸念は、確かにあります。彼が力を発現している以上、彼自身の願望が変わるはずは無いでしょうが……その方向性に変化が生じる可能性は否めません」
「それは、本当に大丈夫なの?」
「分かりません。ですが……ジュピター様は、何らかの確信を得ていたようです」
その言葉に、契約者たるミラは思わず目を見開いて歩を止めていた。
若干前に進み出て、ミラのほうへと振り返るリーゼファラス。
彼女の表情の中には、尊敬する上位神霊に対する僅かな疑念のようなものが存在していた。
そんなリーゼファラスの表情に、ミラは若干動揺しながらも問いを発する。
「それは、どういう事?」
「言葉通りの意味です。ジュピター様は、どうやらカインについて何らかの情報を持っているようですね」
「ジュピター様が、かつてのカインの事を知っていた? いえ、確かに力を持っているならば注目していた可能性もあるでしょうけど……一体いつから? どのタイミングでそんな事を?」
「分かりません。あの方の深謀は、私には量りきれない部分もありますから」
上位神霊たちの頂点たるジュピター。
その幼い見た目に反して、有する知識や思慮深さは非常に優秀だ。
尤も、本人曰く分け身であるために幼い姿になっているだけであり、本来ならばもっと大人の姿をしているとの事であったが。
「ですが、少なくともジュピター様は記憶を失う前のカインを……或いは、以前のカインを知る人物の事を知っているのでしょう。故にこそ、これだけ思い切った行動を取る事が出来ている」
「……貴方にも、心当たりは無いのね?」
「残念ですが……思い当たる節はありません」
首を横に振るリーゼファラスに、ミラは小さく頷いて、再び歩き始めた。
『最強の聖女』リーゼファラスと、『ケラウノス』ミラ。この二人が分からないというのなら、この街にいる誰もが分からないという事だ。
ひょっとしたら上位神霊たるヴァルカンが何かを知っている可能性もあるが、素直に話をするとも思えないため断念する。
下手にヴァルカンと接触する事は、ミラやリーゼファラスにとっても避けるべき事態であった。
「猊下は、知っているのかしらね」
「さて……しばらくの間は会う余裕などありませんし、気にしていても仕方ない事でしょうね」
否定はしきれず、リーゼファラスはただそれだけ口にする。
どうにした所で、今の時点では真実を知る手段などありはしないのだ。
二人は並んで嘆息し、玄関にあたる場所から外へと向かう。
その先にある中庭で剣を振るっているウルカの姿を発見し、僅かに笑みを浮かべてから――ミラは、太陽の浮かぶ方角へと視線を向けていた。
その方角にある自国の街には、今多くの戦力が集まっている事だろう。
「……出来るだけの事をやるしかない、か」
そう、小さく呟いて――ミラは、ウルカのほうへと向けて歩いて行ったのだった。




