表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
64/135

62:招集命令












 北都パルティナ。ファルティオンにおいて魔力機関車の通っている二つの都市の内の一つであり、北東の都市テッサリアから現れる《奈落の渦》の魔物たちを食い止める役割を負った場所。

現在、そこには数多くの契約者達が集結しつつあった。

主神ジュピターより告げられた、テッサリア奪還作戦に参加するために。

そんなパルティナの上層神殿、《プロセルピナ》の契約者たるザクロが長を務めるその場所の奥に、幾人かの人間が集まった部屋があった。



「済みません、少々遅れてしまいました」

「いや、構わんさ。貴方はクレーテの長なのだ、多少の間とはいえ都市を離れるとなれば、それだけ面倒な処理もあるだろう」



 部屋に入ってきたのは、白いローブに身を包んだたおやかな女性。

落ち着いた雰囲気を醸し出す聖女、アルテア・フィニクスに歓迎の言葉を投げかけたのは、既に机に着いていた蒼い髪の女性であった。

アルテアとは対照的に、鋭く張り詰めた空気を纏う凛とした女性。

切れ長の瞳に今は穏やかな色を浮かべた彼女、ネレーア・クレヌコスは、その口元を僅かに笑みに歪める。



「しかし……これだけの上位神霊契約者が一箇所に集まるなど、ここ十年以上はなかったのではないか?」

「うむ……我らが上位神霊契約者に選ばれてからは、初めての事ではないか?」



 アルテアが席に着くのと同時、その対面にいた女性が声を上げる。

黒い髪をベリーショートにした彼女は、隣に置いた長剣を手持ち無沙汰に揺らしながら、しかしぴっちりと背筋を伸ばしてネレーアの方を見つめている。

彼女の名は、ユノー・グラディウス。上位神霊マールスの契約者であり、此度の召集に応えて現れた聖女の一人だ。

現在この場にいるのは五人。

上位神霊エノシガイオスの契約者、水流と槍の使い手、ネレーア・クレヌコス。

上位神霊ディアーナの契約者、薬学と弓術の使い手、アルテア・フィニクス。

上位神霊アレースの契約者、戦略と剣術の使い手、ユノー・グラディウス。

上位神霊プロセルピナの契約者、影と暗殺術の使い手、ザクロ。

そして最後の一人が――



「……それはつまり、あたしに昔話をしろとでも言っているのかい、ええ?」



 この中では異彩を放つ、一人の女性。

残りの四人が未だ年若い聖女達が集まっている中、一人だけ老練なる雰囲気を醸し出す人物が存在していたのだ。

室内にあるにもかかわらず顔以外を鎧に包み、しかしその重量をものともせずに部屋の隅に立っている女性。

既に年の頃は五十を超えているであろう彼女は、あらゆる聖女達の中でも最も長く戦いを続けてきたと名高い、熟練の騎士であった。

ケレーリア・デーメテール。四十年近く前線で戦い続けている、最年長の聖女だ。

それは即ち、それだけの長い期間、彼女が五体満足で戦場を切り抜け続けてきた事を指している。

有する力は、あらゆる神霊の中で最も高い防御力を誇るとされる上位神霊ケレースの能力だ。

現場の人間からは、ミラやリーゼファラス以上の信頼を集める、実直な人物である。

そんな彼女はにやりと笑みを浮かべると、部屋の中を睥睨して声を上げた。



「ま、確かにそうさ。あのクソッタレな《渦》が現れるまでは、上位神霊契約者あたしたちは全員暇だったからね。こうして集まる機会もなかったわけじゃない」

「逆に言えば、《渦》が現れてからはその対応策に追われ続けているという訳ですね……こうして会うのが初めての方もいらっしゃいますし」

「そうだな。あたし達が暇な方が、世界は平和でいいんだろう……ま、今はそうも言ってられんがな」



 ケレーリアは、そう口にしてくつくつと笑う。

多くの戦場を経験しているが故に、その表情の中に緊張の色はない。

しかしながら、彼女は決して此度の戦いを軽く見てなどいなかった。

これだけの上位神霊契約者が一堂に会する――それは即ち、それだけ危険な戦場に直面していると言う事に他ならないのだから。



「あたしたち五人の他に、今代の『ケラウノス』のお嬢ちゃんと、それからあの娘が連れてる神霊ヴァルカンの契約者、だったか。それに加えて、あのリーゼファラスまで一緒ときた訳だ……集まった人間のうちの半分が死んでもおかしくないと、あたしはそう思うね」

「倒せない敵は無い、とでも言うかと思ったが……まさか、貴方がそこまで言うほどなのか?」

「テッサリアに関しては、まあ行けるかもしれんがね。だが……コーカサスは、あの化け物は一筋縄じゃ行かんだろうよ」



 ケレーリアは、肩を竦める。

そう、この中で知っているのは彼女のみなのだ。

コーカサスに座す《奈落の渦》が主、星天の王。かつて首魁とも呼べるその存在と、リーゼファラスが相打っていた事を。

そしてその戦場を、直接目にしているのも、この場では彼女のみなのだ。

故に、知っている。防御に長けたケレーリアだからこそ、疑うまでもなく理解しているのだ。

――己がどれだけの力を込めようと、彼の大敵の攻撃を耐える事は不可能だ、と。



「まあ、今回こんな作戦を打ち出したって事は、ジュピター様にもそれなりの勝算があるって事だろう。それを当てにするしかないだろうね」

「……そのような不確定な要素に縋らねばならないのは、私としては納得できん所なのだが」



 不満げな声を上げたのはユノーだ。

戦術、戦略に優れる彼女だからこそ、あらゆる要素はその手の中に納めておきたいと、そう考えていたのだ。

しかし、対するケレーリアはただくつくつと笑うのみ。まるで、子供の相手をしているかのように。



「無茶だよ。あんな化け物を紙の上に乗っけて計算するのは不可能だ。リーゼファラスも、敵の親玉もね。そうである以上、あたし達に出来るのはただ全力で戦う事のみだ。ただ、どっしりと構えてりゃいいんだよ、そこの小娘みたいにね」



 そうして笑う彼女の視線が向かった先は、机の上に突っ伏して眠っている一人の少女だ。

ザクロ――プロセルピナの契約者たる彼女は、昼夜逆転しているその生活習慣に違えず、今もすやすやと眠り続けていたのだ。

規則その他に厳しいネレーアやユノーが何も言わないのも、彼女がしっかりと仕事をしているが故である。

それだけ、夜の彼女は高い戦闘能力を発揮するのだ。

だが――この状況で眠り続ける事が出来る以上、肝の太さを疑う余地はなかったが。



「しかし、こんな子供が一人で大都市の防衛を行えるとは……神霊プロセルピナも、随分と謎に包まれたお方だ」

「現在では世界でもこの子だけでしたか……我々とてそう数がいる訳ではありませんが、流石に少なすぎますね」



 ユノーの言葉に、アルテアは眉根を寄せながらそう返す。

眉唾な話でもあるが、ジュピターがそう言っている以上は事実なのだろう。

上位神霊の契約者は元々そう多い訳ではないのだが、プロセルピナに関しては異常なほどに少ないのだ。

故にその能力は多くが謎に包まれており、更に使い手も秘密主義な人間が多いため、現在までにその詳細は殆ど明らかになっていない。

ザクロは、非常に貴重な存在なのだ。



「まあ、戦力になるんなら文句はないさ。相手が街中だって言うんなら、この子が利用できる影はいくらでもある。昼間でも、戦いには困らんだろうさ」

「ふむ、その通りだな。まあ、楽な戦いなどとは私も思っていない……頼りにさせて貰うとしよう」



 机に突っ伏すザクロの姿を眺め、ネレーアは小さく苦笑する。

影の中に引っ込んで寝ていないだけ、まだ真面目な態度である――とも取れるだろう。

流石に、そこまで好意的に取れる人物は少なかったが。



「ところで、招集の掛かった上位神霊契約者はこれで全てか?」

「うむ、今レームノスに行っている者たちを含めれば揃っていると思うが?」

「いえ……もう一人いらっしゃった筈ですよ。確か、ジュピター様が――」

「……ああ」



 アルテアの答えた言葉に――ネレーア、ユノー、ケレーリアの三名が曖昧な表情を浮かべる。

話は聞いていたのだ。ジュピターが、新たな契約者を募ったと言う話を。

上位神霊は契約者を選り好みする傾向があり、相応の魔力や魂を持った人間でも、契約できない場合は多々ある。

しかし、現在世界は危機的状況にあり、あまり選り好みしている場合ではない事も事実なのだ。

それ故に、何柱かの上位神霊は、以前よりも多くの契約者が確認されている。

ジュピターは未だに選り好みをしている側の上位神霊であったが――この度、その制限を解禁したのだ。

そして今回、それによって新たにジュピターの加護を得た者が存在する。

が――



「契約してからあまり時間が経っていない……そんな者がジュピター様の力を扱いきれるのか?」



 ユノーの零した言葉は、当然の疑問と言えるだろう。

上位神霊の力を扱えるからといって、無条件に強くなれる訳ではない。

今ここにいる者たちは、上位神霊契約者の中でも更に精鋭と呼べる聖女達だ。

神霊の力を完璧に操るために厳しい訓練を乗り越え、更に自己研鑽を欠かさぬ者達。

そうして長い間訓練を積んできたからこそ、彼女達は高い実力を有しており、同時に互いの事を認めているのだ。



「まあ、ジュピター様が選んだのだ。下らん人間ではないだろうよ」

「そうは言うが、ケレーリア殿。あのロズィーアと比べてしまうのは仕方ないと思うのだが」

「まあ確かに、あれほど模範的な聖女も珍しいがな……」



 ネレーアの言葉に、ケレーリアは軽く肩を竦める。

ミラ・ロズィーア=ケラウノス――彼女の事を知らぬ契約者は、ファルティオンには存在しないだろう。

『ケラウノス』の称号は、ジュピターに全てを認められた契約者は、本当にごく僅かしか存在しないのだ。

高い魔力と気高い魂、常に研鑽を忘れず高みを目指す努力家であり、あらゆるものに公平に対し立つ聖女。

故にこそ、ネレーアは苦々しく表情を歪める。



「何故あのロズィーアが下層の者などと……」

「ジュピター様の命令なのだ、あまり不平不満を口にするな、クレヌコス」

「……分かっている」



 ネレーアにとって、ミラは尊敬すべき契約者だ。

その実力もその気高さも、あらゆる点を認めているといっても過言ではない。

尤も、下位の契約者達のように偶像じみた憧れ方をしているという訳ではなかったが。

しかし、ただ一つ認められない点がある。それは、ミラが下層の人間達を積極的に護ろうとしている事だ。

そしてそれだけには飽き足らず、今の任務では、ミラは下層の者達と行動を共にしている。

それは、ネレーアにとってはあまりにも認めがたい事であった。



「だが、それでも言いたい事はある。あの神霊ヴァルカンの契約者だという小僧はまだいいのだ。だが、あの黒衣の男……何故ロズィーアは、あんな下賎な者を連れている!」

「落ち着いてください、ネレーア様」

「っ……!」



 机を叩くネレーアを、アルテアがそっとたしなめる。

その言葉に再び罵声を発しかけるも、彼女は何とかそれを押さえ込んでいた。

ユノーの言葉通り、今のミラはジュピターの命令に従って行動しているのだ。

その行動を批判するという事は、即ちジュピターの方針を批判する事に等しい。

感情では決して納得する事は出来なかったが、人一倍信仰心も高いが故に、ネレーアはあまり大きく批判的な言葉を発する事も出来なかったのだ。

と――



「……うるさぁい」

「む……済まん、起こしてしまったか」



 机を叩いた衝撃からだろう、のっそりと身体を起こしたザクロが、恨みがましい視線をネレーアへと向ける。

半分閉じかけたその視線に対し、軽く息を吐き出したネレーアは、素直に謝罪の言葉を発していた。

対するザクロは、しばしぼんやりと彼女の事を見つめ――おもむろに、声を上げる。



「……あの人、ミラちんより強いよ」

「――な、に?」

「リーゼファラス様と、同類の匂い。それっぽい、感じ」

「な、待て、それはどういう……っ!」



 端的といえば端的、しかしそれ故に納得しがたいザクロの言葉。

それに対し、ネレーアは声を詰まらせながらも身を乗り出し――瞬間、部屋の入り口が開いた。



「あら皆様、お集まりのようで。ジュピター様の契約者、レイクレア・キュロスが参りましたわ」

「……おいおい」



 ウェーブの掛かった長い金髪と、戦場の雰囲気には似合わぬドレス。

感じる魔力も確かに一級品。しかしながら、その姿にケレーリアは思わず嘆息を零していた。

あまり、戦場に慣れているようには思えない――と。

おまけに一番最後にやってきた事に対する謝罪も無しとなれば、不安な思いが生まれるのも当然だろう。



(……やれやれ、教育してやらなきゃならん小娘がまた一人、か)



 ネレーアが気を取られている間に机に突っ伏すザクロ、相も変わらず下層への敵愾心たっぷりなネレーア。

そして、このジュピターとの契約に酔っているとしか思えないレイクレアである。

実力こそ認め合って入るものの、協調性というものは全く無い。



「大変な仕事になりそうだね、こりゃ」



 そう呟くケレーリアの口元は――どこか、楽しそうな笑みにゆがめられていた。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ