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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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61:戦場の黒と白












「やれやれ、随分と仕事が多いもんだな」



 本日五匹目の《操縦士ヴェルソー》を抉り出して踏み潰し、カインは小さく嘆息を零す。

現在のところ、カインとアウルはレームノスの都市を巡り、国に巣食う《操縦士ヴェルソー》を仕留めて回る仕事をこなしていたのだ。

この一月の間に六つもの都市を回る事が出来たのは、偏に借り受ける事が出来た《エリクトニオス》による機動力のおかげだ。

遠い距離も悪路もあっという間に踏破する鉄の塊は、いくら魔力を吸われても問題ないというカインの性質も相まって、これ以上ないほどに便利な乗り物と化していたのだ。



「お疲れ様です、カイン様」

「おう、そっちもな」



 ざわめく周囲の人垣から、人の合間を縫うようにして現れたメイドに、カインは軽く手を振る。

対するアウルは、突然の惨劇に動揺している人々も、足元に倒れた人間の死体も一切気にせず、ころころと明るい笑みを浮かべる。

そのアンバランスな姿は、いっそ狂気すらも感じるほどだ。



「やはり、人が沢山いる所ではカイン様の方が効率がいいですね。直接目視で感じ取れる分、素早く対処できますから」

「と言っても、競争すればお前とほぼ同時ぐらいになるだろうがな。見分けてからの攻撃速度は流石だ」

「うふふ、ありがとうございます」



 例え人ごみの中であろうと、まるで速度を落とす事無く駆け抜ける事が出来る。

アウルの持つ戦闘能力は、純粋な意味でカインよりも高い。

ただし、能力を加味すればその限りではないが。



「さて……ここの《操縦士ヴェルソー》はあと何体いる? 一応、最初は六体と言ってたが」

「そうですね……ここから感じ取れる範囲では、見当たりません。元々、残り一体を見分けるのは難しいですし……」

「それでも、《指揮官プラエフェクト》とは繋がってる筈だろう?」

「まあ、そうなんですけどね」



 《操縦士ヴェルソー》は、互いに魔力による通信を行い、意思疎通を図っている。

また、魔物達の指揮権を持つ存在――即ち、《指揮官プラエフェクト》と《将軍ジェネラリス》が存在する場合、それらの魔物とも通信を行っているのだ。

魔力の流れを感じ取る事ができるアウルならば、それらを見分けて相手の位置を割り出す事も可能だが――当然、通信する相手がいなければ、魔力の流れも存在するはずがない。

近寄れば同種の魔力を察知する事も可能だろうが、遠距離から調べる事はできなくなってしまう。

故にこそ、逃げ出した《操縦士ヴェルソー》が一箇所に集合した所を一網打尽にするのがアウルの戦法であったが、相手もそれを学習し始めていたのだ。



「魔力検知装置の開発現場に一匹紛れ込んでいたのは失敗でしたねぇ」

「対応が遅れちまったのは否めないな。おかげで、からくりが一つバレちまった訳だし」

「まあ、通信の魔力形態を変える事は不可能でしょうし、仮に変えたとしてもまたパターンを覚えればいい訳ですし……それに、カイン様の感知方法までは対応できないでしょう」

「ま、そりゃあな」



 後片付けの担当である現地の兵士達に、カインはひらひらと手を振りつつ後を任せつつ、アウルを伴って歩き出す。

昼下がりの雑踏の中で殲滅に及んだのは、全くもって愚行だとしか言いようがないだろうが、カインがその辺りの事情を気にする筈もない。

周囲の人々への説明と対応に追われる兵士達には、もしもミラがこの場にいれば心の底から同情していた事だろう。

死神と殺人鬼――“死”を振りまく二つの災厄。

元より、彼らが人間の都合など気にする筈もないのだ。



「さて、どうする? 目を皿にして探してみるか?」

「カイン様としてはモチベーションがあるかもしれませんが、今日はそれなりに満足していますからねぇ」

「……まあ流石に、リーゼファラスほどの妄執は無いがな」



 肩を竦め、カインは苦笑交じりにそう口にする。

二人を恐れ、逃げるように道を開ける人々の姿など意にも介さず、唇の端を歪めながら。

《奈落の渦》に対して異常なまでの憎悪と敵愾心を抱いているリーゼファラス。

人間の姿をした物をバラバラに斬り刻む事に対して快楽を覚えるアウル。

そして、“死”を尊ぶが故に“死”を冒涜するものが赦せないカイン。

三者三様に、《操縦士ヴェルソー》を滅ぼす理由を持っているが、その意志については程度の違いが存在する。

《奈落の渦》に属するものは絶対に滅ぼさねばならないと、強く妄執にも似た思いを抱いているリーゼファラスは、どれだけ離れようとも決して諦めはしないだろう。

しかし、アウルの場合は自身の願望から生まれた敵対心であるため、ある程度その欲が満たされているのならば、必要以上に追う必要はないと考えているのだ。

尤も、リーゼファラスに命じられれば、最後の一匹であろうと絶対に逃さず追い続けるのだが。

そして、カインは――



「目の前にいたなら、必ず殺し尽くしてやるつもりではあるが……見えん所ではどうしようもないな」

「そうですか」



 さして興味も無い様子で、アウルは頷く。

事実、彼女はどちらでも構わないのだろう。アウルの目標はただ一貫しているのだ。

ただその為だけに、彼女はリーゼファラスに仕え、そしてカインと行動を共にしている。

ただ、それだけの事だ。



「ま、多少は連中に任せてもいいだろう。例の道具のテスト、やらせてやるべきだろうしな」

「あんな物で《操縦士ヴェルソー》を見分けられるんですかねぇ」

「さてな。俺にはただの救急箱にしか見えなかったが」

「ええ、私もです」



 レームノスの技術者達が作り上げた、白い箱のような道具。

実際、一番最初に作られた試作品も、白い箱であった――というよりも、ありあわせの道具を使った結果、救急箱の中に機材を詰め込む事になったのだ。

それだけ、レームノスの技術者達がどれだけ本気なのかが伺えるだろう。

アウルからもたらされた《操縦士ヴェルソー》を見分ける技術は、彼らにとってそれほどまでに革新的なものだったのだ。

今ではしっかりとした機材で作り上げられているが、結局外見は救急箱に統一される事となってしまった。

呼び方の通称も、現在の所は『救急箱』である。

ともあれ、どのような形であったとしても、《操縦士ヴェルソー》を見分ける装置が一応の形になった事は事実だ。

その運用試験も必要となるだろう。



(まあ一応、見分けられる事は確かめたしな……後は、それを使って兵が動けるかどうかか)



 一応ながら、道具の性能についてはカインとアウルで確認を取っている。

二人の感知能力に比べればいささか精度は低いものの、誰もが使える道具であり、更に量産も可能となっている。

後は、それを用いて兵士達が組織的に動く事が出来るかどうかが重要であろう。

これに関してはカイン達が口を出せる問題ではないため、彼らに一任している状態であった。

一応近くの兵に、後一匹いるかもしれないので注意するようにと伝え、カインはアウルを伴って適当に歩き出す。

特に目的のない、散歩のような行動であった。



「それにしてもカイン様、何だか楽しそうですね?」

「楽しそう? 楽しい、楽しいか……まあ、そうなのかもしれんな」



 呟き、カインは軽く苦笑を零す。

彼の脳裏にあるのは、常にテッサリア奪還作戦の事だ。

記憶を取り戻し、力の扱い方を理解すれば、リーゼファラスと戦う事が出来る。

その果てに自らが滅びるのであれば、それも本望であると――カインは、そう考えているのだ。



「まあ何であれ、力が増す事に否はない。その相手がリーゼファラスであろうと、或いは《奈落の渦》の王であろうと、俺の“死”に相応しい相手であれば文句はない。ああ、確かに楽しみだ」

「そうですねぇ……近付いてきてしまっているんですよねぇ」



 僅かに声のトーンを落とし、アウルはそんな呟きを零す。

カインにとって、“死”とは何よりも尊いものであり――自らの滅びすらも、救いの一つであると考えている。

しかし、アウルには殺人願望というものは存在しない。あるのはただ、己が欲を満たしたいという思いだけだ。

ただ美しいものを目にしながら、己が魂を満たしたいと考えているだけなのだ。

その最たる美しさのうちの一つ、カインという存在が失われてしまう事は、アウルとしても口惜しい事なのである。



「……カイン様。本当に、命を絶ってしまうおつもりですか?」

「あん?」



 響いた声に、カインは振り返る。しかしアウルは、そんな彼の死角を通るようにしながら、数歩前へと進み出ていた。

白味の強い銀色の髪を揺らし、振り返る彼女――その姿をようやく視界に納め、カインは息を飲む。

白く、長い髪。ひらひらと揺れる服。紫の瞳。そして――



「私は……死なないで欲しいです、カイン様」



 ――その、言葉。



『――死なないで、カイン』



 それは――いつか聞いた言葉と、同じもの。

それがいつだったのか、誰が口にしたのか、カインはその記憶を思い返す事は出来ない。

擦り切れてしまったのか、或いは永劫の世界の中に飲み込まれてしまったのか。

けれど、ただ一つ、たったそれだけ――生を望むその言葉だけは、カインの内側に残されたままだった。



「済みません、カイン様……私はどうしても、美しい貴方が失われてしまう事が惜しいのです。私の願いは、美しいものを目にする事……カイン様が失われてしまうのは、私にとっては辛い事です」

「…………」



 言葉を失い、カインは沈黙する。

生粋の殺人鬼たるアウルが、主であるリーゼファラス以外の人間に執着を見せた事。

そして、己のような破綻した存在に対し、その死を惜しむような人間がまだ存在した事。

咀嚼するのにいくらか時間が必要になるような驚愕と共に、カインは息を飲み――



(……まだ・・?)



 己自身の思考に対し、疑問符を浮かべていた。

死を惜しむような人間が、果たして存在するというのか。

何だかんだと話してはいるが、シーフェは納得済みである。そして、他にカインの死を惜しむような人間はいない。

ならば、『まだ』とは一体何なのか――



「……カイン様?」

「ん? ああ……まあ、何だ。その言葉はありがたいもんなのかもしれんが、どうしようもねぇよ。やる事は変わらねぇんだ。俺はただ、俺が死ぬ日まで突っ走り続けるだけだ」



 薄れた記憶の向こう側を、思い返す事は出来ない。

けれど、それだけは変わらないと、カインは自信を持って言う事ができた。

“死”は、救いなのだ。例えどのような形で訪れる事になったとしても――



「俺を殺せる相手に巡り会うまで、俺は戦い続ける。そしてそいつに敗れて滅びるまで、俺は挑む事をやめないだろう。俺が死なないとしたら、その最果てにまで辿り着いてしまった場合だけだ」



 それは即ち、かつて目にした彼の《魔王》と《女神》の領域にまで足を踏み入れる事と同じである。

流石にそこまで辿り着く事は不可能だろうと、カインはそう理解していた。

次元が違う、と。戦いすら成立する事はないと、理解していたのだ。

故に、カインは確信している。そこに至るまでの戦いの中で、己は果てる事になるのだと。



「まあ、そういう訳だ。お前もリーゼファラスを見ているなら分かるだろう。俺達は、決して止まれない」

「……はい」



 誰よりもリーゼファラスの近くにいるアウルだからこそ、それを理解している。

主に対して《女神》への信仰を捨てるように言った所で、天地がひっくり返ってもその通りになる事はないだろう。

カインにとっても、それは同じ事なのだ。

“死”を望む感情は、どのような言葉を掛けられたとしても消える事はない。

けれど――



(だが……俺はいつから、ただ“死”を望むだけじゃなくなった?)



 “死”は救いであった。

掃き溜めのような下層の底辺で、ただ死ぬ事だけを希望として生きていた。

それでも、自ら命を立つ勇気もなく、ただ緩慢に死を待つばかりであったはずだ。

けれど、今は違う。自ら命を絶つ事も、望むならば可能となっているはずだ。



(俺の死を望まない声は、お前は……一体、誰なんだ)



 ――誰かが、死なないでと口にした。

それ故に、カインが自ら命を絶つ事はない。

しかし、その声の主が誰なのか……それを知る術は、今のカインには存在していなかった。





















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