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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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60:不可思議な少年












「では改めまして……僕はアルベール。どこにでもいるような一般人だよ。どうぞよろしく」

「……リーゼファラスです。こちらの二人はミラとウルカ」

「了解了解、どうぞよろしく」



 軽薄な調子の少年――アルベールに、リーゼファラスは僅かながらに視線を細める。

奇妙。ただ、そうとしか形容のできない存在であった。

感じる力は大きくはない。先ほど一瞬だけ感じた《欠片》の気配も、注意していなければ感じ取れない程度のものだ。

しかし、その程度の能力で、超越者にして最上位クラスの《欠片》を持つリーゼファラスの力に対抗できる筈がない。

リーゼファラスの持つ《拒絶アブレーヌング》は、数多の種類がある《欠片》の中でも最上位。

あらゆる因果を歪める力を持つ、《白銀の魔王》と同種の能力なのだ。

その干渉能力は非常に高く、カインのように強い能力を持っていない限りは対抗できる筈がないのだ。



(防いだ訳ではありませんね。かといって、躱した訳でもない。彼は攻撃を喰らって、その後再生した)



 ――それも、カインすらも超えるような圧倒的なスピードで。

しかしながら、リーゼファラスは胸中でその考えを否定していた。

確かに、彼が元通りに復元された事は説明できるかもしれない。

しかし、リーゼファラスの足元からソファまで瞬時に移動した事に関しては説明ができないのだ。

高速で再生し、移動する。まるで二種類の能力を操っているかのように――



(……ありえない。複数の能力を持つという事は、他者の権能を……つまり超越者として己の眷属を持っている事に等しい。私以外に二人以上の超越者が存在するならば、ジュピター様が気付けないはずがない)



 《魔王》が己の力を含め八つの能力を自由自在に操れるように。

己が眷属を有しているならば、複数の能力を操る事も可能なのだ。

しかし、目の前の人物がそれだけの力を持っているとは、リーゼファラスにはどうにも考えられなかった。

こんな程度の人間が、そのような強大な力を持つなど――



(……?)



 ふと違和感を感じて、リーゼファラスは思考を止める。

何故、己の思考はこの少年、アルベールを見下したような結論を出そうとしているのか。

正体こそ分からないが、《欠片》の能力のみを見るならば、この少年は非常に優れている。

実際に力が弱いのか、それとも力を隠蔽していたのか、それは分からないが――たとえ感じ取れる力が弱いとしても、示した結果はそれ以上なのだ。

事実から目を背けるのは、ただ愚かな行為に他ならない。



(《拒絶アブレーヌング》による攻撃は、超越者すら再生に手間取るようなもののはず。二つの能力を持たないならば、何かもっと特殊な……概念的な干渉能力を持つ類かもしれない。それならば、下手をしなくともアウル以上。十分すぎる能力ですね)



 故にこそ己の思考が解せなかったのだが――これ以上沈黙を保っていても意味がない。

小さく息を吐き出し、リーゼファラスは改めて声を上げた。



「良く、ここまで足を運んでくれました。同じく力を持つ者として、嬉しく思います」

「へぇ」

「……何か?」

「いやいや、あの黒い人と同じく、面白い人だなーと思っただけだよ、うん」



 黒い人、というのはおそらくカインの事であろう。

彼以上に黒ずくめの人間など見た事がない、とリーゼファラスは肩を竦める。

しかしそれ以上に、今は彼の発言の方が気になっていた。



「私が面白い、ですか。ずいぶんと唐突な言葉ですね」

「そうかな? 僕と会話が成立するような人間なんて、そうそう存在しないのに。ああいやいや、正確に言うと人間じゃないのかな?」



 ますます疑問が増え、リーゼファラスは眉根を寄せる。

会話が成立しないとは、果たしてどういう意味なのか。そして、リーゼファラスが人間ではないという事を、何故知っているのか。

後者に関してはカインやアウルが教えたとなれば――二人が安易に口にするかどうかはともかく――納得できる事なのだが、前者に関しては全く意味が分からない。

それが能力に当たるものなのか――思考が迷走し始めている事に気づき、リーゼファラスは嘆息する。

どうにしたところで、話を進めなければ始まらないのだ。



「とにかく……あなたは、己の能力を自覚しているのですね?」

「うん、持ってるよ。と言っても、ここでは秘匿させて貰うけどね。まさか、無理矢理聞こうなんて思わないよね?」



 どこか皮肉った調子で、アルベールはそう返す。

己の力は秘匿するもの――それは、戦いの多いこの世界においては常識と言っても過言ではない。

契約している神霊や所持している武器は、基本的に他者へは公開しないものなのだ。

あの派手好きなカインですら、一度死に至るような傷を受けない限り、その能力を行使しない。

黒いファルクス程度ならば普段から利用しているが、あれも普通の武器として使用しているだけだ。



「別に、それに関してはどちらでも構いませんよ。私が問いたいのは別の事ですから」

「と言うと?」

「その能力を用いて、あなたが何を成すのかという事です」



 《欠片》の主は、変わった人間性を持つ者が非常に多い。

超越者に至っては、もはや人格破綻者と呼んでも過言ではないだろう。

世界そのものを変えたいと思うような強力な願い――それこそが、《欠片》の原動力となるのだ。

故に、使い手がどのような願いを抱いているのかを知る事は、その能力者がどれだけ強力な力を操れるのかを知る事にも繋がる。



「僕は……そうだねぇ」



 あまり光を反射しない、黒い瞳。

黒い髪と合わせ、どこかカインを思い浮かべるような容貌だ。

しかしながら、感じるものは全く違う。

カインが纏うものは圧倒的なまでの“死”だ。夜の闇のような、全てを飲み込む海底の深淵のような――あまりにも巨大な気配。

対するアルベールは、どこか“虚無”を感じさせる。虚ろなもの、何もなに虚空。空の果てにある無の地平。

酷く空虚なその色からは、何も感じ取る事が出来ないのだ。



「僕は、『僕』が欲しいかな」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

「んー、まあこれは僕の感覚だから、うまく言葉にはできないかな。悪いね」



 あまり悪びれた様子もなく、アルベールはそう口にする。

どこかわざとらしく、偽悪的にも感じるそれ。それに対して僅かに不快感を感じ――しかし、リーゼファラスはその感覚を消し去っていた。

あまり好意的に感じられる人物ではないが、相手の存在価値と己の感情は別問題なのだ。



「……では、我々に協力するつもりはないと?」

「いやいや、それは違うよ。僕は君たちに興味がある。そう、君たちだよ。カイン、そしてリーゼファラス」



 唐突に呼び捨てで呼ばれ、リーゼファラスは眉を跳ねさせる。

随分と無礼な言葉であり、あまり他者の態度を気にしないリーゼファラスも僅かに不快感を滲ませていた。

カインも似たようなものではあるが、あちらは他者を受け入れて大らかに話すのに対し、アルベールは相手を突き放しながら一方的に言葉を投げかけるだけ。

このような姿を見せつけられれば、規律や礼儀に厳しいミラが黙っていないだろう――そう考えてちらりと横を見たリーゼファラスは、さらに眉根を寄せる事となった。

ミラが、余所見をしながらぼーっと考え事をしていたのだ。

責任感の強い彼女にしては、あまりにも似合わぬその姿に、リーゼファラスは奇妙な不信感を覚える。



「私たちに興味があると……同じ力を持つ者として、ですか? それにしてはアウルの名前が挙がらなかったようですが」



 しかし、話を途中で途切れさせる訳にもいかないため、テーブルの下で僅かにミラの足を蹴る程度に済ませ、リーゼファラスはアルベールに対して問いかけていた。

はっとしたミラが佇まいを正す横で、リーゼファラスはじっとアルベールの瞳を見つめる。

深淵のごとき瞳からは、その真意を読み取る事は出来なかったが。

対するアルベールは、変わらず軽薄な調子で笑みを浮かべる。



「特にカイン、彼は素晴らしいよ。彼は誰に対しても平等だ。いや、誰どころじゃない……この世の全てに対して、彼は平等なんだよ。そして君も、僕の話を真っ直ぐと聞いてくれる……あはは、実に楽しいよ」

「……そうですか」



 その言葉の中に僅かな狂気を――即ち、願いとも呼べるものを感じ取り、リーゼファラスは視線を細める。

能力を持つ者の、ひいては超越者の原動力となるもの。その願いの片鱗が、その言葉の中に存在していた。

それを知りたいとは思うものの、直接聞いたところでこの皮肉屋な少年が口にするはずもないだろう。

短い会話の中で僅かながらに掴んだ彼の特徴に、リーゼファラスは内心で舌打ちしていた。



(平等、か。ある意味では、生じやすい願いですね)



 ミラの隣に座るウルカの事を思い浮かべながら、胸中で呟く。

上層、下層。神霊契約者の位階。この世界には、分かりやすく格差を生む状況が出来上がってしまっている。

アルベールもまた、そういった世界の中で翻弄されてきた人間なのか――いくらでも想像は出来るが、それを問うた所で答えは返ってこないだろう。

軽く嘆息し、リーゼファラスは声を上げる。



「では……貴方は、此度の戦いに協力してくれるという事でよろしいですね」

「うん、構わないよ。まあ、力は隠させて貰うけどね」



 積極的に戦闘には参加せず、戦ったとしても力は隠す――言外に告げられた言葉に、最早呆れも沸いてこないと、リーゼファラスは軽く首肯する。

どちらにしろ、そんな不確定な戦力に任せられる仕事などありはしない。

監視を外す訳には行かないだろうが、自分の身を自分で護らせる程度にしか使えないだろう。



「分かりました。それでは、詳しい話は追って連絡します」

「うんうん、了解だよ。それじゃあ、よろしくねー」



 最後まで軽い調子のアルベールに、これ以上話す事はないと、軽く息を吐き出してからリーゼファラスは立ち上がった。

再び軽く呆けていたミラとウルカが若干慌てた様子で立ち上がり、踵を返したリーゼファラスに続く。

そんな三人の背中に、軽い笑みを交えたアルベールの視線は、扉が閉まるまで刺さり続けていた。

――扉越しに視線を遮られ、リーゼファラスは深々と息を吐き出す。



(流石に、信用できませんね。力の成り立ちや位階を話すならば、《女神》様や《魔王》様についても話さなくてはならなくなる……流石に、それは話せませんね)



 アルベールは、拝謁を行う資格がある。

しかしながら、現状ではそれを認める事など出来はしない。

例え彼がどのような力を持っていようとも、彼の二柱には掠り傷一つ負わせられないだろう。

しかしそうだとしても、得体の知れない人間を、神の御前になど連れて行ける筈もなかった。



「……まあ、どちらにしろ観察は必要でしょうね。しかし、ミラ。話し合いの間に呆けているとは、貴方にしては珍しいですね」

「う……ごめんなさい、真面目に聞こうとは思っていたのだけど」

「いえ、不可解なだけです。カインならまだしも、貴方のような生真面目な人間がする行為とは思えませんから」



 規則や規律、そういったものに特に厳しいのがミラという少女だ。

カイン相手にもしっかりと話をし、説教をするような彼女が、重要な話し合いで注意力散漫になるとは思えない。

そういった面において、リーゼファラスは彼女の事を信用していたのだ。

しかし今回、彼女はアルベールの言葉を殆ど聞いていなかった。その事に対して、ミラはばつが悪そうに眉根を寄せる。



「ええ、本当にごめんなさい……何故だか分からないけど、どうしても話が耳に入ってこなかったのよ」

「聞こうとしていたのに、ですか?」

「そう。まるで、道端で交わされている会話みたい……聞こうと思っているのに、聞き流してしまう。本当に、訳が分からないわ」



 その言葉に、リーゼファラスは僅かに視線を細めていた。

或いは、それすらもアルベールの能力だったのかもしれないと。

そして、その干渉を無視して会話を続けていたリーゼファラスの事を、面白いと口にしたのかもしれないと。



(再生、移動、そして精神干渉……それらを総合した能力というより、副次的な効果が現れているだけと考えたほうが良さそうですね)



 想像すら出来ない、奇妙な効果の能力。

それを持つ少年の視線が、扉越しにすら己に向けられているのではないかと感じ、リーゼファラスは静かに己の中の警戒の度合いを引き上げていた。





















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