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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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59:新たなる資格者












 資格を持つ者――それは即ち、リーゼファラスやカイン、そしてアウルと同じく、《欠片》と呼ばれる特殊な力を持つ者たちだ。

そして、今現在存在する上位神霊たちもまた、かつてはこのような力を持つ人間であった。

異なる力を操る資格を持つ者、人の理を超えてゆく資格を持つ者――そして、《魔王》と《女神》との拝謁を行う資格を持つ者。

その言葉には様々な意味があるが、纏めて言ってしまえば、彼らは神霊契約とは異なる強大な力を持ち、この戦いにおいて鍵となるような存在なのだ。

しかしその数は非常に少なく、現状ではリーゼファラス、カイン、アウルの三名しか確認はされていない。

探せば存在する可能性はあるが、この力が宿る条件などは存在しないため、探し出すのは至難の技なのだ。

仮に宿っていたとしても、強い魂がなければ力を扱いきる事など出来はしない。

そのどこまでも小さな条件を満たしたものこそが、超越者たるリーゼファラスなのだ。



「……そんな貴方達のような力を持つ者が、もう一人見つかった?」

「ええ、まあ……私も驚きましたが、報告にはそうありますね」

「そもそも、そういうのってどうやって見つけるんですか?」



 伝令兵の案内の下、件の力を持つ者の場所へと向かっているリーゼファラスの背中へ、ウルカはふと感じた疑問を発する。

対するリーゼファラスは、肩ごしに僅かながらに振り返り、軽く肩を竦めつつ声を上げた。



「力を持つ者たちの間ならば、ある程度は感知する事ができます。ただ、力を行使する瞬間でもなければ確信は持てませんが」

「っていう事は、その力を使う瞬間を見たって事ですか?」

「そうでなければ分からないはずですが……手紙には、どのような力であるかまでは書かれていませんね」



 告げて、リーゼファラスは視線を細める。

理解しているのだ。もしもそれを目にしているのであれば、アウルが報告しないはずがないのだ。

力を有している事を記載しながら、その力の確認が取れていない。

それがいったいどういう理由であるのか――それは、リーゼファラスですら想像できない事であった。



「その辺りの事を報告しなかったのは、不確定な情報を私に渡さないようにするためでしょうか……私が直接見れば判断できると考えたのか、或いはまったく予測できなかったのか。どちらにしろ、あまり分かりやすい力という訳ではなさそうですね」

「貴方やカインのように派手ではないということかしら。まあ、私としてはその方が助かるのだけど」

「あまり好き嫌いしてはいけませんよ、ミラ。しかし……ここで新たな能力者とは、中々判断が難しい状況ですね」

「そうなんですか? カインさんみたいに強い人が味方になってくれるなら、有利に戦えると思うんですけど」



 嘆息交じりのリーゼファラスの言葉に、ウルカは首を傾げながらそう口にする。

少年の知る『力を持つ者』は、リーゼファラスたち三名のみ。そしてその全員が、上位神霊契約者を超えるほどの圧倒的な実力を持つ者たちなのだ。

ウルカの中では、力を持つ者は皆、圧倒的な実力者であるとして描かれているのだ。

そして、それだけの実力者が味方となってくれるならば、テッサリアを奪還する為の戦いも有利に進められるのではないか――それが、ウルカの考えだったのだ。

しかし、リーゼファラスは軽く首を横に振る。



「いいですか、ウルカ。我々三人を見てみれば分かると思いますが……力を持つ者は、同時に少々特殊な人間性を有している事が多いのです」

「少々、ねぇ……まあ、事実その通りなのでしょうけど」



 告げるリーゼファラスに、ミラは小さく苦笑する。

リーゼファラスは若干分かりにくいものの、カインとアウルに関しては少々どころではない特殊性を有しているのだ。

扱い方を間違えれば、味方の破滅にもつながってしまうような圧倒的な力。

それを扱う事がどれだけ難しい事であるか、それがわからないミラではない。

そもそも、リーゼファラスですらアウルを完全に制御しきれていない部分があるのだ、警戒するのは当然だろう。



「アウルが力を感知できたという事は、ある程度意識的に力を操る事ができる能力者だという事でしょう。それだけの力を扱えるという事は、即ち願い――力を扱うためのポリシーのようなものが存在している事と同じなのです。我々の力とは、そういったものなのですから」

「ええと……カインさんの破滅願望だったりとか、そういう事ですか?」

「アウルの持つ解体欲もそうですね。もしもアウルのような存在が持つ願望を理解せずに、野放しにした状態で使ってしまえば……どうなるかなど、分かりきった事でしょう」



 起こるであろう大殺戮を想像し、リーゼファラスは嘆息を零す。

制御しきれない力など、味方に破滅を及ぼすだけなのだ。それならば、最初から存在しない方がマシであるとも言える。

能力者を制御するならば、その根本にある願望を理解し、それと折り合いをつけた上で、相手に対するメリットを提示する必要があるのだ。

しかしながら、会ったばかりの相手からそれを読み取るのも難しい話であるし、知る事が出来たとしても現状では相手が満足できるだけのメリットを提示出来るかどうかも分からない。

この状況では、無理に戦力に引き込む方が危険になってしまうかもしれないのだ。



「確かに、その人物が今後我々にとっての切り札となる可能性はあります。超越者となりうる器であるならば、是が非でも手に入れたいのは事実です。しかし、現状では扱いきれるかどうかの保証はない……もしも参戦を拒否するのであれば、それを優先的に許可するつもりです」

「そうですか……分かりました。リーゼさんの方が詳しいですし、お任せします」

「私としても、そちらの方が安心出来るわね。不確定な戦力なんて、当てに出来たものではないし」

「はい。ともあれ、そういう方針で行く事にしましょう」



 二人の同意を得て、リーゼファラスは軽く頷く。次の作戦は、決して失敗する訳にはいかないのだ。

不確定な要素など、できるだけ排除しておくのが好ましい。

しかし――



(戦力的に厳しいのは事実……下手をすれば、人々の希望たる上位神霊契約者を失う可能性も高いでしょうし、あまり余裕がないのは確かですね)



 現在のテッサリアは、都市一つが丸ごと《奈落の渦》と化しているに等しい状態だ。

それだけの規模の《渦》であれば、当然《将軍ジェネラリス》が存在する可能性も高く、鉢合わせれば上位神霊契約者とてただでは済まないだろう。

戦力が増えるという事は、ウルカの言うとおり、確かに望ましい事態である。

けれど、リーゼファラスはそれに対して諸手を挙げて喜べるような人間ではなかった。



(まずは、危険を見極めなくては……願望を見抜けるならば引き入れる事も可能でしょうが、果たしてそう簡単に行きますかね)



 カインのように、望みを公言するような人間であるとは限らない。

外見上は普通でありながら、中身がとんでもなく狂い果てている存在もいるのだ。油断する事はできない。



(アウルの教育にも苦労しましたし……せめてもう少し早く見つかっていればよかったのですが)



 このタイミングでは、運用する事は色々と難しい。

カインに力を自覚させ、超越者の領域へと押し上げ、その上で《奈落の渦》の根本たる星天の王を滅ぼす――それこそがリーゼファラスの目的なのだ。

そうして敵を滅ぼした後ならば、リーゼファラスとしてもカインと戦う事に否はない。

彼自身を滅ぼしたとしても問題はないと感じているし、もしも己が滅ぼされたとしても、彼の力では《魔王》に掠り傷一つつける事は出来ない為だ。

尤も、リーゼファラスとしてもそれを認めるつもりは毛頭無かったが。



「まあ何にせよ……会ってみてから、ですね」



 何にしても、まずは会ってみなければ処遇など決まるはずもない。

小さく息を吐き出し――リーゼファラスは、案内に従い一つの扉の前に立った。

何の変哲もない、リーゼファラスたちが現在のところ滞在している屋敷の一角にある部屋だ。

案内の兵が扉を開くのを待ちつつ――リーゼファラスはふと、眉根を寄せる。

部屋の中から、あらゆる気配を感じる事が出来なかったのだ。



(気配を完全に消せるような武術の達人? いえ、しかしそういった情報があればアウルが報告している筈ですし――)



 怪訝に感じながらも、リーゼファラスは部屋の中に足を踏み入れた。

何も変わる事のない部屋だが、しかしその中に人の姿は存在しない。

人のいた痕跡はあるものの、その人物がどこに消え去ったのか――それを感じ取る事は、全くと言っていいほど出来なかったのだ。



「……どこにもいないわよ?」

「な……い、いえ、そんな筈は!」



 部屋を覗き込んだミラの言葉に、兵士は動揺しつつ声を発する。

そんな声音を横に聞きつつも、リーゼファラスは視線を細めて思考を巡らせていた。

この部屋の中に何者かが存在していたのは事実だろう。しかしながら、今現在この中にその何者かは存在しない。

隠れたのか、或いは部屋から立ち去ったのか。しかし、待てと言われながら逃げたり隠れたりする理由などは存在しない筈だ。

アウルは状況を説明しており、相手もそれに応じてカルシュオへと足を運んでいる。

ならば、何者かに連れ去られたのか――リーゼファラスがそこまで思考したところで、部屋の中に声が響き渡った。



「いやぁ、びっくりだ。こんな人たちと出会えるとは思わなかったよ」

「ッ!?」

「なっ……どこ!?」



 男の声――だが、まだどこか幼さを残しているかのような声音。

突如として部屋の中に響き渡ったそれに、リーゼファラスたちは目を見開いて部屋の隅へと視線を走らせる。

だが、人の姿は存在しない。気配も何もなく、ただ何処からか声が響く。



「勧誘してくれたメイドさんも綺麗だったけど、他にも綺麗な女の子が二人も! いやぁ、得した気分だよ」

「……」



 軽薄な声は、楽しそうな声音ながらどこか現実味を帯びずに響き渡る。

そんな中で、リーゼファラスは息を潜めて意識を集中させていた。

力の――《欠片》の力が使われた感覚は感じられない。

しかしながら、もしもそういったものを隠蔽するような能力であれば、咄嗟には位置を特定できない事も頷ける。

だが、リーゼファラスは位階の高い存在だ。例えどれほどの力が行使されようと、回帰リグレッシオンの領域でしかないならば――



「下……!」



 ――それを感じ取る事も、不可能ではない。

僅かな力の揺らぎを、魂の共鳴を感じ取り、リーゼファラスはほぼ反射的にそちらのほうへと視線を向けて――一人の少年と、目が合った。



「お、見つかっちゃったか。やあ、こんにちは!」

「……」



 ――地面に仰向けで寝転がり、リーゼファラスの足の間から堂々とスカートの中を覗いている、黒髪の少年と。



「――ふんッ!」

「おぶぅ!?」



 それを確認した瞬間、リーゼファラスは無意識のうちに足を振り上げ、少年の頭部を床ごと結晶化させて踏み砕いていた。

人の領域を超えた強大なる身体能力と、強力無比な能力による破壊。

それは人間どころか、《将軍ジェネラリス》ですら直撃すれば即死するような破壊の一撃だ。

それを反射的に打ち込んでから、リーゼファラスは我に返って舌打ちしていた。

例え扱いが面倒な相手だったとはいえ、流石にいきなり殺してしまうのは拙かった――そこまで考えた、刹那。



「これは……!」



 魂の震える感覚。

超越者として、能力に対する感覚をより鋭敏に尖らせていたが故に感じ取る事ができたもの。

それは紛れも無く、《欠片》の力が発動した感覚であった。

加速するリーゼファラスの感覚の中、ゆっくりと飛び散る水晶の欠片が光を反射し――リーゼファラスの足元から、少年の死体は一瞬で消え去っていた。



「――――!」

「あっはははは、手荒い挨拶だなぁ、もう」



 響く声は、部屋の中から。

まるで何事もなかったかのように椅子に腰掛けた少年は、どこか芝居がかった調子で立ち上がりながら声を上げる。

今、リーゼファラスの足は、確かにこの少年の頭を砕いていた。

他でもないリーゼファラス本人が、それを確信していたのだ。



「え、今……よ、避けたの? あの体勢から?」

「み、見えませんでしたよね?」



 困惑した様子のミラとウルカ――そんな二人の言葉を背中に聞きつつ、リーゼファラスは視線を細める。

見えなかった・・・・・・。それは、リーゼファラス本人ですらもだ。

踏み砕き、死したはずの少年の体は一瞬で消え去り、部屋の中心にあるソファにその姿が出現した。



(気配の遮断、それに再生能力……? 確かに能力は使われていたようですが……)



 ここに来てリーゼファラスは、ようやくアウルがこの少年の能力を特定できなかった理由を理解していた。

能力に精通したリーゼファラスですら察知する事が出来ない能力など、謎以外の何物でもない。



「さあ、それじゃあお話しようじゃないか。楽しみだねぇ、あはは」



 軽薄に笑う少年の声――一筋縄ではいかないであろう相手に、リーゼファラスは小さく嘆息を零していた。





















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