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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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56:手に入れたもの












「っ、ふぅ……」

「分かってても、息が詰まりますね……」



 大鎌を振るうカインと、拳で打ち砕くリーゼファラス。

その二人の強大なる力を目の当たりにしながらも、ミラとウルカは以前のように恐怖で硬直するような事はなくなっていた。

カインの放つ“死”の気配に若干慣れたという点もあるが、それ以上に今回は心構えをする余裕があったためでもある。

また、魂の力を操り、強大な敵をリーゼファラスたちの力を借りずに倒せた事は、二人にとって心のゆとりに繋がっていた。

しかし、それでも行動を制限されるほどの殺意を浴びていた二人は、徐々に納まっていく圧力を肌で感じ取り、深々と安堵の息を吐き出す。



「しかし、つくづく強さの基準が分からなくなるわね」



 空気そのものが重くのしかかるような感覚は、大鎌が解けてカインの体の中へと戻っていくと同時に消滅する。

後に残ったものは、残党として僅かに残った魔物たちと、上半身を打ち砕かれたステンノだけだ。

それすらも徐々に結晶化して消え去る中、リーゼファラスはゆっくりと周囲を見渡しながら元いた場所へと戻っていく。

その視線の周回だけで、残った魔物たちも一斉に結晶化していたが。



「お疲れ様でした、ミラ、ウルカ……それにカイン。貴方たちのおかげで、私も余分な力を使わずに済みました」

「余分な力、ね……実際の所、あなたが本気を出していれば一人でどうとでもなったのでしょう?」

「まあ、否定はしませんがね。しかし、手の内を晒さぬようセーブして戦っていれば、若干辛かったのは事実です」



 その辛いという言葉も、実際の所『不可能』という言葉の代名詞ではない。

人の領域を超越した彼女がその力の全てを発揮すれば、今回の相手とて一人でも十分だったのだ。

けれど、リーゼファラスは全力を発揮する事をジュピターから禁じられている。

彼女は人類にとっての切り札であり、その力の全てを発揮する事は、魔物たちに対して手札を見せ付ける事に等しいのだ。

力を分析させてしまえば、以前引き分けた相手との戦いもどうなってしまうかは分からない。

その為、リーゼファラスはミラたちに敵の一端を任せていたのだ。



「それに、いくら私が無事といえども、あれだけの数となれば流石のアウルも無事では済まなかったでしょうからね」

「そうかしら……何だかんだで、彼女も生き延びそうな気がするのだけど」

「アウルとて人の子ですよ。未だ人間の領域を超えぬ存在です。腕の数は二本しかありませんし、体力の限界も存在します。貴方たちとカインがいなければ、彼女を危険に晒す所でした」

「……まあ、賞賛されているのだし、素直に受け取っておく事にするわ」

「ええ、そうして下さい」



 笑みを浮かべるリーゼファラスに、決まり悪くミラは視線を背ける。

一度諦めて膝を折りかけてしまった事は、ミラの中では忘れがたい醜態となってしまっていたのだ。

しかし、それでも尚、リーゼファラスはミラの事を信じぬき、背中を預けてくれた。

必ず立ち上がると信じ、一欠けらも疑う事無く、リーゼファラスは敵へと向かって行ったのだ。

そこまでの信頼を見せつけられてしまえば、ミラとしても恥じ入る他にない。

或いは、それすらもリーゼファラスの目的だったのか――などと僅かに邪推しながらも、ミラは小さく苦笑する。



「……こちらこそ、信じてくれてありがとう、リーゼ。お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした……ウルカ、貴方も。ミラに声をかけてくれて、本当にありがとうございました」

「あ、いえ! ……僕も、あんなミラさんはミラさんらしくないと思っていたので」

「ふふ、そうでしたか」



 照れたように顔を俯かせるウルカに、リーゼファラスは小さく笑みを零す。

まるで、子供の成長を喜ぶかのように。まあ、それはある意味文字通りではあるのだが。

どこか初々しい様子の二人を微笑ましく眺めてから、リーゼファラスは改めて二人へと声をかける。



「それでは、少し休んでいて下さい。ここの処理は私の方でやっておきます」

「え? それは私も――」

「休んでおきなさい。魂の力を使ったのは今日が初めてなのですから。慣れぬ力を使って疲労しているでしょう?」

「それは……まあ、確かにそうなんですけど。でも、いいんですか?」

「はい。この程度を破壊する事は大した労力はないでしょうし、問題はありません。それに、これ以上の敵も存在しないでしょうから」



 リーゼファラスは、この《奈落の渦》は魔物たちの長が仕組んだものであると認識していた。

リーゼファラスに全力を発揮させ、その力を分析するための過剰戦力。

他の国々を攻める魔物たちから魂をかき集めなければ、まずありえないであろうほどの《将軍ジェネラリス》の数。

事実、カインたちを仲間として連れてきていなければ、アウルを護るためリーゼファラスは全力を発揮せざるを得なかっただろう。

そうなれば、後に戦う際に大きな不利を発生させてしまう事にもなりかねなかった。

カイン達を連れてきた事は、それだけ大きな成果を残していたのだ。

無論、《将軍ジェネラリス》に属する魔物を三体討つ事が出来たのも大きい。

今回の戦果は、非常に大きなものであると言っても過言ではないだろう。



「それでは、私はカインと共に後始末をしてきます。戻るまで、体を休めておいて下さい」

「ええ、お言葉に甘える事にするわ……」



 魔力だけでなく、今までに扱ったことのない力を消費した疲労は確かに大きい。

滲む疲労を隠せずに頷いたミラに、リーゼファラスは小さく微笑んでから踵を返していた。

去ってゆく彼女の背中を見つめ、ミラは軽く息を吐き出す。



「……我ながら、毒されてきた気がするわ」

「あはは……でも、得るものも大きかったと思いますよ」

「それは否定できないのが悔しい所ね」



 ウルカの言葉に、ミラは思わず苦笑を零す。

いくつも価値観を突き崩され、その果てに辿り着いたのは新たな価値観とも呼べるものであった。

真に己の成すべき事は何なのか――そして、その為に必要な事は何なのか。



「……今までの私の事を、無駄だったとは思わないわ。間違っていた部分は、あったと思うけど」

「僕は、ミラさんが間違っていたとは思いません。貴方は、いつも真っ直ぐにやるべき事に向かっていたじゃないですか」

「強者としてやるべき事、ね。別に、私も自分の事を力のない人間だとは思わないわ。でも……この世界において強者と呼べるのは、リーゼファラス達だけなのでしょうね」



 己もまた、一つ間違えれば蹂躙される側でしかない。

どれだけ力を重ねたところで、自分たちでは世界を救う事はできないのだ。

それを、自らが崇める神霊によって肯定されてしまった。自分が弱者でしかないという事実を、突きつけられてしまったのだ。



「自分ではそのつもりもなかったけど……驕っていたのでしょうね。ジュピター様と契約を交わし、『ケラウノス』の称号を手に入れて……私ならば《渦》を滅ぼして人々を救えると、弱い者たちを護れると、そう思い込んでいた」



 けれど実際は、《将軍ジェネラリス》相手に苦戦する程度の実力でしかないのだ。

成りかけの《将軍ジェネラリス》相手ならば、二人がかりで何とか倒す事は出来た。

しかし、これがもしもリーゼファラスやカインが相手をしたような、上位の《将軍ジェネラリス》ならばどうなっていたか。

答えは、考えるまでもないだろう。



「私達は、何でも出来る訳ではない。どれだけ力を重ねても、限界は存在してしまっている」

「……だから、出来る事を限界までやり通す、ですか?」

「――――」



 自嘲交じりに口にして、ウルカに挟まれた言葉に、ミラは思わず言葉を失っていた。

耳から頭へ、そして体へと浸透していくような感覚。正しく己自身が考えていた事と同じ言葉。

大きく目を見開いて視線を向ければ――ウルカは、どこか苦笑じみた表情を浮かべていた。



「僕自身、無茶苦茶な難題に挑戦してる自身はありますから。限界がある事だって理解してます……でも、できる限りの所までは必ずやり通す、そう決めているんです」

「……そう。これ、貴方がいつも感じている想いだったのね」



 ウルカの目的は、上層に己の存在を認めさせる事。

下層の人間として切り捨てられた自分は、お前たち以上に役に立つのだと、多くの人間を救えるのだと――それを知らしめようとする事だ。

暗い感情と言えばその通りだろう。それはある種、復讐心にも近いものなのだから。

けれど、だからこそ――ウルカは、どれほどの強敵を前にしても挫ける事は無かったのだ。



「僕自身、上層を変えられるなんて思ってないですからね。何でもかんでも思い通りになるなんて、そんな風には考えていませんよ」

「貴方ほどの力があれば、下層でも我を通す事は出来たと思うのだけど……」

「家族がいますから。好き勝手する事にはそれだけのリスクがあると、ヴァルカンから伝えられました」



 苦笑するウルカの脳裏に浮かんでいるのは、突拍子も無い格好をした契約神霊の姿であった。

姿こそおかしいが、彼の言っている事は紛れもない事実だ。それを理解したからこそ、ウルカは謙虚に修行を続けてきたのだ。

全ては、上層に対する反骨心より生まれた感情。けれど――



「でも……今回は少しだけ、これまでとは違った感じがしていました」

「違った感じ?」

「はい。まあ、あんまり上手く説明できないというか、言葉にしづらいんですけど……上層の事を意識せずに、戦えた気がするんです」



 これまでウルカの頭の中には、常に上層に対する意識が存在していた。

強権を振るう事への反発、都合の悪い事を全て押し付けてくる事への不快感――とにかく、上層というものを敵視した意識があったのだ。

けれど、此度の戦い、《将軍ジェネラリス》の成りかけとの戦闘の中では、ウルカの意識からその考えは消し飛んでいた。

カインと出会い、その戦いを目撃する事で徐々に募っていた力への渇望。

それが、手の届く格上と相対する事で、一気に爆発していたのだ。



「上層を見返す為とか、僕の力を知らしめる為とか……そんな事は関係なく。ただ強くなりたいと、勝ちたいと――それだけを考えて、戦う事が出来た気がします」

「それは、貴方にとっていい事なのかしら?」

「分かりません。でも、新しい感覚であった事は事実です」



 ウルカはちらりと横目にミラの姿を見つめてから、その視線を虚空へと向ける。

未だ《渦》は崩れず、周囲は不気味な神殿のまま――薄暗いその場所で、僅かに火を灯しながら、ウルカはぽつりと呟いていた。



「何の為に戦うのか。僕自身の芯と呼べるものは、未だに分かりません。でも……それに少しだけ手が届いたような気がするんです」

「そう……私も、考え直さなくてはならないかもしれないわね。未熟だわ、本当に」

「考えを放棄するより、ずっといいと思いますよ」



 そう告げて、二人は同時にくすくすと笑う。

そして二人は、同時に視線をお互いへと向けていた。

互いに、もう一つ感じていた違和感を探るつもりだったのだ。

――まさかそれで視線が合ってしまうとは、露ほども考えていなかったが。



「……あの、何か?」

「いや、貴方も見てるじゃない……」

「あ、あはは……いや、その。ちょっと確かめたい事があって」

「わ、私もそれだけよ」

「ええと……じゃあ、少しこのままでもいいですか?」

「ええ、構わないわ」



 どことなく言い訳がましい事を互いに口にして、二人はじっと相手の事を見つめる。

だが、気になっていた事があるのは紛れもない事実であった。

共に戦う中で感じた感覚。リーゼファラスたちに認識を塗り替えられる中で、新たに手に入れる事の出来た感覚。

それは――



(――ウルカ。ひたむきな少年。やはり私は、彼の事を『護るべき者と』認識しなくなっている?)

(――ミラさん。誇り高い人。この人に対して、『上層の人間だ』っていう意識が無くなってる?)



 常に頭の中にあった、隔意とも呼べる意識。

多少考え方が変わったとしても、中々消える事はないその認識が、目の前の相手に限って働かなくなっていたのだ。

その事を改めて意識して、二人はふいと視線を外していた。

己の考え方を認識して、どことなく気恥ずかしくなってしまったのだ。

何故なら、それは間違いなく――



(私は――)

(――多分、この人の事を)



 ――対等な人間だと、認識したという事なのだから。





















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