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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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54:主従の力











 無数の死骸が宙を舞う。

目にも留まらぬほどの速さで動き回り、魔物の死骸を生産しているのは、他でもないアウルだ。

そんなアウルを倒そうとする鷲頭の獣は、しかし彼女の影を踏む事すら出来ていなかった。

あまりにも俊敏で正確。かと言って、アウルを無視して他の人間の所へと向かおうとすれば、瞬時に斬撃が飛来してその毛皮を傷つけていくのだ。

結果として、この《将軍ジェネラリス》の成りかけは、アウルを追う以外の選択肢を取る事ができなくなっていた。

当のアウル自身はと言えば、ミラ達が自由に戦えるようにするために、周囲の魔物の群れを殲滅する事に専念していたのだが。

そしてそんな戦場の中心で、リーゼファラスは己が力を宣言していた。



回帰リグレッシオン――《拒絶アブレーヌング》」



 全力を発揮する事は許されてはいない。元より、最初から切り札を晒して戦う事など愚の骨頂であるとリーゼファラスは考えていたが。

しかしそれでも、本気で戦う事は可能だ。目の前にいるのは世界を蝕む害虫。《女神》の世を汚す塵屑。

このような塵芥が世界に存在していい訳がない――その信念の下、リーゼファラスは己が蒼と銀の瞳を輝かせる。



「――《肯定創出エルツォイグング戦姫騎行テオス・ウィクトリア》」



 そしてその力は、噴出するかのごとく顕現した。

封鎖された空間を、内側から砕け散らさんとするかのごとき、圧倒的なまでの力の奔流。

リーゼファラスの魂より放たれるその波動は、近付いて来ていた魔物たちをそれだけで水晶へと変質させていた。



「ッ……貴方は、あの者たちを見捨てるつもりですか?」

「人聞きの悪い事を言いますね。大方、あの子たちを護る私を背中から斬ろうという魂胆だったのでしょうが……甘いにも程がある」



 嘲笑し、リーゼファラスは周囲をぐるりと睥睨する。

瞬間、見渡す限りの魔物達は一瞬で水晶へと変わり、砕け散っていく。

その侵食の速度は普段とは比べ物にならず、ただその場に立っているだけで破滅を振りまく執行者へと変化していた。



「この程度の状況で私の助けが必要になるものなど、私は連れてきておりません。アウルも、カインも、ミラも、ウルカも……この程度の相手に敗北するような者は、一人として」

「それは、どうでしょうか? 確かに、貴方の従者にはあの獣程度では足りないようですが……あの男が、我が妹と戦って勝てると?」

「ええ。疑う余地すらありません」



 笑みを浮かべているステンノの言葉に、しかしリーゼファラスは一切揺らぐ事はない。

ただじっと眼前の敵のみを標的として見定めつつ、一歩一歩ゆっくりと進んでいた。

ステンノの表情は必死に取り繕われてはいるが、彼女は元より一対一でリーゼファラスに勝てるとは考えていない。

それ故に、こうして足手まといだと思われる仲間たちを襲わせ、それを助けるために出来た隙を撃とうと考えていたのだ。

侵入前に獣を一匹晒したのも、戦力を削ぎ安心しているところに圧倒的な戦力を見せ付け絶望させるためのもの。

しかしながら、この状況に至って尚、リーゼファラスには一切の動揺が存在していなかったのだ。



「大方、不死殺しの性質を持つ自分たちならば出来るとでも考えていたのでしょうが……甘い、甘すぎる」



 超越者というものの性質を理解していない。超越者を傷つけるという事の意味を理解していない。

だが、それを教える気などリーゼファラスには毛頭なかった。

元より、彼女の中にあるのは《女神》の敵に対する殺意のみ。

一秒たりとも目の前の相手が生きている事が我慢ならないと、その瞳に殺意を込めてリーゼファラスは嗤う。



「貴方たちのような不浄は、この世界に存在してはならない――塵も残さず消えろ」



 刹那――リーゼファラスは、瞬時にステンノに肉薄していた。

振るわれる拳は雷光のごとき速さで、あらゆる障害を打ち砕きながら駆け抜ける。

しかし、ステンノもまたその攻撃には正確に反応していた。



『――砕け散れッ!』



 奇しくも、二人の命じた言葉は一致する。

そして放たれるのは、結晶化と石化の力だ。

触れれば瞬時に絶命するであろうその力――人の理にはありえない性質を持つそれらは、互いに干渉し合い、空間を歪めて爆ぜ割れていた。



「ッ……!」



 しかし、力の押し合いではリーゼファラスに軍配が上がる。

僅かに漏れ出た力に触れぬよう、ステンノは瞬時に後方へと跳躍し、リーゼファラスから距離をとる。

が――次の瞬間、粉塵の中から一本の槍が飛来し、ステンノの足元に突き刺さっていた。

やりは触れ地面を結晶化し、粉砕する。その威力に戦慄しながら、ステンノは警戒を止めずにじっと粉塵を睨みつけていた。



「おや……投げるのが少々速かったですか。当てるつもりだったのですが、力みましたかね」



 煙の中から現れたリーゼファラスの手には、投げつけたものと同じ水晶の槍が握られている。

当然ながら、これはリーゼファラスの能力によって作り上げられたものであった。

彼女の能力は、触れたものを水晶へと変える事。また、ある程度であれば変化させた水晶を操る事も可能であった。

そして彼女の回帰リグレッシオンは、単純にその力を強化するものであった。

結晶化の速度はこれまでよりも更に速く、その視線を向けただけでも力なき存在は水晶と化す。

触れただけで全てが終わる――単純ながらも恐ろしい、それがリーゼファラスの能力であった。



「――次は、滅ぼします」

「ッ……眷属よ!」



 凍えるような声音の、リーゼファラスの宣言。

それに戦慄したステンノは、ほぼ反射的に周囲の魔物たちへと命じていた。

同時、無数の魔物たちは一斉にリーゼファラスへと殺到し始める――が、その大半はリーゼファラスの視界に入った時点で粉砕されていた。

だが、全てが砕け散った訳ではない。背後から襲い掛かったものや、多くの魂を喰らったが故に一瞬では侵食されきらなかったもの。

元より無尽蔵に増殖し続ける《奈落の渦》の魔物たちだ。そういった存在も決して少なくはない。

だが――



「何を逃げているのですか。大人しく滅ぼされるのが貴方の仕事でしょう」



 ――リーゼファラスは、そんな事など欠片として意に介していなかった。

元より、魔物たちの姿など認識すらしていない。文字通りの有象無象であるとそう言うかのように、魔物たちの軍勢を無視して歩を進めていたのだ。

無論の事、妨害されない以上、魔物たちの攻撃はリーゼファラスへと向けて一切の障害なく放たれる。

鎌が、角が、砲撃が、魔力弾が――ありとあらゆる攻撃が、リーゼファラスへと向けて殺到する。

華奢な少女の姿など、瞬時に細切れに粉砕されて当然の破壊力。しかし――その攻撃の嵐の中を、毛筋一つ乱す事もなく、リーゼファラスは悠然と潜り抜けていた。



「そもそも、《女神》様の世を汚す存在の分際で、何故悠々と生きていられるのか。私にはそれが理解しかねます」



 リーゼファラスの身には、僅かほどの傷も付いていない。

それどころか、リーゼファラスに向けられた攻撃は、彼女の身に触れる寸前に結晶化して砕け散っていたのだ。

それは僅かな足止めにすらならぬ、圧倒的なまでの力の差。

魔物たちを無視したリーゼファラスは、ゆっくりとステンノの元へ向かっていた。



「何故女神様の為に自害しないのでしょうか……生きているだけで害悪となるならば、そうするのが当然でしょう」



 狂信――そう形容するのが相応しいであろう、リーゼファラスの言葉。

それ程までに、彼女は《女神》を信奉しているのだ。

《女神》に対する信仰と、度の過ぎた潔癖症。それらが組み合わさる事によって生まれた攻撃性が、今ステンノへと牙を剥こうとしている。

じりじりと後退するステンノは、息を飲んだようにリーゼファラスの姿を凝視し続け――その口元に、笑みを浮かべた。



「――キュマイラ!」



 彼女の口より放たれたのは、何かを呼ぶかのごとき声。

そしてそれに呼応するかのように一瞬だけ地面が揺れ、リーゼファラスの足元から無数の黒い棘が発生していた。

ヤマアラシの背のように突き立った無数の棘はリーゼファラスに襲い掛かり――その身に触れる前に、水晶と化して砕け散る。

しかしながら、それによってリーゼファラスの足は確かに一度止まっていた。



「……成程、もう一匹いましたか」



 刹那――足元の地面を砕き割り、一匹の巨獣が姿を現した。

しかし、それを『一頭』と称していいかとなれば、疑問を抱かざるを得なかっただろう。

その獣は、三つの首を持っていたのだから。

獅子と山羊と鷲の首――これまでに現れた獣の魔物を全て合わせたような、そんな姿をした存在であった。

リーゼファラスの足元を砕きながら現れた獣は、その三つの首で彼女の身を噛み砕こうと唸りを上げる。



「こちらは《将軍ジェネラリス》と同等の力ですか……まあ、一国を攻める戦力としては妥当なところでしょうかね」



 対し、リーゼファラスは軽く肩を竦めてその場から跳躍していた。

一体どれだけの魂を喰らい、あれだけの魔物を育てていたのかは分からない。

だが、これはその他の魔物のように無視していい相手という訳ではなかった。

小さく嘆息し、リーゼファラスは身軽に着地する。



「この習性……あの時地中から襲撃があったのも、これの指揮という訳ですか」

「はぁっ、はぁっ……もうじき、エウリュアレもあの男を倒して戻ってくる……不死殺しを持つあの子なら、あの死神を殺す事だってできます。いくら貴方でも、私たち三人を相手に勝てると思いますか?」



 《将軍ジェネラリス》が三体――それも、かなり上位の存在ばかりだ。

ファルティオンも、征圧された三つの都市にはそれぞれ《将軍ジェネラリス》が存在するとされており、リーゼファラスは最初から相応の数がいる事を予測していた。

流石に、それが一箇所に集中している事は予想外であったが。



「……結局、何も理解していませんね、貴方は」



 この場に集中しているのは、都市どころか国を滅ぼせるほどの戦力。

ステンノたち自身が国を攻撃しないのは、魔物たちを成長させて《将軍ジェネラリス》を増やすためなのだろう。

そう判断し、リーゼファラスは嘲笑を浮かべていた。

何も理解していない。超越者という存在が、一体何なのかを。



「――アウル」

「はい、リーゼ様」



 小さく、周囲の戦闘音に掻き消されてしまいそうな程度の声。

しかし、彼女の従者はそれを正確に聞き取り、一瞬の内に馳せ参じていた。

その手に持っていた鷲頭の魔物の首を無造作に放り投げ、アウルはリーゼファラスの後ろに控える。

そんな彼女の気配を感じ、リーゼファラスは怜悧な響きを以って己が従者へと命じていた。



「この塵を始末しなさい。私は、あれを処理します」

「承知いたしました」



 恭しく礼をし、アウルは主命を受諾する。そして二人は、同時に跳躍していた。

高速で飛び出した二人は目の前の獣――キュマイラを足場としてその向こう側へと通り抜ける。

キュマイラは二人に対し噛み付こうと口を開くが、軽く体を捻った二人はその一撃を悠々と躱していた。

更に、リーゼファラスが足場とした山羊の頭は、ただそれだけで角が結晶化して砕け散る。

その衝撃に呻くキュマイラの背に立つのは、両手に刃を構えたアウルだ。



「リーゼ様のご命令です。細切れにしてあげましょう」



 笑みと共に放たれたその言葉を背中に聞きながら、リーゼファラスはキュマイラの向こう側へと着地する。

目の前に立つステンノを、感情を映さぬ蒼と銀の瞳で見据えながら。



「さて……いい加減長引かせる理由もありませんし、終わらせるとしましょうか」

「ッ……エウリュ、こっちへ――」



 ――刹那。

膨大なまでの殺意が、空間を埋め尽くしていた。

黒き“死”の気配、質量すら感じるほどのそれに、リーゼファラスは薄っすらと笑みを浮かべる。



「ようやく、遊びは終わりですか。最初からそうしていればよかったんですよ……こんな塵芥共に、貴方を満足させる事など出来る筈もないのですから」



 肌を刺すような殺気を浴びて、それでも尚楽しそうに。

この戦いの終わりを感じながら、リーゼファラスはその拳を固めていた。





















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