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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
55/135

53:挑戦










「啖呵を切ったはいいものの……やっぱり、厳しいわね!」

「でも、無理って言うほどじゃないですよ」



 飛び掛ってきた獣――山羊の頭部を持つ《将軍ジェネラリス》の成りかけの攻撃を躱しつつ、ミラとウルカは全身から雷と炎を発して周囲の敵を牽制していた。

本来ならば、抑えなければならないような威力である。

特にウルカの場合、閉鎖された空間での炎は大きな危険を伴う攻撃となる。

しかし、この場においては、それに対応できない人間など存在しないという事が分かりきっていたのだ。

周囲に一切気を使わない全力の戦闘。それに若干の新鮮味を感じながら、炎の化身となったウルカは眼前の敵を睨む。



「《将軍ジェネラリス》のような特殊能力は無い……攻撃も防御も素早さも、どれを取っても非常に高いですけど……ただ、それだけです」

「決め付けるのは早計だと思うけれど、無理って言うつもりはないわよ」



 ウルカが抱く思いが『挑戦』であるならば、ミラのそれは『矜持』だ。

憧れた最も高き頂、そこに届かない事を知って――それでも、諦めたくないと自らを奮い立たせている。

その頂に立つ者から、信頼を得る事が出来たのだ。ならば、それに応えずして何が《雷霆ケラウノス》か。

絶体絶命の窮地であったとしても、決して膝を折る訳には行かない。それこそが、ミラ・ロズィーア=ケラウノスの誇りなのだから。



「――行くわよ」

「はいっ!」



 ミラには、強い憤りと共に這い上がってきたウルカの思いは理解できない。

ウルカには、目指すべき頂を否定されたミラの思いは理解できない。

けれど、上層と下層という隔たりのあった二人の間には、確かな信頼関係が生まれ始めていた。



「ふ……ッ!」



 鋭い呼気と共に、雷光を纏いながらミラは駆ける。

薄闇の中で鮮烈に輝く彼女は、普段以上の魔力を契約と身体強化に回し、正面から魔物へと向けて飛び込んでいた。

閃光と加速、二重の目暗まし。ただの魔物どころか上位神霊契約者が相手でも、不意を突けば確実に当てられるであろう攻撃。

しかし、獣はその攻撃に確実に反応していた。

正しく雷光の如く駆けるミラへと、確実に強靭な腕を振り下ろしていた。



(装甲、強化最大出力……ッ!)



 しかし、それはミラの想像していた展開の一つであった。

望ましいとはいえないものであったが、全く対策をしていない訳ではない。

自らの最大速度に反応された事に内心舌打ちしつつも、ミラは己の肉体を一瞬だけ最大限に強化し、そして磁力を発生させてほぼ直角に三歩ほどの距離を移動していた。

速度はほぼ落とさず行った無理矢理な機動。

内臓がひっくり返るような圧力を感じながらも、ほんの一瞬のみの強化でそれに耐え抜き、ミラは振り下ろされる豪腕の僅かに横を通り抜けていた。



「『Ξίφος της βροντής』ッ!!」



 そして放たれたのは、蒼白く輝く雷光を纏うレイピアの一撃。

途中の方向転換で一度速度はそがれたものの、それでも十分なスピードと共に、ミラのレイピアは獣の首筋へと突き立てられていた。

刹那――無数の雷電を束ねたかのような雷が、地上に顕現していた。

空間も砕けよと言わんばかりの轟音と、視界を白く染め上げ目を灼くほどの閃光。

短い時間の間に引き出せる力としては、間違いなく全力であるミラの攻撃。

その一撃に――獣は、見事に耐え切っていた。



「ッ……!?」

『グ、ゥォオオオオ……!』



 確かな苦悶はある。だが、その黒い毛皮には、焦げ目の一つすらも見受ける事は出来なかった。

レイピアの入りも浅く、深手と呼べるようなダメージは与えられていない。

確かに若干痺れたかのように動きは鈍っているものの、全力を叩きつけてこれでは割に合わない――舌打ちしつつも、ミラは一度獣の傍から後退していた。

大量の魔力を消費してすぐでは、すぐには次の攻撃に移る事ができないのだ。

ミラは跳躍して後ろへと下がり――入れ替わるように、その横をウルカが駆け抜けた。

痺れ、動きが緩慢になっている相手。そんな隙を見逃さぬよう、ウルカは炎を纏って跳躍する。



「っ――」



 その姿を見送り、ミラは開きかけた口を噤んでいた。

いつもであれば、『無理はしないで』や『注意して』といった言葉を投げかけていただろう。

しかし、ウルカがそれを望んでいない事を、今のミラは理解していたのだ。

何故なら、それは強者には決して告げない言葉であったから。ウルカの事を信じるならば、そのような言葉は必要ないのだ。

下層の者だからと、弱い人間であるという認識を持ってはならない。

そんな意志と共に言葉を飲み込み、ミラは跳躍したウルカの姿を見上げていた。



「『Σφυρί της φλόγας που』!」



 二つの剣を振り上げ、ウルカが唱えたのはミラと同じく神域言語による強化。

それと同時に、二つの剣の間より炎の玉が出現する。

発生した火球は瞬く間に巨大化し、獣の全身を包み込むほどの大きさへと膨張していた。

二つの剣を柄として発せられた炎の鉄槌――ウルカはそれを、獣へと向けて容赦なく振り下ろしていた。



「くぅッ!?」



 ――出現したのは、天も焦げよと言わんばかりに吹き上がる巨大な火柱。

地面を融解させ、膨大な熱量を発しながら、しかしその威力を分散させる事なく真上のみに爆発させる。

それだけの破壊力を発しながら、しかしミラの方には欠片の炎すらも飛ばさずに、剣を振り下ろしたウルカは跳躍して後退していた。



「……貴方のも、大した威力ね」

「もっと集束させたかったんですけど、今の短い時間じゃこれが限界でした」

「ええ。本来なら、それで十分と言いたい所なのだけど――」



 生憎と、それほど甘い相手ではない――半ば得ていた確信と、未だ消えぬ炎の中から放たれる殺気に、二人は刃を構えて気を引き締めていた。

そしてそれと同時に、発生していた炎の渦が一瞬で吹き散らされる。

その中心にいたのは、翼を広げミラたちを威嚇する魔物の姿であった。

火の粉を纏い、けれど全くと言っていいほどの無傷で、獣は爆心地からゆっくりと進み出る。

そんな敵の姿を目にして、ウルカは思わず目を見開いていた。



「まさか……直撃したのに無傷!?」

「冗談だと思いたい所だけど……」



 苦々しく呟き、ミラは敵の姿を見据える。

岩どころか鉄すらも融解させそうなほどの炎。ウルカが放射熱を押さえ込まなければ、ミラの霊的装甲すら貫いて火傷を負わせていたであろう威力だ。

それの直撃を受けて無傷など、あまり考えたくない事態である。

一体どれほどの強度があればそんな防御力を得られるのかとミラは舌打ちし――ふと、ある違和感を覚えていた。



(……これは、本当に単純な防御力によるもの?)



 純粋に高い防御力を持っている事は確かだろう。

先ほど全力で放ったレイピアも、浅く刺さる程度が限界だったのだ。

肉体の強度はかなりのものであり、有効打を与えるのが難しい事は分かりきっている。

だが――



(そう、刺さった・・・・のよ。あのレイピアの一撃が、ウルカの爆撃より威力が高かったとは思えない。それなら――)



 黒い毛皮に付いた僅かな傷。細いレイピアの刺傷は、獣の肩口に確かに存在している。

けれど、雷や炎による攻撃は全くダメージを与えられていない。

――それを認識した瞬間、ミラの脳裏に一つの仮説が浮かんでいた。



「ミラさん、来ます!」

「ッ!」



 刹那、耳に届いたウルカの言葉に、ミラは反射的に動いていた。

前方から飛来する圧迫感。それに対し、二人は同時に別方向へと跳躍する。

そしてその次の瞬間、二人の立っていた場所を、一対の翼が薙ぎ払っていた。



「ミラさん! それ、凄く硬いです!」

「攻防一体って事ね……!」



 ゴムのように伸びた翼だが、その実かなり高い強度を誇っている。

更に、その攻撃が突き刺さった地面には、刃で斬りつけたかのような深い傷が残されていた。

霊的装甲こそあるものの、直撃を受けたいとは思えない。

舌打ちしながら距離を開け、更に周囲の魔物へと牽制の雷を飛ばしつつ、ミラはじっと敵の姿を観察していた。



(翼を動かしている間は動かない……動けないのか、それともそういう習性なのか。そこまでは分からないけど、動かないなら好都合!)



 口の端に笑みを浮かべ、ミラは駆ける。

襲い来る黒い翼をサイドステップで回避し、ただひたすらに前へ。そしてそれと同時に、ミラは言葉を魔力に乗せ、ウルカへと呼びかけていた。



『こちらで相手の気を引くわ。ウルカ、貴方はその間にこいつを倒せるだけの力を溜めなさい』

『っ……分かりました!』

『ただ、一つ言っておくわ。こいつは恐らく、放射された魔法攻撃を弾く力を持っている。私の雷や貴方の炎が通用しなかったようにね。だからこそ、直接攻撃で仕留めなさい』

『! そうか……了解です。ただ、溜めるのに少し時間がかかります』

『ええ、問題ないわ。私も、多少試したい事があるし』



 ウルカの言葉に満足し、ミラは軽く跳躍して翼を躱しながら意識を集中させていた。

思い起こすのは、この《渦》の内部に入る前、リーゼファラスによってもたらされた新たな感覚。

身体の――否、魂の奥底から湧き上がってくるかのような不思議な力。

ミラはそれを、今この瞬間、確かに感じ取っていた。



(ぶっつけ本番なのは辛い所だけれど……!)



 魔力と同じように力を引き出す事には成功したものの、その使い方までは把握できていない。

故にこそミラは、その力を最も慣れ親しんだ方法に使用していた。

――即ち、自身の契約へと力を捧げたのだ。



『面白い事をしてくれるのう』

「――っ!?」



 刹那――ミラは思わず、呼吸すらも忘れて目を見開いていた。

耳元に響いたのは敬愛する主たるジュピターの声。

そしてそれと共に与えられた力は、ただただ『閃光』と表現するしかないほどの、巨大な雷の束となって顕現した。

束ねた髪がふわりと浮き上がり、放たれる雷光は全身を蒼白く染め上げる。

遠き空に輝く遠雷を束ねて纏ったかのような剣は、それそのものが一つの光と化したかのごとく。



「これが、ジュピター様の力……?」



 全身を雷に包まれたミラは、自身の変化に思わず呆然とし――次の瞬間には、意識を眼前の敵へと戻していた。

未だ、相手の攻撃は続いているのだ。顔面へと向けて突き出される翼の先端を見据え、ミラは舌打ちしながら回避行動に移る。

瞬間、バチンと音が響き――ミラの視界は、獣の横手へと移動していた。

その現象に、他でもないミラ自身が驚愕に目を見開く。



「雷に乗って、移動した……?」



 避けようとした方向、目標とした地点は、確かにミラの考えた通りの場所であった。

何よりも自らの発した力に驚愕し、ミラは思わず硬直する。

己が魂の力を捧げる事によって与えられた力は、ミラの想像を大きく上回っていたのだ。

けれど、同時に確信する。これならば、確実に戦えると。



「――行くわよ」



 そしてミラは、再び雷と化して駆け出した。

振るう刃は自身の認識よりも遥かに速く、確かな力を持って獣へと向けて突き出される。

獣の胴へと放たれた一撃は、浅くはあるものの確かに強靭な身体へと傷をつけ、ミラの仮説が正しい事を示していた。



「こっちを……向きなさい!」



 力を溜めるために動きを止めたウルカには攻撃が行かぬよう、ミラはひたすらに駆け抜けながら刃を振るう。

細かな傷を次々と与えられ、山羊頭の獣は苛立ったかのように唸り声を上げながら翼で薙ぎ払う。

だが、今のミラにそんな攻撃など当たるはずもない。細かな動きこそ出来ないが、一瞬で安全圏まで脱し、再び攻撃圏内まで飛び込む事が出来るのだ。

雷と化して踏み込み突きや払いの剣閃で少しずつながらもダメージを与え、発する閃光で周囲の景色を覆い隠す。

そんな力の渦の中で、ミラは僅かながらに崩壊の足音を感じ取っていた。



(凄い力、だけど……消耗も、激しい……! 長くは続けられないわね……)



 持って後数十秒。切れる息や頭の奥に響く鈍痛は、ただひたすらミラへと危険信号を伝えてくる。

けれども、止まる訳には行かない。ウルカの攻撃準備が済むまでは――そう考えて視線を上げた瞬間、目に入ってきた光景に、ミラは笑みを浮かべながら雷光と共に後退していた。

大きく距離を開け、まだ何とか余力がある内に、現状の契約の力を解除する。

雷光は普段通りの出力へと戻り、周囲を染め上げていた閃光は消え――辺りは、紅の輝きに染め上げられた。



「――ありがとう、ございます」



 頭上から、声が響く。

その手には輝く大剣を。普段の双剣の峰同士を組み合わせ、一つの巨大な刃へと変化させた少年は、己が魂の力も燃料としながら大きく跳躍していたのだ。

山羊頭の獣もまた、その異常に気付き振り返ろうとする――だが、既に遅い。

空中で一回転したウルカは、刃と背中から炎を吹き上げて加速しながら獣へと向けて突撃し――



「これで、終わりだッ!!」



 ――爆炎と共に、獣の胴を一刀の下に両断していた。





















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