52:二つの不死
二つの剣閃が重なり合い、甲高い金属音を発する。
打ち合わされる二つの刃は互いに内側に沿った刃であり、そんな僅かな接触の中でも、互いの纏う服に僅かながらに接触していた。
しかしそんな僅かな傷など、一瞬の内に再生される。
結果、互いに無傷のまま、カインとエウリュアレは魔剣による剣舞を続けていた。
「なるほど、テメェも不死性持ちって訳か」
「そういうアンタもね! おかげで壊し甲斐があるじゃない!」
「はっ、相手が俺でよかったじゃねぇか。簡単に死ねるし、アウルが相手だったら際限なく切り刻まれるぜ?」
「あら、アンタも同じようにしてあげるわよ!」
凶悪な笑みと共に、エウリュアレは手にした魔剣をカインへと向けて振り下ろす。
強大な魔力と共に放たれたそれは、地を砕く剣圧となってカインへ向けて殺到した。
霊的装甲すら意味を成さず、防御に廻ったところで防ぎきれるはずもない――そう判断し、カインは即座に地を蹴った。
横へと跳躍する事でエウリュアレの攻撃を躱し、同時に二本の刃を頭上に構える。
直後、カインの頭上にエウリュアレの刃が叩きつけられていた。
迸る衝撃がカインの足元を砕き、陥没させる。
「ッ……馬鹿力だな、ええ!?」
「はははっ、そのまま潰れなさいよ!」
「御免被る!」
攻撃を受け止めた衝撃に呻きつつも、カインは笑みと共に両の刃でエウリュアレの剣を弾いていた。
しかし、相手も瞬時に後退すると、再び地を蹴ってカインへと刃を向ける。
振るわれる袈裟懸けの一閃、しかしカインは半身になってそれを躱し、右の刃でエウリュアレの首を狙う。
対し、エウリュアレはその一撃を身をかがめて躱し、カインの足首を狙って刃を振るった。
「っ!」
後方へと跳躍し、カインは攻撃を躱す。
が――回避に意識を取られたために、若干高く跳躍してしまっていた。
地に足を着くまでの一瞬、死に体の刹那――エウリュアレは、狂笑と共に刃を振るった。
「砕けろおおおおおッ!」
「――ッ!?」
刹那、カインは感じた悪寒と直感に従い、左腕から発した刃を伸ばして地面に引っ掛け、瞬時に空中から退避していた。
そのカインへと向け、エウリュアレの放った剣圧が迫る。
黒い魔力を迸らせるそれは、一瞬前までカインがいた場所を貫き――そこに僅かに残っていたコートの裾を、一瞬の内に粉砕していた。
カインの力によって編まれたコートは、下手な鎧よりも高い強度を誇っている。
それを容易く打ち砕いた一撃の威力は想像するまでもない事だろう。
「いや、これは……!」
だが、砕けたコートの破片が床に落ちた音を聞き、カインは認識を改めていた。
複数の戦闘音が響く中、カインの耳に届いたのは硬質な音。
例え死の刃によって編まれているとはいえ、コートの形を取っている以上、その材質は布に近いものだ。
しかし、地面に落ちたそれは布の質感など保っていなかった。
僅かに視線を向ければ、そこには灰色に染まったコートの破片が更に砕けているのが目に入る。
この現象に、カインは見覚えがあった。
「石化能力……やはりテメェ等の力だったって訳か」
「ええ、喰らってみればいいんじゃない? 好きなだけ味わわせてあげるわよ!」
不敵に笑い、エウリュアレは剣を振るう。
厄介な性質を持つ攻撃を躱しつつ、カインはじっとその姿を観察していた。
鋭い刃と、石化の力。身体能力は人間を遥かに超越し、その剣圧が掠っただけでも人間は容易く打ち砕かれるだろう。
だからこそ、カインは嗤う。強い力、強い敵――それこそが、カインの望んでいるものなのだから。
「遠距離もしっかり適正ありってか……なら!」
口元を歪め、カインは飛来した一撃を躱しながら体を回転させ、左の刃を思い切り相手へと投げつけていた。
甲高い音を立てて回転するそれは、吸い込まれるかのようにエウリュアレの首を狙う。
が、その一撃は寸前で差し込まれた剣によって弾き返されていた。
だが元より、その攻撃が当たるなどとはカインも考えていない。
僅かに動きが止まった隙――その瞬間にカインが取り出したのは、銀色の魔力銃だ。
「一応、威力は確かめといてやらねぇとな!」
シーフェの作り上げた魔力銃。
その力が、《将軍》を相手にどの程度通用するのか。
それを確かめるため、カインはエウリュアレへと向けて引き金を引いていた。
瞬間、連続する轟音と強大な反動と共に、銀の弾丸が銃口より無数に吐き出され、相手へと向けて殺到していた。
その威力は《兵士》を容易く引き千切り、数を重ねれば《重装兵》の装甲すらも打ち砕く。
そんな弾丸の群れは――
「いたたたっ!? ああもう……うざったいわね!」
――エウリュアレに対しては、さしたる痛痒を与えられていない様子であった。
それに苦笑しつつも、カインは弾丸を放ち続ける。
人間の感覚で言えば、恐らく石をぶつけられている程度のものだろう。
大きなダメージとはいえないが、無駄というほどのものでもない。
細かなダメージの蓄積が無意味ではない事を、カインは長きに渡る戦いの経験で知っていた。
だが、それも長くは続かない。
「いい加減に……しろッ!!」
エウリュアレの身より、魔力が爆ぜる。
逆巻く魔力の流れはその身の周囲に膨張し、辺りにいた魔物たちを石化させて粉砕していた。
そして魔力流は一瞬停滞し――一気に、カインへと向けて殺到する。
「おっと……!」
飲み込まれれば、全身が石化して砕け散るだろう。
喰らってどうなるかは分からないが、素直に喰らう理由もないと、カインは笑み混じりにその右手を構えていた。
伸ばされた手は、その指先から黒い刃と化して解け、肩口までが刃の群れへと変化する。
そしてその刃は、内側にある黒い靄より、無限に現れて膨張し続けていた。
まるで渦のように、あるいは生物のように蠢く黒い刃たち――カインはその巨大な腕を、エウリュアレの魔力へと向けて放っていた。
二つの黒――しかし互いに性質の異なるそれらは、余計な小細工など何もなく正面からぶつかり合う。
そして、二つの力は――同時に砕け散っていた。
「っと」
「ちッ!」
魔力は吹き散らされ、刃の群れは石化して砕け散る。
互いの干渉力は同等――二人は同時にそう判断し、態勢を立て直していた。
「……気に入らないわね」
「あん?」
「手加減してるのが気に入らないって言ってるのよ!」
魔力を吹き上げ、周囲を石化させながらエウリュアレは叫ぶ。
その瞳に宿る殺意は、それを浴びただけで石化してしまうのではないかと感じるほどに強烈なものだった。
しかし、それを真正面から受け流し、カインはその口元を笑みに歪める。
それはまるで、嘲笑するかのように。
「おいおい、俺は真面目に戦ってるぜ? きっちり相手してるだろうが」
「なら、何故アレを出さないのかしら? クリュサオルを殺した大鎌、アンタの最大の技を!」
死神の大鎌――《刻限告げる処刑人》。
その力は、防御に優れた《将軍》たるクリュサオルを一撃で下すほどのものであった。
含まれる“死”の密度はカインが普段手にしているファルクスとは比べ物にならず、常人であれば目にしただけで即死するほどの力を持つ。
紛れもなくカインの持つ最強の技であり、それを解放する事はカインが全力を出している事を示しているのだ。
逆に言えば、その力を使わぬカインは、未だ力を隠している段階にある。
「アンタの余裕が気に入らない……使わなきゃ死ぬわよ」
「ああ、殺してみればいい」
「……何ですって?」
苛立つエウリュアレに対し、カインはただただ皮肉った笑みを浮かべるのみ。
けれど、それは冗談でも何でもない。
カインという男の持つ、紛れも無い本心であった。
「アレは、俺を殺せないような塵を処理するために使う道具だ。どれだけ力を尽くしても俺を殺せないなら、存在している意味もないだろう」
エウリュアレへと告げられるカインの言葉は、ただ淡々と本心を告げている。
死を望む、破滅願望の塊と呼べる男。けれど、カインはただ無意味に死ぬ事をよしとしていない。
その望みは、戦いの果てにある有意義な死だ。
決して届かないような強大な相手と戦い、死力を尽くした後に力尽きる――それこそが、カインの望む“死”なのだ。
故に、カインが《刻限告げる処刑人》を解き放つのは、手を尽くし後がない場合か、相手が己を殺せなかった場合だけなのだ。
しかし、目の前の相手は違う。
「お前はそれ以外に手がないほど凶悪な相手でもなければ、まだ切っていないであろう手札も残している。だからこそ、《刻限告げる処刑人》は使わない……見たいんだったら、使わせてみろよ」
「――そう」
エウリュアレの声音が変化する。
それまでの好戦的なものではなく、深く低くトーンが下がってしまったもの。
その声音の中には、澱むような殺意が存在していた。
「いいわ。なら……何も出来ずにそのまま死ね」
――そしてその殺意は、一気に膨れ上がる。
その意志に反応するかのようにエウリュアレの魔力は膨れ上がり、影響を受けた彼女の髪はゆっくりと揺らめき始める。
それはまるで、蛇が鎌首をもたげるかのように。
同時、エウリュアレの瞳に魔力が集束し――その瞳が、見開かれた。
「――ッ!」
刹那、カインは横へと向けて跳躍する。
人体の構造を無視した急制動、普通の人間ならば体が自壊するような負担をかけながら、無理矢理に横へと跳んだのだ。
けれどその甲斐あって、カインはエウリュアレの攻撃を回避する事に成功していた。
先ほどまでとは違う、超高速で飛来する石化魔力の放射。
直撃すれば、全身を石化させられる事となっていただろう。
(射程は短くなってるが、弾速がかなり速い……正面切って躱すのは結構難しいな)
胸中で舌打ちし、カインは着地と同時に地面を蹴る。
両手に漆黒の刃を構えながら、相手の体を斬り裂くためにただ前へ。
(だが、射出する前に溜めがある。タイミングさえ読めれば避けるのは難しくない)
急激な方向転換によりカインの姿を見失っていたエウリュアレが、その姿を探して視線を巡らせる。
対し、カインは肘の辺りから黒い刃を射出し、近くの地面に引っ掛ける事で再び横へと移動していた。
無茶な動きばかりであるが、その成果は十分にある。カインは、確実にエウリュアレの死角へと移動していたのだ。
(ついでに、射出の際に視線が一方向に固定されるから、相手の死角を突くのも楽ってな)
エウリュアレの目から見れば、カインの姿はどこにも見えなくなってしまっているだろう。
これがアウルであれば直感で迎撃を行うだろうが、誰もがあれほどの戦闘センスを持ち合わせている訳ではない。
視線が合えば危険という事は、視界に入らなければ安全という事なのだ。
小さく笑みを浮かべ、相手の背に刃を突きたてようと地を蹴り――カインはふと、違和感を覚えていた。
(視界に、入らなければ――?)
脳裏に走った直感に、カインは咄嗟に足を止め――瞬間、エウリュアレの身体より、漆黒の魔力が吹き上がった。
視線による攻撃に、意識を取られすぎていたのだ。エウリュアレの能力は、攻撃にばかり特化したものではない。
その魔力で身体を覆ってしまえば、接近しての攻撃など簡単に無力化出来てしまうのだ。
咄嗟に足を止めたものの、完全には身体を制御し切れなかったカインは、その右手を魔力の中へと突っ込んでしまう。
「ち……ッ!」
「惜っしーい、もうちょっとだったのになぁ?」
肘までが石化し、体のバランスと制御を失ったカインは、一瞬体勢を崩していた。
その一瞬の隙を、エウリュアレは逃しはしない。翻った内反りの刃は、動きを止めたカインの右腕を容赦なく斬り砕いていた。
舌打ちし、砕かれた右腕を再生させ――
「――なっ」
――それに失敗して、カインは思わず目を見開いていた。
石化し、砕かれた右腕を、カインは元に戻す事が出来なかったのだ。
身体が思ったとおりの作用を発揮しないという、今までの経験にはない感覚に、カインは思わず一瞬だけ硬直していた。
――その刹那、カインの傍に魔力を纏うエウリュアレが肉薄する。
「知ってた? このハルペーは、不死殺しの刃なのよ?」
「ッ、しまっ――」
「じゃあね、不死身の死神さん」
そして刃は翻り――カインの首を、石化しながら断ち斬っていた。