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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
53/135

51:窮地












「……そんな」



 僅かに震える声が零れる。

その声を耳にして、ミラは初めてそれが己の声であった事に気がついていた。

浅葱色の少女――《将軍ジェネラリス》が、二体。

たった一体、それもリーゼファラス曰く最底辺の相手ですら、ファルティオンの精鋭は成す術なく敗れてしまった。

そして、《将軍ジェネラリス》の最高位の存在は、リーゼファラスですら仕留め切れないほどに強大な存在である。

ただただ、圧倒的なまでの力の差。それらを前にして、ミラすらも、己の身に震えが走るのを止められなかったのだ。



「はぁ……まあいいわー。どうせ『最強の聖女』相手には私達が出なきゃならなかったんだろうし……」

「ふふ……そうね、エウリュ。でも、あの死神さんも無視しては駄目よ」



 けれど、そんなミラなど眼中にないというかのように、二体の《将軍ジェネラリス》はリーゼファラスとカインに視線を向ける。

そしてそれらを真っ向から受け止めるように、二人もまた《将軍ジェネラリス》たちの姿を見上げていた。

リーゼファラスは、その見上げるという行為そのものが不快なのか、不機嫌そうに顔を顰めていたが。

彼女は小さく嘆息を零し――隣に立つ従者へと命ずる。



「アウル。あの愚か者どもを落としなさい」

「はい、リーゼ様」



 その言葉にアウルは恭しく頷き――瞬時に振るった刃によって、《将軍ジェネラリス》たちの立つバルコニーを斬り落としていた。

しかし瞬時に反応した二体の《将軍ジェネラリス》は、その場から跳躍して足場の崩落から逃れる。

――その着地地点へと向かって、漆黒の影が疾走していた。



「よう、《将軍ジェネラリス》――」



 その手に現れるのは、漆黒の刃。両手に現れたファルクスを振るい、狂相を浮かべるカインはただただ嬉しそうに問いかける。



「――お前ら、俺を殺せるのか?」

「ええ、殺してあげるわ!」



 呼応するように飛び出したのは、エウリュと呼ばれた若干小柄なほうの《将軍ジェネラリス》であった。

彼女はその手に大きく曲がった鎌のような剣を持ち、その一閃でカインの刃を弾き返す。

円を描くように大きく曲がった刃――まるで首を中に巻き込んでそのまま刈り取ろうとするかのようなそれは、カインのファルクスを受け止めて尚、刃こぼれ一つ起こさずにカインの身を押し返していた。



「我が名はエウリュアレ! あの金色の馬面を殺した漆黒の死神……私が、貴方を殺してあげる! さあ、楽しませなさい!」

「クッハハハハハハハッ! いいねぇ、見せてみやがれ!」



 振るわれる三本の刃の応酬。

カインは右の刃を突き出し、エウリュアレの顔面を狙う。だが、それに瞬時に反応した彼女は、身を翻すようにして躱すと、手にした刃を振るってカインの首を狙っていた。

無論、それを素直に喰らうカインではない。その鎌のような刃に巻き込まれる前に身を沈め、両の刃を回転するように振るう。

しかしその攻撃は、エウリュアレの振り上げた膝――そこについていた足甲によって阻まれていた。

一瞬の硬直、そして弾かれたように二人は同時に後退する。

互いに武器を構え、獰猛な笑みを浮かべる両者――その様子を眺め、リーゼファラスは軽く嘆息を零していた。



「全く、その遊び・・は悪い癖ですね、カイン。そのような塵などさっさと潰せばいいものを」

「随分と余裕ですね、リーゼファラス」

「……貴方に名前を呼ばれる筋合いはありませんが……確かステンノでしたか。あの王者ぶった塵はお元気で?」

「ええ。貴方と戦った傷もそろそろ癒えそうですよ」

「ふん……それで、貴方。まさかたった一人で私に勝てるなどと思い込んでいるのではないでしょうね?」



 カインが荒々しく滾る『動』であるならば、リーゼファラスは極限まで凝縮された『静』。

小柄な体の中に集束した膨大な力は、完璧に制御されて解放の時を待っている。

もしもそれが解き放たれれば、この場にあるものは全て水晶と化して砕け散るだろう。

その凄まじいまでの力を前に、《将軍ジェネラリス》――ステンノは息を飲みながらも笑みを浮かべる。



「ええ、勿論。あのお方と対等に戦う貴方を、私一人で倒せるとは思っていませんわ。けれど――」



 刹那――ステンノの周囲に、闇が溢れた。

そう錯覚するほどの力が、彼女の周囲に出現したのだ。

彼女の両脇に現れたのは、巨躯を持つ二体の黒い獣。けれどそれは、以前現れたような獅子の頭部ではなく、山羊と鷲の頭部をしていた。

その姿に、リーゼファラスはぴくりと眉を跳ねさせる。



「そんな、まだ二体も……!?」

「まさか……」



 驚愕と共に零れるのは、ミラとウルカの呻くような声。

カインとエウリュアレの剣戟の音に紛れるその中で、リーゼファラスは苛立ちの篭った声音で声を上げた。



「なるほど、養殖をしていた訳ですか。私達が倒したアレは三体目だった、と」

「ふふ……」



 リーゼファラスの言葉に、ステンノは不敵な笑みを浮かべる。

状況は、最悪と言っていいだろう。周囲は魔物だらけであり、《将軍ジェネラリス》の各個撃破が望まれる以上は混戦にならざるを得ない。

将軍ジェネラリス》は二体、更に《将軍ジェネラリス》の成りかけも二体――下手をせずとも、都市一つを壊滅させられる戦力だ。



「これだけの戦力でも、貴方を倒すのには厳しいでしょうね。けれど、貴方は今周囲に足手まといを連れている。彼女たちを護りながら、周囲に群がる魔物たちを全て……対応しきれるかしら?」

「……」



 リーゼファラスは沈黙する。

そんな彼女の様子に笑みを浮かべ、ステンノは周囲に強く響き渡る声で、魔物たちへと告げた。



「さあ、蹂躙なさい! 貴方たちの欲する強き魂はここにある!」

『グルォォオオオオオアアアアアアアアアッ!!』



 地を揺らすかのように、魔物たちの雄たけびが響き渡る。

圧倒的な物量、そして今回は質までもを兼ね備えている強大な魔物の軍勢。

それらを前に、ミラは硬直したまま動けずにいた。



(こんな、無茶苦茶な……無茶にも、程があるじゃない)



 雄たけびが止んで尚、地面は揺れ続けている。

真っ直ぐ立つ事が出来ず、膝を折りかけて――ミラはようやく、己の体が震えていた事に気がついた。

脳裏に浮かぶのは、かつてクリュサオルを前にしたとき、為す術なく倒れていった仲間たちの姿だ。

圧倒的な力の差、これまで積み上げてきた全てを否定する存在――それは敵だけでなく、味方も同じであった。

クリュサオルを一蹴したカインも、魔物たちをたった一人で斬り伏せたアウルも、人間では《奈落の渦》に勝てないと言い切ったリーゼファラスも。

自らの力を、価値を揺さぶられ。必死で磨き上げた力を否定され。立ちはだかった巨大な壁に、ミラは膝を折りかけていた。


 ――刹那。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



 ――咆哮が、響く。

幼い、少年の声で。

思わずその声の方へと振り返り、ミラは絶句していた。

ウルカが、まだ幼いこの少年が、圧倒的な劣勢の中で気炎を上げて立ち上がっていたのだ。

揺らめく紅の魔力を纏い、強い意志をその瞳に込めて、ただ真っ直ぐと。

その視線は、他でもないミラへと向けられていた。



「どうして……貴方が、諦めているんだ!」

「ウル、カ……?」

「僕は、負けない。負けたくない! 例え勝てなかったとしても、僕は絶対に諦めない!」



 恐怖が無い訳がない。ともすれば震えそうになる己を叱咤して、圧倒的な劣勢からも視線を背けず。

容易い事ではない――けれどもそれは、ウルカが己の力を知ってから、常に続けてきた事なのだから。



「僕は、戦う! 戦う理由なんて、まだはっきりと言葉に出来ない。でも――!」



 ゆっくりと包囲を狭めてくる魔物たち。けれど、ウルカは一切退く事はなく、むしろリーゼファラスに並ぼうとするかのごとく一歩を踏み出した。

二つの刃はこれまでに無いほどに強く燃え上がり、薄暗い神殿の内部を昼間のように照らす。

――自らの存在を、誇示するかのように。



「自分にだけは、負けたくないんだ!」



 ただただ、反骨の意志のみを貫いてきた少年。

それ故に、ウルカは劣勢の中でも膝を折る事はなかったのだ。

今この瞬間、ウルカの中には上層下層と言った意識は存在していなかった。

上層に対して常に抱いてきた劣等感と反骨心はその姿を隠し、ただ勝てるかもしれない強敵への戦い方を模索していたのだ。

カインから告げられた言葉と、リーゼファラスより示された新たな力。それらによって増長している面は確かにあるだろう。

しかし、そんな少年の姿に、リーゼファラスは確かに小さな笑みを浮かべていた。

彼女はそのまま正面へと視線を向け、ゆっくりと歩き始める。



「アウル、ミラ、ウルカ――有象無象の相手は、任せます」



 ――そんな言葉を、その場に残して。

リーゼファラスより告げられた言葉に、ミラははっとして視線を上げていた。

強大な敵の相手を押し付けられた事に対して絶望した訳ではない。

初めてリーゼファラスから頼られた――そう感じたためだ。

ただの足手まといではなく、自分のサポートのために戦って欲しいと、そう告げられたのだ。

その衝撃にミラが息を飲んでいる最中、ウルカは更に強く、ミラに対して声を上げる。



「ミラさん。敵は強い……だからどうか、共に戦って下さい!」

「っ……ああ、本当に、全く」



 ミラは、小さく苦笑する。

リーゼファラスとウルカから告げられた言葉――それは正しく、信頼と呼ぶべきものであった。

圧倒的な力を持ち、他者の助力など必要としないリーゼファラス。

上層に対する反骨心を持ち、無意識的にカイン以外の協力を拒んでいたウルカ。

そんな二人から告げられた言葉は、確かにミラの魂を揺さぶっていた。



「こんなの、私だけ格好悪いじゃない」



 ミラは、どこか自嘲じみた苦笑を零す。

近くで微笑んでいるアウルの存在にも気付きながら、ミラはしっかりと姿勢を正し、俯いた際に掛かった前髪を払う。

それだけで、彼女の表情の中から弱い揺らぎは消え去っていた。

恐怖はある。不安もある。けれど、そんなものは当然の事だ。



(安全な場所でのんびりと観戦して、それで満足する? そんなモノは、この私ミラじゃない)



 軽くレイピアを振るい、雷光を弾けさせる。

そうして調子を確かめたミラは、ゆっくりと前に歩み出て、ウルカの隣へと並んでいた。

女性としては背が高いほうであるため、まだまだ小さく感じるウルカを隣に感じながら、ミラは前を歩むリーゼファラスの背中を見つめる。

悠然と歩むその背中へと、声をかけるため。



「存分に戦って、リーゼ。後ろの事は、気にしないで」

「はい」



 ミラの位置から、リーゼファラスの表情を知る事は出来ない。

けれど、どこか笑っているようだと、ミラにはそう感じられた。

それを確かめる間もなくリーゼファラスは地を蹴り、それと同時に黒い魔物達は一斉にミラたち三人のほうへと殺到し始める。

黒い津波のごときそれらを前に――それでも、ミラは笑っていた。



「随分、きつい選択してくれたわね」

「でも、逃げないですよね?」

「ええ、当然。私には誇りがあるもの」



 多くの衝撃を受ける中で、一瞬忘れかけてしまったものだけれど――それは、ミラにとって芯にも等しいもの。

それを思い出させてくれた仲間に感謝するミラに、最早動揺は存在しなかった。

ただ、己の定めた在り方のままに。リーゼファラスに憧れ、その高みを目指したミラ・ロズィーア=ケラウノスを忘れずに。

ミラは、名を示す雷霆をその身に宿す。



「……ありがとう、ウルカ」

「……後で、ちゃんと聞きますよ、ミラさん」



 必ず生き残ろうと、そう言外に告げて――二人は、黒い群れへと挑みかかった。



「ふふっ……リーゼ様も喜びそうですし、ここは本気で行きましょうか」



 そんな闘志を滾らせるアウルの姿には、気付かないまま。





















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