48:斬り刻む刃
「回帰――《分断:肯定創出・刻剣解放》」
アウルが命じたのは、己が力を解き放つ事。
ありとあらゆるモノを断ち切る《分断》の能力の、その一端。
外見的な変化など何もないが、カインはアウルの刃に凄まじい密度の力が集っている事を感じ取っていた。
種類こそ今ミラ達が散布しているものと同じであるが、その密度は明らかに違う。
魂の力によって解き放たれた、上位神霊たちと同種の能力。
それが果たしてどれほどのものなのか――カインは、僅かに口元を歪めながらその様子を観察していた。
「では、行きましょう」
《奈落の渦》の入り口が揺らぎ、沸き立つ。
向こう側で蠢いていた無数の気配――それらを前に、しかしアウルはひとかけらの恐れも抱かない。
彼女は、己自身を肯定しているのだ。生粋の殺人鬼であり、生来の以上を抱えた己自身を。
『美しいものを見たい』という願いを理解し、その為に『リーゼファラスを補佐する剣』であると己の価値を定めた。
そんなアウルだからこそ、己の力を解き放つ事に一切の躊躇いがないのだ。
――そして、アウルが刃を構えると同時、魔物達は解き放たれた。
滝のようなその口より押し出されるように現れたのは、無数の《兵士》。
後から後から現れるそれは、瞬く間に数え切れないほどの数となり、アウルたちの方へと押し寄せてくる。
軍であろうと一息に飲み込まれかねないようなその物量を相手に、アウルはしかし優美に微笑む。
「特別ですよ?」
そう口にして、アウルはその場で刃を振るった。
たてと横、大きく一度ずつ。アウルが握っている武器は大型とはいえナイフであり、到底届くはずもない武器だ。
しかし、彼女自身は最早ただの人間ではない。
物質だけでなく、距離や魔力すらも断ち切る魔剣を手にした、最悪の殺人鬼だ。
振るわれる刃は単純に二度。左の刃を横に、そして右の刃を縦にだ。
そのたった二度の攻撃は――無数に溢れていた魔物の大半を、一瞬で断ち斬っていた。
アウルは今、自らの視界に映る『景色』を斬ったのだ。当然、そこに映っていた魔物たちも逃さずに。
流石に外からの攻撃で《渦》の入り口そのものを破壊する事は出来なかったが、出口がその一箇所しかない以上、アウルの攻撃を逃れる事は難しい。
結果として、《渦》の入り口には《兵士》の死骸が山積する事となっていた。
(肯定創出、ね……回帰とやらには二種類あるみたいだな)
その場から動く事無く刃を振るうアウルを一歩後ろから眺め、カインは胸中でそう呟く。
自分自身の回帰たる《刻限告げる処刑人》。その力を操る事ができるからこそ、カインはその違いに気がついていたのだ。
死神の大鎌を作り出す己の力と、今アウルが使っている力は、同じ回帰であるが別種の能力であると。
(元となってる力の違いだけじゃねぇ……形式から違うのか?)
具体的な理由など無いが、ある種の実感がある。
それは直感的、或いは本能的な理解と呼べるだろう。
カインの使う力は体から離れて大鎌という形へと変化するのに対し、アウルの使った力はその肉体で作用して外へと放たれている。
(能力の強化とも呼べる訳か……リーゼファラスでこれを考えるとやばそうだが)
同種の力を持ち、カインたちよりも更に強大な力を持っているリーゼファラスも、当然ながら回帰を使用できる。
しかし、カインは未だ、彼女がそのような力を使った場面を目にした事はなかった。
そして、もしもそれを使用したならば、一体どれだけの力を発揮するのか――想像すら出来ず、カインは小さく息を吐き出す。
それと同時、彼は一つの可能性を脳裏に浮かべていた。
――その力なら、己を殺す事が出来るのか、と。
(……いや、違う。何故かは知らんが、確信がある……その先に辿り着く事が必要なはずだ)
アウルですら辿り着いていない力の極致。上位神霊たちと同質の力。
そこに辿り着くための前段階こそが、今アウルが操っている力なのだ。
故に、カインは観察する。己に足りぬものが何なのか、それを知るために。
(力を発動させるプロセスが違っている……どういう事だ? 効率化された結果なのか、それとも俺の力が何かおかしいのか)
内側から引きずり出すようなイメージで力を使っているカインと、体全体に力を充足させているようなイメージのアウル。
リーゼファラスが力を使う場面をみていない為どちらが正しいのかは分からないが、アウルの方がより効率化されている事は、力を持つ当事者たるカイン自身が誰よりも把握していた。
何かがおかしい、何かが引っかかっている。重く響くような頭痛に眉根を寄せながら、カインはただアウルの様子を観察し続けていた。
が――
「……そうも言ってられないか」
いかなアウルとはいえ、力の制御に集中しながらでは全ての敵を討ち漏らさずに斬り裂く事は難しい。
しかし未だ黒い獅子の姿は現れず、ミラたちの力の放出を止める訳には行かない。
ならば、と僅かに口元を歪めると、カインは銃を抜き放ち押し寄せてくる魔物へ向かって銃を構えた。
放たれる弾丸は《兵士》の身体を容易く引き裂き、その身を微塵に砕け散らせる。
「……おい、もうちょっと流してもいいんだぞ?」
「いえいえ、カイン様には観察の余裕を持って頂かないといけませんから」
基本的に、アウルの攻撃を逃れ得るのは《兵士》だけだ。
《重装兵》はその巨体ゆえに攻撃を避けられず、《砲兵》が砲門を出したとしても真っ先に斬り落とされる。
現状ではそれ以外の魔物は姿を見せておらず、結果としてカインが積極的に攻撃を行う必要がない程度にしか零れた敵は発生していない。
小さく嘆息し、カインは弾丸を放ちつつもアウルの観察を続けていた。それ以外に、やる事がないのだ。
そんなうんざりとした様子のカインに対し、アウルは刃を振るいながら声をかける。
「いいですか、カイン様。私たちのような《欠片》を持つ者ならば、回帰に至れば必ず肯定創出が使えるようになるはずなのです」
「そうなのか?」
「人ならざるモノ、人の形をした理へと至る為の前段階。その為には、肯定創出が必要なんだそうです」
私には実感ありませんけど、と呟きながら告げられたアウルの言葉に、カインは目を細めて思案していた。
自分自身の異常について、考えを巡らせていたのだ。
「肯定創出が使えない場合ってのはないのか?」
「ありえません。そもそも、それでは回帰の力全てが使えないはずなのですから」
「……となると、異常なのはこっちの方って事か」
舌打ちし、カインは頭を掻く。
回帰の力は使えるものの、発動プロセスはアウルと異なっているように感じられる。
その上、肯定創出の力を使う事は出来ず、発動の仕方も操り方も分かっていない。
どこか焦りにも似た感覚を覚えて頭を抑えるカインの様子に、アウルは僅かに嬉しそうな表情を浮かべながら声を上げた。
「ふふ……慌てなくてもいいんですよ。カイン様はきっと、既に使えているはず。その不死の肉体こそ、その証だと思いますから」
「……この能力が、か?」
「ただの能力行使にしては強すぎますしね。まあ、力の使い方を自覚したらもっと強力になるかもしれませんけど」
何の根拠もない話ではあるが、これは能力者同士の会話だ。
元より感覚的に能力を操っている部分が大きいため、直感も決して馬鹿にできたものではない。
話半分ながらも一応は記憶に刻みつつ、カインは肩を竦めながら視線を前方へと戻していた。
――感じた強烈な殺気から、視線を外さぬように。
「ッ……!?」
同時、アウルの腕が大きく跳ね上がる。
まるで、何かによって攻撃を弾き返されたかのように。
あらゆる物を分断するアウルの攻撃を受け止める事はほぼ不可能であり、その能力を防げるのはカインの剣のように強い力で護られた物質のみだ。
つまり、今アウルが振り下ろした刃の先には、アウルの攻撃を防げるだけの強力な力を持った存在がいる事になる。
その気配に、カインは楽しげに口元を歪めていた。
「……来たか」
現れたのは、黒い鬣と角を持つ魔物。
獅子にも似た姿であるが、その尾は蛇となって蠢いている。
以前見かけたものと全く変わらない、《将軍》に成りかけた魔物の姿。
地を揺らすような唸り声と共に現れたそれに、カインは正面から視線を受け止め――僅かに、肩を竦めた。
ちょうどアウルの力に意識を集中していたためだろう。例え離れていても、黒い獅子の力を感じ取る事ができたのだ。
その総量はアウルには届かず、以前戦ったクリュサオルよりも下回っている。
当然と言えば当然であるが、カインの不死性を貫く事は絶対に不可能であろう。
結局の所、自身を殺すことの出来ない相手には、ただ単に戦いを楽しむ以外の価値を見出すことは出来ない――そう考えていたカインの背中に、リーゼファラスの声がかかった。
「私はミラたちを護りますので、あれの処理は任せましたよ。アウル、カイン」
「だ、そうですよ。カイン様、どうでしょう?」
「戦ってもいいが、鎌を抜くほどじゃねぇな」
「ですねぇ。それでは、私が行きましょう」
まるで近所に買い物に行くかのような軽い調子で、アウルはにっこりと頷く。
そして彼女はその場で調子を整えるように軽くとんとんと跳ぶと、一気に強く踏み出して、敵へと向かって突撃していた。
瞬時にトップスピードに乗った身体は50メートルほどあった距離を5秒で詰める。
常識外の速度を出すアウルに対し、黒い獅子はしかしきっちりと反応して巨腕を振るっていた。
振り下ろされた大木のごとき前足は、鋭い爪によって空間を引き裂きながらアウルへと迫る。
だが――その程度の動きに、彼女が反応できないはずがない。
「ふふっ」
身体を捻りながらの跳躍。
それと同時に振るわれた刃は、獅子の腕を正確に斬り裂いていた。
しかし、普段のような凶悪な切れ味は見せず、ナイフの刀身と殆ど変わらない傷しか付けられていない。
(大量の魂を喰らったが故の防御と強度か……俺の剣が防がれた事を考えれば、あっさりと斬れるだけ凄まじいって所だな)
自身のファルクスを防がれていた事を思い返し、カインは視線を細める。
《刻限告げる処刑人》を使えばその防御も打ち砕く事は可能だろうが、アウルのようにあっさりと斬り裂く事は出来ないだろう。
しかし、相手は巨体を持つ魔物である。いくら肉厚の大型ナイフとはいえ、獅子と比べれば指先ほどの大きさもないだろう。
そのナイフの大きさでは、いくら傷をつけた所で大きな痛手とはなりえない。
しかし――
「……へぇ」
カインは、獅子の動きを見て感心したように呟いた。
振り下ろされた獅子の右前足――それが、そのまま動かなくなっていたのだ。
正確に言えば僅かながらに動いてはいるが、関節から先を上手く動かせなくなってしまっている。
(あの一瞬で腱を斬ったか。能力も大したもんだが、小手先の技もかなりのものって訳か)
改めて、カインはアウルを観察する。
能力の強さと不死性を前面に出して戦えば、自分は彼女に勝てるだろう――カインは、これまでそう考えていた。
しかし、今の光景を見て、その認識を考え直していたのだ。
果たして、決着がつく勝負になるのだろうか、と。
跳躍したアウルはそのまま翼の間を潜り抜け、その付け根の部分をナイフで斬りつける。
ただそれだけで、獅子の翼は動きを止めて地面へとしな垂れる。
アウルはそのまま獅子の背を蹴って跳躍し――そこに、蛇の尻尾が襲い掛かった。
毒液を垂らしながら牙を剥く顎へ、しかしアウルは冷静に刃を構える。
「まだ、ですよ」
逆手に持った右の刃で口を受け止め、横薙ぎに振るった左の刃が尾を途中から寸断する。
回帰の力が存分に込められたナイフだ。例え空中であったとしても、比較的細い尾を断ち斬れない訳がない。
そして跳躍の勢いは殺さぬまま、アウルは獅子の真上でぐるりと身体を回転させる。
ナイフを逆手に、腕を交差させながら――彼女は、獅子の首へと飛び込んだ。
『グ、ギィ……ッ!?』
「これで――」
獅子はアウルを振り払おうとする。
だが、既に遅い。突き刺したナイフを持ち替えるようにつかみ、力を込めながら――アウルは、美しく微笑む。
「――終わりです」
そして――彼女は、刃を振りぬくように獅子の首を落としていた。




