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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
1章:始まりのエチュード
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04:誇り高き者

次回からはもう一作と交互に隔日更新になります。









「リーゼファラス……貴方、やる気はあるのかしら?」

「ジュピター様はあらかじめ仰っていた筈ですよ。私は、《将軍ジェネラリス》が出てきた時の為の保険だと」



 ミラからの言葉を躱し、リーゼファラスはそう呟きながらティーカップを傾ける。

クレーテの上層、そこにある神殿は、この地における正印教会の本拠地であった。

その一室、最高級の応接間にてこの地の司令官を待ちながら、リーゼファラスはこれ以上なくリラックスした体勢をとっていた。


 周囲の雰囲気は、あまり良いとは言えない。

契約者の集う場所とは言え、《奈落の渦》との戦いにおける疲労は隠しきれていない。

状況は切迫している。この援軍がなければ、クレーテは一ヶ月以内に落とされてしまうだろう。

それを淡々と認め、リーゼファラスは嘆息する。



「貴方は確かに優秀な契約者ですが、実戦経験はそこまで多くはない。まあ、貴方はオリュークスの最終防衛ラインの扱いでしたから、あまり自由に出歩いて敵を狩る訳にも行かなかったのですし、仕方ないと言えば仕方ないですが」

「……それは自覚してるわ。けれど、貴方が真面目に戦わない理由にはならないでしょう?」

「真面目にはやっていますよ。単に、私は安易に力を見せびらかす訳には行かないと言うだけです」



 『最強の聖女』の称号は、諸外国にまで響き渡っている。

曰く、数万の数で溢れ出した《奈落の渦》の魔物を、たった一人で殲滅した。

曰く、オリュークス近くに開いた《奈落の渦》に単身乗り込み、一人で核を消滅させた。

その異様と呼べるほどの武勇は、最強の名に恥じないだけの戦績を残している。

しかしながら、彼女がどのような力を持っているのかは、オリュークスの人間を含めて殆どが知らないのだ。

正印教会の上位、『ケラウノス』の称号を持つミラですら、それは同じである。

そしてそれが気に入らず、ミラは視線を鋭くしながら声を上げた。



「力を隠していながら、いざと言うときに全力を出せると言うの?」

「いざと言うときには全力を出しますよ。けれど、正直な話、私が全力を出すほどの相手など現れるとは思えません」

「……貴方の力がどういうものなのかは知らないけれど、民の血が流れようという時にまで出し惜しみをしているようならば、私は貴方を許さないわ」

「ああ、それに関しては安心しても構いませんよ」



 リーゼファラスは、ティーカップを置きつつ肩を竦める。

無辜の民の血が流れる事は無いと、そう宣言するかのように。

――僅かな殺意と狂気を、滲ませながら。



「私がこの世で最も嫌いなものは穢れ……あの《奈落の渦ゴミクズ》共は、特に存在を許せません。奴らが好き勝手出来る状況を見るぐらいならば、私があの不浄共を一つ残らず砕きましょう」

「っ……そ、それならいいのだけど」



 その濃密な殺気に、ミラは一瞬言葉を詰まらせる。

リーゼファラスの放つそれは、気も魔力も強いミラすらも圧倒するほどに強いものだったのだ。

思わず二の句が告げられなくなったミラは居心地悪そうにしながらも沈黙し、ソファに深く身体を沈ませる。



(何者なのかしら、一体……?)



 ミラが横目でちらりと視線を向ければ、リーゼファラスは部屋の隅にいたメイドを呼びつけ、紅茶のおかわりを要求しているところであった。

その姿の中には、先ほどのような強い狂気は存在しない。



(謎も謎、謎だらけ……出自も抹消されているし、どのような神霊と契約しているのかすらも定かではない。けれど、戦績もその強さも本物。そうでなければ、こんな場所まで派遣されてくる訳がない)



 先ほどの殺気も、それ相応の力がなければ持てる筈もない。

彼女には力がある。この状況ですら僅かな焦りも覚えぬ、圧倒的な力が。

それ故に、ミラには彼女の存在が理解できなかった。

何故それ程の力を持ちながら、その力を滅多に発揮しないのか。

何故、力を見せびらかす事ができないのか。少なくとも国内であるならば、それ程秘密にするような理由もない。

それに彼女の力ならば、例えそれを知られても、相手を上から踏み潰すほどの力があるだろう。

だと言うのに、何故――そう考え、再び疑問を口にしようとした瞬間だった。



「――お待たせしました」



 ノックと共にそう声が響き、そして扉が開く。

扉の向こうから現れたのは、白いローブのような法衣に身を包んだ女性。

穏やかで落ち着きのあるその美貌は、しかし今は疲労によって翳っていた。

それでもその表情に精一杯の笑顔を浮かべ、彼女は深々と頭を下げながら声を上げる。



「遠路はるばる、お疲れ様です。リーゼファラス様、ロズィーア様。わたくしは、このクレーテ神殿にて大司教を勤めさせて頂いております、アルテア・フィニクスと申します」

「貴方は、神霊ディアーナの契約者の……申し遅れました、フィニクス様。私はミラ・ロズィーア=ケラウノス……ミラとお呼びください。そしてこちらが――」

「リーゼファラスです。呼び方はさして気にしませんよ。なんなら、愛称の『リーゼ』でも結構です。貴方は、中々綺麗な魂をしているようですし」

「これはご丁寧に……ではわたくしの事も、アルテアとお呼びください」



 アルテアは、二人の言葉に対して小さく笑う。

疲労は隠しきれてはいないが、その表情の中には確かに、二人を歓迎する意志が含まれていた。

大司教にして、上位神霊との契約者――この立場は、ミラと全く同じものだ。

元々、上位神霊との契約者と言うだけで司教以上の立場が約束されているが、ミラほどの若さで大司教の位階を得る事は難しい。

彼女は、それだけの功績を挙げているのだ。

ちなみに、リーゼファラスには明確な役職は存在しないものの、枢機卿と同等の扱いを受けている。


 二人の視線は、自然とアルテアの事を観察する。

彼女の契約するディアーナは、森と弓を司る上位神霊だ。

その契約は、契約者に植物を操る力と精密なまでの弓術を与え、強力な射手としての力を得る事が出来る。

さらに薬などの知識も与えられ、今このクレーテが少ない戦力で持ち応える事が出来ているのは、偏に彼女の尽力があってこそだろう。

それを認め、リーゼファラスは視線を細める。力に驕る事のない精神は、彼女にとって好ましいものだ。

元より、上位神霊との契約者はそれだけ強い魂を持っていることが多く、堕落するような人間は少ないのだが。



「それで、アルテア様。今の状況は?」

「正直、芳しくないとしか言いようがありません。相手は無尽蔵に沸き続け、こちらは消耗するしかない。私が出ようにも、森がなければ力を発揮しきれない……せめて反対側から攻めてきてくれていれば、やりようがあったのですが」

「今更そんな文句を言っても仕方ないでしょう。しかし、打って出ようとせず、こうして援軍を待ったのはいい判断だったと思います」



 肩を竦め、リーゼファラスはそう口にする。

その言葉の中には、純粋に賞賛が含まれていた。

実際の所、アルテアが打って出たとして、《奈落の渦》の核を潰せていた可能性は低い。

もしも《将軍ジェネラリス》――《渦》より出でし魔物の中で最上級の存在が現れた場合、彼女でも太刀打ちする事はできなかっただろう。

《奈落の渦》は、それ程強力なものなのだ。



「ありがとうございます、リーゼ様。今はミラ様からの指示通り、怪我人の治癒に専念しております。幸い、薬の備蓄には困っておりませんから、治癒能力者の数が少なくても対応は可能です」

「そう……それは良かった」

「けれど、大丈夫ですか? いかな精鋭とは言え、アレだけの数を――」

「いざと言う時のために、彼女がいるのですから。こういう時ぐらい力を発揮して貰わないと困るわ」

「はぁ、貴方も中々しつこいですね。必要とあらば力を使いますよ」



 ミラの言葉に対し、リーゼファラスは小さく嘆息する。

対するミラもまた、それ以上の言及はせず、視線をアルテアの方へと戻した。

一応リーゼファラスの事に関しては、半分ほどは冗談だ。



「アルテア様。彼女の事もありますが、私はジュピター様と契約を交わしています。あの方の力は、全ての神霊の中で最も範囲が広く、破壊力が高い……時間さえあれば、一人でも十分相手取れると考えています」

「そう、でしたね。とは言え、私も『ケラウノス』の方が力を使う場面を見た事はないのですが……今は、その力に頼らせて頂きます」

「お任せください。必ずや、《奈落の渦》を破壊して見せましょう」



 自信を持って、ミラはそう宣言する。

ジュピターの力は広範囲かつ高威力、平地での殲滅戦においては非常に強力な力を発揮する。

彼女の言葉は決して思い上がりなどではなく、純然たる事実であった。

兵士ミーレス》やその上の魔物であれば、どれほどの数がいようと大した問題ではない。

無論、それだけの威力を発揮するにはそれ相応の溜め・・が必要になるのだが――



「ですが、少数の戦力で魔力を練り上げる時間を稼げますか?」

「可能でしょう。私の部下は優秀な者が揃っております」



 神霊契約の行使は、魔力を神霊へと奉げ、返って来た力を行使するという形になる。

長時間持続する力もあるが、一撃に高い威力を発揮するようなタイプでは、奉げる魔力の純度やタイミングも重要になる。

あらかじめ準備をしながら待ち構えると言うのは、少々難しいのだ。

それ故、相手がある程度の距離まで近付いてから力を練り上げ始める必要があるのだが、そうなれば戦端の接触は防げないだろう。

故に、ある程度的の動きを抑えなければならない。



「……ロズィーア、貴方はどんな方法で《渦》の魔物を押し留めるつもりですか?」



 その方法に関して、リーゼファラスがミラに対して問いかける。

彼女の方からミラに声を掛けるという事自体が珍しかったため、若干驚いた表情で固まっていたが、ミラは気を取り直すと小さく頷いて声を上げた。



「順当に、前衛と後衛に分かれて戦うべきね。前衛が戦線を維持し、後衛が火砲支援を行う。あまり長い時間稼ぎは必要ないわ、どれだけ溜めが長かったとしても数分間……その後、後衛の援護を利用して前衛が下がり、そのタイミングで私が撃つわ」

「ふむ、確かに順当ですね。それで、部隊の構成はどうします?」

「決まっているわ――」



 一度置き、ミラはじっとリーゼファラスの目を見つめる。

彼女は、自らが言おうとしている言葉が、上層の人間として変わっていることを理解している。

その上で、リーゼファラスの反応を確かめようとしているのだ。



「――上層の部隊の半数が前衛、残る半数と下層の部隊が後衛よ」



 その言葉に、リーゼファラス以外の人間が揃って息を飲む。

そして彼女は――小さく、口元に楽しそうな笑みを浮かべていた。



「変わっていますね、ロズィーア。他の人間なら、下層の人間を捨て駒にして時間を稼ぐと言い出すと思いますが」

「非効率的ね。私達はただでさえ戦力が限られていると言うのに、それを無意味に減らすような真似をする意味があるとは思えないわ」

「成程、公平な目線ですね。しかし、それだけですか?」

「いいえ、違うわ。私には私の信条がある」



 驚いているアルテアや、目を見開いて呆然としている周囲のメイドたち。

そんな彼女たちの視線に臆する事無く、ミラは真っ直ぐと、胸を張って言い放つ。

その言葉だけは、絶対に否定はさせないと。

己が信ずる己が誇りだけは、絶対に誰にも譲りはしないと、そう宣言するかのように。



「私達は力有る者よ。たとえ契約という借り物の力であったとしても、私達はそれを行使する事ができる。故に、その力には、それ相応の義務と責任が存在するわ。力が有るのならば、弱き者を護るのは当然の事よ」

「貴方は、その力で弱き者たちを護ると……それが、ジュピター様に誓った言葉ですか?」

「ええ、その通りよ。上層、下層、下らない括りだわ。力が有るか無いか、ただそれだけよ。力有る者は力無き者を護り、そして力無き者は力有る者を支える。どちらにもすべき事はある……それを忘れるような甘えを、私は認めないわ」



 強く、鮮烈に、ミラはそう言い放つ。

ただ真っ直ぐに、己が信じた道を邁進するその姿は、リーゼファラスから見ても美しいものであった。

力にはそれ相応の責任を。逃げを認めず、弱さを許さず、常に胸を張って生きられるように。

息の詰まりそうな在り方だと、リーゼファラスは思う。けれど同時に、それを貫けるミラに対し、純粋に敬意を払う事が出来た。

リーゼファラスは何よりも、美しい物を好む存在であったから。



「成程、ジュピター様が認めるのも頷けます。貴方は本当に、美しい魂を持っている」

「お世辞なんていらないわ。これは、私の矜持だもの」

「いえ、私も下層の人間に対する蔑視など持ち合わせておりませんので。それがあなたの矜持だと言うのなら、私も協力しましょう」



 その言葉に、ミラは訝しげに眉根を寄せる。

とにかく様々な事に興味を持たず、つまらなそうな表情をしていたリーゼファラスが、非常に楽しそうな笑みを浮かべていたからだ。

そして出てきた言葉がそれでは、ミラでなくても疑うと言うもの。

けれどそんな反応も気にせずに、リーゼファラスは声を上げる。



「まあ、具体的には後衛の護衛でしょうかね。上層の人間なら自衛できるでしょうし、後衛にいる下層の人間たちを護って差し上げましょう」

「……本気、かしら?」

「ええ、神に誓って」



 最後の誓い――その言葉には、強く重い響きが混じる。

リーゼファラスの神に対する思いはミラには分からないが、その言葉が本気であると言う事は簡単に理解できた。

小さく息を吐き、彼女はリーゼファラスへと声を発する。



「お願いするわ。一人も死なせる事が無いように」

「ええ、任されましょう……さて、そちらは何か言う事はありますか?」



 ミラの言葉に対して頷くと、今度はアルテアの方へと視線を向けてリーゼファラスは声を上げる。

その言葉に対し、沈黙を保っていたアルテアは、小さく息を吐きつつ声を上げた。



「いえ、わたくしからは何も。ただ、ミラ様の思いに圧倒されるばかりでしたわ」

「成し遂げてこそ、意味がある矜持です。驚くのは、戦いを終えてからにして下さい」

「ええ。それでは、早めに準備の方を――」



 アルテアが、そう言おうとした――その、瞬間だった。

慌しい声と共に、部屋の扉がノックされたのは。



「大司教様! 《奈落の渦》の観測手より伝達が――」



 三人は、すぐさま立ち上がる。

戦火はもう、すぐそこまで迫ってきていた。





















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