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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
47/135

45:黒の獣












「――死ね」



 ぼとぼとと、天井から落ちてくる無数の魔物。

地面の下を蠢く気配も、横合いから殺到してくる姿も――その全てを捉えながら、カインは嗤う。

漆黒のコートの表面は、その内側から伸びる黒い刃によって突き破られ、その姿を変貌させていく。

そして、カインは地を蹴った。



「はっ、ははははははははははははははははッ!!」



 両手の甲を裂くようにして現れたのは、左右三本ずつのファルクスの刃だ。

指を覆うようにして伸びる計六本の刃は、まるで巨大な鉤爪であるかのごとく、カインの腕に定着する。

しかし、痛痒を感じる様子など欠片もなく、カインはその両手を振るう。

例えどの場所から伸びていようと、死の刃の切れ味に曇りなど発するはずもない。

まるでバターに熱した刃を当てるかのごとく、カインの黒爪は《兵士ミーレス》の身体を易々と寸断していく。



「ちったぁ頭使ってるんじゃなかったのか、ああ!?」



 銃はあまり使わない。近くにウルカがいる以上、下手に飛び道具を使用するのは危険だからだ。

とはいえ、ウルカの霊的装甲ならば、カインの弾丸の一発程度ならば容易く受け止められるのだが。

しかしそれでも隙を作る事になりかねないので、一応は自重しながら、カインは低い姿勢で《兵士ミーレス》へと向けて駆け出した。

地に擦るほどに低い姿勢から振り上げられた爪が、敵の頭を正面から分割する。

そしてそれと共に跳躍していたカインは、《兵士ミーレス》の背を蹴って更に跳躍し、その先にいた敵の頭を寸断していた。

その様子を横目で見て、ウルカは小さく目を見開く。



「そうか、頭上なら……!」



 両手の刃を振るい攻撃を弾き返しながら敵を焼いていたウルカは、そう呟いて跳躍していた。

兵士ミーレス》や《重装兵クルス》といった蟲のような姿をしている《渦》の魔物達は、その姿の性質上、頭上への攻撃を苦手としている。

完全な安全地帯とまでは言えないが、地上で正面から戦うよりも、遥かに攻撃を受ける危険性は少ないのだ。



(とはいえ、慣れるまでにちょっと掛かりそうだけど――)



 思考もそこそこに、ウルカはヴァルカンの剣を《兵士ミーレス》の背に突き立てる。

その鋭い刃と吹き上がる炎で魔物を内側から破壊し、ウルカはカインに倣って再び跳躍していた。

その最中、とにかく自らの感覚を精鋭化させ、ウルカはじっと戦場を観察する。



(大雑把になってはいけない。もっと適切に、正確に、精密に……最小限で、最大限の効果を)



 ウルカの力は炎であり、その破壊力は元々非常に高いといっても過言ではない。

その為、これまでは小手先の技などは必要としてこなかったのだ。

振り下ろした刃の鋭さと、発せられた炎の破壊力は、《重装兵クルス》すらも容易く打ち砕く。

けれど、それだけでは足りないという事実を、以前の戦いで思い知らされたのだ。


 着地と同時に刃を突き立て、それを振りぬきながら発した炎で隣の魔物を焼き尽くす。

更にその炎を目眩まし代わりに使いながら、炎の壁を突き抜けるようにして前へ。

――瞬間、頭上から落下してきた魔物が、ウルカの目の前へ降り立っていた。



「ッ……はああああっ!」



 ウルカは反射的に両の刃を振り抜き、その身を粉砕する。

その破片と、発せられた爆発の衝撃に乗りながらウルカは更に高く跳ぶ。

今の己の失態を、確かに胸に刻みつけながら。



(警戒が足りていない……今は全方位からの攻撃があるんだ、もっと集中しないと!)



 地面の下からの見えない攻撃を警戒しなくてよい分、頭上へと意識を割く事ができる。

足元も、敵を足場として戦っている以上、見える敵のみを警戒しておけば問題ない。

想像以上に効率的なこの戦い方に、ウルカは思わず驚嘆していた。



(そうだ、これだ……僕が持っていなくて、カインさんやアウルさんが持っているもの)



 一言で言ってしまえば、戦いのセンスというべきものだろう。

敵を倒すためにより効率化された戦闘技術。彼らはそれを、己の力に合わせて最適化している。

故に、カインの戦い方を、そのまま己に当てはめる事は無理だ――それを理解して、ウルカは強く剣を握る。

カインは不死であるが故に、ほぼ捨て身のままに戦いを続けている。

もしも他の誰かがこれを真似すれば、一分と経たずに命を落とす事になるだろう。



(だから、僕は――)



 自らの強み、鋭い刃と炎の破壊力。

ミラの雷のような速さはない。だが、触れたものを確実に打ち砕く破壊力がある。

ならば――それを、当てるだけでいい。ウルカは、今まさにそれを理解した。



「そこ、だっ!」



 全力を込める必要はない。《兵士ミーレス》を破壊するならば、刃を軽く払うだけでも十分なのだ。

故に、ウルカは刃に炎を宿し、大きくそれを旋回させる。

刃に触れた傍から魔物達は燃え上がり、次々とその身を灰へと変えていく。

そう、それだけで十分なのだ。口元を僅かに笑みへと歪め、ウルカは刃同士を連結させる。



「おおおッ!」



 ぐるりと廻る刃は、火の粉と灰を撒き散らす。

纏う炎は円環と化し、巨大な篝火と化した刃はその重量を感じさせぬ動きで翻る。

それはまるで、炎の舞。まだ僅かにぎこちなく、どこか荒々しいものではあったが――それは確かに、ウルカの完成させた一つの答えであった。

そんな少年の様子を視界の端に確認し、カインは小さく笑みを浮かべる。



「くははっ」



 零れる笑みは、どこか賞賛の混じったもの。

未だ若き少年が、一つの道筋を見出した事を喝采するように。

生に溢れるその姿は、死を尊ぶカインにとって、非常に美しく映るものだったのだ。

価値観など、他者に理解されはしない。リーゼファラスも、アウルも、それは十二分に理解しているだろう。

だからこそ、これは誰にも理解されない考え方だと――それを知りながらも、カインはただ笑みを浮かべる。

生があるからこそ、死があるのだと。



「さあ、もっと景気良く行こうじゃねぇか」



 呟き、カインは跳躍する。

手の甲より伸びた刃を振り下ろし、足場とした魔物の頭部を斬り裂くと、その腕を再び横へと振るう。

頭部を抉り取るようにしながら振るわれた刃は、横合いから振り下ろされようとしていた《兵士ミーレス》の鎌を切断する。

そしてカインはその姿を確認する事も無く、再び跳躍してその足を振り下ろしていた。

踵を貫いて生えた刃は靴に沿うようにして装着され、その足の一撃によって《兵士ミーレス》は綺麗に両断される。

全身より現れる刃の形をした漆黒の“死”は、最早カインを全身凶器へと変貌させていた。



「くっ、ははははははは!」



 背中を狙う攻撃があれば背中から、脇腹を狙う攻撃があれば脇腹から、顔面を狙う攻撃があれば顔面から。

あらゆる部位より現れる刃が、魔物の攻撃を迎撃し、更に返す一撃で両断する。

その身は最早、人の形など留めていない。

生えては消える刃と共に、舞い踊る漆黒。人の形をしていないが故に、その姿は最早人間などには到底見えなかっただろう。

獣か、或いは死神か。黒い刃の蠢く中で、触れたものを次々と斬り裂きながら、黒き男は戦場を駆ける。


 翻る炎の紅蓮と、死の漆黒。

その二つは周囲より押し寄せる黒の魔物たちを押しのけ、触れた先から粉砕し、その包囲網を抜け出していた。



「小僧!」

「はい! 『έγκαυμα』!」



 瞬間、カインはウルカへと声をかけ、ウルカもまたその意味を瞬時に理解していた。

その口を割って放たれるのは神域言語。上位神霊の領域で交わされる言葉であると同時に、彼らの力を最大限に引き出す為の力ある言葉だ。

それと共に、ウルカの持つダブルセイバーからは強大なまでの炎が迸る。

しかしその炎はウルカの身を焼く事無く、その切っ先に宿り刃ごと徐々に回転を始めていた。

そして――



「『Τροχών του πυρκαγιάς』ッ!!」



 ――刃は、炎の車輪となってウルカの手より放たれた。

天を衝くほどに巨大な炎と、それを支える鋭い刃。

高速で回転しながら地を走るそれは、焼け焦げたような轍を残しながら魔物たちを蹂躙していく。

それは、見渡す限り全ての魔物たちを焼き尽くそうと駆け抜け――


 ――次の瞬間、弾き返されていた。



「ッ!? 戻れ!」



 ウルカの命ずる声と共に、炎を発する刃は空中から消え去り、ウルカの手の中に再び顕現する。

ウルカはそれを再び双剣の状態へと戻し、重心を深く構えてすぐさま警戒の姿勢を取っていた。

カインもまた、正面に対して警戒の視線を向けながら、ゆっくりとその刃を構える。



「小僧、どの程度の魔力を込めた?」

「《重装兵クルス》だって問題なく焼き尽くせる程度には。あれを止められるはずがありません」



 ウルカの放った炎の車輪は、魔物の中で最も高い耐久度を誇る《重装兵クルス》すら一撃の下に焼き尽くすだけの力を誇っている。

故に、どのような魔物であれ、あれを受け止められる筈がないのだ。

剣を手から離すというリスクに見合った、ウルカの使える技の中でも最高クラスの破壊力を持つ攻撃。

それを弾き返すなど、ただの魔物に可能なはずがない。

だとするならば――



「……いないんじゃ、なかったんですか?」

「いや、こいつは俺も予想外だ。どういう事なんだかな、コイツは」



 視線の先、炎と灰が舞う戦場の中――そこに、一体の異形が存在していた。

四本足の獣の姿をした、漆黒の魔物。獅子のごとき顔と鬣の中から覗くのは、雄牛のように立派な角。

肥大化したかのごとく盛り上がる強靭な体躯の背中からは、蝙蝠のごとき漆黒の翼が一対。

そして尻尾は徐々に鱗が張り付き、その先端は蛇の顎と化して蠢いていた。

今までの魔物にはない、その姿。



「《将軍ジェネラリス》、ですよね」

「ああ。これまでの魔物の姿には当てはまらんし、力も十分にある……確定だろうな」



 硬い響きを持つ言葉。しかしウルカの表情の中に、緊張はあれど絶望の色はなかった。

この場にはカインがいるのだ。少なくとも、何も抵抗できずに負けるような事はありえない。

獣と人、軋むような空気の中、両者は黙して対峙する。

――刹那。



『グルゥォオアアアアアアアアアッ!!』



 黒き魔獣は、その身をかがめると一気に跳躍し、カインたちの元へとその巨体を躍らせた。

あまりにも巨大なその圧力に、ウルカは思わず息を飲む。



「躱せ、小僧!」

「ッ、はい!」



 けれど、響き渡ったカインの声が、ウルカの身体を動かしていた。

振り下ろされる魔獣の腕を、ウルカとカインは跳躍する事で躱す。

魔獣の腕はそんな二人が一瞬前までいた場所へと振り下ろされ――その地面を、クレーター状に陥没させながら砕け散らせていた。

飛び散る石片の中、そのあまりの破壊力に、ウルカは思わず目を見開く。



「なんて、威力……っ」

「呆けてるなよ、当たらなきゃいい話だ!」



 着地したカインはそう叫ぶと、すぐさま魔獣へと向けて地を蹴る。

その手には改めてファルクスが握られ、鋭い漆黒の刃は一直線に獣の胴へと突き出される。

しかしその切っ先は、瞬時に割り込んだ黒い翼によって遮られていた。

しなやかな翼膜に見えたそれは、しかし非常に高い硬度を誇っており、まるで最初から防御に使用する為に生えているかのごとく自在に動いている。

攻撃を受け止められたカインは舌打ちし、すぐさまその場から飛びのいていた。

そしてその一瞬後、彼のいた場所を、蛇の尾が喰らいつくようにして貫いてゆく。



「はぁッ!」



 瞬間、まるで交代するかのように、ウルカが刃を構えて飛び込んでいた。

地を這うようにして駆け抜け、上段から振るわれる右の刃。

宿る炎は紅に燃え上がり、その一撃と共に指向性のある爆発を発生させていた。

その衝撃に、魔獣の体が呻き声と共に一瞬揺らぐ。



(ダメージが通った!? あの時の《将軍ジェネラリス》よりも防御は硬くないのか!)



 かつてクリュサオルと戦ったとき、同じ攻撃でかの《将軍ジェネラリス》は小揺るぎもしなかった。

しかし、この魔獣は確かに、痛みを感じるような反応を見せているのだ。

無論、この攻撃は《重装兵クルス》の外殻すら打ち破る破壊力を持っている。

それをまともに受けて、僅かに揺らぐ程度にしかダメージを受けないのは、驚嘆すべき事実だ。

――しかし、効いていない訳ではない。



「はああッ!」



 その事実を胸に、ウルカは連動するように左の刃を振るう。

神域言語による強化は間に合わないが、確実にダメージは蓄積するのだ。

しかしその一撃は、横薙ぎに振るわれた魔獣の腕に迎撃されていた。

鎧のような強固な甲殻を纏ったその腕は、ウルカの刃と爆炎の直撃を受けても傷一つつかず、逆にウルカの身を押し返してしまう。



「くっ!」



 若干痺れる左腕に舌打ちしながら、ウルカは更に跳躍して跳び離れる。

ある程度の距離を開けなければ、その巨体の攻撃範囲に入ってしまうのだ。

油断なく右の剣を構えながら、ウルカは唸り声を上げる魔獣を観察する。



(防御のない胴体に直撃させて、ようやく僅かなダメージ……やっぱり、他の魔物とは比べ物にならない。でも……)



 ――絶対に負けるビジョンが浮かぶほど、圧倒的な力の差がある訳ではない。

その事実に、ウルカは僅かな高揚を覚えていた。

以前の戦いから修行を重ね、今目の前にいるのは以前ほどではないが強力な敵。

これは即ち、自らの成長を確かめる、絶好の機会であると言えた。



「……カインさん」

「ああ、行くぜ?」



 大鎌を出現させる気配はない、両手に刃を構えたカインと、炎を滾らせ僅かな笑みを浮かべるウルカ。

二人は、いつでも跳びかかれるように武器を構え――



『グルォウ……ッ!』



 ――獣は、大きく跳躍してその場から飛び去っていた。

その唐突な行動に、撃ち落とすための攻撃は飛ばない。迎撃の構えを取っていた二人は反応しきれず、思わず呆気に取られていたのだ。



「な……」

「に、逃げた? 《将軍ジェネラリス》が?」



 圧倒的な力を持つ魔物が、何故この場から立ち去ったのか。

それは分からないが、少なくとも見える範囲からは、先ほどの魔獣の姿は消え去ってしまっていた。

その気配すらも感じ取る事は出来ず、拍子抜けした表情で二人は刃を下ろす。



「……何だったんでしょうか?」

「さあな……とりあえず、核を破壊しに行くか」



 何とも微妙な表情を浮かべたまま言葉を交わすと、二人は《渦》の暗がりの奥へと足を踏み入れていったのだった。





















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