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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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44:近場の《渦》












「も、もう勘弁して下さい……」

「んだよ、全く。大げさな奴だな」



 剣を抱えて息も絶え絶えな様子のウルカに、《エリクトニオス》を運転するカインは肩を竦めてそう告げる。

この車のテストを始めて一時間ほど経ち、いくつもの《兵士ミーレス》を粉砕したカイン達は、カルシュオからかなり離れた場所まで足を運んでいた。

《エリクトニオス》の積んでいる武装はどれも強力であり、《兵士ミーレス》程度であれば容易く撃破する事が可能だった。

パイルランスや銃座、時には窓から顔を出して自ら敵を撃破しつつ、カインはここまで進んできたのだ。



「いやぁ、しかしコイツは便利だな。移動には困らなくて済みそうだ」

「それは確かにそうですけど……正直、隣に座ってると生きた心地がしないんですが」

「なら後ろのワゴンに座っとくか? 何が起きてるのかさっぱり分からないだろうが」

「……それはそれで怖いですよね」



 隣で迫ってくる敵を見続けるか、何が起こっているか分からないままに振動を感じ続けるか。

どちらにしても恐怖でしかないと、ウルカは深い溜息を零していた。

この乗り物をこれから移動手段として使用し続けるとなれば、そのどちらかを体験し続けなければならないのだ。

まあ、これはレームノスの所有物であり、カインが自由に使用できるものではないのだが。



「まあ何にせよ、有用である事は確かだろうよ。せめて使える間は便利に使ってやろうぜ」

「はぁ……もう分かりましたよ。ちょっとは慣れてきましたし」



 あまり慣れたくなかった、と胸中で呟いて、ウルカは隣のカインへと半眼を向ける。

そんな視線にも気付いているだろうが、まるで意に介する事無く、カインは上機嫌な様子でドライブを続ける。

と――そんな彼の表情が、突如として引き締まった。

いきなり纏う雰囲気を変えたカインに、ウルカは困惑した表情で声を上げる。



「カインさん? どうかしたんですか?」

「小僧、あれを見てみろ」

「あれって?」



 カインが顎でしゃくって示した方向に、ウルカは視線を向ける。

瞬間――ウルカは、己の目を疑っていた。

そこにあったのは、地面に穿たれた巨大な穴と、そこで蠢く黒い湖面だったのだ。



「《奈落の渦》!? まさか、こんな所に!」

「魔物を倒しながら来たからな。徐々にその発生源に近づいてきていたって事だろう。んじゃ、行くとするか」

「……は!?」



 車を停止させ、外へと出て歩いて行こうとするカインの姿に、ウルカは面食らいながらもその背中を追いかける。

カインは既にその右手にファルクスを、左手に銃を抜き放っており、《奈落の渦》へと攻撃を仕掛ける準備は万端となっていた。



「ちょっ、カインさん! ミラさんとかに報告しなくていいんですか!? それに、二人だけで行こうだなんて……!」

「別に問題は無ぇだろ。むしろ、敵を見かけて放置してきたなんていったら、リーゼファラスの奴が文句をつけてきそうだ」

「いや、それは……」



 思わず納得してしまい、ウルカは言葉を詰まらせる。

蛇蝎の如く《渦》の魔物を嫌っているリーゼファラスの事だ。敵を前に撤退したとなれば、まず間違いなく憤慨するであろう。

しかし、たった二人で《渦》に突入する事が危険なのも間違いなく事実であった。

たとえカインがいかに強力な力を持っていたとしても、許容量を超える敵の数があれば手が回らなくなるだろう。

そんな状況に巻き込まれれば、自分自身もただではすまない――ウルカは、そう考えていたのだ。

しかし、カインの表情の中には、緊張と呼べるものは全く存在しない。



「《渦》の規模は小さい。カルシュオで話題に上っていなかった辺り、それほど大きな脅威って訳じゃないんだろう。だが、放置しておいても邪魔なだけなのは事実だ」

「……僕にとっては、かなり危険なんですけど」



 いかに上位神霊契約者とはいえ、ウルカは未だ経験不足の身だ。

《奈落の渦》に直接挑んだのは前回の戦いが初めてであり、ウルカは決して敵の戦力を軽視してはいなかった。

リーゼファラスやカインといった、強大な能力者の基準がおかしいのであり、通常ならばウルカの言が間違いなく正しい。

上位神霊契約者とはいえ、普通ならば単身で《渦》に挑むような事はないのだ。

しかし、そんなウルカの主張も、カインには到底届いていなかった。



「まあ、問題はねぇだろ。離れないように付いて来いよ」

「ああもう……本当に頼みますよ」



 この状況は、ウルカにとって危険である事は確かだが、絶対に不可能であると言い切るほどのものでもない。

たった一人で《奈落の渦》に挑んだとしても、絶対に敗北するとまでは言わないだろう。

危険ではあるし、命を失う可能性も高い。それでも、絶対に不可能と言い切るほど弱くはないという自負が、ウルカにはあった。

そして、この場にはカインがいる。ウルカの知る中で、二番目に強い人物である死神が。

彼の存在が傍にあり、《渦》の規模は小さい――それならば、生存の確率もそれなりにある。



(普通は『それなり』なんて冒険はしないものだけど……)



 《奈落の渦》の中では、どんな不測の事態が起こるかも分からない。

それ故に、挑む際には万全の体勢を整えておくものだ。

しかし、カインやリーゼファラスは、そのようなことなど全く関係ないとばかりに行動する。

無論、それは彼らが高い不死性を持っており、魔物相手に死ぬ事などありえないためでもあるのだが――それ以上に、彼らは危険よりも己の目的を優先しているのだ。



(……僕は、まだ未熟だ。もっともっと、強くなりたい)



 かつてカインに言われた、『己の譲れないもの』はまだ見えていない。

しかし、以前クリュサオルに一蹴された時から、彼の中には一つの願望のようなものが芽生え始めていた。

それは、負けたくないという反骨の精神。かつては上層に対して向けられていたその意志は、今では己自身へと向かって変化していたのだ。

あのような無様な敗北を繰り返す訳には行かない。今度は、《将軍ジェネラリス》相手でも勝てるようになりたい。

――強くなりたい、と。ウルカは今、真剣にそう考えていたのだ。



(ゆっくり歩いている訳には行かない。僕は、一番弱い……それなら)



 多少の危険を冒してでも、前に進む。

それは決して、正しい選択であるとは言えないだろう。しかし、強くなるための近道である事は、紛れもない事実であった。

確かに辿り着く前に命を落とす可能性は高いだろうが、乗り越えたならば確かな力を手に入れる事が出来る。

それならば、いつまでも躊躇っていても仕方ないだろう。



「……分かりました、行きます」

「ほぅ? ま、いいだろう」



 くつくつと、愉快そうにカインは笑う。

内心を読み取ったかのような表情には若干の不満を感じたものの、ウルカは気を取り直してカインの後を付いてゆく。

目指す先にあるのは、小規模な《奈落の渦》。

黒く蠢くその入り口を目にして、ウルカはごくりと喉を鳴らしていた。

だが、カインは何の躊躇いもなく、その入り口へと足を進めていく。



「さて、行くぞ小僧」

「……はい」



 覚悟を決め、カインと並びながら、ウルカは《渦》の中へと足を踏み入れる。

一瞬の浮遊感と、視界の暗転。そして、見えてきたものは――



「え――」

「ほう、これはこれは」



 ――地面の下に現れたとは思えない、広大な空間であった。

薄暗いその見た目は以前の《渦》とも似通っているが、この《渦》の内部はあの時とは全く様相が異なっている。

ただひたすらに広い空間、そして疎らに生えた木々。黒い葉が生い茂るそれは、どう見ても地上に生えている植物とは生態が異なっているだろう。

また天井だと思われる部分は非常に高く、ドーム状の空間となっている事が分かる。

その天井部分には黒い発光体が填まっており、まるで日食の太陽のごとき奇妙な光を降り注がせていた。



「これは……ここは、地下じゃないんですか?」

「《渦》の内部は空間がおかしくなっているからな。以前だって、どう考えてもここまで広い訳がないって思ってなかったか?」

「じゃあここも、実際はこれだけの空間が開いている訳じゃないと?」

「だろうな。そうじゃなきゃ、あの車で走ってる最中に陥没するだろう」



 そう告げて肩を竦めると、カインはおもむろに歩き出す。

少し慌ててその後に続きながら、ウルカは周囲を見渡しつつ声を上げた。



「あんまり、敵の姿が見えませんね」

「レームノスに来る途中の事、思い出してみろ」

「あの時……まさか、下からですか!?」

「それもあるかもしれんが……上を見てみろ」



 その言葉に、ウルカは頭上へと視線を向けて、その眼を凝らす。

特に薄暗く、見渡しづらいその空間ではあったが――その暗闇の中に、いくつもの蠢く存在を見て取る事ができた。

感じる嫌悪感に、ウルカは思わず顔を顰める。



「あんな所に……あの時地下から襲ってきていたのは、こういうからくりだったんですね」

「まあ、最初から地面に潜ってる訳はないと思ってたからな。ああやって掘り返してたんだろうよ」

「でも、それなら……ここには例の《将軍ジェネラリス》がいるって事ですか?」



 思わず緊張を滾らせながら、ウルカはそう口にする。

将軍ジェネラリス》は、他の魔物とは隔絶した力を持つ存在だ。

この《渦》に乗り込んできたのは、何よりも規模が小さかったためである。

しかし、もしも《将軍ジェネラリス》が存在してしまうというならば、撤退を考えなくてはならなくなるだろう。

そんなウルカの疑念に対し、カインは肩を竦めながら首を横に振った。



「いや、それはありえねぇな。確かに多少広さはあるが、これが《将軍ジェネラリス》の存在する規模だとは思えん」

「何か、関係があるんですか?」

「ああ。簡単に言えば、連中の力が強ければ強いほど、《渦》の規模は大きくなる。心当たりがあるだろ?」



 以前《将軍ジェネラリス》が存在していた《渦》は、3000という規模の魔物の群れを吐き出した。

しかも、今レームノスに蔓延っている《将軍ジェネラリス》は、それよりも更に強力な存在なのだ。

だとすれば、それが存在している《渦》が、この程度の規模で済む筈がない。



「でも、ここの魔物たちも《将軍ジェネラリス》に制御されてるような動きをしてますけど」

「それだけの支配力があるって事だろう。ま、余計に厄介であるとも言えるがな」



 自らが存在している《渦》以外にまでその支配力を及ぼしている。

それは即ち、その《将軍ジェネラリス》が非常に強大な能力を持っているという事だ。

思わず息を飲むウルカに対して皮肉気な笑みを浮かべ、カインは声を上げる。



「どうする、引き返すか?」

「……いえ、《将軍ジェネラリス》がいないなら何とでもなります。行きましょう」

「くはは、その意気だ」



 隣に並ぶ少年の姿に対して満足そうに頷いて、カインはゆっくりと歩き始める。

無造作にも見えるその姿ではあるが、そこに隙と呼べるものは一切存在していない。

張り詰めた空気を纏う彼の姿に、ウルカの意識もまた、鋭く研ぎ澄まされていく。



(けど、これは中々大変だな……)



 普段ならば、周囲を警戒していれば問題はないだろう。

しかし、今回は上や下からの攻撃が来る可能性が高いのだ。

そのため、警戒範囲は普段よりも遥かに広く、それだけ神経を尖らせる必要がある。

それを何とかこなしながら、ウルカは強く剣を握り締めていた。



「……やはり、《将軍ジェネラリス》の支配を受けてるな」

「無秩序に襲い掛かってこないから、ですか?」

「ああ、その通りだ。この行動に移るまでのタイムラグが、何とも意識の介在を示してやがる。隠れるつもりもないのか、はたまた隠すだけの知恵がないのか……ま、どうせ前者だろうがな」

「僕らが二人だから、舐められていると?」

「まあ、そんな所だろうな。見ろよ、ようやく動き出すみたいだぞ?」



 その声とほぼ同時、蠢く魔物たちの視線が、一斉に二人のほうへと向けられる。

そんな魔物たちの反応に、カインは笑みを、そしてウルカは警戒を返していた。

周囲の敵意が高まり、無数の魔物達が、広い空間に這い出し始める。



「行くぞ、死ぬなよ小僧」

「自分の事を優先します。援護は出来ませんので」



 どの道死なないのだから、援護など必要ないだろう。

そんな意志の篭った言葉に、カインは愉快そうに笑みを浮かべる。

――全くもって、正しい選択だからだ。



「さて……それなら、ゴミ掃除と行きますかね」



 右手には漆黒の刃を、左手には白銀の銃を。

強大な力の篭った武器を構え、カインは笑む。

そして――彼らの元へと、無数の魔物が襲い掛かったのだった。





















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