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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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43:表と裏











「では、現状を報告しなさい、アウル」

「はい、リーゼ様」



 カルシュオにてリーゼファラスに宛がわれた部屋の中、彼女の呼びかけに応じて集まったミラとアウルは、その三人で互いの情報を交換していた。

この街に到着して三日目、殆ど時間は経っていないにもかかわらず、状況は大きく変化している。

未だ《奈落の渦》の襲撃こそ無かったが、既に裏側では戦いが始まっているのだ。



「まず、昨日と一昨日で《操縦士ヴェルソー》の殲滅はほぼ完了しました。抉り出して生け捕りにした二匹は、こちらの国の研究施設に提出してあります」

「《操縦士ヴェルソー》を見分けるための研究、ね……そんな簡単に出来るものなのかしら?」

「不可能ではないと思いますよ。少なくとも、カインの概念的な察知方法より、アウルのほうが現実的でしょう」



 “死”を見分ける事により《操縦士ヴェルソー》を発見するカインと、魔力流の観測によって《操縦士ヴェルソー》を見分けるアウル。

どちらの方が技術的に可能であるかと問われれば、間違いなく後者であろう。

魔力機関や魔力銃など、魔力を扱い魔力に干渉するような機械は既に多く開発されている。

しかしながら、技術よりも術を主体とするファルティオンにとっては、いささか現実味の薄い話であった。

そんな疑念を交えて声を挙げるミラに対し、リーゼファラスは軽く肩を竦めて返す。



「その為の生け捕り、でしょう。その二匹の間で行われている魔力のやり取りを観測できれば、他の《操縦士ヴェルソー》を見分ける事も可能になるはずです」

「それはまあ、分かるのだけどね。正直、実感が湧かないのよ」

「まあ、出来るかどうかはあの方々次第ですよねぇ。どちらにしろ、私達がずっとこの国にいる訳には行かないんですし」



 現状、《操縦士ヴェルソー》を見分ける事が出来るのはカインとアウルの二人だけだ。

その技能は非常に有用であり、特にレームノスにとっては喉から手が出るほどに欲しい技能である。

しかし、彼らはファルティオンにとっても手放す事はできない人材であり、いつまでもこちらにおいておく訳には行かない。



「幸い、この二人は欲求が特殊ですからね。何を積まれてもこちらに残るという事は無いでしょう」

「既に幾度か勧誘されましたからねぇ。お金とか宝石とか地位とか、正直全く興味ないんですけど」

「……若干、向こうが哀れになってくるわね」



 一応、二人が求めているものに関しては口にしないようにしているが、例えそれを知ったとしてもカイン達を勧誘する事は不可能だろう。

カインは己を滅ぼす事ができる相手を求めているし、アウルはリーゼファラスから離れるような事はない。

どちらもリーゼファラスの存在を必要としており、その本人はファルティオンから離れる事などありえない。

それ故に、この二人を勧誘する事は、実質的に不可能であると言えた。

無駄な努力をしているであろうレームノスの面々を想像し、ミラは小さく嘆息する。



「まあ、二人が引き抜かれるという事はありません。向こうも、手応えの無さを感じるにはまだ時間が足りないでしょうが……この国は技術国家、技術的に解決しようとする流れが生まれるのは当然です」

「それは確かにそうでしょうね。今まで分からなかった《操縦士ヴェルソー》……いや、《奈落の渦》共の通信手段を発見できたんだし、これを解決出来れば他の所にも色々と応用できそうね」

「その最初の発見という恩を売りましたからね。テッサリアに関する協力だけでなく、完成した技術の提供までは要求できる筈です」

「そうね……ファルティオンとしても、全ての《操縦士ヴェルソー》に対応する事は難しいし、もしも判別できる機械があるならばあった方が楽だわ」



 ファルティオンの上層部は全て高位の神霊契約者によって構成されている。

そのため、《操縦士ヴェルソー》が入り込む事などは殆ど無いのだが、それでも全く無いとは言えないのだ。

もしも今開発を行っている技術が完成するならば、ファルティオンにとっても非常に有用な道具となる。

広いファルティオンを、カインとアウルの二人だけでカバーする事など不可能なのだから。



「まあとりあえず、あっちも下手な事は言わないでしょうけど……妙な事言われたからって過剰に反応するんじゃないわよ。色々と拗れたら面倒なんだから」

「はい、承知しております、ミラ様」

「精々威圧する程度にしておくのですよ。それで、カインの方はどうなっていますか?」



 肩を竦めて《操縦士ヴェルソー》に関する話を切り上げ、リーゼファラスはそう問いかける。

直立不動であったアウルは、その言葉に口元を軽く緩ませると、どことなく上機嫌な様子で声を上げた。



「カイン様は、例の戦闘用自動魔力機関車のテストに向かわれています」

「ああ、例のね……何だったかしら、魔力機関車で敵に突撃チャージするような物だったかしら?」

「本来の目的はそれよりも、危険な外壁の外を安全に輸送するというものでしょう。その際に、魔物に攻撃されても問題ないように頑丈にしているのではないでしょうか?」

「何でも、《兵士ミーレス》程度なら突っ込んでも粉砕できるぐらいの威力はあるとか」



 その言葉に、リーゼファラスとミラは大して興味も無い様子でこくりと頷く。

この二人は、《兵士ミーレス》程度ならば十把一絡げに粉砕できる存在として認識しているのだ。

訓練した兵士が三人集まってようやく倒せるような化け物だが、最高クラスの能力者からすればその程度の相手である。

故に、画期的な発明である事は確かだが、この二人が感動を覚えるほどの事ではなかったのだ。



「せめて《重装兵クルス》の腹に風穴を開けられるだけの威力が欲しいですね」

「それぐらいなら使えると思うんだけど……まあでも、戦場の移動手段としては優秀かしらね。この間の《カドリガ》じゃ、本当にあっさり壊れてしまうでしょうし」

「そうですね。現地まで比較的安全に輸送可能であれば、確かに有用でしょう」



 二人にとってはこの程度の認識である。

街から離れた場所にある《渦》の場合、その現地に行くまでの道のりもかなり危険なのだ。

辿り着く前に全滅してしまった例もいくつかあり、安全な輸送手段が生まれる事は彼女たちにとっても喜ばしい事だ。

ただ――



「私たちのような少数精鋭ならばいいですが、もっと多くの人間を同時に運べる手段が欲しいところですね」

「まあ、そうよね。あの車、あんまり多くの人間は乗れなかったし」

「新しく開発したものではコストもかなり掛かっているでしょう。量産は現状難しいでしょうし……使える場面も限られますね」



 少ない人数で敵を殲滅できるファルティオンだからこそ活かせる技術でもある。

レームノスから提供されれば、ファルティオンなら――否、むしろ自分たちならば存分に活かす事ができるだろう。



「つまり、今回の事は――」

「カインにテストをさせる他に、私達を上手に使おうという腹でしょう。あれだけの速度が出る乗り物です、私たちの戦力を含めれば、これほど国内の《渦》を潰すのに有用な戦力も無いでしょう」

「……私たちの仕事は、例の《将軍ジェネラリス》がいると思われる《渦》を潰す事だけなのだけどね」

「さて、ジュピター様がどこまで考えて私達を使おうとしているのか、そこまでは分かりませんからね」



 見た目こそ幼いが、ジュピターは非常に老獪だ。

彼女は神霊たちの長であり、数ある上位神霊たちの中で最も永い時を重ねてきた存在である。

いかにリーゼファラスが見た目以上に長く生きて来たと言っても、その真意を測りきれるほどに経験を積んでいる訳ではない。

例えジュピターとヴァルカンの間に交わされた約定にどのような内容があったとしても、現状それを知る事は不可能だった。



「どちらにせよ、私たちの目的はテッサリア奪還の協力を取り付ける事……出来る限り向こうに協力しなきゃならない、か」

「ただし、こちらが下に見られるような献身は必要ありません。私達は『力を貸してあげている』立場ですからね」



 二人は、そう言葉を交わして頷き合う。

《奈落の渦》は人類共通の敵だ。それを相手にしている以上、レームノスは敵ではない。

だが、彼らの事を全てにおいて『味方である』と言い切るほど、二人は国というものを信用しきってはいなかった。



「まあ、精々恩を売ってあげる事にしましょう。私たちに……この世界にとって、必要な事だもの」



 軽く肩を竦め、ミラは呟く。

世界の敵の真実を知り、それと戦うために何をすればいいのかを理解して。

後は、その目的へと辿り着くためにどうすればいいか――今のミラは、その道筋を見据えていた。



(だから、あの男はそちらに渡す訳には行かないわ、レームノス。尤も、そう易々と扱える男じゃないけれどね)



 彼を引き入れようと画策しているであろう者達を思って、ミラは笑みを浮かべる。

彼らに出来る事は精々が踏み台になる事だけだろう。あの死神が、世界を左右する力を得る為の。

故に――



(精々、無駄な努力をするといいわ)



 胸中で呟き――ミラは、窓の外へと視線を向ける。

カインがテストをする車は、今外壁の外へと足を踏み出しているはずだった。 











 * * * * *











 《エリクトニオス》――戦闘用自動魔力機関車。

その姿は移動用に利用していた《カドリガ》のスマートな形状とは違い、非常に無骨で巨大な姿をしていた。

形は最早、鉄の塊と言った方が正しいだろう。鈍色の塊が凄まじいスピードで移動するその姿は、中々の威圧感を醸し出している。

使用している魔力機関は大型のものであり、さらにそれを二つ同期させて積み込んでいる。

これはレームノスでも最新の技術であり、非常に強固な魔物の外殻を粉砕して尚進み続けるだけの動力は、これによって賄われていた。



「へぇ、コイツは面白いな」

「……あの、カインさん。何で僕まで」



 その操縦法を習ったカインは、早速テストという事で、カルシュオの外にこの六輪の怪物を運び出していた。

――隣の座席に、ウルカを置いたまま。

後部の座席は存在せず、操縦席の後ろには広い空間が存在している。

そこには長いベンチのような席が二つ向き合うように存在しており、詰めれば十人ほどの人間が乗り込めるだけの構造となっていた。



「乗り手の魔力をバカ食いするのは欠点だが……ま、俺なら問題はねぇか」

「魔力吸い尽くされて死んでもすぐに元に戻るからって、それ問題ないって言える事じゃないですよね!? って言うかそれより、何で僕まで乗せられてるんですか!?」



 魔力機関は、当然ながら魔力を燃料として動作している。

魔力を供給する方法は二種類あり、一つは使い手が直接魔力を注ぎ込む方法、もう一つが溜めておいた魔力をカートリッジとして挿入する方法だ。

後者は主に魔力銃で採用されている形式だが、カインの魔力銃の場合は前者の方法が採用されている。

そしてこの《エリクトニオス》の場合、その両方が搭載されている。

二つの魔力機関を支えるには、カートリッジ方式での魔力供給では長時間の運用は不可能だったのだ。

そのため、魔力の高い人間にしか運転できない代物となっていたのだが、魔力を吸い尽くされようと死なないカインには大差ない話であった。



「で、これがパイルランス展開と……これまた魔力を使うな」

「ちょっ、やる気ですか!? それまだ実戦テストはやってないって――」

「あーもう五月蝿ぇなお前は。その為のテストだろうが」

「だからそれなら僕を乗せないでやって下さいよ!」



 助手席で叫び声を挙げるウルカに、カインは面倒くさそうに横目を向ける。

尤も、ウルカの主張も当然であろう。この車は戦闘用とは銘打たれているが、その危険性から実戦でのテストは行われていない。

その為、高い不死性を持つカインに白羽の矢が立ったのだが、彼はアウルもその車内に引きずり込んでテストを開始してしまったのだ。

当然ながら、安全の保証はない。



「つってもなぁ。お前、勧誘が面倒そうにしてたじゃねぇか」

「いや確かにそうですけど、何か変に色々渡してこようとしてた人もいましたけど! 別に相手にしなきゃいいだけの話じゃないですか!?」

「そーゆー訳にも行かねぇのが面倒な所なんだよ。こちとら、仮にも国の代表だからな。別にその辺りの所を求められてる訳じゃねぇだろうが、余計な事を話していいって訳でもない」

「いや、それはそうですけど……」

「無視も角が立つから面倒なんだよ。ま、極力接触を少なくし、その辺を女共に任せるのが吉だ」



 かく言うカインには態度を改める意志など存在しなかったし、完全に人任せにする魂胆しか見えない状態だったが。

そんな彼の姿に、ウルカは深々と溜息を吐き出す。



「……分かりましたけど、せめて契約を使わせて下さい。装甲がなかったら死ぬかもしれないじゃないですか」

「おう、別にいいぜ。ただ暑いから上の銃座に行ってくれ」

「そっちの方が危ないじゃないですか!?」



 《エリクトニオス》の上部には銃座が付いており、展開したパイルランスとは別に遠距離の攻撃も可能としている。

こちらも使い手から魔力を吸収するタイプであるが、動力機関も含めて普段はリミッターがかけられている。

今回のみ、カインが死なないという事を実証した上で、それらを外していたのだが。

その為、使用する事も危険であれば、そのまま突っ込んだ場合に弾き飛ばされそうだという意味でも危険である。

それを理解しつつくつくつと笑い、カインは告げる。



「ま、お前も色々と面倒な立場だからな。この際、そういう立ち回りを覚えとけよ」

「それは分かりましたけど、この車に乗る理由にはなりませんよね?」

「まあな。お、《兵士ミーレス》発見。という訳でやるぞ」

「ちょっ、普通に流しましたね!? って言うか、突っ込む気ですか!? ちょっと――ああもう、契約行使!」



 半ば悲鳴と化したウルカの声が、広いとは言えない車内に響き、機動音にかき消されてゆく。

そんな声を置き去りに、魔力を充填して貫通力を高めたパイルランスをかざして、《エリクトニオス》は敵へと突撃して行ったのだった。





















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