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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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42:追跡者












 カインの刃が降り注いだその瞬間、それを完全に見届ける事無く、アウルは建物の外へと飛び出していた。

本来ならばリーゼファラスの傍に控えている事が仕事であるが、今この瞬間はその限りではないのだ。

元よりこれは契約の内。アウルの『ガス抜き』は、リーゼファラスじきじきに認めている生理的な行為だ。

故にアウルは、自分の欲求に正直に従って、夜の街へと駆け出していた。



回帰リグレッシオン――《分断ディヴィディエート》」



 カインの持つ《永劫アイオン》、リーゼファラスの持つ《拒絶アブレーヌング》、ジュピターの持つ《雷霆ケラウノス》。

それらと同種であるアウルの《分断ディヴィディエート》は、『あらゆる物を断ち切る』能力である。

アウルが断ち切れるものは多種に渡り、物質ならば分子結合を分断して切断し、魔力ならば流れを切断して術の発動を消し去る。

――そして、『距離』ならば。



「《肯定創出エルツォイグング刻剣解放アダマス・クスィフォマフォス》」



 己の力を解放し、アウルはナイフを振るう。

何もない虚空を斬り裂いた彼女は、次の瞬間その刃を振るった先、高い建物の屋根へと足を下ろしていた。

アウルは、刃を振るう事であらゆる物を斬断する。

それがもしも『距離』ならば、その空間を飛び越えて狙った場所へと辿り着く事ができるのだ。

無論、彼女が斬れる物はそれだけではない。

認識したあらゆる物を切断する、そして切断できるあらゆる物を認識する。

生粋の殺人鬼に与えられた、最悪の能力。



(もしもあの日、リーゼ様と出会う事が出来なければ――)



 果たして、アウルはどれだけのものを切断する事になっていたのか。

最早、自分自身にすら想像も出来ない事を思い浮かべ、アウルは小さく笑みを浮かべる。

今でさえ、この小さなナイフで街一つを真っ二つに出来るのだ。

自分が狂気の果てに超越者になった時、自分はどうなってしまっていたのか。

己の欲望を抑える形でリーゼファラスの従者になった彼女には、何も分からない。



「でも、私はこれでいい。だから……綺麗な断面、見せて下さいよ」



 願いを変えることはできない。けれど願いの果てに辿り着けば、己はリーゼファラスの敵になる。

あらゆる物を斬り裂かねば気が済まない生粋の殺人鬼が、神々にすら刃を向けるのに、果たしてどれだけの時間がかかるのか。

アウルはその道を、完全に捨て去ったのだ。全ては、愛すべき主のために。

故にこそ――



「貴方たちはこの世界に要らなくて、私は貴方たちの断面が見たい……ほら、利害が一致しています」



 ――誰にも理解など出来ない、自分だけの論理を振りかざして、アウルはその瞳を見開く。

彼女がその目に見るものは、《操縦士ヴェルソー》同士の繋がりである魔力の流れであった。

指揮官プラエフェクト》がその他の魔物を操っている方法は、それぞれの魔物に己の魔力を繋げるというものである。

これは多くの魂を喰らい自我を得た魔物に共通する特徴であり、人に取り憑き擬態する《操縦士ヴェルソー》も同じような特性を持っている。

かの魔物達は魔力で意志の疎通を行い、情報を交換しながら人間の中に溶け込んでいるのだ。

故にこそその擬態は発見する事が非常に難しく、《操縦士ヴェルソー》が厄介であると認識されている最たる原因となっている。

カインならば、魂が死ぬという特製上、発見する事は難しくないが、アウルでもそれを真似する事は不可能だ。

けれど、そこに魔力の繋がりがあるならば――



(先ほど、カイン様が《操縦士ヴェルソー》を殺した時……途切れた魔力流をいくつか観測できました。ならば、後は同じものを見つけてそれを辿れば――)



 ――発見する事は、難しくはない。

目視で判別できるカインは、逆に言えば目で見える範囲でしか《操縦士ヴェルソー》を発見できない。

しかし今のアウルは、離れている相手でも発見する事が可能なのだ。

ある意味ではカイン以上に便利な探索法を編み出し、アウルはすぐさまそれを実践する。

この街に巣食う毒を、そして何よりもリーゼファラスの敵を滅ぼすために。



「……見つけた」



 その口元が笑みに歪む。

彼女にしては珍しく、生理的な欲求だけでなく純粋な殺意もその笑みの中に交えながら。

アウルは、再び距離を斬り裂いて跳躍した。



「ふ、ふふ」



 幾度か屋根の上を経由しながら、アウルは夜の街を駆け巡る。

両の手に刃を握る姿は、狩猟者か追跡者か。

それは、どちらにした所で同じ事だ。狙いを定めた殺人鬼から、逃れる術など存在しない。

例え相手が何であれ、追われるものはただの獲物にすぎないのだから。


 そして、数度目の跳躍の後――アウルは、一つの路地の上で足を止めた。

その奥から、魔力の流れは続いていたのだ。



「……」



 息を殺し、アウルは周囲と同化する。

目立つエプロンドレス姿であるというのに、彼女の姿は急激にその存在感を失っていくのだ。

かつて殺人鬼として生きる中で身につけたその技術は、カインですら直前まで察知できない非常に優れた隠密能力と化していた。

そしてそのまま、アウルはじっと耳を澄ませる。魔力の続く、路地の奥へと。

聞こえてきたのは――少々荒い、息遣いであった。



「――分かっているわよ、そんな事!」



 どこか、苛立ったような話し声。

しかし、声は一つしか響かない。恐らく魔力による通信であろうと判断し、アウルはゆらりと移動を始める。

屋根の上でも僅かな音すら立てず、まるで幽鬼のように移動していくのだ。



「どうして気付かれたのかなんて分からない……けど、失敗は失敗だわ。流石はあの女神の尖兵とやらの配下って所よ」



 その言葉を聞き、アウルは声に出さず胸中で苦笑する。

果たして、話の当人は配下であるという認識を持っているのかどうか。

まあ、どちらにしろ構わないと、アウルは口元を僅かに歪める。

愛しい死神が、美しい漆黒がこうも脅威であると認識されている事を、まるで己の事のように喜んでいたのだ。

けれど、いつまでもこうしている訳にはいかない。アウルは、音もなく一歩を踏み出し、眼下にある路地へと身を躍らせる。



「分かってる、さっさと合流してエウリュアレ様に――」



 ――刹那、その声の主の腕が切断され、宙を舞っていた。

分断された腕はくるくると回りながら宙を舞い、闇の中に血を撒き散らして、少女の手の中に納まる。

人間の体の一部を手に――殺人鬼は、美しく笑む。



「こんばんは、《操縦士ヴェルソー》さん」

「な……ッ!?」

「貴方の断面、綺麗ですか?」



 《操縦士ヴェルソー》は、人間の身体を操っていたとしても、痛覚などは存在していない。

日常的な触覚などは擬似的に再現しているが、例え殻がどれだけダメージを負ったとしても、《操縦士ヴェルソー》本体には痛痒など響かない。

けれど、この《操縦士ヴェルソー》は理解していた。首筋を流れる血に、僅かに傷つけられた首筋に。

――この目の前の存在は、いつでも自分を滅ぼす事が出来ていたのだと。



「貴方たちは頑丈なので、ゆっくり少しずつ切断出来るのがいいですね」

「ひっ!?」



 生きていれば、本能がある。知能があれば、恐怖を覚える。

それは、《奈落の渦》から生まれた魔物であろうと同じ事だった。

圧倒的な力を前に、《操縦士ヴェルソー》に出来る事は恐怖する事だけだったのだ。

故に、女の身体に取り憑いていた《操縦士ヴェルソー》は、アウルに背を向けてすぐさま逃げ出していたのだ。

リミッターを外した肉体は常人が運用するよりも遥かに運動性能が高く、あっという間にその場から距離を開けていく。

その背中を見つめて――アウルは、にっこりと笑みを浮かべた。



「追いかけっこですか? いいですね、楽しいですよ」



 そして、アウルは地を蹴り――その体は、瞬時にトップスピードへと乗っていた。

例え距離を斬り裂かなかったとしても、アウルの身体能力は非常に高く、《操縦士ヴェルソー》に引き離されるようなものではない。

人の体の使い方を完全には理解していない《操縦士ヴェルソー》が相手であれば、アウルは容易く追跡する事が可能であった。



「ふ、ふふ」



 無駄という無駄を削ぎ落とした身のこなしは、戦闘に秀でたカインですら見失う事があるほどのものだ。

その動きによって、アウルはぴたりと《操縦士ヴェルソー》の背後に張り付いていた。

音も無く駆け抜けるその姿は、殺人鬼というよりも暗殺者のそれである。

しかしその行動は、紛れもなく快楽殺人者のそれであった。



「ほら、少しずつ削ぎ落とされていきますよー」

「ひっ、いやあああっ!?」



 アウルの振るった刃は、斬り裂いていた左腕の断面を薄く削ぎ落とす。

まるでハムのように斬り裂かれたそれは、血を滴らせながら地面へと落下した。

必死に逃げている相手の体の一部を正確に斬り落とすその技量は驚嘆の一言であるが、誰が目撃したとしてもそれに感心する人間はいなかっただろう。

幾度も振るわれる刃に、薄く薄く切り落とされていく腕。

もしも相手が人間であれば、到底正気を保つ事など出来なかっただろう。

しかし、《操縦士ヴェルソー》に痛覚は存在しない。痛みに狂乱する事も無ければ、どれほどの恐怖に晒されていても意思通りに動く事が出来る。

――そこに、アウルが一瞬で相手を殺害しない理由があった。



「左腕が無くなったら右腕に行きましょうかね……いや、あんまり斬りすぎても動けなくなりますか」



 バランスが取れなくなれば、それだけ走るという行為に支障をきたす。

あまり斬り落としすぎても目的達成の邪魔になると、アウルは小さく嘆息していた。

彼女の狙いは《操縦士ヴェルソー》の殲滅。その為には、この目の前にいる《操縦士ヴェルソー》の魔力流を辿る必要があるのだ。

今この瞬間に《操縦士ヴェルソー》を滅ぼしてしまっては、また位置から探さなくてはならなくなってしまう。

楽しみつつも効率よく終わらせ、すばやくリーゼファラスの元まで戻る――それが、アウルの目標であった。



(その為には――)



 ゆっくりと、相手に気配を悟らせながら減速する。

まるで、徐々に追いつけなくなってきているかのように。



「ま、待ちなさいー!」



 若干棒読みではあったが、余裕の無い《操縦士ヴェルソー》には、アウルが追いつけなくなってきているという認識を与える事に成功していた。

操っている肉体ながら器用に安堵の表情を浮かべ、《操縦士ヴェルソー》は路地の奥へと走り抜けていく。

それを見送り、アウルは再び屋根の上へと跳躍して、放たれる魔力流へとじっと眼を凝らしていた。

――その発信源が、徐々に集まってくる場所を見極めるように。



「うふふ……」



 握る刃が、僅かに鳴る。

それはまるで、敵の生き血を強請るかのように。

多くの血を吸ってきたアウルのナイフは、格好の獲物へと狙いを定めて歓喜の音を鳴らしているのだ。

――まるで、狩猟を楽しむ追跡者の如く。



「――みーつけた」



 そしてアウルは、距離を斬り裂く。

遠く離れた場所へと足を下ろして、ただただ楽しそうに笑みながら。

その眼下に集まってくる魔力流の根本へと視線を向けて。



「さあ、始めましょう」



 ――アウルは、跳躍する。

その着地際に、《操縦士ヴェルソー》の一体の頭部と両腕両足を切断し、地面へと撒き散らしながら。

銀髪の殺人鬼は、ただただ愉快そうに笑い声を上げる。



「ふ、ふふっ、あははははははっ!」



 両腕に振るった刃は、空間ごと二体の《操縦士ヴェルソー》の腕を落とす。

首をいきなり落としてしまっては面白くないと、そう胸中で笑いながら。

嬉しそうに、嬉しそうに。



「リーゼ様の敵を消せて、私は楽しめる。貴方たちはとても素晴らしいです……だから」



 血風が舞い、その中で銀の髪が揺れる。

けれど、その二色が交わる事は無く、それはただ美しい舞の如く空間を彩るのだ。

この上なく残酷な、この世界を表すように。



「――一匹たりとも、逃がさない」



 ――銀の光が、閃いた。





















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