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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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41:狩人












 レームノスの高官たちが集う館。その廊下を練り歩きながら、カインは退屈そうに欠伸を零す。

現在、この建物の中には、カルシュオに派遣されているレームノスの高官たちが集っていた。

名目は、ファルティオンからの客人の歓迎会。

これは元々開かれる予定であった催しであり、リーゼファラスたちも当然参加する。

しかし、彼女の従者たるアウルは、そんな主の傍には控えていなかった。



「ほ、本当に出来るのですね……?」

「だから出来るって言ってるだろう。死んでるか死んでないかの判別ぐらいすぐにつく。それに、俺は《操縦士ヴェルソー》が大嫌いなもんでな。一匹たりとも逃がすつもりはない」



 不安そうな表情の高官に対し、カインは肩を竦めながらそう返す。

死を尊ぶが故に、死を冒涜する《操縦士ヴェルソー》の存在は、カインにとって何よりも許しがたいものだったのだ。

故にこそ、一匹残らず殲滅すると、カインは気だるげな様子ながらも濃密な殺意を沸きあがらせていた。

大気を軋ませるようなその殺気に、隣を歩く高官は身体を震わせるばかりだ。

しかし、彼を責める事は出来ないだろう。カインの殺意は、高位の契約者ですら容易く威圧するほどの圧力を持っているのだから。

もしも彼が本気であれば、それだけで卒倒――下手をすれば即死していたかもしれない。



「それより、ここに全部いるんだろうな?」

「はい、確認はしています。高官たちだけでなく、その家族も……これから行う事を考えると、少々心苦しいですが」

「ま、やる前に説明はするさ。それに、殺した《操縦士ヴェルソー》の死骸はしっかりと提示してやる。説得はそっちに任せるがな。逃げる奴がいないとも限らん」

「……ええ、承知しております」



 カインの放つ威圧に圧倒されながらも、高官はその言葉に首肯する。

もしも今の所取り憑かれていなかったとしても、その近くに《操縦士ヴェルソー》が存在していれば、いずれは侵食されてしまうかもしれない。

高官らを始めとする貴族たちの反発は大きいものとなるだろう。しかし、これは必要な行為なのだ。

内側から侵食されれば、たとえ大国といえども崩されてしまう。

そして何より、この国には上位神霊たるヴァルカンの分け身が存在しているのだ。

彼の元へ凶刃が届いてしまう事は、何を差し置いても防がねばならない。

リーゼファラスの提案を受けた者たちの間には、そんな使命感が湧き上がっていた。



「とはいえ、会場にはそれなりの広さがあります。相手にも既に警戒されているでしょうし……」

「逃したら俺にも分かるし、後で呼び出してそれでも逃げたのなら確定だろうよ。まあ、とはいえ……逃げられるとは思えねぇがな」



 くつくつと、皮肉気な笑みでカインは笑う。

そんな彼の後ろには、現在のところメイド服の少女の姿はない。

彼女は現在、カインとは別行動を取っていたのだ。

しかし、彼女がカインと同じ任務を追っている事は事実であった。

リーゼファラスから命じられた以上、彼女にそれを違えるような理由は存在しない。

彼女の仕事は、逃げ出した《操縦士ヴェルソー》の捕獲と殲滅であった。

もしも自分に対して殺意を向けてきたならば、アウルは瞬時に相手を殺害するであろう。

元より、人間を解体するために自分から襲われに行くような人間なのだ。《操縦士ヴェルソー》はアウルにとって格好の獲物であり、彼女はそれらを嬉々として殲滅する筈だ。



「まあ、そういう訳だ。俺たちの仕事は敵の殲滅のみ。余計な奴には手を出さない事を約束しよう。俺は、無意味な“死”を与えるつもりはない……少なくとも、俺に危害を加えようとしない限りはな」

「心得ています」



 “死”とは何よりも尊ぶべきものであり、無意味な“死”とは人間にとってこれ以上ない悲劇と不幸である。

カインにとっての持論は他者には理解しがたいものであったが、それを違える気が一切無い事はその強い視線からも明らかであった。

自衛の為ならば易々と命を奪うが、無抵抗で殺す必要のない人間は絶対に殺さない。

ある意味では、この仕事をするのに最も適した存在であると言えた。



「さて……そろそろか」



 多くの人の気配がする場所に近付き、カインは軽く肩を回す。

尤も、人体の構造など軽く無視しているカインにとって、準備運動などそれほど意味のある行為ではなかったが。

けれど、基本的に周囲への興味というものが薄いカインがここまでやる気になる事は非常に珍しい事である。

殺害――というよりもその先に価値を見出しているアウルは元々やる気に満ち溢れているが、カインの場合は事情が違うのだ。

余計な人間を一人も殺さず、目標だけを殲滅する――これは、カインにとっても非常に難易度の高い目標であった。



(普通の人間じゃ、俺の刃に触れただけで即死する……一瞬で殺して、一瞬で刃を引っ込めるしかない訳か)



 刃を飛ばして檻のようにすれば、誰も逃げ出す事はできなくなるだろう。

しかしその場合、パニックに陥った者がその刃に触れてしまうかもしれない。

そうすれば、一人二人の犠牲では済まなくなるだろう。

同様に、人を貫いた刃をそのままにしておけば、その人間の知己が無理矢理引っこ抜こうとしてしまうかもしれない。

それも、檻を作った場合と結果は同様だ。カインはそれを許すつもりなどなかった。



「あの、一つお願いがあるのですが……」

「何だ?」

「その、出来ればでよろしいのですが……あまり血を飛び散らせないようにする事は可能でしょうか?」



 その言葉に、カインは眉根を寄せながら男の方へと視線を向ける。

ただでさえ難しい所に、更なる無茶な注文をされたのだ。流石のカインも、難しいといわざるを得ない。

しかし、男の表情はどこまでも本気であった。



「無茶である事は承知しております。しかし、訪れた者の中には女性も多く、まだ幼い子供もいます。残酷な様相にならない事は不可能でしょうが……それでも、少しでもそれを和らげたいのです」

「……無茶苦茶を言ってくれるな」

「申し訳ありません……しかし!」

「分かったよ。出来ない事もない。ま、ある意味じゃよりえぐいかもしれんがな」



 苦笑し、カインは己の中に無数に存在している“死”へと意識を向ける。

カインの刃とは、これらを物質へと変化させて体外へと押し出したものなのだ。

そしてその刃に触れてしまえば、内包された“死”はその相手に再現される事となる。

強い魔力や魂を持っていればある程度は耐えられるが、それを常人に求めるのはあまりにも酷な話であった。

しかしこれを応用すれば、男の要求に応える事も不可能ではない。

とはいえ――



(流石に、あのメイドが出てきたら保障できないけどな……)



 血塗られたナイフを持って陶酔した笑みを浮かべるメイドの姿を思い浮かべ、カインは軽く肩を竦める。

アウルの体術はカイン以上であり、能力を使わずに彼女をを抑える事はカインにも不可能だ。

彼女が刃を振るって暴れまわれば、カインが止める前に五人以上の死者が出るだろう。

尤も、《操縦士ヴェルソー》に操られている以上、元より死体ではあるのだが。



(せめて見えない所でやってくれればいいんだがな……さてと)



 気を取り直し、カインは顔を上げる。

その視線の向かう先は、会場となっている大広間を、上から見下ろせるバルコニーのようになっている場所だ。

全体を見下ろせる場所ならば、死者――即ち《操縦士ヴェルソー》を探す事も難しくはない。

同時に、説明をするのが少々面倒な場所ではあったが、もしも逃げ出した者がいればすぐに分かる位置でもあった。



「……隠れ場所も少ない、か。中々良さそうな場所だな」

「ありがとうございます。それで、どうでしょうか……?」

「ああ――」



 男の言葉に頷き、カインはじっと目を細める。

眼下の会場では多くの人間がひしめき合い、食事や談笑を楽しんでいる。

尤も、その腹の内で何を考えているのかまではさっぱり分からなかったが。

元よりこういった場には縁がない、軽く肩をすくめ、カインは目を凝らし、探索を続けた。

そして――目標である敵を、発見する。



「……やはり、いるな。5,6……8体って所か」

「そんなにも、ですか……」

「多いのか少ないのかは分からんが、どちらにしても放置しておいたら害にしかならん。即時殲滅だ」

「ええ、分かっております」



 カインの言葉に、男は頷く。

己の身の内側から溢れてくる力と同じ、“死”の気配。

それを正確に感じ取ったカインは、自らの内側に存在する“死”の内、要求に適したものを引き出していた。

あまり激しく血は飛び出ず、けれど証拠として提示するために《操縦士ヴェルソー》の死骸をしっかりと引きずり出せるもの。

集中と共に、カインの腕の内側がゆっくりと盛り上がる。

コートを貫き――否、コートと同化しながら現れる黒い刃は八つ。

帯のようにたなびき、伸びるそれは、ゆっくりと《操縦士ヴェルソー》へと狙いを定めていた。



「準備は出来た。始めろ」

「はい……お集まりの皆様!」



 男が、大きく声を上げる。

それと共に、会場の集中は一気に男と、そしてカインのほうへと集まった。

今の所刃を見せぬように後ろ手に隠しているため恐怖の視線は向けられていないが、少なくとも奇異の視線を向けられ、カインは口元を僅かに歪める。

そして、そんな中にある見知った者たち――リーゼファラスたちのそれも、彼はしっかりと感じ取っていた。

嫌そうな表情を浮かべているミラや、若干うろたえている様子のウルカ。

そんな二人の横で、リーゼファラスはただ、強い意志を込めた視線をカインへと向けていた。

まるで、必ず仕留めろと――そう告げているかのように。



(分かっているさ、聖女様よ)



 カインは嗤う。元よりそのつもりだ、と。

“死”を冒涜するものなど、一片たりとも見逃すつもりはないと――そう告げるかのように。

そんなカインの横で、国の高官たる男は大きく声を上げる。



「お楽しみのところ申し訳ない。しかし我らは、我が国は、やらねばならない事が一つあります!」



 広がるのは困惑の渦だ。何故この場でそんな話が始まったのか、誰もが把握できていない。

もしもそれが分かる者がいるとすれば、それは仲間を殺された《操縦士ヴェルソー》のみであろう。



「我が国は、かねてよりある魔物の脅威に晒されていました。人間に取り憑き、人間を操る《操縦士ヴェルソー》と呼ばれる魔物です。これは非常に危険な存在であり、防ぐ手段は殆ど存在しませんでした」



 元々、高位の神霊契約者でなければ防ぐことは難しい存在だ。

予防対策という形では、《操縦士ヴェルソー》に対抗する事は難しい。

だからこそ、今はそれとは違う――排除という形の対策が、ここに取られたのだ。



「けれど、これらは放置すれば、やがてゆっくりと我が国を侵食し、滅ぼす事でしょう。断じてそれを認める訳にはいかない!」



 周囲の空気が、徐々に変わる。

貴族として、そして国としての使命感。そんな意識が、ゆっくりと彼らを覆い尽くしていったのだ。

操縦士ヴェルソー》を許すわけにはいかない――その意識を、男は周囲へと刷り込んでいく。

それだけの熱が、彼の言葉には存在していたのだ。



「そして敵は、今この場にも紛れ込んでいます! 我らが同胞を殺し、それに成り代わった化け物を、我々は許すわけにはいかない!」



 周囲がざわめく。けれど、彼らの意識は既に敵を探す方面へと向けられているのだ。

疑心暗鬼には違いないが、いつ襲われるかもしれないという恐怖ではなく、敵を許す訳にはいかないという敵愾心へ。

人類共通の敵の存在は、この時ばかりは非常に都合のいいものだったのだ。



「奴らを探し出すことは難しい……けれど、ここにファルティオンから足を運んでくれた、我らが朋友が存在している! 彼の力は必ずや我らの敵を見つけ出し、この国に蔓延る邪悪を消し去るだろう!」



 派手な宣誓だと、カインは小さく苦笑する。

そこまで大層な者ではないし、国同士の関係などさしたる興味も持っていない――朋友と言われても、知った事ではないというのが本音であった。

けれど、そんな事はどうでもいい。互いの目的が一致している以上、手を下す事に躊躇いはないのだ。



「さて、と。それなら――始めるとするか」



 小さく嗤い――カインは、その右腕を振り下ろした。

瞬間、漆黒の刃が大きく伸び、会場へと向かって振り下ろされる。

その速さは、魔力銃の弾丸よりも遥かに速い。ミラやアウルも、攻撃の瞬間を目撃しなければ躱せないほどに。

そしてそれらの刃は――狙い違える事無く、“死”した者達の首を貫いていた。



「ッ……!?」

「ひっ!?」



 貫くのは一瞬。即座に刃で《操縦士ヴェルソー》を引っ掛け、それを引き抜いてゆく。

けれど、血が吹き上がるような事は無い。何故なら、カインがその刃として具現化していたのは、“焼死”という“死”だったのだから。

貫いた刃は人を焼き尽くす高熱を発し、《操縦士ヴェルソー》に取り憑かれていた人間の傷を焼き潰していたのだ。

しかしそれでも、カインの刃が放つ“死”の恐怖からは逃れられなかったのだろう。

貫かれた人間の近くにいた者たちは、何人もその気配に当てられて気を失ってしまっていた。

尤も、カインからすれば好都合であったが。


 ――そして、カインの手元へと戻ってきた刃の先端には、抉り出された《操縦士ヴェルソー》の死骸が八つ。



「見よ! 我が国に巣くう害悪は滅びた! 我らは味方を疑わず、敵と戦う事が出来るのだ!」



 男の熱の篭った言葉も、今はただ空しく響き渡るのみ。

しかし、それは彼らに対して純粋に事実を伝えるために役立っていた。

現在の国がどうなっているのか、そして《操縦士ヴェルソー》に取り憑かれた人間がどうなるのか。

――決して許すわけには行かない存在のみ、彼らは認識していたのだ。



(さて、この場はこれでいい)



 一匹も逃がす事はなかった。

高官に――つまり、国の中枢に入り込みそうな《操縦士ヴェルソー》は、これで排除する事が出来ただろう。

後はそれ以外、目立たぬ所に存在するものをどうするのか。



(その辺は、好きにやればいいさ……精々楽しんでくるんだな、アウル)



 この殲滅の成功を知り、外へと駆け出したであろうメイドの姿を思い浮かべながら、カインは小さく笑みを浮かべていた。





















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