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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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39:謁見











「……今、何て言いました?」

「ですので、ヴァルカン様がお待ちです、と申しました」



 その言葉に、ミラとウルカの二人は言葉を失う。

そしてそんな二人を先導しているリーゼファラスもまた、普段冷静な彼女にしては珍しいことに、若干ながら驚いた表情を浮かべていた。

ヴァルカン――火と鍛冶の上位神霊。

上位神霊の中では比較的名が知られている存在であり、主神たるジュピターほどではないが十分に有名な神霊だ。

ここレームノスではその特性ゆえに最も崇められている存在であり、《奈落の渦》が開いてからは彼もその写し身をこの国に降ろしている。



「……ここに、神霊ヴァルカンが?」

「はい。あなた方の来訪に合わせ、こちらに足を運んでいただきました」



 この地での活動に関して、詳細な話はミラもリーゼファラスも耳にしていない。

それは現地で聞く事であり、レームノスにおけるどの地域で活動するのかまで把握はしていなかったのだ。

そのため彼女たちは、このカルシュオで上位貴族辺りから話を聞き、今回の活動を理解した上で《渦》の近くへと移動する――そう考えていたのだ。

場所によってはヴァルカンとの謁見が発生する可能性がある事も考慮に入れてはいたが――



「まさか、到着してすぐに話をする事になるとは思っていなかったわ」

「ええ、あなた方の中にヴァルカン様と契約を交わした方がいらっしゃると、ジュピター様からお話があったそうです」

「成程……相変わらず、そういった事を隠さないですね、あの方は」



 案内を担当しているカルシュオの代表――一応上位貴族である男性――から話を聞き、リーゼファラスは軽く肩を竦める。

確かに、今回訪れた面々の中には、ヴァルカンの契約者たるウルカが存在している。

しかし、上位神霊契約者は強力な手札であるが故に、あまり外に口外するべき存在ではないのだ。

大方、神域における酒の席で零したのだろうと当たりをつけ、リーゼファラスは主たるジュピターに対して呆れの吐息を零していた。

人々が敬って止まない神霊たちであるが、その実態はあまり人間と変わらない。

否、彼らはそれ以上に、節制という言葉を知らない存在であった。



「……まあ、今更言っても仕方ないですし、覚悟を決めましょう。ウルカ、貴方も大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。いや、びっくりしましたけど……でも時々声が届いたりするので、一応大丈夫です」

「やれやれ、おかしな事にならなければいいのだけど」



 レームノスにおける、ヴァルカンの写し身との謁見。

それは即ち、ファルティオンにおけるジュピターとの謁見に等しい行為だ。

普通の人間どころか、上位の貴族達ですらおいそれと出来る事ではなく、その事実による影響は計り知れない。

しかしながら、本人たちはそういった事など全く気にしていないのが厄介なのだ――ミラは、胸中でそう嘆息する。

良くも悪くも、上位神霊たちの持つ視点は神そのものである。

即ち、人間の営みの事などまるで考慮に入れていない。彼らが興味を持っているのはこの世界と、自分を敬う民の命を護る事だけだ。

つまり、暮らしの中で当然配慮されるべき事柄や、権力関係の話など一切配慮していない。



(ある意味では、人を動かすのに最適な性格であるとも言えますが)



 一切の情に流されず、信じた通りに最適の道を発見する事ができるのだ。

無慈悲とも言えるその判断の仕方は、《奈落の渦》に脅かされる世界にとっては、多くを生き残らせるための最適な方策を練るに適している。

結果的に正しいのだ。後は野と慣れ山となれ――とまでは、さすがに言わないが。



「では、ご案内します」



 移動用の車に乗せられ、リーゼファラスはカルシュオの中心部へと案内される。

ちなみに、カインとアウルに関しては別行動だ。

あの二人は《操縦士ヴェルソー》の対処のため、一時的に別行動する事となっているのである。



「……こうなると、カインがいなかったのはむしろ幸運だったかもしれないわね」

「彼、何を言い出すか分かりませんからね」

「正直な所、貴方が言えた口じゃないと思うわよ」



 基本的に他者に対して敬意など払わないカインが、ヴァルカンを前にして余計な事を口走らないかどうか。

日ごろ彼の言動に頭を悩ませているミラとしては、着く前からどうしたものかと考えていた事柄の一つであった。

尤も、その頃はヴァルカンとの謁見があるなどとは露ほども考えていなかったのだが。

ミラは気取られぬように小さく溜息を吐き出し、思考を回転させる。

とにかく気にするべき事は、己が果たすべきいくつかの事柄に関してだった。



(《将軍ジェネラリス》の事、神霊ヴァルカンの事、そしてウルカの事……気にするべき事が多すぎるわね)



 強大な力を持つ敵も、それが二体いるかもしれない可能性も。

いきなりレームノスの頂点に君臨するような相手と相対する事になり、周囲の感情をどうコントロールするかという事も。

そして、両国にとってある種重要な存在であるウルカの事も。

未だ若く経験の不足しているミラにとっては、頭の痛い事柄であった。



(経験を積むために来たとは言え、いきなり何て難易度のものを持ってきてくださるのかしら、ジュピター様)



 苛立ちと、ある意味では感謝を。

神の試練であると考えれば乗り切れない事も無いとそう考えながら、ミラは小さく嘆息を零す。

思考停止してリーゼファラスに任せきりにするつもりなど毛頭無い。

常に目指すべき高みを見据え、戦い続ける――それが、聖女ミラという存在であった。

ただ、彼女にもできるだけ考えたくない事は存在する。

しかし気にしない訳にもいかないため、感じる頭痛を何とか抑えながら、ミラはリーゼファラスに問いかけていた。



「……ねえ、リーゼファラス」

「はい、なんでしょうか?」

「いや、あの二人、本当に放置してもよかったのかしら」



 カインとアウル。仲間たちの中でも、ある意味最大の問題児である二人。

戦闘能力にしても思考にしても常識にしても、あらゆる意味で常人から外れている人物である。

彼らを見張りもつけずに放置するのは大丈夫なのか――それが、ミラの抱いた不安であった。

実際の所、見張っていろと言われても遠慮したい所ではあったのだが。



「まあ、問題はないでしょう。私は『彼を使ってください』と伝えましたからね。どう使うかはレームノスの自由です」

「あの使いづらい連中を押し付けておいてよく言うわ」

「何て言うか……国の問題にならないんですか?」

「《操縦士ヴェルソー》が大きな問題である以上、レームノスは彼らを使わざるを得ません。そして、彼らを使って《操縦士ヴェルソー》を駆逐したならば、感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはありませんからね」



 軽く肩を竦め、リーゼファラスはそう口にする。

カインとアウルは劇薬だ。毒にもなるし薬にもなる。

しかし、今の所この二人を上手く乗りこなしているのはリーゼファラスとジュピターのみだ。

厄介事を押し付けたようにしか思えないミラは、そんなリーゼファラスの言葉に嘆息する。



「はぁ……本当に、どこにいても厄介な連中」

「そうですか? 可愛いものだと思いますが」

「リーゼファラスさんの感性も独特ですよね、色々と」



 潔癖症の事を含め、変わり者である事は今更否定しようのないリーゼファラスに、ウルカは軽く肩を竦める。

と――その時、彼はふと感じた全身を包むような感覚に目を見開き、とある方向へと視線を向けていた。

同じ建物内、まだそれなりに距離はあるものの、決して遠いとは言えない場所。

自分たちが向かっている方向から感じるそれに、ウルカは思わず息を飲む。

そしてそんな彼の様子に、ミラは小さく笑みを浮かべていた。



「ああ、それ・・ね。私が常日頃味わっている感覚よ」

「これが、ですか?」



 全身を覆うように広がる何か。けれど、それは全く不快なものではなかった。

むしろ、力が湧いてくるような感覚。

燃え盛る火を目前にして高揚するような、力を最大限に呼び出した瞬間のような感覚。

それを全身で受け止めて、力が高まって行くことを感じながら、ウルカはゆっくりと視線を上げた。

言われてすぐは分からなかったものの、この感覚には彼にも覚えがあったのだ。



「これ、契約した神霊に近づいたから……」

「そういう事よ。貴方も上位神霊契約者なのだし、やっぱり感じられたわね」



 どこか上機嫌な様子で、ミラはそう口にして頷く。

契約者は、己が契約している存在の気配を感じ取る事ができるのだ。

彼らの発している圧倒的な力の波動は、契約者が近くに寄っただけでも力を分け与えてしまうほどのものだ。

ミラは日頃からジュピターの近くで生活しており、それを感じる機会は多い。

けれどそれ以外の契約者にとっては、中々体験できる事態ではなかった。



「そうか、あっちに……凄いですね、これ。何もしていないのに気配を感じ取れる」

「まあ、普段からそれでも、見張られているみたいで少し複雑なのだけど……さて、どうやらもうすぐ到着のようね」



 ウルカの様子から目的の神霊が近付いている事を理解し、ミラもまた視線を進行方向へと戻す。

街の中では最も大きい、上位貴族の館。部屋数はかなり多く、これまでにいくつもの扉を通り過ぎてきたが、長い廊下の突き当たりに見える大きな扉こそが目的地であると、ミラも直感的に悟っていた。



「ふむ……分け身とはいえ、流石は上位神霊ですか」

「リーゼファラスさんは……まあ、契約無しでも感じ取れて不思議じゃないですよね」

「同格とまでは言いませんが、似たような存在ではありますからね」



 軽く肩を竦め、リーゼファラスはそう口にする。

上位神霊もかつては人間であり、リーゼファラスと同じくある種の力を持った存在であった。

故に、同種。同胞か、或いは先達か――そういった存在の気配を感じ取り、リーゼファラスも僅かに気分を高揚させていた。

上位神霊との邂逅は、契約に重きを置くファルティオンの人間にとって、多かれ少なかれ期待を抱くような出来事だったのだ。

――それ故に、気づけなかったのだ。何とも言い難い雰囲気で沈黙する、カルシュオの代表の様子に。



「こちらです。ヴァルカン様がお待ちです、どうぞお入り下さい」

「ええ、ありがとうございます」



 結局、三人は最後までそんな彼の表情に気付く事無く、開かれた扉の中へと足を踏み入れ――そして、硬直した。



「いよぉおう、ロリババアのところの面々よ! そして我が契約者ウルカ! 首を長くして天井に着いちまう位に待ってたぜ、ハッハー!」



 その声を聞き、ウルカが頬を引き攣らせる。

契約者の元には、時折神霊の声が届くのだ。それ故に、彼こそが本物であると、そう気付いてしまったのだ。

この部屋の奥に佇む男こそが、紛れもなく本物の上位神霊、火と鍛冶の神ヴァルカンであると。


 黄土色の髪を短く刈り、堀の深い精悍な顔つきを不敵に歪める若い男性。

がっしりとしたその体格は、火と鍛冶を司るに値する素晴らしい肉体美であった。

雄々しさも、放たれる力も、あらゆる意味で人間を超越している。

ある種、人間らしさから放れた美しさを持つリーゼファラスと同じように――あるいは、漆黒を纏うカインと同じように。

人の形をしているのに、人間であると感じられない。そんな存在が、目の前にいた。

が――



「いやぁ、あんのチビ女、自分のところに実力者がいるからって散々自慢してくれやがってよぅ。超越者が生まれたのだって偶然じゃねぇか、偶然。だのにドヤ顔でふんぞり返ってからに、その薄い胸を何とかしてからやれってんだ」

「……あの、ええと、変わらないですね、ヴァルカン」

「おうよ。直接会うのは初めてだが、俺の契約者には似合わぬ紅顔の美少年じゃねぇか。くっくっく、女を誑し込んでるか、おい?」

「まだ13の子供捕まえて何言ってるんですか」



 ――とてもではないが、その言動は神聖な存在とは思えない。

そんな言葉を胸中で呟き、ウルカは小さく嘆息を零す。

真っ先に放心から復帰したのは、ヴァルカンの言葉を聞いた事がある彼だったのだ。

とんでもない性格をしていることは把握していたが故に、ある程度のところまではとんでもない発言が飛び出してくる事を覚悟していたのだが――



「……何ですか、その格好」

「おう、いかしてるだろ?」

「……ああ、はい、そうですね」



 ウルカが半眼で見つめた先の上位神霊は、非常に個性的としか形容できない格好をしていた。

上に着ているのはシャツ一枚、それもボタンを一つも留めずに前が全開となった、派手な花柄のシャツである。

七部丈のズボンはあまりしっかりとした品という訳ではなく、とにかく自分が楽である事を優先したものであるように感じられる品だ。

そして、更に目を引くのは額に巻かれたねじり鉢巻である。

最早、その辺りの露天の店主をしていても何ら違和感の無い姿であった。



「……ウルカ、本物なのよね」

「はい、間違いなく本物です。残念ながら」

「ああ……上位神霊ってもしかして皆こうなのかしら……」



 リーゼファラス、カイン、アウル――同種の力を持った存在が全て変人だらけである事から、ミラは思わず天を仰ぎたくなるのを何とか堪える。

その精神的な衝撃からか、これでもかというほどジュピターを侮辱されたというのに、何も口に出す余裕が無かったほどだ。

そしてリーゼファラスは、衝撃からは立ち直っていたものの、口を挟むための言葉を思いついていない状態であった。

とにかく全てにおいて予想外。それが、今目の前にいるヴァルカンの存在である。



「おっと、長話をしている場合でもなかったな」



 しかしながら、至って上機嫌な様子のヴァルカンは、三人の様子など気にも留めずに声を上げる。

部屋の隅にいるカルシュオ代表に至っては、最早全てを諦めた様子ですらあった。

ある意味では場を支配して、そのままにヴァルカンは声を上げる。

不敵な笑みに、その表情を歪めながら。



「世界の命運を分けるかもしれん連中の戦いだ。しっかり聞いとけよ、主役共」



 ――彼は、そう言い放っていたのだった。





















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