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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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38:技術国家レームノス












「ようこそおいで下さいました!」



 レームノス南端の都市、カルシュオ。

堅固な黒い外壁に囲まれたその場所は、外から見ると重厚な印象を受ける場所ではあるが、中に入ってみればそういった雰囲気とは無縁の明るい街並みが続いていた。

他では見ない肌色のレンガは、この国特有の耐魔レンガである。

それによって作られた都市は、近場で魔力銃の暴発が起きたとしても傷一つ付かないのだ。


 堅固な門を通り、中に入った一行は、そこで街の代表と思われる人物から歓迎を受けていた。

ただしそんな中で、カインとウルカの二人は、若干戸惑った表情を浮かべていたが。



「あまり他国に出た事はなかったが……俺らまで歓迎されるとはな」

「僕なんか完全に初めてですよ。下層の人間をここまで歓迎してくれる場所があるなんて」

「くはは、少し自虐が入ってるぞ、小僧。この国に引っ越すか?」

「いえ、ファルティオンには僕の両親がいますから」



 レームノスにおいては、神霊契約の力はそこまで重視されていない。

決して軽んじられている訳ではないのだが、ファルティオンのように絶対の価値として扱われてはいないという事だ。

個人が有する力としてはかなり強力な神霊契約であるが、組織的に運用するとなると扱いは難しい。

レームノスはその点、兵器や武器などで戦力を増強しているため、軍として組織立った戦いが得意なのだ。

街の安定は、それによる結果であろう。



(強力な一個人に頼る形であるファルティオンは消耗が激しいが、より強力な個体が現れた際の対処は難しくない。逆に、常時安定した戦力を有するレームノスは、ある一定以上の力を持つ敵が現れた場合に対処が難しくなる……って訳か)



 そしてそういった事情があってこそ、彼らはファルティオンに救援を求めたのだ。

上位の《将軍ジェネラリス》は、それこそリーゼファラスすら仕留めきれない事があるほどの存在である。

例え上位神霊契約者がいたとしても、並大抵の事で勝てる相手ではないのだ。

ましてや、個人の力はあまり高くないレームノスでは、いくら物量で押したところで《将軍ジェネラリス》には及ばない。

元より物量の点においては《奈落の渦》に分があり、純粋な力という点でも《将軍ジェネラリス》は圧倒的だ。

レームノスでは、対処する事は難しいだろう。



(成程、そういう理由もあるのか。ファルティオンとレームノスが協力できれば、どちらの国にとってもメリットがある。確執がない訳じゃないだろうが……それでも、そういった方策を取らなきゃならん程度には追い詰められてる、と)



 視線を細め、カインは胸中で呟く。

共に歓待を受けているとはいえ、こういった手合いの相手をするのは基本的にリーゼファラスたちだ。

そんな彼女たちの姿を眺めながら、カインはじっと周囲の気配を探っていた。



(レームノスは国家としてもそれなりに強力だ。国力のみで言えば、ファルティオンと同等かそれ以上。だが、契約の力に頼らないが故の弱点もある)



 小さく嘆息し、カインは視線を上げる。

それと同時に、リーゼファラスたちへの挨拶を終えた代表が、カイン達の方へも笑顔を浮かべながら近寄ってきた。

そんな彼らへと向けて、カインは右手を掲げる。



「え? ちょ、カインさ――」



 困惑したウルカの声。

しかし、それが静止へと変わる前に、カインは掌を突き破って現れた刃によって、代表の右隣にいた男の首を貫いていた。



「な……ッ!?」

「カイン! 貴方、何……を……」



 怒声を上げようとしたミラが、途中でその言葉を止める。背後にいた彼女には見えたのだ。

カインの放った刃の先に突き刺さる、黒い虫の姿が。

掌大の、蠍のような姿をした魔物。それは――



「《操縦士ヴェルソー》だ。こちらの人間には霊的装甲を持ってる奴は少ないからな。国の上役にまで近寄りやすいって事か」

「っ……あ、ありがとうございます……全く、気がつきませんでした」

「それなりに魂を喰らった《操縦士ヴェルソー》は、人間並みの知恵を発揮するからな。おまけに宿主の記憶もある……国にとっちゃ厄介な相手だろうよ」



 ファルティオンの政治の上層は、高位の神霊契約者によって占められている。

彼女らは皆優れた魔力と霊的装甲を有しており、《操縦士ヴェルソー》に対する耐性や、そもそも《操縦士ヴェルソー》を近づけさせないだけの力があるのだ。

しかし、非契約者も政治に参加しているレームノスでは、《操縦士ヴェルソー》への対処は大きな課題であるといえるだろう。

取り憑かれたとしても外見的な変化はない。それどころか、知恵を持った個体であれば非常に上手く人間に擬態する。

そうして、国を内側から侵食して行くこともあるのだ。

純粋な物量で攻める《兵士ミーレス》や《重装兵クルス》ならば、レームノスも十分に対処できる。

けれど《操縦士ヴェルソー》は、この国にとっては天敵とも呼べる存在だったのだ。



「正直な話、私たちでも気付く事はすごく難しいのだけれども……カイン、貴方どうやって気付いたの?」

「例え動いていようが、《操縦士ヴェルソー》に操られた奴は最早死体だ。“死”に支配されているものを見抜くぐらい、俺にとっちゃ訳ない事だ」



 肩を竦め、ミラの言葉に対してカインはそう語る。

誰よりも“死”を理解しており、同時に誰よりも“死”から遠い男。

そんな彼の言葉を耳にして、リーゼファラスは口元に手を当てながら沈黙した。

現在、使者としてここにいる彼女は、ジュピターの意志を代弁する存在でもある。

そしてジュピターは、ファルティオンとレームノスが密接な協力体制を築ける事を望んでいた。



(テッサリアを奪還するためには、彼らの力が必要……ジュピター様は、今回の件の見返りとして協力を求めようとしている)



 だが、そのためには多くの貸しを作らなくてはならない。

将軍ジェネラリス》と戦う事もその一つではあるが、貸しが多いに越した事はないのだ。

ならば――と、一つの判断をして、リーゼファラスは顔を上げる。



「代表、少々よろしいでしょうか」

「は、はい、何でしょう?」



 彼女の視線の向かった先は、カルシュオの代表である男だ。

魔物の群れをたった一人で殲滅できる『最強の聖女』について話を聞き及んでいるのか、彼の腰は低い。

しかしそんな彼の態度は気にする事もなく、リーゼファラスは一つの案を提示していた。



「彼の能力、必要ではありませんか?」

「と、申されますと?」

「分かっているでしょう。貴国にとって、《操縦士ヴェルソー》は非常に深刻な問題のはず。けれど、彼ならばそれを発見し、滅ぼす事が出来る」

「それは……!」

「内側の、深刻な場所まで入り込まれてからでは遅い。レームノスが内側から瓦解する事を防ぐためにも、彼の力は必要ではないでしょうか?」



 そんなリーゼファラスの言葉に、カルシュオの代表は視線を細める。

恰幅のよい男性であり、外見からはあまり覇気の感じられない人物だったはずの彼の気配は、その瞬間に為政者としての表情を見せ始めていた。

南端とはいえ、国境の要となる街を纏め上げる人物なのだ。



「……分かりました、上に掛け合ってみましょう」

「よろしくお願いします。ああ、彼だけではなく、あのメイドも連れて行くといいでしょう」

「彼女、ですか? ただの使用人では――」

「彼女は私の従者です。この面々の中でも、それなりの実力があるでしょう」

「了解しました。それでは、この件に関しましては後ほどご連絡します」

「はい、よろしくお願いします」



 話を済ませ、リーゼファラスは頷く。

顔を挙げ、周囲を見渡せば、やはり辺りの面々はカインに対して恐怖の視線を向けていた。

それに関しては今更であり、カイン自身も全く気にしてはいなかったが――



「あまり心証を悪くしすぎるのも問題ね」

「ミラ……彼に、働いてもらうつもりですか?」

「ええ。ここでの活動は、いずれテッサリアの攻略に繋がる。そうなれば、彼も無視はできないでしょう」



 カインがリーゼファラスに執着しており、同時に力を欲している事は近しい人間にとって周知の事実だ。

そして、ジュピターから告げられた力を得るための方策には、テッサリアの攻略が組み込まれている。

カインがかつて生活して来たあの場所にこそ、カインの原点が――カイン自身が何を思い力を得たのかの答えがる。

そこに辿り着くためならば、カインも協力を惜しまないだろう。

決して国のためなどに動く事はない。彼は、彼自身の願望のみで活動するのだ。



「色々厄介な男だけど……この国にとっては、何かと便利なのではないかしら」

「例の魔力機関車の件ですか」

「私からすれば、散々迷惑をかけてくれているのだもの、彼。それぐらいは返して貰いたいわ」



 若干引き攣った笑みを浮かべているミラに、リーゼファラスは軽く肩を竦める。

確かに、この国にとってカインという存在は何かと都合のいい存在だろう。

下手をすれば、引き抜きの工作が掛かるかもしれない。けれど――



(彼がこちらの国に行く事など、ありえない)



 自信を持って、リーゼファラスは頷く。

分かっているのだ。彼がファルティオンから離れる事はありえない。

リーゼファラスという、彼にとって救いになるかもしれない存在が、そこにいる限り。



「……楽しみですね、カイン」



 呟くリーゼファラスの口元には、小さな小さな笑みが浮かべられていたのだった。











 * * * * *











「ねーねーお姉さま」

「何かしら、エウリュ?」



 薄暗い、けれどどこかぼんやりと輝く光が揺れる。

幾重にも重なったヴェールの中に、浅葱色の髪を持つ二人の女の影があった。

とても似通った姿の二人は、大きな寝台の中心で寝転がり、まどろむように声を上げる。



「サソリが一つ、壊されたわ」

「あら、ばれちゃったのかしら」

「そうみたいだねー。擬態するしか能がないのに、簡単にばれちゃうなんて使えない」

「そうかしら。内側から少しずつ毒していくのって、何だか楽しくない?」

「えー、お姉さま悠長すぎ」



 不満げに唇を尖らせるのは、エウリュと呼ばれた少女だ。

髪をツインテールに纏めている彼女は、寝台の上をごろごろと転がり、その長い髪を身体に絡みつかせている。

そんな少女の姿を微笑ましそうな表情で眺めるのは、姉と呼ばれた髪の長い少女である。

こちらは髪を纏めてはおらず、どことなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。



「いいのよ、どうせ時間はいくらでもある」

「でもさ、お姉さま。あの男と引き分けた奴、こっちに来てるんでしょ?」

「『最強の聖女』、だったかしら。クリュサオルも、もうちょっと粘ってから負ければいいものを」



 エウリュの言葉に苦笑した姉は、そのままゆっくりと上半身を起こす。

薄いヴェールに包まれた寝台の外、そこに蠢く何らかの気配へと視線を向けながら。



「けれど、ようやく面白くなってきた、といった所じゃないかしら」

「そうなの?」

「ええそうよ。あの『最強の聖女』が表舞台に上がってきた。そして――」



 少女は、微笑みながら軽く手を振るう。

それと同時に浮かび上がったのは、黄金のくいに貫かれながら漆黒の大鎌を振るうカインの姿であった。

それは正しく、以前の戦いでクリュサオルに止めを刺した際の彼の姿。

圧倒的なまでの死の気配を纏い、それと共に硬い防御を誇るクリュサオルの体すらも容易く貫き、打ち砕いた死神。

そんな男の姿に、彼女は笑みを浮かべていた。



「混沌に満ちた世界こそ、私たちにとっての舞台」

「この死神、面白いかなぁ?」

「ええ、きっと面白いわ。私たちのダンスにも乗ってくれる」



 くすくすと、二人は笑う。

浅葱色の髪を揺らす、二人の少女――《将軍ジェネラリス》と呼ばれる、最悪の魔物。

破滅そのものであるとも言える彼女たちは、まるで外見通りの少女のように、くすくすと笑い声を零していた。





















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