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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
39/135

37:到着












「流石に言い飽きてはきたのだけど……貴方、どこまで非常識なのよ」

「くはは、俺も今更言われるとは思ってなかったな」



 《重装兵クルス》の背中の上に胡坐をかき、そのコートの裾から伸びた刃を突き刺しているカインは、ミラの半眼の視線を受け止めながらくつくつと笑みを零す。

巨大な魔物の身体をのまま使用したこの乗り物は、一向にとっては一応渡りに船とも呼べる存在であった。

尤も、人類の仇敵とも呼べる《奈落の渦》より発した魔物を便利に使う事に関しては、アウル以外の誰もが微妙な表情を浮かべていたが。

その反応が特に顕著だったのは、他でもないリーゼファラスであった。



「あ、あのー、リーゼファラスさん! やっぱり乗った方が――」

「ご心配には及びません。私はこれで大丈夫なので」

「あのー、リーゼ様。私の方が心苦しいのですけど」

「我慢しなさい。それか、私と共に走りなさい」

「いや、流石に瞬間的ならともかく、長時間スピードだし続けるのはちょっと……それに私は超越者じゃないんですから、リーゼ様みたいな無限の体力はありませんし」



 珍しく複雑そうな表情を見せるアウルと、既に幾度も見せてきた引き攣った表情を浮かべるウルカ。

そんな二人の見つめる先には、《重装兵クルス》と並んで地上を走り続けるリーゼファラスの姿があった。

重装兵クルス》はその巨体ゆえにかなりのスピードが出ているのだが、彼女はその隣を併走しながら息一つ乱していない。

仲間の奇行に衝撃を受ける事の多いミラやウルカであったが、比較的大人しいリーゼファラスの行動は、ある意味では一番衝撃の大きいものであった。



「普段はあまり気にしないけれど……リーゼって、本当に潔癖症なのね」

「そりゃあもう。《渦》の魔物なんて、結晶化させないと絶対に触りませんから」

「気持ちは分からなくもないが、上層の人間によくいる潔癖症とは丸っきり方面が違ってるな」



 カインやウルカが潔癖症という言葉を聞いて思い浮かべるのは、下層の事を嫌っている上層の人間だ。

本来ならば、下層の事を必要以上に嫌い、下層の人間が触れた物には絶対に触りたくないと明言するような人物の事を指す。

行き過ぎた下層嫌いとしては、オリュークスを出る前に出会ったネレーアという上位神霊契約者が上げられるであろう。

彼女のような、下手をすれば下層を滅ぼしかねないような存在――極端ではあるが、下層出身の二人からすれば、それが潔癖症という言葉に対する共通認識であった。

しかし、リーゼファラスは少々方向性が違う。



「女神を穢す害虫、だったか?」

「ええ。必要である事は分かっていますが、正直な所私には、ソレ・・を利用するなどという事は考えられません」

「まあ、リーゼ様はある意味脳き……頭が固いですからねぇ」

「アウル、聞こえていますよ」

「いえ、むしろ何でこの音の中で普通に会話してるんですか」



 《重装兵クルス》が移動する音はそれなりに大きい。

そんな中、正確に人の声のみを聞き取って会話する面々に、クルタスは微妙な表情を浮かべていた。

実際の所は、彼女らは声に魔力を込め、ソレを読み取って会話を行っている。

契約の力に長け、魔力の扱いを熟知したファルティオンの人間だからこそ簡単に行える方法であった。

ただし、魔力をあまり扱えないカインやアウルは、自力で音を聞き取っていたのだが。



「まあそれはともかく、例え死骸であろうと、乗り物であろうと、魔物に触れるなどありえません」

「貴方も極端ね、リーゼ。まあ別に、無理に乗れというつもりもないけど」

「というより、リーゼ様の力の関係上、乗ったりしたら問答無用で結晶化すると思いますよ」

「ええ。それも困りますから、こうやって下を走っているのです……っと」



 近場から襲い掛かってきた《兵士ミーレス》を蹴りで粉砕しながら、何事もなかったかのようにリーゼファラスはそう口にする。

それに関しては最早誰も口を出すような事はなく、例え散発的に《兵士ミーレス》が襲ってくるような状況の中であったとしても、特に気にするような事はなくなっていた。

なぜなら、リーゼファラスには圧倒的な力があるからだ。

触れたものを結晶化させる力。彼女の攻撃に触れたものは、瞬時に水晶と化して粉砕される。

その力の源は、偏に彼女の持つ想いがあるためだ。


 ――この美しい世界に穢れは必要ない、全て美しく変わってしまえばいい。


 故に、彼女が『汚らわしい』と判断したものは、触れた瞬間に水晶と化してゆく。

尤も、それ以外の物に対しても力を意図的に発動させる事は可能であるが、穢れに対しては無条件に発動してしまうのだ。

もしも彼女がよくある潔癖症の人間であったならば、下層の人間は触れただけで水晶と化してしまう事になるだろう。



「人間相手にはある程度発動しづらいとは言え、本当に窮屈な暮らしですよねぇ」

「苦労してるもんだな、あいつも」



 小さく、他の人間に聞かれないように呟いたアウルの言葉に、カインはくつくつと笑いながらそう答える。

それに対し、アウルはどこか苦笑のような表情を浮かべながら、カインの横に腰を下ろしていた。



「……あいつは確か、上層の人間を嫌っているんだったな」

「流石に、魔物ほど憎んでいる訳ではありませんけれどね」



 リーゼファラスは、上位神霊契約者以外の契約者を認めていない。

それは、紛いなりにも神と呼べる上位神霊以外を認めていないという事に等しい。

リーゼファラスにとって神とは女神と魔王であり、それ以外を神と崇める事は、彼女にとって認めがたい事なのだ。

つまり通常の契約者たちは、リーゼファラスにとっては煩わしい存在となっているのである。



「ま、その辺はあの幼女が何とかするだろ」

「ジュピター様の事をそんな風に呼ぶ人間はカイン様ぐらいでしょうねぇ」



 魔力を使わない二人だからこそ、その声は殆ど周囲には響かない。

その言葉はミラに聞き咎められる事もなく、流れてゆく景色の中に消えていった。

と――



「あ、あの、カインさん!」

「ん? おお、何だ?」



 音に負けぬように声を張り上げながら、クルタスが声を上げる。

そんな彼の元々は敬意の比率が大きかった声音も、今では困惑の方が勝ってきていた。

しかし、そんな彼の様子は特に気に留める事もなく、カインは彼に対して問い返す。



「そろそろ、レームノス最南端の街、カルシュオに着きます。街から目視される距離まで辿り着く前に止めないと――」

「お、そうなのか……ふむ」

「……カイン様、どうかなさいましたか?」



 カインの微妙な反応に、アウルがきょとんと首を傾げる。

それに対し、カインはどことなく乾いた笑みを浮かべ、若干視線を逸らしながら声を上げた。



「実は、足をいちいち動かし続けるのが面倒になって、一定の動きを繰り返すように自動化してたんだが」

「……ねえ、カイン。まさか」

「すっかり制御から離れちまってな。全部引っこ抜こうとすると、たぶん直前まで止まらないぞ?」

「何で、貴方は、いちいち……っ!」



 次々と問題を発生させるカインに対し、ミラは拳を握り締めてぶるぶると震えていたが、生憎と口論をしている暇はない。

クルタスが声をかけてきたのはかなりギリギリのタイミングだったのだ。

それはつまり、これ以上進めば、カルシュオに察知されるという距離に到達しつつあるという事だ。

レームノスの南端の街。それはつまり、ファルティオンとの国境を見張る場所であったという事でもある。

その街の軍備はかなりのものであり、《重装兵クルス》の一匹程度では大した問題にはならない。

問題なのは、間違いなく彼らから攻撃を受けるであろうという予測であった。



「ど、どうするんですか!? カルシュオからの砲撃を受けますよ!?」

「一応やるだけやってるんだがな。足の方に張り巡らせた奴を引っこ抜くのにはまだ時間がかかりそうだ。つー訳で」



 クルタスの焦った声音にも、カインは軽く肩を竦める程度にしか反応しない。

彼としては、カルシュオからの砲撃とやらにも興味が無い訳ではなかったのだ。

技術の進んだレームノスの攻撃が一体どんなものなのか、自身の目で確かめてみたいと考えていたのである。

とはいえ、そういったただの兵器で死ねるとは、カインも考えてはいなかったが。



「まあ、方法がない訳じゃないが」

「それで! どんな方法でもいいから、とにかく止めて下さい!」

「らしいぞ、リーゼファラス」

「ええ、私としても非常に歓迎すべき方法です」



 説明を聞くまでもない、と実に晴れ晴れとした笑顔でリーゼファラスはそう答え、その場から大きく跳躍した。

その人間離れした身体能力は、自身の身体を容易く《重装兵クルス》よりも高い場所へと持ち上げる。

そして彼女は、その跳躍の頂点でくるりと回転すると、その踵を大きく振り上げた姿勢で落下を始めた。



「ちょ……ッ!?」

「リーゼ! 貴方も、説明ぐらいしてから行動しなさいッ! ああもう……そこのメイド、クルタスの事を任せたわよ!」

「はいはい」



 リーゼファラスの動きに、彼女が何を狙っているのか即座に察したのだろう。

ウルカが目を剥き、ミラは思わず口汚く罵りながらも使者の安全を確保する。

そんな慌てた様子を見つつ、カインとアウルは軽く肩を竦めながらも行動を開始していた。

アウルはミラの指示通り、クルタスを抱え上げていつでも退避できる準備を。

カインはコートから伸ばしていた黒い刃を切断し、《重装兵クルス》との接続を完全に切り離す。

そして四人(+一人)は、それぞれが思い思いに自身の事を強化して、《重装兵クルス》の上から跳躍していた。


 ――瞬間。



「ふ……ッ!!」



 短い呼気と共に、リーゼファラスの踵が振り下ろされる。

大上段から振り下ろされたその一撃は、まるでスレッジハンマーの如く《重装兵クルス》の背中を叩いていた。

そして無論の事、『最強の聖女』リーゼファラスの一撃が、“叩いた”程度で終わるはずがない。

細身な彼女の足が触れた瞬間――《重装兵クルス》の身体は、水晶の破片となって弾け飛んでいたのだ。



「うわぁっ! ちょっと!?」

「あっぶ、危ないわねリーゼ!?」

「あはは、気合入ってますねぇ」

「よっぽど気に入らなかった訳だな」



 そしてその破片は、当然ながら跳躍した直後の面々にも降りかかる。

契約の力を発動してそれらを弾き返すウルカとミラ、対照的に、飛び散った破片を足場にして地面へと向かってゆくアウルとカイン。

そしてあまりにも衝撃的な光景に、クルタスは完全に言葉を失ってしまっていた。


 《重装兵クルス》の身体を完全に打ち砕いたリーゼファラスは、その巨体を突き抜ける様に破砕し、体勢を立て直して地面に着地していた。

彼女の一撃は、《重装兵クルス》の体内に大量に残っていたはずのカインの刃すら、容易く打ち砕いてしまったのだ。

水晶の破片を足場に地面へと着地したカインは、その様を見て軽く嘆息する。



(あの大鎌を一撃でぶっ壊した訳だからな……密度の低い刃程度なら簡単に砕けるって訳か)



 《渦》の魔物の甲殻すら容易く寸断する刃を、踵の一撃程度で粉砕するリーゼファラス。

その攻撃の威力が想像を絶するという事は、それを顔面に受けた経験のあるカイン自身が誰よりも理解していた。

そして、そんな彼女との間に、絶望的なまでの力の差が存在する事も。

砕け散った水晶の破片の中心で、満足そうな表情を浮かべながら立ち上がるリーゼファラスの姿に、カインは軽く目を細める。



(力、超越者、ね)



 今の自分では足りない。ならば、それを補えばよい。

己のやるべき事を見据え、カインの口元は薄い笑みに歪む。



「向き合ってみるかね、力って奴に」



 小さく呟かれた言葉は、リーゼファラスへと向かっていったミラの怒声にかき消される。

けれど、その言葉の中に秘められた決意は確かなものであった。

明確な目標を得たカインにとって、行く末が目の前に存在している事は、何よりも己を奮い立たせる要因になる事だったのだ。



「さて、と……おい、いつまで騒いでんだよ。カルシュオとやらに行くんだろ?」

「ええ、分かってるわ。分かってるわよ! また後で話を聞いてもらうわよ、リーゼ!」

「はいはい。さて、それでは向かいましょうか。尤も――」



 肩を怒らせるミラに苦笑しながら、リーゼファラスはある方角へと視線を向ける。

そちらは、先ほどまで《重装兵クルス》が向かっていた方向だ。

レームノス南端の街カルシュオがあるそちらに顔を向けて目を細め、彼女は小さく笑みを浮かべながら声を上げる。



「既に、彼らはこちらを察知していたようですね」

「へぇ、それなら楽できそうかもな」



 ――彼女の目には、自分達の方へと向かってくる自動魔力機関車の姿が映っていたのだった。





















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