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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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36:新たなる敵










「ちょ、ちょっと待ちなさい!」



 戦闘の内に乗り物酔いから復帰していたミラが、リーゼファラスの言葉に対して大きく声を上げる。

こと戦に関しては冷静な判断力を持っている彼女とて、その情報は決して無視する事のできないものであったからだ。

――あの杭の騎士クリュサオルが、成り立ての《将軍ジェネラリス》であったなど。



「あの《将軍ジェネラリス》が成り立て!? あんな強力な力を持っていた存在が、あまり強くはない個体だったって言うの!?」

「ええ、その通りです。力を蓄え、成長してゆく《奈落の渦》の魔物……《将軍ジェネラリス》とて例外ではありません。あの雑魚は、まだ成長したばかりの個体。力の差すら理解できない程度でしたからね」



 その言葉は、ミラやウルカにとっては悪夢のようなものであった。

上位神霊契約者が二人、それ以外にも精鋭と呼べるだけの実力を持った者達が同時に挑み、一蹴されてしまったのだ。

圧倒的な力――そうとしか呼べない相手であり、あの場にリーゼファラスやカインがいなければ、ミラもウルカも殺されてしまっていただろう。

そんな相手がただの雑魚であったと、リーゼファラスは簡単に口にする。



「大して特殊な力も持たず、力の方向性も防御を固める方面ばかり。まあ、それだからこそ貴方達にとっては相性が悪かったとも言えますが」

「あの鎧、私でも斬るのに苦労しそうでしたからねぇ」

「そうか? 簡単に穴が開いたぞ、あれ」

「貴方の力が特殊なんですよ、カイン。正直な所を言えば、攻撃という一点のみならば私よりも貴方の方が上になるでしょう」



 リーゼファラスの言葉に対し、カインは小さく息を吐いて肩を竦める。

圧倒的に格上な存在である彼女に言われた所で、未だ及ばない事の指摘にしかならないのだ。

事実である以上、カインもそれを否定するつもりはなかったが。



「……リーゼ。貴方は、あれ以外の《将軍ジェネラリス》とも戦った事があるのよね?」

「ええ、ありますよ。一度、私が本気を出さねばならないような存在とも戦った事があります。あの時はそれでも仕留め切れませんでしたが」

「ほ、ホントですか、それ!?」



 この面々の中でも間違いなく最強の力を誇るリーゼファラス。

『最強の聖女』の二つ名は、決して伊達などではないのだ。

そんな彼女が全力を出さねばならないような存在など、ウルカにとってみれば最早想像を遥かに超えた領域である。

そして同時に、この面々の中では彼女以外には太刀打ちできないと言う事実を示していた。

それに対して思わず眉根を寄せて、けれど何とか気を取り直しながら、ミラは改めてリーゼファラスに対して声を発する。



「……それで、今回もそんな存在が相手だと?」

「まあ、流石にそこまで強力だとは思いませんけれどね。私が以前会ったもののレベルであれば、一体で国を一つ壊滅させられる筈ですから。それに、アレは私がそれなりにダメージを与えましたから、しばらくは活動できない筈ですし」

「安心できるようなできないような……」



 あの戦いから、ミラとウルカは自らに厳しい訓練を課してきた。

圧倒的な力を持つ存在を知り、けれどその力の差を前にしても挫ける事無く、必死に力を磨いてきたのだ。

今ならば、クリュサオルに確実に勝てるとまでは言わないまでも、以前のような無様な敗北を喫する事はないと、二人はそう自負していた。

けれど、リーゼファラスはあれ以上の存在がいるとそう口にする。

その言葉は二人にとって受け入れがたいものであり――人類がどれほど追い詰められているのか、それを改めて自覚する要因となっていたのであった。

そんな二人の様子をちらりと確認し、リーゼファラスは改めてクルタスの方へと視線を向ける。

リーゼファラスの言葉を興味深げに聞いていた彼は、その瞳に射すくめられたかのように背筋を伸ばした。



「貴方達の方で《将軍ジェネラリス》の存在は確認したのですか?」

「い、いえ。その姿をはっきりと確認した訳ではありません。ですが……」

「何か、心当たりみたいな物はあるって訳か」

「……」



 カインの言葉に対し、クルタスは無言で首肯する。

将軍ジェネラリス》が存在しない程度の規模であれば、レームノスでも問題なく対処できるはずなのだ。

それなのに、彼らはファルティオンへと救援を要請した。

『最強の聖女』リーゼファラスの存在する、契約者達の国へと。



「貴方がたでは対処しきれない程度の力は持っている《将軍ジェネラリス》ですか……正直な所、物量を相手にするだけならば我が国よりもそちらの方が適していると考えていましたが」

「ははは……恥ずかしながら、確かに得意とするところではあります」

「それでも苦戦しているのは、敵が想定外の動きをしている為ですか?」

「ええ。あの穴を掘るのもそうですが、陽動や罠など、とても理性のない魔物の動きとは思えません。それに――」

「……他にも何か?」



 頭が痛い、と言わんばかりに顔を顰めるミラであったが、その話を聞かない訳には行かない。

元より、断る選択肢など存在していないのだ。

レームノスはよき隣人であり、彼らの開発力がなければ魔力機関車も完成しなかっただろう。

例えどれだけ強力な魔物が相手であろうとも、それを倒せるリーゼファラスがいる以上、下手に断れば関係を悪化させる結果にしかならないのだ。

故にこそ、早めに話を聞いて対策を立てた方が、遥かに建設的であると言えるのだ。



「まだ、あまりしっかりと確認できた訳ではないのですが……兵の一人が、新型の魔物を見たと口にしているのです」

「新型、ねぇ」



 目を細め、カインはそう呟く。

《奈落の渦》の魔物の姿は、多少の大きさの違いこそあれど、基本的に一定の形から外れる事はない。

兵士ミーレス》、《重装兵クルス》、《砲兵トルメンタ》、《操縦士ヴェルソー》、《指揮官プラエフェクト》。

これらは全て一定の姿をしており、例外などは無数の戦場を経験したカインですら目撃した事はない。

だが、《将軍ジェネラリス》――これだけは、それ以外の魔物とは全く違った存在なのだ。

それぞれが個別の姿形をしており、それぞれの能力も大きく異なっている。

故に、新たな姿をしている魔物というのは――



「それが、《将軍ジェネラリス》である可能性も高いですね」

「と言うより、それ以外に考えられんだろう。どんな姿をしていたんだ?」

「ええ、それが……巨大な獅子のような姿であった、と」

「獣型、ですか?」



 クルタスの言葉に、意外そうな声を上げたのはリーゼファラスであった。

この面々の中では最も《将軍ジェネラリス》との交戦経験が多いのは、間違いなく彼女である。

そんな彼女が見せた反応に、一堂の視線は一斉に集まっていた。

それを一身に受けて、けれど態度を変える様子もないままに、リーゼファラスは声を上げる。



「確かに《将軍ジェネラリス》に様々な姿形があるのは事実ですが……その知性は姿によって左右されます。先ほど言ったように陽動や罠のような行動を取れるとしたら、人型の《将軍ジェネラリス》だと考えていたのですが……」

「……ねえリーゼ、これはかなり悪い方の確率があるのではないかしら?」

「そうですね。私としても、少々頭の痛い事態ではありますが」



 視線を細め、リーゼファラスは軽く嘆息を零す。

将軍ジェネラリス》の知性はその姿形に左右される場合が多い――これは彼女の経験則ではあったが、少なくともこれまでに外れた事のない内容であった。

しかし、レームノスを襲っている魔物は、高い知性が見られる動きをしている。

それこそ、単純な獣を相手にしているように扱えば、あっという間に危機に陥ってしまう程度には。

それはつまり――



「私の予想では、少なくとも二体の《将軍ジェネラリス》が存在する事になりますね……そうなると、少々厄介ですが」

「そ、そんな……!?」

「あのね、貴方にとっては少々程度かもしれないけど、私たちにとっては大問題なのよ」



 クルタスが驚愕と恐怖に目を見開く中、ミラはリーゼファラスに対して半眼を向ける。

たった一体、それも成り立てですら、ファルティオン最高峰の術者が苦戦するのだ。

それが一箇所に二体など、最早対処のしようがないレベルであるとも言える。



「どうにかするにしても、厳しいものがあるのは否定できないわね……」

「まあ、恐らく片方は成り立てでしょう。獣型の方だとは思いますが、それをもう一体が育てているというパターンが考えられます」

「《渦》の魔物がそんな事をするんですか?」

「ええ。以前見かけた事があります」



 怪訝そうなウルカの言葉にも、リーゼファラスは鷹揚に頷く。

それに対しクルタスが感心したような視線を向ける中、カインは静かに面々の傍から離れ、《重装兵クルス》の死骸の傍まで移動していた。

その角に突き刺さったカドリガを見上げ、静かに視線を細める。

と、そんな彼の背中に、一人の声が掛かった。



「どうかしましたか、カイン様」

「ああ、お前か。ずっと黙っていたから寝てるのかと思ったぞ」

「いえいえ、リーゼ様の出番を奪う訳には参りませんので」



 隣に並んだのは、くすくすと笑みを零すアウルだ。

ずっとリーゼファラスの傍で沈黙を保っていたはずの彼女は、完全に気配を消して移動する事で、話し合う四人の傍から気づかれずに移動していたのだ。

尤も、主であるリーゼファラスは、彼女の移動に気がついていただろうが。



「それで、カイン様。どうなさったのですか?」

「ああ。どんな脅威があるのかは多少分かったからな。後は、どうやって目的地まで移動するかって事だ」

「あー……あの乗り物、壊れてしまいましたからねぇ」



 頷き、アウルは視線を上げる。

その先にあるのは、角に突き刺さったまま炎上するカドリガだ。

ファルティオンからレームノスまでの距離はそれなりにある。

それこそ、あの乗り物がなければ何日か掛かってしまう距離だ。

今この場所から徒歩で向かったとしても、二日か三日は掛かってしまうであろう。



「ま、仕方ねぇか……っと」

「カイン様?」



 地を蹴り強く跳躍して、カインは《重装兵クルス》の角の一本に飛び乗る。

そしてすぐさま上にある角の上に飛び乗ると、そこを伝って《重装兵クルス》の体の上に移動していた。

そんな彼の行動が気にかかり、アウルもまた彼の後を追う。

重装兵クルス》の上に立つカインは、きょろきょろと周囲を見渡しつつ、爪先で幾度か《重装兵クルス》の背中を叩いていた。

そんな彼の不可思議な行動に、アウルは思わずきょとんと目を見開いて首を傾げる。



「何をなさっているのですか?」

「ああ。あーゆー事情があるってんなら、多少は急ぐ必要があるだろう? だから、乗り物を用意しようと思ってな」

「乗り物……まさか、これがですか?」

「まあな。正直面倒だが、やらん訳にもいかんだろ」



 例え二日三日とはいえ、魔物の出現する道を普通に進み続けることは多大なリスクを伴う。

これがカイン、リーゼファラス、アウルの三人だけであればそれでも問題はなかっただろう。

しかし今はミラやウルカ、そして全くの素人であるクルタスも存在している。

さらに事情が事情であるため急ぐに越した事はないのだ。それ故に、カインは一つの方針を打ち出していた。

即ち――



「コイツを動かしゃ、問題は解決するだろ……なっ!」



 ――この《重装兵クルス》を、移動用の乗り物とする事であった。

若干の気合が含まれた声と共に、カインの纏う漆黒のコートの裾がぱらりと解ける。

そこから現れるのは、彼の内側に無数に存在しているものとな時、漆黒の刃であった。

刃の群れは足元にある《重装兵クルス》の背中に突き刺さり、その深くへとどんどん沈みこんでゆく。

刃は内側で細分化し、強靭な《重装兵クルス》の骨格と肉に突き刺さりながら、全身をくまなく貫いてゆくのだ。

そして――



「よっと」



 額に突き刺さっていた黒い刃が沈み込み、カインの力による《重装兵クルス》の侵食が完了する。

カインが軽く手を動かせば、《重装兵クルス》もそれに呼応するように足を動かす。

無論、そんな動きが必要というわけではないが。



「ふむ……ちっと慣れは要りそうだが、動かせない事もないな。おい、お前ら!」



 状態を確認し、カインは改めて地上にいる四人へと声をかける。

死んでいたはずの《重装兵クルス》が突如として動き出し、その警戒をしていた彼らは、《重装兵クルス》の背中に立つカインの姿を認めて目を丸くしていた。



「足を用意したぞ、ここで立ち話していても仕方ないんだ、とっとと進もうぜ」

「貴方……いや、もういいわ何でも」



 何かを言いたそうにしていたミラであったが、やがて諦めたように首を振る。

何を言っても無駄だと、そう判断したのだ。

それに、彼女も現状の問題は把握していたのだ、足が必要である事はしっかりと理解している。

尤も、このような方法は露ほども考えていなかっただろうが。



「……とりあえず、到着前には乗り捨てなさいよ。レームノスに攻撃されるのはごめんだわ」

「くはは、分かってるさ」



 上機嫌に笑うカイン、その足元で、体の至る所から黒い刃を生やした《重装兵クルス》は、不気味な沈黙を保ちながら佇んでいたのだった。





















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