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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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34:北への旅路












 黒い車体が荒野を行く。

かつては整備されていたであろう街道も、今では見る影も無く荒れ果てている。

《奈落の渦》が開いてから国交が半ば途絶してしまうまである程度の時間はあったが、それでも既に人が通れる状態ではなくなってしまっていた。

そんな荒れ果てた道を進む車の内部は――やはりそれなりの揺れが響く空間となってしまっていた。



「あの、大丈夫ですか、ミラさん」

「……馬車には、慣れていたつもりだったのだけど」



 そして、その揺れに三半規管をひたすらに揺らされたものが一人。

後衛向きであまり激しい戦闘を行ったことの無いミラであった。

彼女も貴族のような存在であり、それなりに揺れる馬車にも、長距離移動用の魔力機関車にも乗った経験はあった。

しかし、凄まじいスピードで悪路を走るこのカドリガのような乗り物は初めてだったのだ。

今までに体験したことの無い乗り物酔いをこれ異常なく味わったミラは、開けた窓から遠方を眺め、小さく震えるような声を上げる。

そんな彼女に対し、申し訳無さそうな表情を見せるのは、案内役であるクルタスであった。



「済みません、『ケラウノス』様。道が悪いという事もありますが、この揺れも改善目標の一つでありまして……」

「ええ……こちらに輸出することがあれば、是非そこを改善してからにして貰いたいわね」

「くはは、鍛え方が足りないってな」

「……貴方みたいな化け物と一緒にしないで貰えないかしら」



 カインの軽口に対する言葉も、刺々しさを含んで入るがいつもほどの力は無い。

それでも戦士としてか、或いは淑女としての矜持か、人前で嘔吐するような事は無かったが。

それだけの精神力を有する彼女にくつくつと笑いながら、カインは隣に座る運転手へと声をかける。



「行きもこの辺りを通ったんだよな? 《渦》の魔物は出なかったのか?」

「いえ、いましたよ。ただ散発的にうろついている程度でしたし、機動力から言っても正面から突撃されない限りはぶつかる事なんてありません」

「それだけの速さなら、突撃してもそれなりの攻撃力がありそうだな」

「いやカインさん、何でそこまで攻撃的思考なんですか」



 とにかく発想が物騒なカインに対し、ウルカは半眼でそう呟いていた。

彼の場合、常在戦場と言うよりも常在死地だ。常に死を意識しているが故に、戦いをいかに有利に進めるかという事しか考えていない。

それゆえの言葉であり、実にカインらしい発想であると言えたが、クルタスはそれを冗談であると受け取っていた。



「はははは、カドリガではこちらが大破してしまいますよ。ただ、そういった発想が無い訳ではありません」

「ほう、と言うと?」

「ファルティオンでも運用されている魔力機関車、あれにもその考え方が盛り込まれていたはずですよ。高出力の魔力機関を利用し、重量と強度を上げた車体を動かして魔物を撥ね飛ばす……実に単純な、質量による攻撃手段です」



 コンコンとフロントガラスを叩きながら、クルタスはそう口にする。

現在、世界は《奈落の渦》による危機に晒されているのだ。

レームノスの得意とする発明は、現在のところそのどれもが《奈落の渦》と戦う事を想定して作り上げられている。

当然、カインが口にしたような発想も、レームノスの中で出されていた。



「このカドリガは単純な移動用ですが、そういった戦闘用の車両も製作されています。と言っても、まだ運用には至っておりませんが」

「コイツじゃ無理なのか?」

「ははは、単純に強度が足りませんよ。こちらは機動力を重視して作られたモデルですので、魔物と衝突したらこちらが破損してしまいます」

「これだけの速さで走っているのに、あんまり強度は無いんですね?」

「スピードを出すには軽量化が必要ですからね。その二つを同居させる事は流石に難しいですよ」



 クルタスの言葉に、ウルカが感心したように頷く。

本来、そういった話に積極的に参加するのはミラの役目であったが、生憎と彼女は半ばダウンしてしまっている。

隣に座る彼女の事を気遣わしげに横目で眺めつつも、ウルカは再びクルタスに向けて口を開いた。



「ええと、そういう頑丈な車で来なかったのは何でですか?」

「ええ、あちらはまだ運用レベルまで達している訳ではありませんでしたからね。何しろ、実験をする事が難しいものですから」

「まあ、魔物の群れに突っ込んで来いって言う訳にもいかんだろうからなぁ」

「貴方が乗ったらちょうどいいのではないですかね、カイン」

「おお、そりゃ面白そうだ」



 小さく笑みを零したようなリーゼファラスの声音は、五月蝿い車内でも不思議と通る。

室内を見渡すための鏡にカインが視線を向ければ、普段とは逆向きになった二色の双眸と目があった。

いつの間にか機嫌が戻っていたリーゼファラスは、隣で大人しくしているアウルと共に、のんびりと車の旅を楽しんでいる。

そんな彼女の表情は、少々珍しいものでもあった。



(乗り物酔いするなら可愛げもあるんだがなぁ)



 主従共に平然としている様子を見て、カインは軽く肩を竦める。

アウル曰く、『リーゼ様は色々と可愛いところもあるんですよ』との事であったが、カインにはまだそのような実感は無い。

超然とした態度と、圧倒的なまでの力と技量。遥か格上の存在であり、己の目指すべき目標。

カインにとって、リーゼファラスとはそういった存在だ。

そのため、彼女を一人の人間として見ているかと問われれば、それには否と返さざるを得ないのが事実であった。

しかしながら、彼女は時折、こうして人間らしい表情を見せる事がある。

同種の力に対する興味でもなく、嫌悪する対象へ向けての敵意でもなく、もっと純粋な感情から生まれた表情。

そんなギャップに、カインは僅かながらに興味を惹かれる感覚を覚えていた。



「――あの、カインさん?」

「ん? ああ、悪ぃな。ボーっとしてた」

「いえ、それはいいんですが……あの、先ほど仰っていたのは……」

「ああ、実験とやらの話か? 別にやっても構わんぞ、こういうのを乗り回すのも楽しそうだしな」

「いや、危険なんですよ? 大丈夫なんですか?」



 前の座席で交わされる言葉の応酬に、ウルカは思わず乾いた笑みを浮かべる。

クルタスの言葉は、カインの性質を知らない人間として当然であるとも言えた。

そもそも、あの不死性を話したところで誰が信じるというのか――そう胸中で呟き、ウルカは嘆息する。

実際に目の当たりにでもしない限り、カインの力を信じる事など出来ないだろう。



(カインさんもそうだけど、後ろの二人もなぁ……)



 背後の座席に座る気配を感じ取りながら、ウルカは胸中で嘆息する。

カイン以上に、彼女たちの力は謎なのだ。

味方とはいえ、三人とも安易に自らの力を吹聴するような人間ではない。

そもそも人間であるかという疑問が付きまとうのも事実であったが。



(力の桁が違うっていう訳ではないと思う……少なくとも、上位神霊の力がこの人達の力に劣っている訳じゃない)



 しかし、それでも差は歴然としている。

ウルカは己の未熟を承知しているが、それなりに経験を積んでいるミラですら三人には敵わないのだ。

技量か、経験か。自らに足りないものを頭に思い浮かべながら、ウルカは小さく息を吐き出す。

かつて《将軍ジェネラリス》を相手にした時のような、あんな無様は二度と晒したくない。

ならばどうすればいいのか――それだけが、カインとの訓練を積む中で、ウルカが考えていた事であった。

とはいえ、それであの不死性が手に入る訳ではない。

自分は自分なりの強さを手に入れなくてはならない、というのがウルカの出した結論であった。



(まあ、何か刺激もあるかもしれないし――)



 そう考えて、ウルカは顔を上げる――その、刹那。



「逃げろッ!」



 鋭い声と共に、黒い影が翻った。

加速する世界の中、黒衣を纏うカインが瞬時に動く。

まず彼に起こったのは変貌だ。黒い衣を内側から突き破るように、彼の全身から漆黒の刃が発生し、周囲へと向けて放たれる。

《渦》の魔物の甲殻すら容易く突き破るそれは、しかし味方のいる位置を正確に避けながら、カドリガのドアを全て破壊した。


 そして、次に動いたのはアウルであった。

彼女は破壊されたドアから瞬時に外へと飛び出す。高速で走行する車内から飛び出せば、普通は大怪我では済まないだろう。

しかし、そういった常識など彼女には通用しなかった。

完全に車の勢いを殺す形で跳躍し、カドリガの車内から退避する。


 次に、アウルに僅かに遅れる形でリーゼファラスが動く。

彼女は自分の目の前にある座席を瞬時に結晶化させて粉砕、乗り物酔いで動きが鈍っていたミラの襟首を引っつかみ、体を抱え込むようにしながらアウルと同じく飛び出してゆく。

この二人が無事であるかどうかなど、考えるだけ無駄なことであろう。


 最後に動いたのはウルカとカインだ。

ウルカは契約を行使しながら自らの身体能力を強化、ミラたちの後を追うように飛び出し――そこに、車内からクルタスを投げつけられて目を白黒させながらも彼の身体を受け止めていた。

ウルカが契約行使したのはカインの言葉を聞いた瞬間であったが、それを完全に発動させるまでに他の面々は脱出してしまっていたのだ。

しかし、この場ではそれが功を奏したといっても過言ではないだろう。

あまり早く脱出してしまっていれば、クルタスを無事に運び出せた人間は存在しなかったのだから。


 そして――クルタスを放り投げたカインを車内に残したまま、カドリガは地面から突きあがった漆黒の杭に貫かれ、爆発炎上していた。



「っ……カインさん!」



 爆風を発して勢いを殺し、何とか着地したウルカは、爆発の閃光から目を庇いつつも叫び声を上げる。

無論の事、彼がこの程度でどうにかなるとはウルカも毛頭考えてはいない。

しかし、今何が起こったのか、彼がどうしてそれを察知することができたのか――ウルカが考えていたのはそれだった。



「あ、ああ……そんな、何が……あの人が!」



 しかしながら、そんなカインの力を知らない人間に、彼の無事を知る手段など無い。

幼い体でクルタスを抱えていたウルカは、しかし彼を地面に下ろすような事はせずに、じっと周囲を警戒し続けていた。

地面から突き上がってきたのは、黒い円錐状の杭。

周囲の気配を探りながらも、ウルカはその杭を観察する。

燃え上がっているカドリガを未だ貫き続けているそれは、どこか見覚えのあるようにも感じられるものであった。



「……《重装兵クルス》の、角?」



 やや斜めに突き出ている漆黒の杭は、かの巨大な魔物の角と全く変わらないものであった。

角度の問題か一つしか地表に出てきていないが、一部地面が盛り上がっている部分もある。

つまり、地面の下から《奈落の渦》の魔物が攻撃してきたのだ。



(そんな行動をする魔物なんて、見た事も聞いた事も無い)



 目を細め、ウルカは胸中で呟く。

統率の取れた動きをするという点に関しては、《指揮官プラエフェクト》が存在していればあり得る事態だ。

しかし、このような突飛な行動を起こす魔物は今までに存在しなかった。

無論、ただの《重装兵クルス》にそういった行動を起こすような知能は存在しない。

上位の魔物が操らない限り、この魔物たちはただ突撃する事しか出来ないのだ。


 ――ならば、一体何が・・これらを操っているというのか。



「まさか……!」

「ウルカ」



 滅多に掛けられる事のない声に、ウルカはその声の方向へと視線を向ける。

その先に立っていたリーゼファラスは、周囲を睥睨しながらもウルカへと言葉を発していた。

蠢く地面に対して、軽く嘲笑じみた吐息を発しながら。



「その案内役の事は任せました。貴方は、彼の護衛に集中しなさい」

「了解、しました」



 思う点が無い訳ではなかったが、彼には絶対に護衛が必要だ。

この状況で放置されて、生き残れる一般人など存在しないだろう。

誰かが護らなければ、クルタスは確実に死ぬ。

それをしっかりと理解して、ウルカはクルタスの身体を抱え直す。


 ――周囲の地面がゆっくりと盛り上がり、そこから無数の魔物が現れるのを確認しながら。



「さて、早めに立ち上がった方がいいのではないですか、ミラ?」

「分かって、いるわよ……地面に足が着いているのだもの、すこぶる調子がいいわ」



 ファルティオンにおける最高戦力たちは、レームノスに辿り着くよりも幾分早く、この地での戦闘を開始していた。




















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