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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
34/135

32:戦線維持












「せいッ!」

「よっと」



 雪崩れるように襲い掛かってくる《兵士ミーレス》たちを、紅と漆黒の刃が一刀の下に斬り伏せる。

パルティナの防衛戦線は、パルティナから若干離れた村を要塞化して拠点としている。

距離はそれ程離れていない。と言うのも、あまり離れすぎていると大規模な発生が起こった際に対処しきれなくなるのだ。

最悪放棄しても問題ない場所ではあるが、維持が難しくなるほど距離を置く意味はない。

そんな場所から出撃したカインとウルカは、クレーテのときに比べれば格段に少ない数の魔物たちを速やかに排除していた。



「何の面白味もねぇな。《指揮官プラエフェクト》も存在しないか」

「あんまり大きな規模の《渦》が開いてる訳じゃないみたいですしね。それこそ、テッサリアから溢れ出てこない限りは問題ないんじゃないですか?」

「だからこそ退屈なんだよ、っと」



 銃声が鳴り響き、十数体の《兵士ミーレス》たちが一斉に砕け散る。

そして、その奥にいた《重装兵クルス》に対しては、ウルカの振り下ろした刃より放たれた炎が殺到した。

以前よりも熱量を上げたその刃は、紅の尾を引きながら宙を駆け抜け、衝突した瞬間に巨大な爆炎を吹き上げる。

その衝撃によって、《重装兵クルス》の持つ巨大な角は砕け散り、巨体を大きく仰け反らせていた。

――瞬間、雷光が爆ぜる。



「あまり気を抜きすぎるのもどうかと思うわよ、カイン?」

「つっても、この程度じゃなぁ。最低でも命懸けるような戦闘じゃなけりゃ燃えないだろ」

「いや、それはカインさんぐらいですから」



 地上に対し水平に駆け抜けた雷は、《重装兵クルス》の腹部を貫き、爆裂させる。

ジュピターとの契約により放たれる雷の威力は、相変わらず絶大。

しかしそれを放った当人は、さして変わった様子もなく、レイピアに雷を纏わせたまま嘆息していた。



「それに一応言っておくけど、普通の兵士たちにとっては、これでも十分に大変な戦場よ」

「そいつらの覚悟が無駄だとは言わねぇよ。単に、俺の気分の問題だ。死に場所にならない事が確定してる戦いなんぞ、つまらないにも程があるだろ」

「まあ、私達がいるだけでも士気が上がるからいいのだけど……少しぐらいはやる気を見せて欲しいわね、全く」

「たぶん言っても無駄だと思いますよ、ミラさん」

「分かってるわよ、重々承知してる」



 根本的に、カインに対する小言は意味を成さない。

それどころか、拝謁の資格――即ち、欠片を持つ人間は皆そうであると言っても過言ではない。

彼らは彼らの価値観にのみ従っており、それに反するような行動であれば全くと言っていいほどやる気は見せないのだ。

とはいえ、けじめをつける気だけはしっかりとあるらしく、任務である以上戦う事に異を唱えるような事はしないのだが。

そんなせめてもの救いと呼べるような事象に対し、ミラは小さく嘆息を零しながら雷を放つ。



「まあ、油断だけはしないで欲しいわね。貴方が力を見せるような事になったら困るもの」

「こんな下らん戦場なら、一度たりとも死にはしねぇよ」



 雷鳴と轟音が轟く中、上空より打ち下ろされた雷が十数体の魔物を一撃で薙ぎ払う。

特に魔力を練らずとも、その程度の数を葬る事はミラにとって容易いものだ。

彼女が本気で雷を放てば、数千という魔物を一撃で葬る事も可能なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

しかし、それを見た後衛の者達――このパルティナに属する契約者や傭兵は、その様を見て絶句していた。



「これが、ケラウノス様の力……!」

「あっちの子供、あれは神霊ヴァルカンの力じゃないのか?」

「それより、リーゼファラス様は!?」



 見事なまでに注目されていない状況に、カインは小さく笑みを零す。

無駄に目立つ必要はないし、注目されても彼としては迷惑なだけだ。

それ故に、周囲の視線を攫ってくれるミラとウルカの存在は、カインにとっては非常に好都合であった。

ちなみに、リーゼファラスはアウルを伴って突出し、《奈落の渦》の核を潰しに向かっていた。

この地に開いた《渦》はクレーテほどの規模ではないにしろ、300~400ほどの魔物が溢れ出る程度の大きさを持っている。

放置しておいても邪魔なだけであり、戦力があるのならば潰す方が手っ取り早いと、リーゼファラスはさっさと《奈落の渦》へ向かっていたのだ。

契約者から見ても、群れのど真ん中を正面から突っ切ってゆくその姿は常軌を逸しているものであっただろうが。



「はっ、と……結構減ってきましたね」

「ま、そうだな。結構消化試合って感じか。もう後ろの連中に任してもいいんじゃないのか?」

「折角なんだから最後まで責任持ちなさい。どうせ大した作業じゃないのだから」



 前衛をカインとウルカが、後衛をミラが担当する現在の戦線。

そのたった三人だけの力は、待機している数百人の契約者の力を凌駕していた。

多少、後ろに待機している者達の所へ取りこぼしが向かう事もあるが、その程度であればさしたる問題はない。

このパルティナの戦線は、夜を除けばこれまでに無いほどに、安定した状態を保っていた。



「さて、そろそろ吹き飛ばしちまってもいいんじゃねぇのか?」

「疎らすぎて狙いづらいし、その為にわざわざ魔力を練り上げろとでも言うの?」

「あ、僕がやりましょうか?」

「貴方の力は大規模殲滅には向かないでしょう……いいわよ、別に」



 敵の数も数も既に100を下回った。

元より、ミラの疲労を考えなければ瞬時に消し飛ばせる程度の数しかいなかったのだ。

その気になれば丸ごと薙ぎ払う事も不可能ではない。

だがミラは、その為に魔力を無駄遣いするつもりは毛頭無かった。



「ほらカイン、貴方は近づいてきたのに対処しなさい。私とウルカは遠くのを適当に相手するから」

「おいおい、適当だな」

「カインさんにだけは言われたくないと思います、本当に」



 カインの言動に対し、ウルカは嘆息交じりに剣を構え――その、次の瞬間。



「――まだ終わっていなかったんですか」



 残っていた数重の魔物のうちの半数以上が、一瞬で砕け散っていた。

その声が響いたのは、果たしてどの瞬間であっただろうか。

無数の足音の中でかき消されてしまいそうなほどのそれは、しかし不思議と強く周囲に響く。

砕け散り、舞い散る水晶の破片の中――歩いてくるのは、メイドを引き連れた一人の少女。



「よう、そっちは終わりか、リーゼファラス」

「ええ、大した規模ではありませんでしたから」



 近寄ってきた《兵士ミーレス》を裏拳の一撃で砕いた彼女、リーゼファラスは、何の面白味も無いと言わんばかりの退屈した表情で肩を竦めていた。

水晶化した地面を踏みしめ悠然と歩きながら、かつて魔物たちの死骸であったものを踏み砕き、彼女は軽く嘆息する。



「この程度を片付けるのに時間を掛け過ぎですよ。消耗を避けたい気持ちは分からなくもないですが」

「分かってるんだったら言わないで貰えないかしら」

「まあいいじゃないですか、リーゼ様。向こうだってただ歩いてただけなんですから」



 くすくすと笑うアウルは、そのまま横へと向けてナイフを振るう。

瞬間、遠く離れた場所にいるものを含めて、その方向にいた魔物達が瞬時に斬断されていた。

そしてその言葉を聞き、リーゼファラスもまた嘆息交じりに反対方向を睥睨しながら足で強く地面を叩く。

それと同時、そちらの方向にいた魔物たちは、一瞬で結晶化し、砕け散っていた。

動くものが何一ついなくなった事を確認して、リーゼファラスは改めて全員の方へと向き直る。



「なら、これでいいでしょう?」

「……分かってはいたけど、無茶苦茶よね貴方」



 あまりにも大きい力の差に最早笑いすら浮かんで来ず、ミラは深々と嘆息を零していた。











 * * * * *











 夜になり行われていた祝勝会。

たった五人の戦力で数百の魔物を押し返した事をたたえて行われていたそれを、カインは気付かれないように抜け出していた。

元々、注目されていたのはカイン以外の四人だ。彼自身は力を隠していたのだから、あまり視線が集まるような事はない。

気配を消してさえいれば、気付かれぬように抜け出す事は難しくなかった。



(とはいえ、あの二人には気付かれてるんだろうがな)



 くすねて来たワインのボトルに直接口をつけつつ、カインは苦笑交じりに夜の街を歩く。

リーゼファラスとアウルは、力の気配からカインが離れた事に気づいているだろう。

それでも、彼女たちは止めるような事はしなかった。

もしも内心を読まれていたのだとすれば、少々微妙な気分であるが――胸中で苦笑し、カインは視線を上げる。

見上げた先にあるのは、街を覆う外壁だ。



「……殆ど、覚えてはいないんだがな」



 この国において、街は二重の外壁に包まれている事が多い。

内側の外壁は上層を、そして外側の外壁は下層を覆っている。

要するに、上層は二重の外壁に囲われているのだ。

相変わらず上層は優遇されているが、カインも今更それに関して言及するつもりは毛頭無い。

そう、だが――二重である事は、まだマシであると言えるのだ。



「テッサリアに、外の外壁はなかった……そんな事を思い出しても仕方ねぇだろ」



 カインがそこに住んでいたころはまだ《奈落の渦》も開いていない頃であり、襲ってくるのは普通の魔物程度だった。

しかし、それだけでも、テッサリアの下層に住む者たちにとっては十分すぎる脅威であったのだ。

誰も彼もが、生きる気力を失っていたわけではない。たとえ地獄のような場所であれ、必死に生きようとしていた人間は存在していた。

――眩しい、と。カインがそう思うほどに。



「ッ……」



 ずきりと、軋むような頭痛を感じて、カインは眉根を寄せる。

以前にも感じたことのあるそれに辟易しながら、カインは再び高い外壁を見上げた。

外側のそれ、下層を覆う防護膜。

カインはその上を見上げると、強く地を蹴って外壁の上へと飛び乗っていた。



「よっと」



 高さはギリギリではあったが、手から飛び出した刃を引っ掛け、身軽に身体を持ち上げる。

そうして広がった視界の先には、暗闇に包まれた広い平野が続いている。

昼間はこの先にある拠点から出撃し、多くの魔物を葬り去っていたのだ。

そして、その先にあるものは――



「……テッサリア」



 かつて、カインが生まれ育った街。

北東の都市、テッサリア。そこは、三十年前に《渦》の魔物に襲撃され、壊滅した場所だ。

その当時の事を、カインは覚えていない。一体何があったのか、一体どうして何も覚えていないのか。

それを思い出す事こそが、カインの力に繋がるのではないか――ジュピターは、そう口にしていた。

その為にも、いずれはそこに辿り着かねばならない。

と――



「……知り合いがいるんだろう、顔を見せに行かなくていいのか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ」



 不意に感じた気配に、カインはそう問いかける。

それに対して暗闇の中から返ってきた答えは、酷く陽気で能天気なものだった。

ザクロと名乗る、黒い衣に身を包んだ少女。プロセルピナの契約者たる彼女は、いつも通り夜を活動の軸として、こうして戦場となる場所に現れていた。

とはいえ――



「今日は静かな夜。貴方たちのおかげ。私ものんびりできてぎゅー」

「そうかい。ま、テッサリアからの敵が来なけりゃ、しばらくは魔物も湧かないだろうよ」

「うーむ、向こうに前線が移るなら、私は解放されない方がいいなぁ……けど」



 幼い外見をした茶髪の少女は、どことなくぼんやりした視線のままカインの横に並ぶ。

彼女の視線が向かう先は、カインのそれと同じ方向。



「……貴方は、あそこに行きたいの?」

「さてな。何があったのかすら覚えていないから、どうしたいのかも分からない」



 かつての記憶は、霞の向こう側に消えてしまっている。

暮らしていたそこが地獄のような場所であった事、そして死こそを救いとして見ていた事。

カインの中に残っているのは、たったそれだけなのだ。

そこでどうしていたのか、どうやって生き延びていたのか。そしてあの《大崩落》以降、どうやって脱出したのか。

何もかも、カインの中から失われてしまっている。

それでも――



「それでも、行かなきゃならねぇんだよ」

「ほほう、それはどうして?」

「過去に意味がない――とまでは言わねぇけどな。それでも俺には、俺の目的ってモンがあるんだよ。過去がどうたらって話じゃなく、俺には目指さなきゃならん場所がある」



 カインの目に映っているのは、かつてのテッサリアの風景だけではない。

そこで記憶を取り戻し、力を手に入れたならば――その先に、至高の敵であるリーゼファラスが待っているのだ。

これまでに出会った中でも最強の存在。拝謁の先にいた魔王と女神は非現実的な領域であるため除外するが、今のカインの目標は間違いなく彼女であった。

戦いたい、これ以上ない戦いの果てに朽ち果てたい。

己に相応しい死に場所を、最高の戦場を求めるカインにとって、リーゼファラスは一種の救いでもあったのだ。



「だから、いずれはテッサリアに行く。ただ、それだけだ」

「そう。なら……レームノスの作戦が終わったら、きっと向かう事になる」

「何?」

「パルティナに戦力を集めようとしている動きがある。たぶん、テッサリア解放のための戦力。ジュピター様と教皇猊下は、それだけのリスクを負ってでも、貴方の力を重要視してると見た」



 ザクロは、視線を上げてカインの顔を横目に見ながらそう声を上げる。

彼女は戦闘ばかり行っているが、一応は正印教会の大司教である。

その程度の情報ならば、自然と耳に入る事になるのだ。



「それ程重要視される貴方の力がどんなものなのか、私には分からない。でも、それだけ力があるって言うんなら、戦いも楽になるかも。期待させてね」

「くはは、それなら、精々楽しとけよ」



 それだけの大規模な作戦となれば、カインやリーゼファラスも実力を発揮せざるを得ない。

この先に待っているであろう戦いを夢想しながら、カインは小さく笑みを浮かべていた。





















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