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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
33/135

31:パルティナにて












「ようこそお越し下さいました、リーゼファラス様、ケラウノス様」

「お気遣い無く。任務の途中で立ち寄ったに過ぎませんから」



 パルティナに到着し、現れたのは黒髪の女性であった。

中々小柄であり、身長の低いリーゼファラスと大差ない程度の体格。

契約者を見た目で判断する事は出来ないが、その線の細さは戦闘要員と言うにはあまりにも華奢すぎる。

纏っている神官服も戦闘用のものではなく、彼女が文官である事は容易に想像できるだろう。



「宿は既に用意させて頂きました。大司教様は現在多忙であられるためお会いできませんが――」

「構いませんが、宿は彼らの分も用意しておきなさい。同じ宿ですよ」

「……かしこまりました」



 既に用意されていない事前提で恫喝するリーゼファラスに、ミラはその背後で軽く肩を竦める。

今回現れた人物は、上位神霊契約者ではない。

その為と言うべきか、上層の人間の例に漏れず、下層の人間を蔑視する傾向にあったのだ。

尤も、彼女は幾分マシなパターンであり、存在を完全に無視すると言う対応を取っていた。

流石に、リーゼファラスの苛立ちに触れてまでそれを貫けるほど、強い意志を持った人間ではなかったが。

ちなみに相対するリーゼファラスは、上位神霊以外と契約した人間は根本的に認められないため、終始冷たい声音で話をしている。

そんな彼女の前に立たなくてはならない文官にミラは若干同情を覚えていたが、特に口に出すような真似はしなかった。

ミラ自身、カインやウルカを蔑視する彼女たちに対しては、若干思う所があったのだ。


 と、そこで軽く袖を引かれ、ミラは目を見開く。

その方向へと視線を向ければ、どこか訝しげな表情を浮かべたウルカが、彼女の事を見上げながら問いかけていた。



「あの、ミラさん。大司教って、上位神霊契約者の人ですよね? 忙しいって事は、戦場に出てるんですか?」

「いいえ、今は戦場には出ていない筈よ。まあ、方便でしょうね……彼女はあまり人前に出たがらないし、今は時間も悪いから」

「知り合いの人なんですか?」

「ええ、その通りよ」



 北と南、パルティナとクレーテ――これら二つの、《奈落の渦》と戦う最前線と呼べる場所には、切り札として高い力を持つ上位神霊契約者が配置されている。

クレーテにいたアルテアも高い実力を誇り、更に薬学にも精通しているため、前線を維持する大きな力となっていたのだ。

対し、このパルティナに配置されている上位神霊契約者は――



「神霊プロセルピナ……上位神霊の中でも契約者がかなり少ないけれど、知っているかしら?」

「あ、はい。確か、影を操るとかそんな感じの……」



 上位神霊契約者であるウルカもあまり話には聞かない、珍しい神霊。

名前程度ならば彼も聞き覚えはあったが、その詳細な情報までは持ち合わせていなかった。

返答に給している様子のウルカに、ミラは小さく苦笑を零して続ける。



「夜闇の女王、影を支配するもの。貴方の言うとおり、神霊プロセルピナと契約を交わした人間は、影を操る能力を手に入れるわ」

「見た事も無いですし、正直あんまりピンと来ないです」

「それは仕方ないわ。後、一応精神に干渉するとか聞いた事があるけど、それを行使している所を見た事がある訳じゃない。神霊プロセルピナとの契約者って、みんな秘密主義な所があるのよね」



 神霊との契約は、全て相性によって左右される。

神霊自身が好む性格というものも存在するのだ。

故にこそ、同じ神霊と契約を結ぶ者が似たような性格をしているのは、ある意味当然の事でもある。



「攻撃力はあまり高くは無い……と言っても、《重装兵クルス》を倒すのに困らない程度の力はあるけど。とにかく、そういう性質上、それなりに制限が大きいのよ」

「制限? ええと……影が無いと駄目、とか?」

「まあ、正解と言えば正解ね。要するに、昼間はあまり強くないのよ」



 影使いが相手の場合、昼間は影が少なく、足元の影だけを警戒していればそれ程困らない。

とはいえ、それは通常の神霊であって、上位神霊たるプロセルピナがもたらすものはそこまで単純な力ではないのだが。

だが、昼間ではそれなりに制限を受けてしまうのは、決して間違いではなかった。

しかし、それはつまり――



「なら、夜なら?」

「そう、彼女たちは夜こそ……日が落ちた状態でこそ真価を発揮する」



 夜、影で満たされたその時間こそが、プロセルピナの契約者が真価を発揮する時間なのだ。

全てが影で包まれたその時間帯ならば、空間全てが術者の武器となる。

いくら攻撃力が高くないといったところで、空間全てを埋め尽くすほどの攻撃となれば、《渦》の魔物とて一たまりも無い。

それこそが、プロセルピナの契約者の真価であった。



「逃げ場など存在しない、肉体と精神に大きなダメージを与える戦い方……正直、私でも夜に彼女と戦いたいとは思えないわね」

「そんなにですか……という事は、その人は今も夜に戦っていると?」

「と言うか、夜は彼女一人で戦っているのよ。影が続くなら、非常に広い範囲をカバーできるから」



 夜ならば、影はどこまでも続いている。

それはつまり、どのような場所から攻めてきたとしても、瞬時に対応できるという事を示しているのだ。

その能力が及ぶ範囲も非常に広く、たった一人で多くの敵に対処する事ができる。



「夜に他の兵を全員休め、昼に良い状態で戦う事が出来るようにする。南のアルテア様とは異なるやり方だけど、彼女は彼女でこの街の者達を大切にしている。変わり者だけど、悪い人間ではないわ」

「へぇ、ミラさんがそこまで言う人ですか」

「まあ、本当に変わってるんだけど。ここを去るまでに、一度ぐらいは会えるといいわね」



 あまり期待していない、とでも言いたげな表情で、ミラは小さく苦笑を零す。

ミラの言葉が真実であるならば、その人物は昼間ずっと眠り続けているのだ。

この街の防衛に必要な要素である限り、例え重要な来客であると言っても、その習慣を妨げる訳には行かないだろう。

それに――と、ミラは胸中でつぶやく。



(あのマイペース女が、自分のリズムを崩すとも思えない。こちらから夜に会いに行くしかないかしらね)



 とはいえ、ミラも夜に参戦する事はできないのだが。

戦う事ができないという訳ではなく、雷を操ると言う性質上、非常に大きな音を発してしまうのだ。

流石に、夜中にそんな大音量を鳴らして回る訳には行かない。

そもそも、雷の強い輝きは、一瞬とはいえ影の動きを阻害してしまう。

同時に戦場に立つのは、不可能と言っても過言ではなかった。


 そこまで考え、ミラは軽く肩を竦めて嘆息する。

そしてそれと同時に、話を終えたリーゼファラスが振り返った。



「話はつきましたよ。それでは宿に移動します、が……アウル、カインはどうしましたか?」

「はい、その辺にふらっと歩いていきましたよ」

「あの男は……! 本当に何を考えているのよ。リーゼ、どうするの?」

「どうすると言われましても、まあ放っておいてもいいのではないですか? 彼も、私の気配を辿れば宿には辿り着けるでしょうし」

「まあ一応、貴方が責任者なのだし、それでいいというなら別にいいけど……」



 特に気にした様子も無いリーゼファラスの姿に、ミラは思わず眉根を寄せる。

もとより、カインに協調行動などといったものを期待していた訳ではないのだが、これはあまりにもまとまりが無さ過ぎるだろう、というのが彼女の思いだったのだ。

尤も、彼自身そんな事は知る由も無いだろうが。



「まあともあれ、問題はありませんよ。ここが上層である事は若干気になりますが、彼もあちらから手を出されるまでは決して手を出さないでしょうからね」

「言っておくけど、それは安心する要素にはならないわよ。あの男は、手を出されたらやり返すのだから」

「まあ、殺しはしないでしょう。余計に騒ぐ連中がいるならば、私が黙らせれば済む話です」

「こういう時だけ権力を使うのね、貴方は」

「あ、あはは……」



 同じ下層出身として、若干肩身の狭い思いをしているウルカは、思わず苦笑いを零す。

カインが勝手な行動を始める事に関しては今に始まった話ではないが、それでミラの機嫌が悪くなるのだから勘弁して欲しい――というのが、ウルカの主張であった。



(どうせ、何事も無く帰ってくるんだろうしなぁ……)



 例え上層の人間に襲われたとしても、まるで問題は無い人物。

心配するだけ無駄であると考えながら、ウルカは小さく嘆息を零していた。











 * * * * *











 夜。

案の定何事もなく帰ってきたカインに連れられ、ウルカは夜の街を歩いていた。

闇夜に紛れるようなその姿を見上げて、ウルカは嘆息する。



「あの、カインさん。いいんですか、こんな勝手な事して」

「別にいいだろう。無茶な事はしていない。拙かったらリーゼファラスが止めるだろうからな」

「いや、それもどうなんですか」



 呟き、ウルカはカインの方へと半眼を向ける。

元より、根本的に何を考えているか分からない人物なのだ。

同じ下層の出身とは言え、彼が住んでいるのはもっと危険な区域である。

犯罪者の巣窟と呼べるようなその場所に身を置き、一体何を考えているのか――それは、ウルカにも想像できない事であった。

彼ほどの強さを誇る傭兵ならばそれなりの稼ぎもあり、もっと安全な場所に住まう事も可能なはずなのに。



(強い……そう、強いんだよなぁ)



 力そのものもそうであるが、何よりもその在り方が。

決して揺らがず、常に己の信じた道のみを突き進んでいるのだ。

ウルカにとっては、ある種羨ましいとさえ思えるような在り方でもあった。

その性格はともあれ、カインはウルカにとって『強さ』の象徴とも呼べるような存在だったのだ。

そんな彼が、こんな時間帯に己を連れ出した。

その理由は一体何なのかと、ウルカは首をかしげながら問いかける。



「カインさん、一体どうしてこんな時間に出てきたんですか?」

「ああ、お前も聞いたんじゃないのか? ここの大司教の事だよ」

「例の、神霊プロセルピナの契約者だって言う?」

「流石の俺も、プロセルピナの契約者までは見た事がなかったからな。一目見ておこうと思っただけだ」



 あっさりとそう口にするカインに、ウルカは眉根を寄せる。

今更ではあるが、相変わらず行動原理が無茶苦茶な男である。

一体どうしたら、この街で最も力を持った人物に気軽な様子で会いに行くと言うのか。



「まさか、いきなり喧嘩売ったりしないですよね」

「お前な、流石にやらねぇよ」



 肩越しに振り返り半眼を浮かべるカインであるが、事そういった内容に関しては、彼に対する信用など皆無だ。

破滅願望の塊、死に向かい進み続ける人間。

初めて見る力の持ち主に対して戦いを挑まない保障がどこにあるのか――というのが、ウルカの考えであった。

そんな彼の視線を受け止め、カインは軽く息を吐き出す。



「あのな、小僧。俺が今興味を持っているのはリーゼファラスだけだ。たとえ上位神霊契約者が相手だとしても、他の奴にわざわざ戦いなんぞ挑まねぇよ」

「……何か、それはそれで凄い発言ですね」

「そして私も酷い言われよう」



 ――突如として割り込んできたその声に、ウルカは瞬時に反応していた。

とっさに飛び離れて距離を置き、重心を低く構えていつでも炎の剣を呼び出せる体勢を整える。

対し、カインは先ほどと変わらぬ姿であったが――



「小僧、一つ教えておいてやる。距離を取るのも悪くは無いが、さっさと視界を確保しておかねぇとこいつの相手は無理だぞ」

「そのとーり」

「ッ、いつの間に……!」



 再び響いた声は、ウルカの背後からだった。

首筋に何かが触れている感覚に、少年は動きを封じられる。

そんな彼の姿を見つめ、カインは軽く嘆息を零していた。



「お前がプロセルピナの契約者か。また、いきなり随分な挨拶をしてくれる」

「いえす、ザクロちゃんです。あなたがリーゼファラス様が一目置いている男?」

「ま、そうだろうな。ちなみに、そこの小僧はロズィーアの娘のお気に入りだ」

「ほほう。ミラちんは面白そうな趣味してる」



 その言葉と共に、ウルカの首に当てられていた掌が離れる。

若干ひんやりとした感触が取り除かれた事に、ウルカは思わず安堵の吐息を零していた。

そしてそれと同時に、夜闇の中に一人の少女の姿が浮かび上がる。

黒いローブのような衣にすっぽりと身を包んだ、幼い少女。

ウルカよりも若干上程度の背丈しかないが、その独特の雰囲気は初々しさからはかけ離れている。



「影から影に移動する能力……?」

「そーいう事だねー。我こそは夜の女王……!」



 何やらポーズを決めて呟いているザクロに、カインは軽く肩を竦める。

気配も無く移動し、影を武器として操るその力。

先ほどウルカの首筋に触れていた掌には、黒い影がまるで手袋か何かのように張り付いていた。

周囲を包み込む闇そのものが武器であり、防具でもある。

それを認識して、カインは目を細めていた。



「それで、わざわざ姿を現したのは、何か用でもあるからなのか?」

「んにゃ? 単に面白そうな人がいたから見に来ただけ」

「興味本位か……まあいいがな、こちらもそれが目的だった訳だしな」

「いや、僕は驚き損なんですけど」



 半眼と共にザクロを見つめ、ウルカは小さく嘆息を零していた。

どうにも胡散臭い。その名前も本名なのかどうかが怪しいところである。

しかしそんな視線を受け止め、ザクロは表情一つ変えないままびしっとポーズをとって見せた。



「つまりお互い目標達成」

「そうだな。と言うか、そちらは仕事しなくていいのか?」

「ここからでも監視は行える。今は襲ってきていない。テッサリアが解放されればもっと楽になるけど」



 カインの姿を見つめ、ザクロはそう告げる。

その言葉に――カインは、小さく笑みを浮かべていた。



「その時は、お前がテッサリアの担当に移されるだけじゃないのか?」

「……しまった」

「最前線が移るだけですしね」



 ウルカはあまりその言葉を気にしていなかったが、カインはその意味をしっかりと理解していた。

果たして、どこからその情報を手に入れてきたのか。

目の前の少女を油断ならぬ相手であると認識し、カインは笑う。

リーゼファラスに協力するようになってから、次々に面白い事が起こる、と。



「ふぅ、気分下がり気味だけど仕事しなくては……それでは、ばいばい。行く前ぐらいは顔出す」

「期待しないで待ってるさ」



 カインの言葉ににやりと笑い、ザクロは闇の中に姿を消す。

そんな彼女の姿を見つめながら、ウルカはぼんやりと呟いていた。



「一体、何だったんでしょうね?」

「さあな。だがその内、中々に面白い事になりそうだ」



 そう口にして、カインは踵を返す。

彼の口元には、抑えきれぬ笑みが浮かべられていたのだった。





















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