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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
32/135

30:事前情報












「なあ、一つ思ったんだが」



 魔力機関車の中。その座席の一つに寝転がりながら、カインはぼんやりとそんな言葉を口にしていた。

現在のところ未だ開発段階であり、実験的に使用されている魔力機関車。

北都パルティナと南都クレーテにのみ通っているそれは、今存在するどのような交通手段よりも速く確実だ。

材質も非常に特殊であり、何よりもその頑強さが重視されている。

車体も線路も、どちらも非常に頑丈であり、例え《重装兵クルス》の突進を受けたとしても壊れない。

その分かなりの重さがあるので、あまり極端なスピードが出せないのが現実であるが。

それでも馬車などと比べればスピードは十分であり、融通は利かないものの確実な移動手段であった。


 カインは、車内を視線のみで見渡す。

それなりに多い魔力機関車の車両の中、その先頭車両に位置する場所。

そこに、五人の人間の姿があった。



「何でこれだけ広いのに、一つの車両の中に集まってんだよ」

「……逆に聞くけど、これしか人数がいないのにバラバラになる意味なんてあるのかしら?」



 だらしない体勢のカインに対し、ミラは半眼でそう告げる。

生真面目な彼女は用意された資料を幾度も見直していたが、流石に暗記してしまったのか、今は暇を持て余して爪の手入れをしていた。

ミラですらこうなってしまうのだ、この魔力機関車の中では、基本的にやる事が少ないのである。

周囲の状況には我関せずと、ひたすら本を捲っているリーゼファラス。

そんな彼女の隣に控えながら、薄い笑みを浮かべてぼんやりと立っているアウル。

暇を持て余した結果、やる事が無くなりうとうとと船をこいでいるウルカ。

五人の様子の中に、緊張感と呼べるような要素は皆無であった。



「ほら、色々あるだろ?」

「皆さんの目を盗んでカイン様が私を押し倒すとか、私がカイン様を押し倒すとか」

「アウル。調子に乗りすぎていると抉りますよ」

「今回ばかりは同意するわ、リーゼ」



 本から視線を外さずに発せられたリーゼファラスの言葉に、アウルはとっさに胸を庇う。

一度肉体関係を持ってからは割りと味を占めているらしく、以前よりも上機嫌な状態が続いていたアウルであったが、相対的にリーゼファラスの機嫌は悪くなっていた。

今回の怒気は二割ほど本気のそれが混じっており、アウルも咄嗟に口を噤む。

リーゼファラスには、いろいろな意味で冗談が通じないのだ。



「全く……本当に可愛げが無いわね貴方たちは。少しはウルカを見習ったらどうなの?」

「そんなものを求められてもなぁ」

「意外と少女趣味だったりしますか、ミラ様?」

「余計なお世話よ」



 じろりとアウルの事を睨み据え、ミラは嘆息を零す。

元々緊張感を持続させる事に向かないメンバーであるとはいえ、ここまで緩んでいるのはミラとしても気が引けていたのだ。

とはいえ、ウルカを無理に起こす気にもなれず、その姿をぼんやりと眺める。

未だ年若い、本来ならば戦いとは無縁の生活を送っていたであろう少年。

ヴァルカンとの契約があったからこそ、今このような場所に立ってしまっている。



(以前、上層のせいで何かしらの被害を被った、ね)



 その詳しい部分までは、ミラも知らない。

彼が一体何を想っているのか、何故上層を敵視しているのか。

そして、そうでありながら、何故自分の事を認めてくれたのか。

ミラは、そう胸中で反芻しながらウルカの顔を見つめる。



(上層と言う括りでもなく、聖女と言う力でもなく……私自身を見て、尊重してくれた。この子の両親は、きっと素敵な方なのね)



 上位神霊と契約できるだけの魂の強さを持つためでもあるだろう。

しかし、それ以上にこの少年は優しいのだ。

強い魂を持つという事は、強い意志を持っているという事と同意だ。

ウルカもそれは同じであり、その意志が上層に対する憎しみへと向かわなかったのは、偏に彼の性格があってこそなのである。

もしもその憎しみを優先させていたとしたら、彼は上層にとって大きな敵となっていた筈なのだから。



(そういう意味だけじゃないけど……やっぱり、仲良くはしたいわね)



 上層と言うしがらみを持たないからこそ、真っ直ぐに向き合ってくれる少年。

彼のその在り方は、ミラにとっては新鮮で得がたいものであった。

だからこそ、彼女はウルカの事を気に入っているのだ。

自由な彼に、僅かながらの憧れを抱いて。



「ミラ、貴方の趣味を否定するつもりはありませんけど、少々マナー違反ですよ?」

「え?」

「いえ、ですから……貴方が少年好きであっても私はあまり気にしませんが、寝顔をじっと見つめて悦に入るのはどうかと」

「んな……っ!? だ、誰が少年趣味よ!」

「叫ぶと彼が起きてしまいますよ」

「ぐむ……!」



 神域の言葉で言うと『しょたこん』でしたか、等と呟いているリーゼファラスを、ミラは悔しげに睨み付ける。

生憎と、彼女はそんな視線など意に介する性格ではないのだが。

友人同士とはなったものの、元々の性格的な反目に関しては如何ともし難いのだ。

そんなミラの悔しげな視線を涼しい表情で受け流しながら、リーゼファラスはちらりと視線をアウルへと向ける。



「どうかなさいましたか、リーゼ様? 変な事は言ってませんよ?」

「予防線を張らなくてもいいですよ。ただ、そうですね……貴方も変わったものだな、と思いまして」

「そうですか? 私達は性質上、根本的な部分は変わらないはずですが」

「ええ、それはその通り。それだけでなく、表面的な性格も変わり辛いものですが……」



 アウルの姿を見つめ、リーゼファラスは小さく微笑む。

その表情は、どこか子供を見守る母親のようなものでもあった。

その年若い姿にはあまり似合わぬ優しい表情で、リーゼファラスは穏やかに告げる。



「少し、明るくなったと思いますよ。貴方の影響でしょうか、カイン?」

「さあな? 案外、シーフェかもしれないぞ」

「同じ相手に執着する人間ですか……成程、それもありそうですね」



 ボックス席に横になり、通路に足を飛び出させているカインを咎める事無く、リーゼファラスはくすくすと笑う。

そんな彼女の姿に疑問符を浮かべながらも、カインはぼんやりと以前のアウルの姿を思い浮かべていた。

カインには、彼女が変わったという実感はあまり無い。

元々、他者にはそれ程興味と言う者を示さない性格なのだ。

アウルは少々特殊な所もあり、多少は気にかけていたのだが、それでもカインにそれを察しろと言うのは無理な話だ。

人の感情の機微を細かく理解できる人間であれば、シーフェはあれほど苦労していないのだから。



「まあ、いい事ですよ。アウルの世界は狭過ぎた。執着できるものを知らなければ、超越者に至る事は出来ません。アウルのそれは、未だ弱い」

「才能と欲求だけで何とかなってるようなもんだからな。まあ、その方がお前にも都合がいいんだろ?」

「それもありますが……まあ、親心といった所ですよ」

「似合わないわね、貴方の姿には」

「ええ、理解しています」



 くすくすと、リーゼファラスは笑う。

彼女が既に四十歳を超えていると聞かされても、普通ならば信じられないだろう。

ミラとしても、彼女が自分の母親と同期だという実感は未だに無い。

それだけの年齢であると考えるならば、親心と言う言葉もまだ納得できるものではあったが。



「まあ、私はこのままでいいんですよ。姿を変える事も不可能ではありませんが、ありのままの自分を偽る事はしたくありません」

「その割に体型を気にしてたり――」

「アウル?」

「いえ、何でもありません!」



 瞬時に発生した殺気に、アウルはすぐさま姿勢を正す。

相変わらず口を滑らせてしまう癖だけは変わっていなかったらしい。

そんな二人の姿にミラは嘆息を零し――ふと、視界の端でウルカが身じろぎしたのを確認した。



「ん、んん……ぅ? あ……あー、おはようございます」

「あら、起こしてしまいましたね」

「今のは貴方のせいだと思うのだけど、リーゼ?」

「不可抗力です。しいて言うなら余計な口を叩いたアウルの責任です」

「いや、それはえーと……いえ、もういいです、それで」



 さらっとそのような言葉を口にしたリーゼファラスに対し、アウルはがっくりと項垂れながら頷く。

これ以上地雷を踏んでしまうのも意味が無いと考えたのだ。

そんな二人の様子に首を傾げているウルカに対し、ミラは小さく苦笑を零す。



「まあ、起きてしまったのならそれはそれでいいわ。今後の話をしておきましょう……ウルカ、寝起きでも大丈夫かしら?」

「あ、はい。大丈夫です」

「小僧には優しい事だな、聖女様よ」

「貴方達全員、私に優しさを向けられるような行動を全くと言っていいほど取っていないでしょう」



 カインは言わずもがな、リーゼファラスもアウルもかなり自分勝手な性格である。

欠片を持つ者は全員その傾向があるため、今更と言えば今更なのだが。

結果として、ミラの持つ気遣いの心はすべてウルカに向かう事となってしまっているのだ。

それが、この上層に対し複雑な感情を持っている少年の戸惑いの元であると考えるならば、彼にとっても少々複雑なものであるだろう。



「はぁ、全く……いいかしら?」

「ええ、どうぞ。カイン、あまり茶化しすぎるものではありませんよ」

「へいへい」

「リーゼの言葉は素直に聞くのね……」



 カインは元々、良くも悪くも他者への関心と言うものが薄い。

彼が興味を抱くのは、己よりも強い人間か、己にとって価値があると判断した人間のみだ。

現在の仲間はどちらも価値があるとしている人間ではあるが、その中でも己より強大な力を持っているリーゼファラスは特別視している節がある。

自分より強い人間には敬意を払う、それが彼のスタンスとなっているのだ。

そんなカインに対して半眼を向けてから、ミラは改めて話し始める。



「まず、私達は現在パルティナに向かっているわ。ここから北へと向かい、レームノスに入る訳だけど……その前に、パルティナの戦線に一度加わる事になる」

「あん? 必要なのか、それは?」

「まあ、クレーテほど切迫している訳ではないのだけどね。ただ、余裕があるかと聞かれればそれも否。だから、レームノスからの迎えが来るまではパルティナに待機するのよ」



 クレーテではかなり近い場所に《奈落の渦》が開いたため、断続的に攻撃を受けて切羽詰った状況となっていた。

しかし、パルティナでは現在近場に開いた大規模な《渦》は存在しない。

その為、散発的な攻撃はあっても、まだ何とかなる状況であった。



「レームノスの側が国境を越える事は、ジュピター様と教皇猊下が許可を出している。その為の指令書も受け取っているわ」

「まあ、こちらの戦力を借りたいと言うのだから、迎えぐらい寄越せという話ですね」

「政治的な話は知らん。俺は指示に従うだけだ」

「ええ、そちらは私達が考えるから、あなたたちは戦う事だけに集中してくれればいいわよ。元々そっち方面は期待してないわ」

「あはは……まあ、力になれないのは事実ですけど」



 下層の人間には政治の話など遥か遠い場所の話題であると言う認識だ。

わざわざ触れたいとも思わないものであり、カインもウルカも肩を竦めて受け流していた。



「で、そこから先は?」

「レームノスの案内で、向こうの国に向かう。あちらもファルティオンと同様、神霊ヴァルカンが分け身を降ろして支援を行っているそうだから、そこに向かうのではないかしらね」

「他国の人間を上位神霊に会わせてくれるんでしょうか?」

「本人が望めば、それも叶うでしょう。私たちの扱いはジュピター様の私兵、この話は上位神霊の間で交わされた約束のようなものなのだからね」



 そのヴァルカンの契約者たるウルカは、若干複雑な思いを抱きながら頷く。

力の源たる存在であるため信頼しているのは確かだが、無警戒でいられるほど楽観的な性格でもなかったのだ。

とはいえ、世界を護る上位神霊の一柱。己の守護する国に関する事なのだから、こうして支援を要請してきたのであろう。



「まあ、そこからは神霊ヴァルカンの指揮下に入る事になる。まあ、やる事は大型の《奈落の渦》を潰すと言う事なのだから、前回と同じと言えばその通りね」

「前回、ねぇ」

「……私もそれなりに修行しているのよ。前のような醜態は晒さないわ」

「いや、別に何も言ってないが」



 随分と以前の戦いを気にしているらしいミラに、カインは苦笑を零す。

将軍ジェネラリス》は規格外の存在だ。

圧倒的な力の総量を誇る彼らを前に、普通の契約者が太刀打ちするのは難しい。

だが、上位神霊契約者であるミラやウルカならば可能性がある事も事実。

そんな二人の努力を、カインは否定するつもりはなかった。



「ま、やるだけの事をやるだけだ。単純だよ」

「貴方達にもいい機会でしょうから、今度はもう少し学ぶ機会を増やせるようにしましょうかね」

「余裕ですね……」



 苦笑するウルカに、カインは肩を竦める。

期待が無いわけではない。己が死すべき戦場がそこにあるかもしれない。

けれど――



(今はコイツを見つけちまったからなぁ)



 ちらりとリーゼファラスの姿を見つめながら、カインは小さく笑みを零していたのだった。





















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