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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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29:与えられた指令












 大神殿の中に入り、広い道を歩んでゆく。

案の定、周囲の人間たちの視線はカインに集まり続けていたが、彼はそれを全く意に介す事無く進んでゆく。

むしろ、その横で目立たないようにしているウルカのほうが羞恥を感じている始末であったが。

しかし、ミラももうカインの外見に関して文句をつけるような真似はせず、小さく嘆息するに留まっていた。

そんな彼女の様子に小さく口元を歪めながら、カインは声を上げる。



「ようやく声が掛かったって訳だが……俺達だけしか動きは無い訳か?」

「ええ。大規模な部隊の運用がなされるという話は無い。すなわち、私たち少数精鋭が片付けるべき案件という事よ」

「じゃあ、やっぱりテッサリアの事じゃないって訳ですか?」

「ええ、恐らくそうでしょうね」



 ウルカの言葉に、ミラはちらりと背後へ視線を向けてからそう答える。

以前ジュピターと話をした際、ひとまずの目標として掲げられたテッサリアに関する案件。

三十年前に滅んだあの地で、カインが失った記憶とは一体何なのか。

リーゼファラスと同じく、人の理を超えた存在を作り上げるために、何よりもそれが必要であると――ジュピターは、そう判断したのだ。



「となれば、他の案件……とはいえ、私の元にも、これだけの戦力を必要とするような話は入ってきていないのだけど」



 今現在、ミラはこの五人のみの部隊の力を過小評価していない。

前回のクレーテへと向かった部隊。上層の精鋭部隊であったあの総軍と、この五人が劣るとは思っていないのだ。

否、むしろこの五人――正確に言うならばリーゼファラスに勝てるとは考えられない。

彼女は超越者、上位神霊と同じ存在なのだ。

そしてそれに及ばないまでも、ただ武器を引き抜いただけで高位の契約者を気絶させたカインや、そんな彼と互角以上の戦闘を繰り広げる事が出来るアウル。

拝謁の資格を持つ者たち――この三人の力は、圧倒的なまでに高いのだ。

故にこそ、これだけの力を持つような者たちを必要とする場面は、そうそう現れない。



「それだけの規模となれば、私にも話が入ってくるはずなのだけれどね。アウル、貴方は――」

「リーゼ様からは何も。先ほどカイン様にも説明しましたが、リーゼ様も今回初めて聞くようです」

「成程、彼女が知らないのであれば私の方に入ってこないのも当然か……下手をすれば、ジュピター様と教皇猊下くらいしか知らない案件かもしれないわね」



 肩を竦め、ミラはそう呟く。

それは、差し迫った危機がある訳ではない事を示しているのと同時に、表沙汰に出来ない厄介事であるという事を示している。

ジュピターに力を求められるのは光栄な事であるとミラは考えているが、それでも面倒事は面倒事だ。

リーゼファラスの力が必要とされるような場面に、無謀に首を突っ込もうなどとは考えられない。



「まあとりあえず、話を聞いた方が早いだろうよ。どうなるのか、楽しみじゃねぇか」

「それは貴方だけよ……誰も彼も、貴方みたいに無茶の利く体質ではないって事を理解しておいて貰えないかしらね」

「くはは、善処するよ」



 相変わらずな様子のカインに、ミラは小さく嘆息を零す。

尤も、言って何かが変わるような性格であるならば、元から苦労などしていないのだが。

ともあれ、今この場で言い合っていた所で何かが変わるわけではない。

そう判断し、ミラは軽く肩を竦めると、目的の場所へと無言で歩を進め始めた。

軽口に付き合っていては、余計な時間を浪費してしまうだけなのだから。



(余計、か……)



 ミラは、先日リーゼファラスを家に招いた事を思い返しながら小さく胸中で呟く。

リーゼファラスは、ミラの姉妹がこのメンバーに入る事を拒否していた。

彼女たちは上位神霊契約者でこそないものの、聖女として十分な実力と能力を兼ね備えている。

けれど、彼女たちでは足りない。ミラは、それを十分に理解していた。



(見ただけで気絶してしまうようでは、やって行けないものね)



 尤も、意識を保っていられる事が幸せなのか、ミラには分からなかったが。

目にするだけで“死”を想起させる巨大な大鎌。

あれを目にし続けていれば、己であっても発狂してしまうだろうと、ミラはそう認めていた。



(今の状態では、私もウルカもその余計そのもの……強くならないと、いけないわね)



 母の言葉の通り、様々な事を学び取って成長する事。

それこそが、この部隊で戦う事を決めたミラの目的だ。

学ぶための絶好の機会である以上、この部隊へ参加できた事に後悔はない。



「さて、と。分かってると思うけど――」

「失礼のないように、だろ。神経質だな、お前は」

「貴方が何度言っても聞かないのが問題なのだと、どうしてわからないのかしらねこの唐変木」



 半眼で睨み据えながら棒読みの言葉を吐き出し、ミラは小さく嘆息する。

この男にいちいち構っていたら話が進まないのだ。

これ以上余計な事で口を挟まないようにと心に決めて、ミラは扉をノックする。



「ジュピター様、ただいま参りました」

『うむ、入るがよい』



 いつも通りの尊大な幼女の声。例えどれだけ適当な性格であっても最高神である事に変わりはないが。

扉に魔力が走ると共に、巨大なそれはゆっくりと開いてゆく。

中にあるのは、以前と変わらぬ巨大な円卓と、その奥に腰掛ける金色の髪の幼女。

深紅の瞳を煌かせながら、ジュピターはただ楽しげに笑う。



「良くぞ参った、我が僕たちよ。少々時間は開いてしまったが、ついに仕事が入ってきたぞ」

「ああ、そいつは助かるね。退屈で仕方なかったんだ」

「くかか! 威勢のいい小童じゃのう、お主は。ここの所リーゼファラスが無反応に淡々と仕事をこなすものじゃからどうにも退屈で――」

「ジュピター様、余計な事を仰らないでください」



 ジュピターの傍らに立つリーゼファラスは、嘆息と共にそう口にする。

それでもジュピターの後ろに控えたまま離れようとしないのは、彼女に対してそれだけの敬意を払っているからであろう。

とりあえず以前と同じ位置にそれぞれ腰掛け――アウルは部屋の隅で立ったまま――それを確認したジュピターは、満足したように頷いてから話し始めた。



「では改めて、良くぞ参ったぞお主達。尤も、お主らを動かすだけの仕事が出てきたことは、喜ぶべき事ではないじゃろうがな」

「へぇ、流石にそこは茶化しはしないのか」

「仕方あるまい。全体を見れば余裕がない事は事実なのじゃからな」



 そう呟き、ジュピターは嘆息を零す。

《奈落の渦》の戦力に際限というものは存在しない。

それに対して、人間側の持つ力は限りがある。元々、契約者という存在はそれ程多くないのだ。

物量で圧倒的に負けてしまっている以上、少しずつ追い詰められてゆくのは自明である。

それ故に、圧倒的な力を持つ超越者の存在は、ジュピターにとっても必要なものだったのだ。



「さて、まどろっこしい話をしておっても意味はない。とっとと本題に入るとするかの」

「そいつは助かるね。それで、今回はどんな話って訳だ?」



 前置きもそこそこに、ジュピターはそう告げる。

時間が切迫していると言うほど緊迫した状況ではないのだが、あまり無駄な前置きをする必要性を感じなかったのだろう。

それに関しては他の面々も胸中で同意して、一行はジュピターの言葉に耳を傾ける。

そんな彼らの様子を眺め、満足そうに頷くと、ジュピターはそんな表情のまま声を上げた。



「今回、お主らは北に行って貰う」

「北、ですか?」

「となると、パルティナか?」



 この国の北にある都市、パルティナ。

クレーテと同じく魔力機関車が通っている都市であり、現状ではクレーテと並んで、《奈落の渦》と戦う場合の最前線となっている場所だ。

散発的に《渦》の魔物が襲ってくる激戦区であり、オリュークスの契約者も多くがクレーテとパルティナに駐在しているのが現状であった。

それでも尚、クレーテは追い詰められる寸前であったのだから、状況の切迫具合も理解できると言った所である。

しかし、ジュピターはその言葉に首を横に振っていた。



「いや、確かに足を運んでもらうのは事実じゃが、目的地は更に北じゃよ」

「更に? そうしたら、レームノスまで行ってしまうのでは?」

「その通りじゃ。今回の目的は、レームノスに開いた《奈落の渦》を破壊する事じゃよ」



 そんなジュピターの言葉に、その場にいた面々は困惑した表情で視線を合わせていた。

レームノスは、この国であるファルティオンの北に存在している国だ。

神霊契約者にとっての聖地とも呼べるファルティオンに対し、レームノスはどちらかと言えば工業が盛んである。

魔力銃もレームノスで作られている物の方が発達しており、更にその技術を様々な形に変化させている。

魔力機関車の発想も、元々はレームノスで考案されたものなのだ。

しかし――



「《奈落の渦》が開いて以来、盛んな国交は途絶えてしまっていたと思うのですが……何故、今になって?」

「うむ、向こうから使者が来た訳ではない。ここまで来るには、いくつか《渦》が開いてしまっておるからのう。実は、儂に話を持ちかけてきたのはヴァルカンなのじゃよ」

「えっ!? ヴァルカンが、ですか!?」



 ジュピターの言葉に驚愕したのは、他でもないそのヴァルカンの契約者たるウルカであった。

契約を交わしているウルカは、若干ながらではあるが、ヴァルカンの言葉を聞くことができる。

と言ってもほぼ一方通行であり、その神霊本人も滅多に話を繋げるような事はないのだが。



「あ奴は人間じゃった頃、レームノスに住んでおったからの。あ奴もあちらに分け身を降ろしておるよ」

「それは存じておりますが……神霊ヴァルカンから、救援の要請が?」

「そういう事じゃよ。あ奴は確かに武器を作るのが上手いし、それ故に契約の力を持たぬ人間を戦力とするのが得意じゃ。しかし、ある一定以上の敵となれば、戦う事は難しい……お主らは既に、相対した事があるじゃろう?」



 その言葉にカインは目を細め、ウルカとミラは息を飲む。

かつて、クレーテ近郊に開いた《奈落の渦》、その最奥にいた存在。

蟲毒の壷より生み出される最強の魔物――《将軍ジェネラリス》。

かつて相対した黄金の騎士の姿を想起し、彼らは状況を理解していた。

確かに、ただの人間ではあれに勝利する事は不可能だろう、と。



「成程な……あれの強さはまちまちだが、モノによっちゃ上位神霊契約者ですら危うい」

「悔しいけど、否定は出来ないわね。成程、それで私たちの力を借りようという訳ですか」

「うむ。あちらも切羽詰っておるようじゃからの。こちらからもある程度条件を提示したのじゃが、すんなり通ったわ」



 上機嫌に笑うジュピターに、カインは軽く肩を竦める。

恐らく、その条件の内容を考えたのは他でもない、彼の女教皇レウクティアであろう。

その姿を思い返し、提示されたであろう断り辛そうな条件を想像しながら、カインは若干レームノスに同情を抱いていた。



(ま、そっちの内容は俺には関係ねぇか)



 そう割り切り、国同士の問題を思考からはじき出す。

カインがすべき事は、ジュピターの命じた通りに敵を倒す事だけ。

ある意味、悩みとは無縁の存在であった。



「それで、俺たちがやるべき事は何なんだ? もうちょっと具体的に話してくれよ」

「うむ、良かろう。とは言え、儂も向こうの地理を正確に把握しておる訳ではないからの。お主らは、一度レームノスの王の元まで出向き、向こうから直接指示を受け取るが良い。その方が確実じゃろう」

「時間の無駄にはならないのですか? 距離があると思いますが」

「リーゼファラスよ、お主一人なら直線移動でも構わんかも知れんが、今回は他の人間がおる事を忘れるな」



 《奈落の渦》を潰す――それは、リーゼファラスにとっては大きな目標の一つであると言える。

将軍ジェネラリス》の存在が確認されているような《渦》は、彼女にとっては格好の獲物なのだ。

それ故に逸っている彼女を軽く諌めてから、ジュピターは肩を竦めて声を上げる。



「お主らはパルティナまで魔力機関車で移動し、その後は馬車でレームノスへ向かえ。そして向こうの王都で指示を受け取り、《奈落の渦》を破壊する。これが、今回お主らが行うべき仕事じゃ」

「了解しました、ジュピター様。貴方達も、それでよろしいですか?」

「ええ、国外に出た経験なんてないから、色々と学べる機会になりそうだわ」

「僕も、ヴァルカンの国には興味がありますから」

「言わずもがな。こちらにもメリットのある話ではあるからな」



 アウルの返事はなかったが、彼女がリーゼファラスから離れるような選択をする事はありえない。

全員分の了承を得て、ジュピターは満足げな笑みを浮かべて頷いていた。



「よし、では出発は明日とする。魔力機関車はこちらで手配しておくとしよう。お主らは、今日中に準備を整えておくが良い」



 締めくくられる言葉に、全員が頷く。

期待と不安、様々な思いをない交ぜにした戦いが、始まろうとしていた。





















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