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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
3章:炎舞うロンド
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28:ジュピターの呼び出し












 ――大神殿へお越し下さい。ジュピター様がお待ちになられております。


 その言葉がカインの元に伝えられたのは、クレーテでの戦いから一月ほど経った頃であった。

その間、カインは傭兵としての仕事は取らず、日々ウルカの所にいるか家にいるかのぐうたらした生活を送っていたが、定期的にジュピターからの給金が入ってきているため生活に問題は無い。

尤も、その生活が健全であるかどうかは定かではなかったが。

だがそういった生活をさせて貰っている以上、呼び出しには確実に応えねばならない。

その事を自覚し、カインは小さく苦笑を零していた。



(飼われてるな、全く)



 上層の町並みで奇異の視線を受け止めながら、カインはいつも通りの格好でアウルの後ろに続く。

この場にミラがいれば、確実に憤慨の声を上げていた事だろう。

しかしながら、カインはその服装を改める心算など露ほども持っていなかった。

結果としていつも通りの浮浪者のような格好のまま、この国の聖域とも呼べる大神殿へと向かっていたのだ。



(まあ、目的が果たせるんだったら飼い犬も別に悪くないがな……)



 カインは、別段自由である事に対してこだわりを持っているわけではない。

面倒事を嫌ってはいるが、目的に近づく事が出来るのであればそれも問題ないと考えているのだ。

現状、カインが目的としているのはリーゼファラスと戦う事である。

しかし、今のままではそれに届かない以上、ジュピターの指示に従って力を高める事こそが、カインにとって目的を果たす為の近道となるのだ。



「おい、アウル」

「はい、何でしょうか、カイン様?」

「今日の要件、リーゼファラスから何か聞いていないのか?」

「いえ、今の所は何も。と言うか、リーゼ様もまだジュピター様からは聞かされていないようです」



 その言葉に、カインは僅かに目を細める。

それは即ち、リーゼファラスも同じタイミングでジュピターから指令を受けると言う事実を指している。

立場としてはリーゼファラスの方が自分達よりも上なのではないか、と考えていたカインとしては、少々意外な事実であった。



「この間の件かね」

「テッサリアですか? あれだけ大きな都市を攻略するのであれば、それ相応の部隊を編成する事になる、とリーゼ様は仰っておりましたけど」

「成程、確かにそうだな」



 実際のところを言えば、リーゼファラス一人でも戦う事は可能なのではないかとカインは考えている。

だが、彼女一人では例え奪還できたとしても、街一つを維持する事は不可能だ。

奪還した都市を管理するだけの人員が必要となる。



「あの街は、奪還できたならコーカサスを攻略するための砦となるんだろうしな。流石に、少人数で何とかするって訳にも行かないって事か」

「はい、リーゼ様もそう仰っていました」

「成程な……しかし、それなら何だって言うんだかな」

「さあ? 流石に私にも分かりませんよ」



 それもそうかと、カインは軽く肩を竦める。

まあどちらにしろ、直接話せば判明する内容なのだ。

ならば今考えすぎても仕方ないと、軽く嘆息して視線を上げ――そこに、声が響いた。



「弁えろ、小僧! ここは貴様のような下賎な者が足を踏み入れていい場所ではない!」

「いや、だから許可証がですね――」



 カインが目を丸くして見てみれば、そこにあったのは大きな門の前で食って掛かるウルカの姿だ。

住んでいる場所の関係上、カインよりも彼の方が先に連絡が届いていたのだろう。

そう胸中で納得しつつも、カインはもう一人、青い髪をした女性の方へと視線を向ける。

教皇から渡された通行許可証を見せても尚、高圧的な言葉で少年を罵倒するその姿に、カインは眉根を寄せた。



「アウル、あの女は何なんだ?」

「あー……あの方は、ネレーア・クレヌコス様ですね。ミラ様と同じく大司教の地位を持っていらっしゃる、上位神霊契約者の方です」

「へぇ……上位神霊契約者と言っても、下層に理解のある奴ばかりではないって訳か」

「そうですねぇ。強い魂を持っているというだけであって、何かしら理由があって嫌っているのであればああなりますよ」

「そういう事か」



 強い魂を持つものは、それ相応に強い意志を持っている。

故にこそ、周囲の風潮に流されて下層を蔑視すると言った事は少ない。

だが、下層がゴミ溜めのような場所である事は確かな事実であり、何らかの理由で下層を嫌うのであれば、それはより強い蔑視となる。

尤も、ネレーアの持つ理由など、カインにとっては何ら興味の持てない物であったが。



(さて、ここで首を突っ込めば確実に面倒な事になるだろうが――)



 そう胸中で考えつつも、カインは足を止めない。

どの道、ウルカがあの場所を離れられなければ、話は始まらないのだ。

ならば――



(騒ぎでも起こして、あの聖女様に出張って来て貰おうかね)



 ミラが聞けば憤慨を通り越して雷を落とされるであろう事を考えながら、カインは普段通りの笑みと共に声を上げた。



「おう、小僧。何かまた面倒そうな女に絡まれてるな」

「あ、カインさん」



 どこか疲れた表情を浮かべているウルカと、そんな彼に視線を向けていたネレーア。

二人分の視線を受け止めて、カインはくつくつと笑みを零す。

ウルカがあまり感情的になりすぎていない事に関しては少々意外であったが、彼が無駄に力を見せびらかしてしまわなかったのは僥倖であろう。

カインはそう胸中で考えながらも、懐から一枚のカードを取り出していた。

今ウルカが持っているそれと同じ、教皇レウクティアから渡された通行証だ。

だが、ウルカがそれを提示して尚信じてもらえなかった以上、それ以上に怪しいカインが信じられる理由は皆無である。



「この通り、俺たちは中に入る事をジュピターから許可されている。向こうからの呼び出しなんだ、勝手に邪魔をすると――」

「貴様、ジュピター様に対して何たる口の利き方をするのだ!」

「っと……そっちでツッコミが入ったか」



 ジュピターに対して敬意を払っていないという訳ではないのだが、敬語自体が身に馴染みのないカインだ。

生真面目なミラですら諦めつつある事であるが、そんな事をネレーアが知る由も無い。

若干わざとの部分もあるが、予想以上に挑発の効果を発揮したそれにカインは小さく笑みを浮かべていた。



「そう言われても、ジュピターもリーゼファラスも俺に敬語は要求してこなかったからな。心の中で敬意は払ってやるさ」

「ふざけるな! あの方々に、そのような態度が許されるとでも思っているのか!?」

「あの本人たちが許してるのに、誰が許さないって言うんだ? なあ、無関係の聖女さんよ」

「黙れッ!」



 刹那、刃が抜き放たれる。

護身用か、或いは予備か。抜き放たれたダガーはそのままカインの身へと叩き付けられる。

その刃に込められた殺意からも、彼はネレーアの本気具合を感じ取っていた。

そして同時に、その憎しみが己を通り越して何かへと向かっていると言う事も。

何よりも死を知るが故に、それを見透かしてしまうのだ。



「おっと」



 だが、悠長にそれを見続けている訳にも行かない。

例えこの程度の攻撃で死ぬ事を認めないと言っても、その性質をあまり知らしめる訳には行かないのだ。

故に、カインはファルクスで彼女のダガーを受け止める。

いつの間にか握られていたそれは、彼の掌を突き破って現れた一つの“死”だが、その様子を目にする事が出来た者はいなかった。

下段からの一閃を危なげなく防御し、カインは薄く笑う。



「いきなり荒っぽいな、上層はそういう教育をしてるのか?」

「貴様、どれだけ我らを愚弄するつもりだ!」

「先に手を出してきたのはそっちだろう? それとも、事実を捻じ曲げて俺たちの責任にするか? お前たちが良くやってる事だ、都合の悪い事はすべて俺たちに押し付けて、自分たちに責任は無いと言い張る」



 上層――契約者を絶対とする世界では、非契約者の立場など最初から存在しないようなものだ。

だからこそ、下層が犠牲になる。上層が綺麗なのは、最初から綺麗だからではない。

汚いものを、全て下層に押し込んで蓋をしているからだ。

尤も、カインはそれを悪いなどとは考えていない。

力の無い者が下に押し込められるのは当然であり、そうした者達が生き汚く上層を食い物にする。

卵が先か鶏が先か――そんな議論をするつもりなど、カインには毛頭無かった。



「分かるか、聖女さんよ。今のアンタに『理』は無い。誰に対して恨みを抱いているのかは知らないが、俺達越しにそいつを見るのは止めて貰えないかね。無様すぎて哀れみすら感じるよ」

「――――ッ!」



 言いながら、カインは剣を弾く。

その勢いに圧されて後退したネレーアは、静かにカインの姿を見つめながら刃を構えた腕を下ろした。

だが、それは怒りを収めたからではない。

彼女の瞳には、先ほどとは比べ物にならぬほどの、想像を絶する憎しみが渦を巻いていた。



「おいおい、さっきの言葉が聞こえてなかったのか?」

「――私の槍を」



 カインの言葉には答えず、ネレーアは後ろにいた使用人へと手を差し出す。

その先にいた侍女は、白い布に包まれた長い棒を手にしていた。

それが、彼女本来の武器。それを理解して、カインは小さく笑みを浮かべる。

上位神霊の契約者、そんな人間が持つ力がどの程度のものなのか――



「――そこまでよ」



 ――しかし、そこに割り込む声があった。

輝かしい雷光のようなそれ。聞き覚えのあるその声に、カインは思わず苦笑を零す。

その声が聞こえた方に視線を向ければ、そこには苛立った表情でカインとネレーアを睨み据えるミラの姿があった。

彼女の身体には、まるで纏わり付くように雷光が駆け上がっている。

既に契約を発動したその姿は、彼女の内包した怒りの具合を表現しているようでもあった。



「よう、ミラ」

「ええ、こんにちは。貴方は何、ダメージを受けるたびに記憶が飛ぶのかしら? 私の忠告はどこへ行ったの?」

「いや、覚えてるぞ? 実践する気が無いだけでな」



 悪びれる様子もないカインの言葉に、ミラは深々と嘆息を零す。

雷を放っても避けられる上に、命中してもダメージを受けない相手なのだ。

これほど厄介な手合いも無いだろう。

ミラは肩を竦めると、改めてネレーアの方へと視線を向ける。カインには何を言っても無駄だと判断したのだ。



「それで、クレヌコス? 貴方も何をしてるのよ。その二人は猊下から大神殿への立ち入りを許可されているのに」

「例え入る事を許可されていたとしても、下層の人間などに神聖な大神殿の床を踏ませる訳には行かない。何故それが分からんのだ、ロズィーア」

「分かる訳ないでしょう、それは貴方の勝手な理論なのだから。昔の事を聞くつもりはないけど、こっちには任務があるのよ。それとも貴方、ジュピター様の目的を邪魔するつもりかしら?」

「ぬ……」



 ネレーアは、下層を蔑視する意識こそ強いが、神霊に対する敬意や信仰心も人一倍強い。

それこそ、女神を信奉するリーゼファラスに匹敵するといっても過言ではないだろう。

一歩間違えれば狂信者であるが、彼女は心の底からジュピターを崇めているのだ。

その契約者たるミラの言葉もまた、無視できるものではない。



「……一つ聞く、ロズィーア」

「何かしら、クレヌコス?」

「この二人の男に関する噂、どこまでが事実だ?」

「私はその噂とやらをあまり把握していないのだけど……どちらも十分な実力者よ。ウルカは私や貴方に匹敵するし、そこの黒ずくめに至っては私ですら歯が立たない」

「……そうか」



 そう呟いて息を吐くと、ネレーアは構えを解いて真っ直ぐと立った。

しかしその瞳の中にある敵意だけは消さぬまま、彼女はじろりとカインを睨みすえて、言い放つ。



「今回は見逃す。だが、大神殿の中で何かしてみろ……私が、必ず貴様を殺す」

「へいへい、精々気をつけるとするよ」

「ふん」



 最早視界にも入れたくないとばかりに目を背けると、ネレーアは足早にその場を立ち去っていった。

しばしその背中を見つめていたミラは、肩を竦めて深々と溜息を吐き出す。



「はぁ……まったく、貴方がここに来ると全くと言っていいほど安らげる暇が無いわね。少しはウルカを見習いなさい」

「あ、いや。今回はカインさんが助けてくれた形なんですけど……」

「だからと言って、あの女を挑発する必要は無いでしょう。どうせ、私が調停するのを待っていたのだろうし」



 そう言って細められるミラの視線に、カインはただくつくつと笑う。

全く堪えていないその様子に再び嘆息しながら、ミラは軽く頭を振って気を取り直していた。



「もういいわ。さて、貴方の方には挨拶が遅れたわね。こんにちは、ウルカ」

「あ、はい。こんにちは」

「よろしい。それでは、ジュピター様の元に向かいましょう……アウル、貴方もね」

「はい、ミラ様」



 普段通りの凛とした姿を取り戻したミラは、軽く笑みを浮かべて三人に声をかける。

彼女のその目の中には、一切の蔑視など存在していなかった。





















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