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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
2章:交わる道のクインテット
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27:雷霆の少女












(面倒な事になりましたね、これは……)



 昼間訪れたミラの言葉より、訪問する事となってしまったロズィーア邸。

その前に立ち、リーゼファラスは小さく嘆息を零していた。

実際の所、こういった機会が皆無だったという訳ではない。

ジュピター直属の配下にして、枢機卿と同等の権限を持っているリーゼファラスだ。

ロズィーアの当主とも顔を合わせた事はいくらかある。が――



(極端とは言いませんが、結局は上層の人間……あまり好かないタイプなのですよね)



 ロズィーアの家系には、実力主義な部分が多く存在している。

正印教会に属する家系の中ではかなり優秀であり、代々優秀な聖女を輩出しているのだ。

そしてその最たる者が、若くしてケラウノスの称号を得ているミラなのである。

彼女もまた実力主義の面があるが、どちらかと言えば力の責任に重きを置く人間であると言える。

対し、ロズィーアの家が持っている思想は、一言で言えば『力こそが正義』と言った所だ。

力さえあれば、どのような存在もそれ相応に扱う。



(下層の人間でも力さえあれば認めますけど、根本的に力のない人間を蔑む傾向がありますからねぇ……)



 その性質があるため、アウルを連れてきてもあまり問題はなかったと思われるが、リーゼファラスは念のため彼女に待機を命じていた。

アウルは少々特殊すぎるのだ。

確かな実力はあるものの、それに対して追求されれば面倒な事になる。

それを避ける為に、リーゼファラスは一人でミラの後をついて歩いていた。

ロズィーアの家系は、その教会に対する貢献度の高さから、大神殿にかなり近い場所に屋敷を構えている。

いちいち馬車を使うまでもなく、すぐに辿り着く事が出来た。



「今回の話、私も報告しない訳にはいかなかったのよ……まさか貴方を呼び出すなんて、思いもしなかったけど」

「一応、貴方の家の当主も権限としては私と同等ですからね。正式に任命されている訳ではない私よりは、公的な立場は上でしょう」

「実際の所、そんな訳もないのにね」



 リーゼファラスの言葉に、ミラはどこか苦笑するような色を込めてそう返す。

リーゼファラスは超越者、即ち上位神霊と同等の存在だ。

それは即ち、教会の人間にとって崇め奉る存在であると言う事なのである。

生憎、リーゼファラス自身がそういった扱いを好まない事もあって、彼女に対するミラの態度は以前と大差ないものであったが。



「まあ、何の用事かは知りませんが、挨拶程度ならちゃんと受けますよ」

「なら助かるけど……ねえ、リーゼファラス」

「はい、何でしょうか?」

「その……私の事、ミラでいいわ」



 その言葉に、リーゼファラスは若干目を見開いてミラのほうへと視線を向ける。

しかしその視線を受けた本人は、どこか恥ずかしげな様子で視線をそむけていた。

そんな彼女の様子に、リーゼファラスは小さく苦笑を零して声を上げる。



「貴方は、私の事を嫌っていたのではなかったんですか?」

「……正直な所、その通りよ」



 そんなリーゼファラスに対し、ミラは小さく嘆息してからそう返していた。

嘘の吐けぬ実直な性格。ミラがリーゼファラスに対して嫌悪を覚えていたのは事実なのだから。

けれど、とミラは胸中で呟く。リーゼファラスが異常性を表したのは、あの戦いの中でのみだ。

普通に暮らしている今の様子を見ていても、狂気の滲む様子を見受ける事は出来なかった。

無論の事、あの狂気が嘘であったとは、ミラも考えていない。

けれど、それは彼女の一部なのであると、今ではそう認識していたのだ。



「私は貴方の事を嫌っていた。訳が分からないし、力があるくせに出し惜しみをするし、おかげで全員が危険に晒されたわ」

「ふむ、確かにその通りですね。それに関しては弁明する事も出来ないでしょう」

「一応、出し惜しみに関しては理由があったんでしょう? それは聞いて理解してるわよ」



 リーゼファラスの返した言葉に、ミラは思わず肩を竦める。

偽悪的に言った言葉ではなく、それは本心だったのだろう。

事実、リーゼファラスが出し惜しみをしていたのは事実なのだし、そうする事をジュピターに禁じられていたのも事実だ。

それらを鑑みて、必要以上に敵視する必要は無いと――ミラは、そう判断した。



「でも、あの時貴方を嫌っていたのは、貴方の正体がさっぱり分からなかったと言う部分が大きいわ。正体不明で理解不能、まるで未知の相手なんだもの」

「人は未知のものを恐れる生き物ですからね。ある意味、仕方ないと言えば仕方ないでしょう」

「そういう事よ」



 苦笑交じりに肯定し、ミラはリーゼファラスの姿を見つめる。

人を超越した存在。上位神霊と同格となった人間。

そもそも、上位神霊が元は人間だったという事自体が、ミラにとっては価値観を崩壊させかねないような事実ではあったが。

けれど、リーゼファラスの正体を知る事が出来たのは収穫であったと、ミラはそう考えていた。



「私は貴方の正体を知る事が出来た。その上で、必要以上に恐れる事は無いと判断したわ」

「中々単純ですね」

「ずけずけと言うわね、相変わらず」



 じっと半眼で睨むミラに、リーゼファラスはくすくすと笑う。

そんな彼女の姿は、まるで見た目通りの少女のようで。

とてもではないが四十歳を超えているとは思えないその姿に、ミラは小さく苦笑を零していた。



「ま、まあそれに、これから私の家に招待する訳なんだから……『ロズィーア』と呼ぶのも不便でしょう。だから、ミラでいいわ」

「ふふ……はい、分かりましたよ、ミラ」

「ん、それでいいわ」



 少しだけ恥ずかしそうな様子で胸を張るミラに、リーゼファラスは笑みを浮かべながら頷く。

彼女なりの歩み寄りなのだ。これから同じチームとなって戦う以上、いつまでもいがみ合ってはいられない。

とは言え、元々敵意を向けていたのはミラだけなのだが。



「まだ貴方には到底及ばないとは言え、私も共に戦う仲間……そう言ってしまうのは、おこがましいかしら?」

「貴方らしくない殊勝な態度ですね、ミラ。まあ確かに、貴方と私が対等な立場であると言っても、貴方は納得できないでしょうけど」

「それはそうよ。地位も、実力も……あまりにも差が開きすぎている」



 他者の実力は素直に認める。それが、ミラの特徴だ。

現在の彼女は、目の当たりにしたリーゼファラスとカインの実力に関しては完全に認めていたのだ。

アウルに関しては、近くで戦っている姿を目の当たりにした訳ではないため、あまり実感が無かったが。

ともあれ、実力のある者に敬意を払うのはロズィーアの家系の習性と言っても過言ではない。

ミラもその例に漏れず、リーゼファラスの実力を素直に尊敬していた。

そんな彼女の思いを感じ取り、リーゼファラスは小さく苦笑する。



「では、友人と言う形で対等なのはどうでしょう」

「え、友人……?」

「はい。貴方だったらそれでもいいと、私は思っていますよ」



 ミラ・ロズィーア=ケラウノスの抱く思いは素晴らしい。

それは、人に対する基準の厳しいリーゼファラスですらも手放しで認めるほどであった。

美しいものを受け入れ、穢れたものを《拒絶》する。それこそが、リーゼファラスの性質なのだ。

リーゼファラスは、ミラの事を認めている。彼女の魂は、彼女の想いは本当に美しいものだと、そう感じていたからだ。



「……正直、これまで『嫌いだ』って公言していた相手にそこまで言われるのは気が引けるのだけど」

「私は貴方の事を最初から気に入っていましたよ?」

「ええまあ、そう言ってたのは分かってるけどね」



 そう呟いて、ミラは苦笑を零す。

リーゼファラスは最初から、ミラにどれだけ嫌われようと意に介していなかった。

相手の感情を完全に無視しているその在り方自体は、友人としてどうなのかと思わざるを得なかったが。

けれど、相手にここまで好意を向けられて無視できるほど、ミラは薄情な人間ではなかった。



「はぁ……いきなり対等と言われても困るけれど、友人って言うのは望む所ね」

「ふふ、挑戦的ですね、ミラ。それなら、私の事は『リーゼ』で構いませんよ」

「分かったわよ、リーゼ。これでいいかしら?」

「はい、ありがとうございます」



 やはり初めの頃の印象と合わず、ミラは軽く肩を竦める。

ミラにとってみれば、リーゼファラスの思考はまるで理解不能なものだ。

そもそもライバル視している部分が消えたわけではなく、複雑な感情を持っている事は否めない。

けれども――



(対等な友人、か……)



 ミラは、ある意味リーゼファラス以上に孤高な存在であった。

優秀な血筋であり、更に高い力を持っている。

思想も上層の一般的なそれからは外れていたため、彼女の周囲はあまり人が多くなると言う事はなかった。

更に言えば、ミラ自身を理解してくれる人物など皆無であったと言っても過言ではない。

けれど、リーゼファラスはそんなミラの姿勢を真っ直ぐに認め、受け止めていた。

例え不気味な相手であったとしても、それはミラにとって非常に喜ばしい事であったのだ。



(でも、今のままじゃ対等とは言えないわよね)



 今は、ミラが一方的に理解されてばかりの状況だ。

ミラ自身は、リーゼファラスの事を殆ど知らない。それでは対等とは呼べないと、ミラはそう考える人間だった。

とは言え、リーゼファラスの過去を無理に暴き立てるつもりもない。



「……ゆっくり、少しずつ理解を深めていくとしましょうか」

「はい?」

「いいえ、何でもないわ。それでは、行きましょう」



 小さく笑い、ミラは己の邸宅へと足を踏み入れてゆく。

二人の姿は、それまでとはまた違った距離へと変化していたのだった。











 * * * * *











「ようこそおいで下さいました、『最強の聖女』殿。わざわざ時間を割いて頂いて、申し訳ない」

「いえ、他ならぬ友人からのお誘いでしたからね。お気になさらず」



 大きい屋敷ではあるが、過度な装飾はない。

そんな印象を受ける室内でもてなしを受けるリーゼファラスは、口元に小さく笑みを浮かべながらそう答えていた。

会食と言う形式であるため、アウルを連れて来なかったのは正解であっただろう。

暇を持て余した彼女が何かを仕出かすのを止めるのは、リーゼファラスとしても面倒な所であった。


 ちらりと、リーゼファラスは先ほど声を上げた男性へと視線を向ける。

バリトンの効いた低い声を発した男性は、ダレス・ロズィーア。

中々に威圧感のある彼は、男性の神霊契約者と言う珍しい人種であった。

上位神霊とまでは言わないまでも、高位の神霊と契約を交わしている。

そういった人種は非常に貴重であり、血筋そのものにはあまり重きを置かないロズィーアの家が取り込んだ、という次第である。



(そう考えると、あの少年はある意味幸運でしたね)



 男性の上位神霊契約者など、リーゼファラスも片手で数えられる程度しか目撃した事がない。

ウルカはそれだけ貴重な人種であり、いずれ上層に目を付けられるのは避けられないであろう。

血筋を気にしないロズィーアの家に最も近い場所にいるのは、彼にとっては幸運な出来事であるはずだ。



「そして、お久しぶりですね。何年振りでしょうか、ミルシェルナ・ロズィーア」

「貴方は全く変わっていないわね、リーゼファラス・ミュケーナ」

「私は既にあの家とは縁を切っております。わざわざ蒸し返すとは、いきなりご挨拶ですね」

「何年経っても老いない貴方へのやっかみだと思ってくれて結構よ」



 ミルシェルナ・ロズィーア。

ロズィーア家の現当主にして、上位神霊契約者。

軽く嘆息する彼女に対し、リーゼファラスもまた小さく口元に笑みを浮かべる。

しかしそれは、ミラを前にした時のような柔らかなものではなく、どこか冷たい感情の混じるそれであった。

それを横目に見ていたミラは、少々混乱しつつも声を上げる。



「お、お母様。彼女の事をご存知なのですか?」

「当たり前でしょう……と言いたい所だけど、貴方が問いたいのはこの女の過去を知っているのか、と言う事でしょう? それならば、私の答えは肯定よ」

「私と彼女は同じぐらいの時期に教会に所属しましたからね。いわゆる同期と言う関係です」

「尤も、互いにそれ程顔を合わせる事は無かったけれど」



 あまり仲の良くなさそうな二人の様子に、ミラは目を白黒させる。

実力主義の母ならば、リーゼファラスの事を認めると考えていたからだ。

そんな彼女の混乱を代弁したのは、ここまで沈黙を保っていた二人の人物であった。



「あの、お母様ぁ? 昔何かあったのでしょうかー?」

「お母様、何かされたんですか!?」

「騒ぎ立てる必要は無いわ、ルイナ、アリア。私が、個人的にこの女を好いていないだけよ。実力は認めているし、彼女のおかげで切り抜ける事の出来た戦場もある。その力には、敬意を表しているわ」



 ミラの姉に当たる人物である女性、ルイナ。

 ミラの妹に当たる人物である少女、アリア。


 どちらも高い魔力を持ち、有する実力もそれなりのものだ。

だが、ミルシェルナの子供がこの三人だけという訳ではない。

ただ単純に、ロズィーア家の人間として名乗る事を許されるだけの実力を有する者が、彼女たちしかいなかっただけの話なのだ。

認められなかった者がどうなるのか、それはリーゼファラスすらも知る所ではない。

あまりにも徹底しすぎた実力主義。それが、ロズィーアという家系に課せられた使命であった。

昔からまるで変わらぬ触れがたいその姿に、リーゼファラスは小さく嘆息を零す。



「それで、何か用があったから呼び出したのでしょう?」

「ええ。それでは単刀直入に言いましょう、リーゼファラス」



 場を圧倒するほどの威圧感。

年を経たからと言うだけではないそれに感心しながらも、リーゼファラスはミルシェルナの視線を真っ直ぐに見つめ返していた。



「ジュピター様の組織した貴方達のグループ。そこにこの二人を加えなさい」

「無理ですね。貴方だって分かっているでしょう、ミルシェルナ。そこの二人では力不足過ぎます」



 どちらの言葉も非常に端的に、要点を真っ直ぐと口にしていた。

思わず唖然とする三姉妹を尻目に、リーゼファラスは肩を竦めて嘆息する。



「正直な話、ミラでもギリギリなのですよ? そこに上位神霊契約者でもない者が入り込んできた所で、無駄死にするだけです」

「な……ッ!」

「アリアちゃん、抑えてね」



 リーゼファラスの遠慮のない物言いに、アリアが反射的に噛み付こうとするが、それをルイナが押し留める。

ロズィーアの家系として、その実力を否定するような物言いは認めがたいものだったのだ。

しかし、リーゼファラスが口にした言葉は、紛れもない事実である。

最高の力を持つ契約者、『ケラウノス』の称号を持つミラですら、力が及んでいないのが現実なのだから。

そしてミルシェルナもまた、それを理解している人物であった。



「そう。まあ、初めからあまり期待していた訳ではなかったけど……いいでしょう。リーゼファラス、ミラを存分に使いなさい。良い経験をさせて欲しい所ね」

「いいでしょう。彼女は有望ですから、期待させていただきます」

「ええ、そうしなさい。そして、ミラ」

「は、はい!」

「良い経験をする事ね。この女、性格も思想も最悪だけど、実力だけは確かだから」



 ミルシェルナの遠慮のない物言いに、リーゼファラスは軽く肩を竦める。

納得していない様子の姉妹や、状況を完全に把握し切れていないミラ、そして完全に置いてけぼりにされているダレス。

そんな空気の中でも変わらぬ母と友人の姿を見つめ、困惑を隠せないながらも、ミラは首肯しながら声を上げていた。



「はい、分かりましたお母様。必ずや、ロズィーアに更なる力をもたらしましょう」

「期待しているわ」



 僅かに知る事の出来たリーゼファラスの過去、そして己が行く末に対し、ミラは静かに覚悟を固めていたのだった。





















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