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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
2章:交わる道のクインテット
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20:拝謁











 ウルカ、ミラ、アウルの三人を円卓の部屋に残し、カインはジュピターの後に付いてゆっくりと進む。

彼の隣を歩くリーゼファラスは、その顔にどこか普段とは違った表情を浮かべていた。

今までのような、何かを観察する視線ではなく――何かを期待するような、楽しみを前にした時の子供のような、そんな表情。

そんな彼女の様子の違いも含めて若干困惑しながら、カインは周囲へと視線のみを走らせて観察していた。


 先ほどの円卓の間から一つ扉をくぐった場所。

そこは細く長い廊下となっており、どこか薄暗い景色の中に無数の気配が感じられる場所であった。

歩む者を値踏みするようなその視線のような気配に、カインは僅かに眉根を寄せる。



「何だ、ここは?」

「ここは儂の眷属が無数に存在しておる場所での。許可なく入り込んだ者を攻撃する役割を担っておる連中じゃ。尤も、本来ならばそのような排除の仕組みなど必要ないのじゃろうがな」

「何故だ? お前たちの王が先にいるんだろう? 護る必要があるんじゃないのか?」



 それは至極当然と言った疑問でもあった。

力を持つ者とは言え、重要な立場のものが存在する場所なのだ、ならば護る必要もあるのではないのかと。

しかし、そんなカインの疑問に対し、ジュピターはくつくつと笑い声を零す。

下らぬ疑問であると、そう言うかのように。



「あの方たちに、儂らの護りなど有って無いような物じゃ」

「何だと?」

「そうさな。例えば儂……と言っても儂の本体の事じゃが、とにかく儂が全力で力を行使すれば、この世界全てを消し飛ばす事も可能じゃろう。儂らはそういう存在じゃ」



 規格外の言葉をごく当たり前の事のように口にして、ジュピターは肩を竦める。

そんな彼女の言葉に、カインは思わず目を見開いていた。

桁が違う、それは彼女を目にした時にも感じたことではあったのだが、改めてそれを認識したのだ。

けれど――



「じゃが、あの方たちにそのようなものは必要ない。ただ、視線に殺意を込めて向けるだけ……それだけで、世界の一つなど簡単に消滅するじゃろうよ」

「な……!?」

「お主が儂らに感じるように……否、ひょっとすればそれ以上に、あの方たちは遥か高みに存在しておるんじゃよ」



 白銀の魔王、黄金の女神。無限の螺旋を描く二柱の神威。

それを形容するジュピターの言葉には、冗談を言っているような響きなど一つとして存在していなかった。

それが神というものなのかと、カインは思わず息を飲む。

だが、同時に疑問もあった。



「それだけの力を持つ者なら、何故この世界を救わない? 現状は理解しているのだろう」

「あの方々が管理しておるのがこの世界だけだとでも思って……ああ、済まんの。知る由もない事であったか」



 恐れ多い事だとでも言うようにジュピターは声を荒げかけるが、寸前で踏みとどまる。

カインは何も知らないのだ。ならば想像できるはずもないと、彼女は小さく嘆息する。

人の認識で、計れるはずもないのだから。



「あの方々の支配領域はこの世界だけではない。全ての現在、過去、未来に遍在し、無限に並ぶ異世界とそこに含まれる下位世界、さらにはそれらを根本として無限に増殖する可能性世界――それら全てを管理しておられる」

「……正直その言葉の意味は分からんが、いちいち面倒なんか見ていられないって事か?」

「ま、その通りと言えばその通りじゃな。故にこそ、儂らの都合で手を煩わせる訳にも行かぬ。そもそも、こういった単一の世界の危機に対応するために、儂らのような《管理者》が存在するのじゃからな」



 つまり、この世界の危機に対応するのはあくまでもジュピターたちの仕事であり、二柱がその力を発揮する訳には行かない。

しかし、やれやれ辛い立場じゃよ、と呟くジュピターの表情はどこか楽しげで。

果たしてそこにどのような感情があるのか、カインにもそこまでは推し量る事は出来なかった。



「とにかく、あの方々にはそれだけの力がある。故にこそ、護衛の必要など無いのじゃよ。あの方々の法の下で、あの方々を害する事ができる者など存在せん。そんなモノは……そもそも、世界一つには入りきらんよ」



 それは最早、人には理解できぬ領域である。

けれど、カインはそれを感覚で掴んでいた。自身もまた、圧倒的な力の差というものを感じ取った人間であるが故に。

そして何よりも、その領域へと足を踏み入れようとしているが故に。

今、この道の先にいる存在。人の認識の遥か彼方に座す存在へ。


 ――ジュピターの護りなど、必要ない。

彼女に退けられる程度の敵であるならば、彼らを害する事は不可能なのだ。

そして彼らを害する事が出来るほどの敵がもしも存在するのであれば、ジュピター程度では立ちふさがる事すら叶わないだろう。

魔王と女神は、それ程の高みに存在しているのだ。



「それでも、儂の許可無くここを通り抜ける事は不可能じゃがな。ただの人間が目にすればそれだけで魂を砕かれるであろうが、そのような事に手を煩わせる訳にも行かぬよ。さて――」



 そこまで口にして、ジュピターは立ち止まる。

目の前に存在しているのは、円卓の間に入る前にあった扉と同じもの。

ジュピターの力でのみ開ける事の出来る、巨大で重厚な扉。

それに手を当て、ジュピターは呟く。

後ろに続くカインと、陶酔した表情で扉を見つめるリーゼファラスへと向けて。



「では、行くぞ。覚悟を決めよ。気張らねば、お主とて無事では済まんぞ」

「ッ……ああ」

「はい……っ!」



 二人の言葉を聞き、ジュピターは頷いて扉へと力を通す。

それと共に絡み合う螺旋のごとき紋章が浮かび上がり――巨大な扉は、ゆっくりと開いていった。

その奥にあったのは、それなりの広さを持つ部屋と、その中央にある祭壇。

そしてその祭壇には一つの篝火が存在していた。


 ――白銀の炎を宿す、美しき篝火――



「ッ……!」



 そこから放たれる圧倒的な気配に、カインは思わず息を飲む。

あれは、力のただ一部である筈だ。話に聞いた魔王や女神の姿など見当たらない。

だと言うのに、その小さな炎から感じる力は、ジュピターやリーゼファラスのそれすらも凌駕していたのだ。

辛うじてそう認識できる程度。巨大すぎて全てを理解する事ができないそれ。

そんな膨大な気配を前に息が止まるほどの衝撃を受けて――けれど、カインの足は止まらない。

ジュピターが歩んでゆくその足に続いて、彼もまた篝火の前に立ってしまっていた。

そして、炎を前にして、ジュピターは声を上げる。



「我が主よ、我が声にお答え下され。我が真名の下、いと高き天上の地への扉を――」



 その、言葉に――炎の気配は、一気に膨れ上がった。

そしてそれと同調するかのように、白銀の炎はいっそう激しく燃え上がる。

目を灼かんほどの輝きと共に、白銀の炎は三人を包み込んで――


 ――そして、景色が変わる。


 ――光が、差し込む。


 雲ひとつ無い蒼穹より降り注ぐ、南天の太陽の輝き。

その光は、硝子に包まれた半球の空間へを、惜しみなく照らし続けていた。

透き通る空間には、ただ輝きのみが在る――その筈だった。



「こんにちは、■■■」

「久しぶりだ、■■■」



 それは、その光すらも灼き尽くすほどに鮮烈で。

 けれど、全てを包み込むがごとき穏やかな輝き。


 黒き衣と白銀の装甲を持つ、銀髪銀眼の男。

 白き衣と黄金の薄布を纏う、金髪金眼の女。


 硝子の床に置かれた白いテーブルと椅子に並ぶように腰掛けながら、二人はただ静かに微笑む。



「随分と、久しぶりな気がするが、な」

「でも、ついさっき会った気もするよ」



 二人の足元に広がる硝子の床――その下に、地面と呼べるものは存在していなかった。

けれど、頭上にある天空が続いている訳ではない。

そこにあるのは、無数の星々の輝く遠い遠い宇宙であった。

遠く離れれば離れるほど、どこまでも広く大きく、無限に全てを内包しながら広がってゆく無謬の宙。

それを包むのは、螺旋を描く黄金と白銀の輝き。


 ――無限螺旋――


 ジュピターとリーゼファラスは、二柱の前に跪く。

けれど、カインは――指一本動かす事すらできず、二柱の姿を呆然と見つめていた。



「そして、リーゼファラス」

「お前はとても成長したな」

「ッ……ありがたきお言葉にございます、女神様、魔王様!」



 リーゼファラスの言葉は、今までに無いほどに感情に満ちたものであった。

それは歓喜。己が敬愛する女神と魔王に声をかけられただけでも非常に嬉しい事なのだ。

それだけでなく、その成長を認められた――それは、これ以上ないほどの歓喜として、彼女の心を揺さぶっていた。

彼女もまた、かつて拝謁を行った者であるが故に。

それ以来、この黄金と白銀の輝きに魅せられていたが故に。



「そして――」

「貴方が――」



 ――二柱の視線が、カインの方へと向けられる。

その瞬間、意識が消し飛ばなかったのはある意味奇跡であっただろう。

同時に、カインは納得する。普通の人間が前に立つ事など出来はしない。

ただそれだけで、魂ごと塵も残さず消滅する、その確信があった。



「――死を願う者。《永劫アイオン》の理の内に自らの死を喰らって、己を変質させ続けている貴方」

「――死を拒む者。《永劫アイオン》の理の内に他者の死を喰らって、その願いを果たしているお前」



 無限に反響するように、或いは頭の中に直接響いているかのように、彼らの声は微動だにしないカインへと伝わってゆく。

本来ならば、認識できなかったかもしれない。

けれど、不思議とその言葉はカインの内側へと滑り込むように流れ込んできていた。

理解ではない――それは、実感だ。ある種の実感が、カインの中に芽生えている。



「矛盾した願いを抱えるか。お前すらも、気付いていないのだろうが」

「でもそれは、優しい願い。貴方がいつか、それに気付けるのならば」



 理解は出来ない。その言葉の意味は分からない。

カイン以外には、誰にも分からないものであると言うのに。

彼自身もそれを理解できず――けれど、魂に刻み付けられたかのように、カインはその言葉を認識してゆく。



「死を想う貴方。優しい人。貴方を愛した人の願いを、違えずに進めるはず」

「死を想うお前。気高き者。真の願いに届くなら、お前は総ての救いとなる」



 言葉の意味は誰にも分からない。

全てを見通す二柱の瞳が、一体何を見つめているのかも。

けれど――カインは、自然と笑みを浮かべていた。



「は、はははっ」



 遠い、遠い。あまりにも遠い遥か彼方の存在。

絶対に手が届かない領域であると、そう確信出来てしまうほどの。

故にこそ、カインは確信する。己を滅ぼす事の出来る存在は必ずいるのだと。



「はは、ははははははははははははははははははッ!」



 遥か高みに座す魔王と女神は、そんなカインの哄笑すらも穏やかな視線で見つめている。

その身からは黒い刃が突き出し、人の形を歪めていると言うのに。

ミラが心の底から恐れたその姿を、二柱はまるで子供を見るような視線で見つめている。

いな、彼らにとって見れば真実子供のようなものなのだろう。

カインもまた、己が支配下である世界に生きる住人なのだから。



「いいさ、見ていろ!」



 笑う。嗤う。哂う。

纏う“死”に対して何ら感情を抱いていない目の前の相手に対して。

目で見える距離は近くとも、その隔たりはあまりにも広い。

それでも、カインはただ嗤う。



「必ず理解してやる! 必ず辿り着いてやるさ! リーゼファラスが俺を殺せなかったら、次はお前たちだ!」



 ――俺を殺せと、ただ叫ぶ。

未だ、彼らの言葉を理解する事はできないから。

身動きが取れないほどの重圧の中で、それでも楽しそうに笑みを浮かべながら。



「魔王よ、女神よ、待っていろ! 俺は、必ず辿り着く!」



 銀の炎が揺れる。

視界を埋めてゆくその輝きの中で――



「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」



 自らを貫く漆黒の“死”を深く感じ取りながら、カインは遥かな高みへと想いを馳せていたのだった。





















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