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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
132/135

130:その手を伸ばす












「が……っ!?」



 胸を貫く黒い刃――そして、その刃の中から感じる力。

その気配に対し、アルベールは痛みと共に驚愕の表情を浮かべていた。

それは間違いなく《分断ディヴィディエート》の力を持つナイフであり、先ほどリーゼファラスが使おうとしていたそれだ。

だが、それはおかしい。彼女は未だ離れた位置に存在しており、この刃を突き立てることなど出来るはずがない。

ならば、一体何が起こったというのか。働かぬ思考を抱え、アルベールは背後へと肩越しに視線を向ける。

そこにあったのは――縦に裂けた空間と、その奥から伸びる黒い腕だった。



「これ、は……」

「あら、私のことをお忘れですか?」



 ――否、腕が黒いわけではない。纏っている服が、まるで夜の闇のごとく、深く暗い黒を湛えているのだ。

その先にある手、黒いナイフを握る小さな手は、むしろ抜けるほどに白い。

不気味なほどに映えて浮かび上がる手は――もう一つ現れ、まるで裂けた空間を押し広げるように、裂け目へと伸ばされる。

そして広がった裂け目からは、まるで夜空に揺れる紅月のごとく、二つの瞳が爛々と輝いていた。



「君は……」

「ええ。先日はお世話になりました……たっぷりと、お返しさせていただきますね」



 黒い髪、紅の瞳――そして、漆黒の侍女服。

銀糸を纏う以前の彼女を思えば、その姿は似ても似つかないと言えるだろう。

だが、その笑みは。獲物を前にして陶然と微笑む彼女の笑みは、以前と何一つ変わらない。

漆黒を、カインと同じ色を纏い――リーゼファラスの従者たるアウルがそこにいた。

その姿に、アルベールは呆然と目を見開く。彼女が今ここにいることが可能か不可能かではなく――カインとリーゼファラスが、それを成したことに対して。

そしてその間は、アウルが行動を起こすには十分すぎる隙であった。



「《分断ディヴィディエート》っ!」



 己が能力に魂を込め、アウルは突き立てた刃を横向きに薙ぎ払う。

狙うはアルベールの肉体ではなく、《奈落の渦》と彼自身を繋ぎ合わせている力の繋がりだ。

そこに力の流れがある以上、アウルに見極められぬはずもなく、一度当てたならば切断することなど容易い。

アウルの刃は、彼女の狙いに違わず、正確にアルベールの力を斬り裂いていた。

それを己が感覚の中で実感し、アルベールは初めて表情を歪める。



「くっ、やってくれるね!」



 鋭く告げ、振り返り様にアルベールは腕を振るう。

その腕が纏う闇は、先ほどよりも明らかに薄まっているものの、超越者ではないアウルを滅ぼすには十分すぎる破壊力を有しているだろう。

闇を纏うアルベールの腕は神速で薙ぎ払われ――白き楯を掲げる腕に、受け止められていた。

刹那の内に割り込んだリーゼファラスは、開いた右手を握り締め、そこに極限の力を纏わせる。



「もう、やらせはしませんよ、アルベール――二度とッ!」

「っ、正気か……!?」



 リーゼファラスの力ならば、切り離された《奈落の渦》を完全に破壊することが出来るだろう。

彼女にはそれだけの力があり、そしてそれを成すだけの憎しみがある。

だが、そうしてしまえば、世界の均衡はいとも容易く崩れてしまうだろう。

だというのに、彼女が遠慮なく攻撃を叩きつけようとしている。そのことに、アルベールは驚愕を覚えていた。

しかしリーゼファラスは止まることなく、拳は唸りを上げて放たれ――アルベールの胸を、容赦なく打ち据えていた。



「が、は……っ!」



 大きく弾き飛ばされ、地面へと叩きつけられながら、それでも体勢を立て直して起き上がり――アルベールは、己が身に起こった異変に気がついていた。

切り離されてもなお感じていた、《奈落の渦》の力との繋がり、それら全てを、感じ取ることが出来なくなっていたのだ。

だが、未だ《奈落の渦》そのものは存在している。その力は、完全に消え去っていない。

その事実に、アルベールは視線を上げてリーゼファラスを見つめる。



「今……君は、何を打ち砕いたんだ、リーゼファラス」

「単純です……貴方の中に巣食っていた、《操縦士ヴェルソー》の体ですよ」



 告げられたその言葉に、アルベールは思わず硬直していた。

その表情に確信を抱きながら、リーゼファラスは言葉を重ねる。



「そもそもおかしかったんですよ。人間が……それも、欠片を宿した存在が、対極の力である《渦》を取り込めるはずがない。《渦》を取り込めるものは、同じく《渦》だけです。貴方は……その力で《操縦士ヴェルソー》の支配力を消し去り、《渦》の力だけを手にしていた」

「……想像だけで、あるかも分からない《操縦士ヴェルソー》を狙ったのかい?」

「ええ。それ以外にはありえないと考えていましたから。言っておきますが、貴方の力で戻そうとしても無駄ですよ。《奈落の渦》によるバックアップさえなければ、私と貴方の力は同格に近い……私の《拒絶アブレーヌング》が《操縦士ヴェルソー》の復活を拒絶する以上、貴方は二度と《奈落の渦》を使えない」



 リーゼファラスが力の集中を必要としたのは、偏にこの細かな制御を実現するためだったのだ。

操縦士ヴェルソー》を打ち砕くだけならば容易いが、その力をアルベールの肉体に影響させ続けるにはかなりの力と集中が必要になる。

今現在も力を維持するために多大な集中を必要としているが、リーゼファラスは表情を崩すこともなくその力を維持していた。

いいようにしてやられた――その事実を認識し、アルベールは立ち上がりながらくすくすと笑う。



「ははははっ……いいね、やっぱり君たちは凄いよ」



 告げつつ、アルベールは振り返る。リーゼファラスは力の維持に集中し、アウルはその傍で護衛するように控えている。

ならば――後の役目は、もう一人に託されているということだろう。

――今、大鎌をもう一度形成し、ゆっくりと立ち上がったカインに。



「やってくれるね、カイン。君が死人を生き返らせるなんて思わなかった」

「生き返っちゃいない、アウルは今も死んでいる。ま、眠りから覚まさせるのも趣味じゃないのは確かだが……あいつの体が何で出来ているか、気づいてるんだろ?」

「あの時君が投げつけた大鎌――正確に言えば、その中に取り込まれていた“死”だろうね。全く……器用な真似をしてくれるものだ」



 今のアウルの肉体を構成しているものは、先ほどカインが投げつけた大鎌だ。

性格に言えば、大鎌より分離した無数の“死”の刃たちが、アウルのナイフを核として集い、肉体を形作ったのである。

その全身が“死”で構成されているため、純粋な意味で生物とは言いがたい状況だ。

言わば、現在のアウルはカインの眷族とでも呼ぶべき存在なのである。

これこそが逆転のための一手。アルベールを自らと同じ土俵にまで引き摺り下ろすための策。

だが、未だアルベールが強大な力を有していることに変わりは無く、その力の動きを止めない限りアルベールを滅ぼすことは不可能だ。

故に――



「最後の勝負だ、アルベール。決着をつけるぞ」

「ああ……そうだねぇ、カイン。これで、最後にするとしよう」



 カインは構え、右手に持つ大鎌を圧縮していく。

その手に残るのは、一振りのファルクス。カインが好んで使っていた武器を右手に、そして白く輝く直剣を左手に。

黒白の武器を構え、カインは己の力を極限まで研ぎ澄ませる。

魂を傷つけられた痛みは今も鈍く響き、既に長くは戦えないであろうことも理解している。

故に、全霊で。己が持てる全ての力を、細い刃に圧縮する。

そして対するアルベールもまた、薄闇を纏う腕へと、己の持てる限りの力を収束させていく。

僅かな静寂、そして――



「オオオオオオッ!」

「はあああああッ!」



 二人は裂帛の雄たけびと共に、互いへと向けて飛び出していた。

振り下ろされるファルクスと、薙ぎ払われる腕。二つの攻撃が衝突し――けれど二人は、迸る衝撃など意にも介さずに攻撃を再開する。

ネルの剣である白の直剣には、直接攻撃能力は皆無といっても過言ではない。

相手がアルベール出るならば、それもなおさらだろう。



(だが――こいつの力さえ、あれば!)



 カインは首を狙うようにファルクスを振るい、その一撃を構えた腕によって受け止められる。

お返しとばかりに放たれた手刀は半身になって躱しつつ、コートの袖口に形成した銃口から弾丸を放っていた。

至近距離からの発砲は、避ける時間すらも与えずにアルベールに命中する――だが、そのダメージも瞬時に消え去っていた。

アルベールの能力がある限り、いくら“死”を与えたところで意味は無い。

能力の発動を停止させない限り、攻撃は無意味であるといっても過言ではないのだ。

一度頭を吹き飛ばされたアルベールは、瞬時に復元された顔で笑みを浮かべ、その絶大なる力を振るう。



「僕は思っていた! 最後に立ち塞がるのは君だと……君であるべきだと! 誰よりも懸命に生きていた君こそが、僕の最後の障害に相応しいと!」

「知るかよクソ野郎が! テメェなんぞ知るか、テメェの価値なんぞ知ったことか! 俺は死神オレだ、勝手に期待して、勝手に立ち塞がってきた野郎が、何勝手な口利いてやがる!」



 対するカインもまた、漆黒のファルクスを振るいアルベールの一撃を弾き返す。

順調であったかどうかはともかくとして、全てが狂ったのはアルベールが現れてからだ。

《奈落の渦》を支配し、アウルを殺し、シーフェが死ぬ原因を作った。

己の手で望む“死”を与えたいと考えていた女たちを、アルベールは奪い去っていったのだ。

無意味な“死”をばら撒き、奪い取った魂を無価値に燃料へと変えていく。

この男さえ現れなければ――そう考える思いは、カインの中にいくらでも存在していた。

故に、叫ぶ。これ以上は認めないと、声高に。



「邪魔なんだよ、無価値の悪魔! 俺のモノに勝手に触れるな! 俺の女にも、俺の“死”にも――そいつらに追い詰められそうになってる分際で、偉そうなこと抜かしてんじゃねぇぞッ!」

「あはははははっ! 言うじゃないか、カイン!」



 愉快そうに笑い声を発しながら、アルベールは大きく広げた両手を振り下ろす。

その指先の軌道に乗って放たれた十の斬撃は、交差するようにカインへと襲い掛かり――地面よりせり上がった無数の“死”の刃によって飲み込まれ、互いに砕け散っていた。

黒き破片が飛び散る中、二人の黒き男はそれらを吹き飛ばすように激突する。



「けれど、それこそが“死”だろう、カイン! 理不尽に、唐突に、価値もなく訪れるもの! 君が信奉するものは、そんな概念のはずだろう――こんな風に!」



 砕け散り、地面へと落ちていく漆黒の斬撃――それら全てが、一瞬で動きを止める。

そして次の瞬間、それらは流星のようにカインへと殺到していた。

カインは即座に己のコートから無数の銃口を発現させ、向かってくる黒い破片へと弾丸を放つ。

360度、全方位からの攻撃を瞬時に対応し――しかし、僅かに隙を作ってしまうことは避けられなかった。

即座に肉薄したアルベールは闇を纏う手刀を突き出し、カインの胸を貫く。

油断も無く、即座に己の力でカインの魂を打ち砕こうと集中し――



「違うな」



 ――その声が、頭上から響いていた。

その瞬間、アルベールの貫いていたカインの体は、無数の刃の塊となって解け、霧散する。



「な……っ!?」



 振り下ろされる漆黒の刃。渾身の力を込めた一撃は、突き出されていたアルベールの腕を切断する。

そして地面に降り立ったカインが放つのは、左手に持つ白き刃の一撃――



「――俺こそが“死”だ」



 その白い刃は、狙い違えることなくアルベールの胸を貫いていた。





















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