129:黒き刃
カインは思考する。襲い掛かる百もの腕と、そこから放たれる攻撃の数々を捌きながら。
これまでのような直接攻撃だけでなく、漆黒の弾丸を飛ばす攻撃や、武器を形成して中距離から攻撃してくる場合もある。
そのパターンは非常に多彩だ。直接攻撃であったが故に同時に襲い掛かることが不可能であった腕の数々は、近距離、中距離、遠距離を分けることによって、これまで以上の攻撃密度を実現していたのだ。
カインとリーゼファラスは、時にそれを破壊し、時に防ぎながら、アルベールの攻撃を捌き続ける。
この敵を倒すための方法を、ひたすらに模索しながら。
(問題は、奴の回復……いや、復元能力だ。自らの死すら改変させられる力を、どうやって上回ればいいのか――)
アルベールの能力は、カインの能力によってもたらされた“死”すらも改変している。
力の総量で上回られているという面もあるだろうが、カインではアルベールの能力を打ち消すことが出来ないのだ。
問題点としてあげるならば二つ。一点は、力の総量の差により、能力が一部無効化されてしまっていること。
そしてもう一点は、例え“死”を与えることが出来たとしても、アルベールの能力が働く限りその事実を覆されてしまうということだ。
つまり、必要なのは力の総量で上回り、尚且つアルベールの能力の発動を阻害すること。
そこまでやって始めて、カインの力はアルベールに効果を及ぼすことが出来るのだ。
――結論に至り、カインは胸中で吐き捨てる。
(分かっちゃいたが、無茶苦茶にも程があるってんだよ、この化け物が)
襲い掛かる腕をカインがまとめて斬り払い、放たれた弾丸をリーゼファラスが弾き返す。
圧倒的な物量、攻撃力。だがそれでも、二人が怯むことはなかった。
言葉にすれば単純な、アルベールを倒すための方法。
それがどれほど難しいことであったとしても、その方法が全く見えていないわけではない。
後は、それを実行できるだけの力と覚悟があるかどうか。
「……決まってる。リーゼ、悪いが――」
「はい、大丈夫ですよ、カイン。私たちで……私たちの力で、行きましょう」
どこか見透かしているような、柔らかな声音の言葉。
それを発したリーゼファラスは、どこか楽しそうに己の胸へと手を当てていた。
方法はある。踏み出すための覚悟もある。ならば――
「――行くぜ、リーゼ」
「はい、カイン」
共に言葉を交わし――そしてカインは、リーゼファラスの展開する盾の内側から一気に外へと飛び出していた。
途端に集中する黒い腕からの攻撃。丸では虫でも潰そうとするかのように、漆黒の腕はカインへと叩きつけられる。
「邪魔だァッ!」
対し、カインはそれを大鎌の一閃で吹き飛ばしていた。
だが、それは所詮百あるうちの一本であり、そして消し飛ばした腕もあっという間に復元されてしまう。
だからこそ、カインは一切動揺することなく、すぐさま行動を再開していた。
放たれる黒い弾丸を躱し、四方から振るわれる漆黒の剣を受け流し、それぞれの腕に命中させる。
空中でぐるりと回転し、それと共に振るわれた大鎌で腕からの攻撃を完全に受け流し、こじ開けた空白へと飛び込んでいく。
意表を突いて作り上げた隙はほんの僅か。次の瞬間、瞬く間に再び襲い掛かってくるだろう。
時間にすれば刹那にも満たないような、そんな空白の瞬間――カインは、その能力を発動させていた。
距離を殺し、時間を殺し、瞬時に目標とした場所へと。
カインにのみ使えるこの移動方法は、例えアルベールであっても察知することは不可能だ。
無論、カインも瞬時に使えるというわけではなく、集中と動作一つの時間は必要となる。
そんな僅かな時間を稼いだカインは、瞬時にアルベールの背後へと移動していた。
――けれど、殺意を込めた視線はぶつかり合う。
「おおおおおッ!」
「あははははっ!」
二つの漆黒が衝突し――互いに、攻撃を弾かれる。
その強烈な衝撃に仰け反りかけ、けれど射撃の反動で体勢を持ち直しながら、カインは再び大鎌を振るう。
二つある条件の内、カインが行えるものはアルベールの能力の阻害。
だが、それもアルベールの力から《奈落の渦》を切り離さなくては、力の量の差で届かないだろう。
故に、まずはカインがアルベールの意識を集め、隙を作らねばならない。
「喰らえってんだよ!」
大鎌に形成した銃口から弾丸を炸裂させ、推進力を得ながらカインは大鎌を振るう。
まるで回転するように振るわれた大鎌は、しかし発生した漆黒の防壁により受け止められる。
その壁によって止まった時間はほんの一瞬――だが、それでもアルベールが攻撃を躱すには十分すぎる時間であった。
一瞬で距離を開けたアルベール。そしてそれと動じに、周囲の腕たちがカインへと向けて一斉に攻撃を行う。
降り注ぐ嵐の如き無数の攻撃。それを認識しながら、カインは更に前へと踏み出していく。
刃の翼を羽ばたかせ、その一部に銃口を作り出し、強引に己の体を前へと押し出したカインは、その勢いのまままるでぶつかるようにアルベールへと突撃する。
背中と外套を掠める攻撃を感じながら、それでもただ己の敵だけを見据えて。
「逃がしは、しない!」
「っ……いいねぇ、カイン!」
咄嗟に後退したアルベールもまた、僅かに体勢が崩れている。
最早防御も間に合わないタイミングに、それでも彼は楽しげな表情を浮かべていた。
そんなアルベールの様子を認識して、僅かに苦い感情を覚えながら、カインは大鎌を振るう。
冗談からの一閃――まるで相手を押し潰そうとするかのような一撃は、闇を纏う交差したアルベールの腕によって受け止められる。
それを確認し、カインは下がることなく、その場で一気に己の力を解放していた。
「おおおおああああああああああああッ!!」
「く、っ……何を、見せてくれるんだい、君は……!」
攻撃力に関しては圧倒的に高いカインの、紛うことなき全身全霊。
力の消費を度外視したその出力に、アルベールも思わず息を飲み、力の密度を高める。
《永劫》と《虚無》。共に、強大なる力を持つ欠片同士のぶつかり合い。
世界も砕けよと言わんばかりの力の奔流の中――黄金の影が、閃いた。
「――《分断》ッ!」
告げたのは、アルベールの背後に現れたリーゼファラス。
《戦姫の衣》を激しくはためかせながら、その手に黒いナイフを持ち、アルベールの背中へと向けて刃を振るう。
リーゼファラスの取り込んだアウルの能力である《分断》。
その力は、あらゆる流れと繋がりを断ち切ることに特化した能力。例え強力極まりない《奈落の渦》によるバックアップであったとしても、後付けの力を断ち切ることなど難しくはない。
例え本来の使い手ではないリーゼファラスであったとしても、それを成し遂げることは難しくはない。
リーゼファラスの突き出した刃は、真っ直ぐとアルベールの背に突き刺さり――その一瞬前に、カインの刃がアルベールの体を両断していた。
「な――」
「馬鹿な!?」
その事実に、何よりも攻撃を行っていた二人が驚愕していた。
今のアルベールは、決してカインの攻撃に耐え切れなくなったのではない。
自ら力をカットし、カインの攻撃を受け入れたのだ。
その理由は――
「――いやはや、そう来るとはね。本当に面白いよ」
――カインの攻撃を受けた上で自らの死を書き換え、リーゼファラスの攻撃を回避するためだ。
あまりにも常識外れなその行動に、カインたちは想像が追いつかず一瞬硬直する。
そしてその隙は、アルベールの前ではあまりにも大きい失態であった。
「けど、残念ながらそれだけじゃ駄目だね」
「がっ!?」
「ぐ、あああッ!」
言葉と共にアルベールが放った腕は、僅かな隙を見せたカインとリーゼファラスに襲い掛かる。
我に返り、咄嗟に防御するが、完全には間に合わない。
見上げるほどに巨大な拳は、僅かに防御体勢を整えただけの二人を打ち据え、大きく弾き飛ばしていた。
身を砕かんとする衝撃に、リーゼファラスは息を詰まらせ、その手から黒いナイフが零れ落ちる。
それを見据え、アルベールは薄く笑みを浮かべた。
「それ、危ないなぁ」
「ッ!? やめ――」
地面に突き立った黒いナイフへ、アルベールはゆっくりと手をかざす。
それと共に、巨大な拳が顕現し――ナイフを押し潰し打ち砕こうと、唸りを上げて振り下ろされる。
弾き飛ばされ、片膝をついた体勢であったリーゼファラスは、咄嗟にナイフへと向けて手を伸ばす。
だがその手も、能力も、届くような距離ではなく、間に合うような時間の余裕もない。
黒き拳は無常にも振り下ろされ――そこへ、漆黒の大鎌が飛来した。
回転しながら投げ放たれた大鎌は、凄まじい速さで飛翔しながら拳へと突き刺さり、それを切り裂きながらナイフの傍へと突き刺さる。
それを放ったのは、言うまでもなくカインだ。大きく弾き飛ばされながらも、カインは自らの大鎌を投げ放ち、リーゼファラスのナイフを護っていたのだ。
その目的は見事に達成され、ナイフは今も無事に残っている。
だが――
「けど、いいのかい、カイン? それを手放してしまって」
薄く嗤うアルベールの力が、大鎌を手放したカインへと牙を剥く。
ダメージを追った肉体を修復しながら立ち上がったカインへ襲い掛かる無数の攻撃――肉体の損傷を無視して回避するが、それでも動作の鈍りは隠し切れない。
攻撃を回避し、再び大鎌を形成しようとカインは己の力を集中させる。
その刹那――その腕に闇を纏うアルベールが、カインの眼前に姿を現していた。
「テメェ……ッ!」
「あの武器無しで、防げるかな?」
構えられた手刀は、流星のようにカインへと向けて放たれる。
大鎌の形成は間に合わず、腕に可能な限りの力を集中させて防御する。
刹那の間すら置かずアルベールの攻撃はカインの腕へと命中し――まるで紙切れを破るかのように、そのクロスした両腕を切断し、カインの胸を貫いていた。
「が、ぁ……ッ!」
身を貫く苦痛に、カインは呻く。
ただの攻撃であれば、痛みなど感じはしないだろう。しかしアルベールのそれは、彼の力を纏う一撃だ。
そのダメージは、カインの魂にまで響き、強烈な痛みを与えていたのである。
このままでは、魂に深刻なダメージを受ける――魂を砕かれてしまえば、超越者と言えど耐えることは出来ない。
けれど、カインはそれを承知で、己の胸を貫くアルベールの腕を再構成した手で握り締めていた。
そんな彼の行動に、アルベールは大きく目を見開く。
「へぇ……根競べのつもりかい?」
カインの身には、凝縮された無限の“死”が詰め込まれている。
いかなアルベールといえど、その総てに侵食されればただでは済まないだろう。
カインの力がアルベールを浸食するのが先か、それともアルベールの力がカインの魂を砕くのが先か。
確かに、アルベールの言うとおり根競べだ。だが、力の総量に大きな違いがある以上、カインには勝ち目など存在しない。
それを理解しながら、カインが何故このような行動に出たのか、アルベールには理解できなかったのだ。
リーゼファラスの気配はまだ遠くにあり、ダメージを受けているためか動きは鈍い。
このままでは、カインが滅びるのも時間の問題だろう。
若干の失望を込めて、アルベールは己の力を強化しようと集中し――気がつく。
空いているカインの左手に、いつの間にか白い直剣が握られていたことに。
「それは……」
カインとは異なる、けれどどこか似た気配のある力によって構成された剣。
だが、その力だけでアルベールの防御を貫くことは不可能だろう。
ならば何故、今それを手にしたのか――そう、アルベールが考えた瞬間。
「――あの時の、お返しです」
――黒い刃が、アルベールの胸を貫いていた。




