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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
130/135

128:夜の館に座する王












「ああ……ようやく、ようやくだ」



 収束してゆく力を前に、アルベールは小さくそう呟く。

白き剣の導きの下、莫大なる力をその身に取り込んでゆくカイン。

そして、そんな彼と共に戦うため、盾としての本懐を果たすため、相対的に自らの強度を高めていくリーゼファラス。

彼らの発現しようとしている力の規模は、正しく上位神霊そのもの――即ち、世界に接続された超越者に他ならない。

世界の概念の一部に同化し、その概念そのものと化す。それは即ち、世界の一部を支配していることに他ならない。

カインの場合――



「現在過去未来、総ての“死”を司る死神……永劫の王、タナトス。そして、万民の守護者にして戦姫……首級掲げし盾の女王、アテナ。君たちならば辿り着くと、君たちだからこそ辿り着けると、そう信じていたよ」



 口元に浮かべられた笑みは、どこまでも楽しそうなもの。

自覚も無いままに薄ら笑いとは異なる笑顔を浮かべていたアルベールは、その口元を押さえながら呟いていた。

これこそが、彼の待ち望んでいたもの。

世界の敵となった己にとって、最大の障害であり最高の敵と呼べる存在。

世界そのものを守護する存在にして、世界の一部と呼べる者。

尤も、彼らに世界を護るつもりなどないだろうが――彼らの力は、その領域まで上り詰めようとしているのだ。



「待ちわびた……本当に、待ち望んでいたよ。君たちこそ、僕に価値を与えてくれる存在だ」



 己の過去を、己の願いを再確認しながら、アルベールは呟く。

彼の願いは唯一つ。以前から、徹頭徹尾変わっていない。

アルベールはただ、己の価値を求めているだけなのだから。


 ――アルベールは、己がどこで生まれたのかも認識していない。

気づけば己が生きていて、そして気づけば一人きりになっていた。

アルベールの有する欠片の名は《虚無ヌル》。その力は強大であり、幼少の頃からその片鱗程度は発現させていたのだ。

その力は、あらゆるものをゼロに帰する力。あらゆるものの価値を否定する力。

幼いが故に制御できなかったその力は――他者から見たアルベールの価値そのものを、消し去ってしまっていた。



(だから、君たちなら、僕の敵になれるとずっと思っていた……他でもない、僕を見つけてくれた君たちなら)



 アルベールが他者に認識されづらい理由は、その力の性質に存在している。

彼は、他者にとって『価値のない存在』として認識されやすい。言ってしまえば、路傍の石程度にしか思われないのだ。

故に、例え視界の中に入っていたとしても、アルベールの存在を認識することは難しい。

ミラやウルカですら、アウルを殺されるまで――『仇』という価値が発生するまで、殆どアルベールを認識することができなかったのだ。

だが、欠片を持つ者たちは違った。その強大なる欠片の気配を感じ取り、同時にアルベールの存在を認識していたのだ。



「だから、僕は願った……期待したんだよ。カイン、リーゼファラス……君たちならば、僕の価値を作ってくれる。君たちの敵になれれば……僕は、君たちの敵としての価値を得られる――期待通りだよ、二人とも」

「ハッ……知るかよ、クソガキが」



 ゆっくりと、突き立てていた大鎌を引き抜いて、黒衣の死神は呟く。

裾や袖口に白い刺繍が成されたコートをはためかせ、捩れた枝のようであった大鎌は、真っ直ぐと美術品の如き精緻な形状へと変化している。

姿を変貌させたカインは、しかし普段と変わらぬように大鎌を肩に担ぎ、アルベールに対してそう吐き捨てていた。



「テメェの都合なんざ知るか。望みだの願いだの、関係の無い話だ。俺は、テメェを滅ぼすためにここにいる」

「ええ、その通りです。どのような願いを抱いていようと――私たちには関係ない」



 そして同じく、カインの隣に立ったリーゼファラスの左腕には、これまでの水晶とは異なる一つの盾が形成されていた。

白と金で彩られた盾の中心には、まるで瞳をかたどったかのような水晶が二つ填め込まれている。

戦姫の衣を揺らし、右の拳を握り締めながら、リーゼファラスは真っ直ぐとアルベールを睨み据えていた。


 姿が変貌した、カインとリーゼファラス。

だが、その変化が見た目だけに留まっているなどとは、アルベールも考えていない。

偏に、力の規模の桁が違う。立ち姿は今までと変わらず――だが、その強大な戦意は、ただそれだけで莫大な圧力と化し、三つの世界を鳴動させていた。

もしもこの超越ユーヴァーメンシュの空間が展開されていなければ、コーカサスの街は瞬時に消滅しているだろう。

カインとリーゼファラス、この新たなる上位神霊が辿り着いた領域は、人間という枠を遥かに超えた場所なのだから。


 ――そんな二人の視線を受け止め、アルベールは嬉しそうに笑う。



「構わないさ。僕の都合は僕だけのものだ。さあ、今度こそ――本当の戦いを、始めようじゃないか」



 刹那――アルベールの背後より、百本に達する無数の腕が顕現していた。

それは彼がこれまで使っていた攻撃方法と同じものであり、同時に、彼がこれまで手加減していたことを示すものに他ならなかった。

一本ですら超越者にダメージを与えられる規模の攻撃だったにもかかわらず、それが同時に攻撃を放とうとしている。

アルベールの力の総量は、《奈落の渦》を取り込んだこともあり非常に強大なものだ。

《奈落の渦》による支配の干渉を《虚無ヌル》によって消し去り、取り込み続けてきた無数の魂を燃料として、この強大なる力を発現しているのである。

それに対して――二人は、その圧倒的な光景に気圧されることもなく、真正面に立って構える。



「行けるな、リーゼ」

「ええ、カイン。これで、最後です」



 二人は頷き――殺到してくる漆黒の腕へと向け、その手の武器を振るっていた。

襲い掛かる数十もの腕。その一つ一つが、ミラたちが全力を賭して放つ攻撃に等しい破壊力を有しているだろう。

だが、カインたちへ触れようとしたその腕は、リーゼファラスが盾を掲げた瞬間に動きを止め、一瞬で水晶の塊へと変化していた。

そこへと振るわれるのは、カインの大鎌。漆黒の風となった一撃は、後続の腕をも含め、目の前を塞いでいた腕の数々を一撃の内に消し飛ばす。


 数が増えたことは脅威ではあるが、その強度まで強化されたわけではない。

尤も、いくら砕いても瞬時に再生する腕の数々が厄介であることに変わりはないが、それでも前に比べて破壊への手間は減っている。

それを確認した二人は、示し合わせたかのように同時に踏み出していた。

先ほど打ち砕いた腕の跡を通り抜けるようにして、二人はアルベールへと向けて駆ける。

先ほどまでとは違い、共に駆ける二人。その中で、殺到してくる腕をことごとく弾き返しながら、リーゼファラスは叫ぶ。



「カイン! 続いて!」

「了解!」



 盾を掲げ――その瞬間、盾に填め込まれた水晶の瞳が輝きを放つ。

黄昏の光にも似たその輝きは、殺到する腕を水晶へと変貌させる。

それは、背後から襲いかかろうとしていた腕も例外ではなく、僅かな時間であろうとも、リーゼファラスは動くことが可能な腕を悉く封じ込めていたのだ。

そして、その隙を見逃すカインではない。

掲げる大鎌は今までよりも更に精緻な形状と化し、そこに込められた力は今までとは比べ物にならぬほどだ。

振りぬかれた刃と共に放たれるものは、漆黒の力を纏う衝撃。

リーゼファラスの稼いだ時間によって充填された“死”の力は、地上の生物を絶滅させて余りあるだけの力が収束しているだろう。

水晶化した腕を砕き、その後ろに控えていた腕も食い破り、津波の如き奔流は後ろに立つアルベールへと殺到し――



「――うん。凄いね、これは」



 彼は心底感心した、とでも言いたげな口調と共に腕を掲げ、その手から放たれた黒い輝きと共にカインの一撃を消し去っていた。

アルベールの有する《虚無ヌル》は、そして彼の展開しているこの超越ユーヴァーメンシュは、彼の認識するありとあらゆる存在を無かったことにすることができる。

現実の改変、事象の改変――あらゆる力の中でも最も高位にある力の一つと言われる発現形態。

それを難なく操るアルベールは、神格に到達したカインとリーゼファラスから見ても、なお脅威といって余りある存在だった。



「けれど――やってやれない相手ではありません」



 頭上より、声が響く。

カインの放った一撃を隠れ蓑にして上空へと飛び上がっていたリーゼファラスは、その頭上に巨大な水晶の塊を形成していた。

まるで氷山の如き水晶塊は、リーゼファラスの持つ《拒絶アブレーヌング》の力を莫大と呼べるレベルで詰め込まれたものだ。

彼女の定義する『不浄』を浄化する力も圧倒的だが、そこに込められた力は、大陸一つを沈めることも可能だろう。

そしてその破壊力は、眼前の敵であるアルベールへと一点に集中しながら放たれる。



「潰れなさいッ!」

「っ……また、大盤振る舞いだね!」



 アルベールの滲ませた感情は、驚愕と歓喜。

現実改変の力である《虚無ヌル》の干渉すらも拒絶する、極大の意志が込められた一撃。

その力は、アルベールですら簡単には消し去れないほどの強大なものであった。

受け止めようと伸ばされる漆黒の腕――だが、それが《奈落の渦》の力を用いて構成されたものである以上、リーゼファラスの力に触れれば一瞬で水晶化してしまう。

それでも、僅かながらに勢いの落ちた水晶塊を跳躍して回避し、アルベールはリーゼファラスの攻撃後の隙を狙おうとして――その瞬間、地面に墜落した水晶が一気に爆発し、その破片を周囲へと飛散させていた。

それを成したのは、他でもないカインだ。彼は水晶塊へと弾丸を撃ち込み、その内部から水晶を爆散させていたのである。

例え破片になったとしても、そこに込められた物はリーゼファラスの持つ拒絶の意志――その破片一つ一つが、アルベールの腕にとっては強烈な毒となるのだ。

飛び散る破片と、それによって水晶化して行く漆黒の腕――その合間を縫うようにして、黒衣の死神が駆ける。



「おおおおおおおおッ!」

「は、はははっ!」



 巨大な破片が雨のように降り注ぐ中、カインの振るう漆黒の大鎌と、アルベール本人の闇を纏った腕が交錯する。

抹殺と消滅、互いにこれ以上ないほどの撃滅の意思を込めた力がぶつかり合い、地を砕くほどの衝撃が周囲へと駆け巡る。

その中心で睨みあう二人は――どこか対照的な表情を浮かべていた。



「そう、そうだよ、これでこそだ! 僕と君たちの戦いは、こうでなくちゃならない!」

「戯言を……いつまでもほざいてんじゃねぇぞッ!」



 互いに武器を弾き、そして次の瞬間には再び激突する。

互いに全霊、小細工も技術もない、ただ全力の一撃を叩きつけるだけの応酬。

余計なことを考えれば、その瞬間に押し切られてしまうだろう。超越者同士の戦いは、互いの意志の押し付け合いだ。

意志で負けてしまえば、その瞬間に敗北が確定する。

故に、絶対なる撃滅の意志を込めて、カインはその大鎌を振るっていた。

二つの漆黒がぶつかり合うたびに、世界が砕けんばかりの衝撃が周囲へと走り、カインとアルベールは同時に攻撃を弾かれながら尚も食い下がる。

攻撃を振るうたびに、二人は込める力を更に増大させ――その刹那、アルベールの背後に黄金の光が揺らめいていた。



「――っ!?」

「彼を独り占めされるのは、不愉快ですね」



 放たれる拳に、アルベールは即座に反応して攻撃を弾く。

リーゼファラスの攻撃も十分すぎる力の密度を持って放たれていたが、攻撃力の面で劣るリーゼファラスではアルベールに直接命中させない限りダメージにはなりえない。

だが――それでも、隙を作るには十分すぎた。



「喰らい、やがれッ!」



 動きを止めたアルベールへと放たれる、極限の“死”が込められたカインの大鎌。

瞬間を追うごとに力を増していっているカインの一撃は、何の抵抗もなくアルベールの首を切断し、爆ぜる黒い刃の衝撃が両断された体を消し飛ばす。

魂すらも消滅させる程の、強大極まりない“死”の顕現。

そのれだけの力を直撃させることに成功し――カインとリーゼファラスは、瞬時にその場を飛び離れていた。

そして、そんな彼らのいた場所へ瞬きの間すらなく叩きつけられる漆黒の腕と、その中心に現れる少年の姿。



「ちッ……やはり、力の供給源がある限り無意味か」

「続けていればいずれは枯渇するでしょうが……その前に、私たちが力尽きますね」

「だろうな。まぁ――」



 大鎌を肩に担ぎ、カインは僅かに口元を歪める。

――普段と変わらぬ、不敵な笑みで。



「――やってやれんこともない、だろうさ。俺たちの持つ全てがあればな」





















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