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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
129/135

127:新たなる上位神霊












「が、ッ……ぅォオオオオオオああああああああッ!」



 大鎌の柄から伝わる莫大な力。それは、現在過去未来、全てに存在する“死”の概念。

カインはこれまでの生で、数多くの“死”をその身に取り込んできた。

“死”を受け入れ、“死”こそが救いであると信じたカインの性質――それがあるからこそ、カインはこれまで多くの“死”を取り込み、その上で生き続けることができていたのだ。

カイン以外の存在であるならば、その重みに耐えられるはずがない。

超越者であるリーゼファラスが、たった一つの“死”を取り込んだだけで大きく消耗したことからも、カインの特殊性が分かるだろう。


 だが、“死”に対する適正があるカインであろうと、限度がある。

数千、数万とカインが取り込んできた“死”。その総量が、塵芥にしかならぬ膨大なまでの奔流。

それに己の肉体を、魂を蹂躙され、しかしそれを余すことなく飲み込みながら、カインは己を苛む苦痛に耐え続けていた。

意志で負ければ、その時点でカインは“死”に飲み込まれるだろう。

例え超越者と言えど――無数の“死”と共にあるカインといえども、そうなれば滅びの道は免れない。

或いは、全く別の存在と成り果ててしまうのか。それは分からないが、少なくともカインという人格が消滅してしまうことに間違いはないだろう。

故に、カインは全力でこの力に抗い、そして己の物にしようと必死の制御を続けていた。


 莫大な力の顕現を前に、リーゼファラスは思わず息を飲みながらもアルベールの警戒を続ける。

下手な横槍が入れば、カインは“死”に飲み込まれてしまうかもしれない。

それだけは許すわけにはいかないと、リーゼファラスはアルベールによる攻撃に警戒しながら控えていたのだ。

だが、一人立ち続けているアルベールが、行動を起こすような気配はない。

彼はただその場に立ち尽くし、そしてどこか楽しそうな表情を浮かべながらカインの様子を観察していた。

カインの力の増大を歓迎しているのか、はたまた別の理由があるのか――それは分からないが、彼にカインを攻撃する意思がないのは、リーゼファラスにとっても僥倖だった。



「しかし……っ」



 背後に庇ったカインから伝わる、恐ろしいほどの“死”の気配。

その内の一つを取り込んだリーゼファラスだからこそ理解できる。あれは間違いなく、ありとあらゆる超越者を害し得る力になることを。

そこに存在する限り、例え不滅の存在であろうとも、終焉の時は訪れる。

彼の力は、その瞬間を操るものに他ならない。

あらゆる存在に終焉をもたらすその力ならば、確かにアルベールにも通じることだろう。

だが、それをカインが操りきれるかどうかはまた別の問題だ。



「があああああああああああああああ……ッ!」



 体を砕かれようと、痛みを感じる様子すら見せなかったカインが、初めて発する苦痛の声。

それは紛れもなく、魂が軋み、存在が書き換えられようとしているが故の痛み。

到底耐えられるものではない。だが、カインはそこから一切逃げようとすることなく、その痛みを受け入れ続けていた。

そしてそれと共に、リーゼファラスの力もまた、ゆっくりと膨れ上がり始める。

彼女の力は、自分にとって理解者と言える存在に大きく影響を受ける。

リーゼファラスは、己の理解者を求め、その存在を護りたいと強く願っているのだ。

故にこそ、彼女の権能は盾としての役割を有しており――その護るべき誰かに劣るようでは、意味がないのである。



「これほどの力……! カイン!」



 膨れ上がる己の力を感じ取り、リーゼファラスは息を飲む。

一体今のカインにどれほどの負荷がかかっているのか、それを完全に理解してしまったためだ。

荒れ狂うこの力を制御するには、今のカインだけでは足りない。

だが、リーゼファラスが手を貸すことも不可能だ。護るための力では、カインの内側にまで干渉することは出来ない。

しかし、それでも、リーゼファラスはアルベールが攻撃の意思を見せようとしないのを確認すると、吹き荒れる“死”の気配を堪えながら、カインの傍へと近づいていた。



「カイン、カイン! 聞こえますか、カイン!」

「ぐっ、ぁぁあああああ!?」

「くっ、このままでは……!」



 接近したカインの気配は膨れ上がり、今にも内側から弾けてしまいそうなほどに張り詰めている。

アルベールからの攻撃もないが、このままでは制御を失い砕け散るのも時間の問題だろう。

この荒れ狂う力を制御しなくてはならない。だが、方法は――



「……ある。たった一つだけ……でも」



 成功の目が存在するかどうかも分からない、不利にもほどがある賭け。

だが、それ以外に方法がないこともまた事実であった。

リーゼファラス自身にも大きなリスクが存在し、失敗すれば二人まとめて滅びてしまう可能性もある。

土壇場における危険すぎる賭けにリーゼファラスは歯を食いしばり、拳を握り締める。

失敗すれば終わり。世界の命すらもかかっている、勝ちの目が殆ど見えていない大勝負。

けれど――リーゼファラスの瞳には、確かな決意の炎が灯っていた。



「どちらに負けても、同じこと。ならば、私も戦います、カイン……!」



 持ち上げた右腕。その腕を、水晶の外殻が覆っていく。

あらゆる干渉を防ぐ力を有した、絶大なる能力の発現。

だが、今現在カインの身に流れ込んできている力の総量は、それを遥かに超えるほどのものだ。

今現在もリーゼファラスの力は上昇し続けているが、それでもカインの力には及ばない。

だが、やらねばならないだろう。極限まで力を集中させたリーゼファラスは――その腕を、カインの胸のへと突き立てていた。



「ぐっ……ッ!」



 強固な水晶に覆われた右腕――だが、その水晶が削り取られていく感覚に、リーゼファラスは思わず呻き声を上げる。

更に、そんな彼女の腕を襲っているのは、まるで氷の中に手を入れたかのようにも感じる刺すような冷たさだ。

直感的に理解する。これは、人が触れていいものではない。すぐにでも離れなければ、この闇の奔流へと飲み込まれてしまう。

だが――それでも、リーゼファラスが退くことはなかった。

幸い、カインが拒絶反応を起こしている様子は無い。リーゼファラスが突き入れた腕にも、痛みは感じていないようだ。

余計な反応を示されないならば好都合だと、リーゼファラスは常時全力で力を供給しながら、カインの胸の奥へと腕を突っ込んでいく。

底が見えない、まるで深い海の底へ手を伸ばそうとしているかのような不安。

だがそれでも、リーゼファラスはその手を伸ばし――そして、その腕の先へと意識を集中しながら声を上げていた。



「聞いて……お願い、聞こえてくださいッ! このままでは、私だけでは駄目なんです! 彼を救うには、カインを護るには……だから、お願いです。目を覚まして!」



 リーゼファラスは、ただ声を張り上げる。苦痛に叫ぶカインに負けぬように、その声をかき消されないように。

戦うだけの自分では、彼の魂を救うことはできない。少なくとも、今はまだ。

それを自覚しているからこそ、リーゼファラスはそれを可能とする者へ向かって告げていたのだ。

かつて彼を救い、彼を形作った一人の人物。彼女の持つ力ならば――



「起きない、ならば……無理やりにでも、目を覚まさせ、ます……っ! いいん、ですか! 《安寧の聖女》!」



 叫び、告げる。かつて、カインが己の内側へと取り込んだ同胞へと呼びかける。

リーゼファラスも、彼女の存在は知っていた。同じく欠片の力を持つ人物であり、いずれは同じ領域に立つかもしない人物であると認識していた。

だが彼女は死に――そして、その代わりにこの死神が生まれたのだ。

今のリーゼファラスは、彼女に対して深い感謝の念を覚えている。

彼女がいたからこそ、今のカインがあるのだ。そうでなければ、リーゼファラスは全てを失っていたかもしれない。

今、目の前にはカインがいる。失いたくないと願う、己の理解者が。

その命を、魂を護るためにも――



「だから、さっさと――」



 深く突き込んだ腕、削り取られる水晶の外殻――この黒き刃の群れに侵食されれば、リーゼファラスとて命は無い。

強固な防御力を誇る《戦姫の衣》すら、容易く引きちぎるだけの力を有していることだろう。

時間が無い。この力が削り取られる前に、この声を届かせなくてはならない。

自らの力では成し遂げられない無力、誰かに頼らねばならない悔しさ、そして“死”を間近に感じる恐怖――それらをまとめて味わいながら、リーゼファラスは半ば罵倒するように声を荒げていた。



「目を、覚ませぇッ!」



 叫び、告げて――更に深く、リーゼファラスは手を突き入れる。

そしてその瞬間、彼女の指先には、細く硬い感触が伝わっていた。

カインの持つ《永劫アイオン》とはまた異なった、どこか安心するような力を放つ剣。

それを感じ取った瞬間、リーゼファラスはその剣へと己の力を流し込んでいた。

告げる思いは唯一つ――カインを救わないことは、絶対に認めない、と。


 瞬間――弾けるような白い光が奔流となり、リーゼファラスをその場から弾き飛ばしていた。



「く、ああっ!?」



 大きく飛ばされ、それでも何とか体勢を立て直して起き上がり、リーゼファラスは視線を上げる。

右腕の水晶がぼろぼろと剥がれ落ちていくのを感じながら、しかし右腕の無事を確認することも無く、彼女はカインの姿へと視線を向けていた。

大鎌を突き立て、流れ込む力に叫び声を上げていたはずのカイン。

今の彼の前には――白く輝く一振りの直剣が、独りでに浮遊しながらたたずんでいた。

カインへと流れ込んでくる“死”へと、その輝きを向けている白き剣。

他でもない、それを目にしたカイン本人が、大きく驚愕の表情を浮かべていた。



「ネル……? これは、お前、なのか」



 カインの声の中に、苦痛の色は無い。

大量の“死”が流れ込むことによる圧迫感は消えていないものの、魂を軋ませる苦痛は既に消え去っていた。

それは偏に、この白い剣がカインに流れ込んでいる荒れ狂う“死”に対し、《安寧》を与えているからに他ならない。

多くの“死”は、無念や恨みの感情を伴うものだ。それは非常に強い感情であり、その思いの強さの分だけ“死”による負担は大きなものとなる。

白い剣は、その強い思いを慰めているのだ。


 ――安らぎを与える力、《安寧フリーデン》。


 あらゆる人を慈しみ、癒し続けた《安寧の聖女》ネルの有していた欠片の力。

それが今、カインに流れ込む無限の“死”を癒し、カインへの負担を極限まで押さえ込んでいる。

今なお流れ込み続けている“死”を抵抗無く受け入れながら、カインは――その口元に、小さな笑みを浮かべていた。

いつものような皮肉った表情ではなく、どこか少年のような淡い笑みを。



「全く……過保護な女だ。未だに、覚えてたって訳かよ」



 軽く、苦笑交じりの言葉を呟く。白い剣は、まるでそれに応えるかのように、ゆっくりと揺れながら光を放っていた。

その様子に再び笑みを浮かべ、カインは顔を上げる。

未だ、多くの力が流れ込んできている。だが、その終わりが近いことも、カインは気が付いていた。

膨れ上がる魂と、それに影響されて変異していく肉体。

漆黒のコートは、普段のようなボロボロの様相ではなく、きちんと整えられ白い紋章が縁取りのように浮かび上がる。

“死”を想い、“死”を司る二つの権能。その力を併せ持ち、カインは真実死神としてそこに立つ。

そんな彼は、大鎌を握らぬ左手を差し出し、リーゼファラスへと声をかけていた。



「来いよ、リーゼ」

「え……?」

「お前一人、残して行く訳にはいかねぇからな。二人で始めようぜ、最も新たな上位神霊ってやつを」



 カインの言葉に、リーゼファラスは目を見開く。

理解していたのだ。カインが行ったことの行く末が、一体どのようなものであるか。

世界と繋がり、この世界の概念の一部となること。それが二度と戻れぬ道であることは、リーゼファラスも重々承知していた。

だが――それでも、立ち止まっている暇など無い。

既に走り始めてしまったのだ。元より、戻る選択肢などありはしない。

ならば――



「ええ……そうですね、カイン。その通りです」



 リーゼファラスは笑い、立ち上がる。

ならば、あとは走り抜けるだけだと、そう呟いて手を伸ばし、カインの手を取る。

瞬間――かちり、と。歯車が填まったかのような錯覚と共に、世界は動き始めていた――





















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