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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
128/135

126:今、軋む世界へと












 黒き腕が、カインの体を握り潰そうと振り下ろされる。

いや、あれは蛇の顎だろうか。大きく広げられたその漆黒の物体が狙うのは、ひたすらに空間を駆けるカインだ。

距離を殺し、空間を殺し、あるいは襲い掛かる黒き腕を殺し――それでもなお、カインは前へと進む。

己の不死性は理解している。並大抵の攻撃を受けたところで、己が滅びるなどとはカインも考えていない。

けれど、この攻撃は別格だ。再生できないことはないだろうが、ダメージは確実に蓄積する。

それは即ち、魂への――そして、展開しているこの超越ユーヴァーメンシュの世界へのダメージに他ならない。

今現在カインたちの周囲に広がるこの世界は、カインたちそのものであると言っても過言ではないのだ。

超越ユーヴァーメンシュはその使い手である超越者の本体。この世界を完全に破壊された時こそが、彼らの滅びる瞬間なのだから。



(だって言うのに、こいつは――!)



 どれほどの攻撃を叩き込み、どれほどの“死”をその身に押し付けただろうか。

加速する感覚の中では、戦いも、攻撃の密度も、それまでとは段違いなほどだ。

数え切れないほどの戦場を渡り歩いてきたカインからしても、『激しい』としか形容の出来ない戦い。

初めて自らの命を、魂を削る感覚を覚えながら、それでも。



(こいつの世界の、果てが見えない……ッ)



 どれほどアルベールの力を破壊し、そしてアルベール自身とその世界へ攻撃を叩き込み続けている。

しかし、そうであるにもかかわらず、アルベールの力が減衰している様子がまるで感じられないのだ。

カインの世界とリーゼファラスの世界は、少しずつではあるものの、その規模を減少させていっている。

それも当然ではある。どのような形であれ、カインたちが使っている力も、プラーナと言う燃料を燃やすことによって得られているのだ。

普通の人間に比べて遥かに多いプラーナを持つ超越者といえど、その量には限りがある。

戦い続けていれば、疲弊するのは当然なのだ。


 食らい付く漆黒の腕。百近くあるであろうその攻撃手段は、例え破壊したとしても新たなものが形成される。

その再生には力を消費しているはずなのだが、アルベールの薄い笑みは崩れない。

漆黒の腕を斬り払い、黒き刃の翼で宙を駆け、弾丸の炸裂で加速する。

世界よ砕けよとばかりに渾身の力を込めて放たれた一撃――極限の“死”が凝縮された大鎌はアルベールの体を容易く両断していた。

だが、その姿も一瞬の内に元へと戻る。薄い笑みを浮かべた滅びの姿は、変わらぬまま。



「分かっているだろう、カイン」

「何……!?」



 囁くように告げてきた声。放たれた攻撃を大鎌で弾き返しながら、カインは呻く。

近い距離で嗤うアルベールは、その光を反射しない瞳をカインへと向けながら――どこか見透かしたように、その言葉を告げていた。



「どうすれば届くのかなんて、知っているんじゃないのかな?」

「ッ……テメェは、本当に」

「ああ、僕はそうしている。そうでもなきゃ、あんな大言壮語は出来ないさ」



 その言葉と共に、再び放たれる漆黒の腕。

カインを囲い込み、押し潰そうとする攻撃は、幾重にも重なって殺到する。

舌打ちと共にそれを迎撃しようと構え――その前へと割り込んできたのは、黄金の輝きを纏う影だった。

戦姫の衣を身に纏い、その髪を僅かに発光させているリーゼファラスは、襲い掛かる無数の腕へと両腕を広げる。

その瞬間、発生したのは無数の水晶の盾であった。

殺到するアルベールの攻撃を次々と受け止める盾たちは、軋みを上げながらも揺るぎなくカインたちを護る。



「カインッ!」

「あいよ!」



 そしてリーゼファラスの言葉に対し、カインは即座に応えていた。

跳躍と共に薙ぎ払われる巨大な大鎌は、強大なる“死”の力を周囲へと向けて吐き出す。

破壊に優れるカインの力は、殺到してきていた漆黒の腕の数々を、その一撃によって打ち砕いていた。

追撃がかかる前にすぐさま距離を開け、カインとリーゼファラスは構えなおす。

例え多くの腕を破壊したとしても、それすらもすぐさま復活してしまうのだ。

故に、今この瞬間すらも気を抜くことは出来ず、カインは自らの能力を利用してリーゼファラスと共に退避していたのだ。

自分たちが一瞬前までいた場所が押し潰される様を確認しつつ、カインは舌打ちと共に呟く。



「くそッ、あの再生力の大元を絶たない限りは同じことか」

「やはりあの《渦》の力でしょうけれども……完全に融合していますよ。切り離すことは困難です」

「分かってるよ……」



 アルベールの絶大な力は、偏にカインたちと同じ超越者の力と同時に、《奈落の渦》の力をも有していることが原因だ。

魂を食らう性質を持つ《渦》の魔物たちからかき集めた魂を燃料に、その超越ユーヴァーメンシュの力を操っている。

碌にプラーナを持たない雑魂であろうとも、数が揃えば巨大な力にもなりうる。

莫大な力を放ちながらもそこが見えない理由は、《奈落の渦》から魂の供給を得ているからに他ならないだろう。

超越者たちの戦いにおいて、力の総量は戦いを左右する大きな要因となる。

現状、総量で劣るカインたちは、不利な立場に立たされているといわざるを得ないだろう。



「リーゼ、率直に答えろ。他の方法は分かってるな?」

「……はい。私たちの力の総量を、底上げすること……ですが、それは」

「後には引けないってことだろ。分かってるよ、俺だってな」



 肩に担いでいた大鎌を構えなおし、カインは小さく嘆息を零す。

戦意は衰えない。目の前にいる怨敵への殺意は、未だ一部たりとも減衰はしていない。

だが――方法がなければ、力が届かないこともまた事実なのだ。

力の総量で劣るならば、自らの力を底上げすればいい。カインも理解している。そして、その方法が無いわけではないことも分かっているのだ。

だが、当然ながら高いリスクも存在している。

――それを実行して己自身の狂気を保てる自身は、カインにもなかったのだ。



(力の規模が、桁が違う……それを成した時、奴を倒すための自我が存在しているのか?)



 予想は出来ない。踏み込む先は、現状では理解することすらも不可能な領域なのだ。

例えアルベールを倒すことができたとしても、自分自身が全てを滅ぼす存在となってしまっては意味がない。

だが――カインがやらねばならないことも、また事実だ。



「他人を力の核としている私では、踏み出すことは出来ません……ですが、カイン」

「分かってる。分かってるさ」



 武器を構え、カインは呟く。

リーゼファラスでは出来ない。否、実質的にいえば不可能ではないのだが、他者に寄り添うことで力を発揮するリーゼファラスでは、自らの意思で力を増すことが難しいのだ。

カインがやらなくてはならない。現状、それ以外の方法など見えていない。

そして――躊躇しているような暇も、アルベールが与えるはずもない。



「迷うかな? まあ、どちらでも構わないけどね」

「ち……ッ!」



 降り注ぐ漆黒。まるで、天蓋を覆う巨人が腕を振り下ろしてきているかのように、無数の攻撃がカインたちを襲う。

防御することは不可能ではないが、足を止めてしまえばジリ貧になるだけだ。

例え防げたとしても、リーゼファラスの力は少しずつ削られてしまうのだから。

リーゼファラスを抱えたまま、カインは空間を殺し、駆ける。

捕まるわけにはいかない。そうすれば、一気に消耗してしまうことは間違いないのだ。

正面から襲い掛かってきた腕を切り払い、崩壊する腕を足場としてさらに跳躍し、カインは翼を羽ばたかせる。

迎撃し切れなかった攻撃をリーゼファラスが防ぎ、それらを潜り抜けるようにカインが駆け――地面の下で気配が盛り上がったことに気づいたのは、その次の瞬間だった。



「――――っ!」



 超越ユーヴァーメンシュの力によって変異しているはずの地面を易々と貫きながら、漆黒の腕はカインを握りつぶそうと盛り上がる。

対し、瞬時に反応したカインは翼を大きく羽ばたかせ、真上へと飛翔していた。

だが、腕は大きく伸び上がると共に、カインたちを包み込もうとその手を広げる。

リーゼファラスならば防御できるだろう。だが、カインは察知していた。

彼らの周囲で、多くの腕が攻撃をしようと待ち構えていたことを。



(捕まれば、集中攻撃を食らう……リーゼでも防ぎきれない、これは……!)



 咄嗟に大鎌を振るうが、腕を破壊するにはそれなりの力を込めることが必要だ。

この一瞬だけでは、その迎撃に間に合わない。それを理解しながらもカインは武器を振るい――その瞬間、腕は炎と雷に包まれて灰燼と帰していた。

その事象に、そして何よりも、その力から感じた気配に、カインとリーゼファラスは目を見開く。

そしてその結果は、アルベールにとっても驚愕に値する内容であった。



「まさか、倒してしまったのか……思ってた以上だった、ってことかな」



 周囲から殺到する腕を躱し、その場から退避しながら、カインはアルベールの呟きを耳にする。

そして、同時に理解していた。今の腕は、外にいた《将軍ジェネラリス》であるメデューサと繋がっていたのだと。

更に――そのメデューサは、ウルカとミラによって討ち取られたのだと。



「く、はは」



 小さく、笑みを零す。自分は一体、何をやっているのかと。



「カイン、今のは……!」

「ああ、分かってる。全く、我ながら女々しいもんだ」



 背負うものが増えたためか、あるいはもっと他の理由か。

何が理由かなどはどうでもいいと、カインは胸中で吐き捨てる、

自分らしくない――踏み込むことを恐れるなど、自分の流儀に反するのだ。

それに――ここで踏み込まなければ、おそらくウルカとミラは死ぬだろう。



「あんなガキ共が、命捨ててまで体張ってんだ。だったら、俺が手を拱いている訳にもいかねぇだろ」



 たとえ《将軍ジェネラリス》を倒すことができたとしても、《渦》の魔物を駆逐することは叶わない。

《神威転身》を使い、力尽きてしまった二人では、ただの魔物ですら倒すことは難しいだろう。

アルベールを倒さなければ、そして《渦》を構成している力をあるべき形に戻さなければ、ウルカたちの運命は決まっているようなものだ。



「“死”は、全ての救いだ。だが、あいつらはまだ若い。“死”の安寧に身を委ねるには、まだまだ早すぎる」



 だから、と。カインは呟き、視線を上げる。

漆黒の空間に立ち、薄い笑みと共にその視線を見つめ返しているアルベール。

変わらない。世界のためではなく、己のためにのみ戦うその意思は。

未来ある若人たちに、無意味な“死”を与えないために――



「いいぜ、やってやる。見ておけ、アルベール……これが、死神オレだ」



 ――カインは、その大鎌を『世界』へと突き立てていた。

自らの能力を深く、このウェーハスハールと言う世界そのものに接続する。

それは即ち、この世界に対して自分自身を同化させることに他ならない。

世界と密接に繋がり、己自身世界の一部に、あるいは世界そのものを己の一部にした超越者。

それは管理者と――この世界においては、上位神霊・・・・と呼ばれる存在に他ならない。

天空を統べるジュピターと同じように、世界に存在する概念の一部を己の支配下に置いた存在だ。


 そして、カインの場合――司る概念は、“死”を置いて他にない。



「この、世界の……総ての“死”は、俺のものだ」



 それは即ち、この世界の現在、過去、未来、総てに存在する“死”を吞み込むこと。

“死”は全ての生物に共通して存在する概念だ。いかなる生物であろうとも、“死”は必ず、平等に訪れる。

それが例え、無数の選択肢の果てに細分化した可能性の世界であろうとも、“死”と言う運命からは逃れられない。

故にカインは、現在と過去のみならず、未来に存在する“死”すらも呑み込むことが出来るのだ。

だが――



「ッ、ぐ……があああああああああああああああああああああああッ!!」



 その規模は、その量は、カインがこれまで取り込んできた“死”の総量が霞んで見えるほどのものだ。

大鎌を伝わり、カインの体に、魂に流れ込む無限の“死”。まるで体を磨り潰されるような苦痛に、カインは思わず絶叫を上げていた。





















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