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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
127/135

125:輝きの雷霆












『――言った筈じゃぞ、ミラよ。それは使うなと』

「はい、分かっています、覚えています」



 ミラは細く、長く、息を吐き出す。

目の前で繰り広げられている戦いを、一瞬たりとも見逃さぬように集中しながら。

まるで、瞬きすらも許さないと言うかのように、じっと目を見開いて。

そして――それと同時に、己の力をゆっくりと、練り上げながら。



「使わないつもりでした。使わないに越したことはないのです。私だって、分かっているんです。でも――」

『死ぬぞ、分かっておるのか?』

「……」



 脳裏に響くジュピターの声に、ミラは沈黙を返す。

理解はしている。ここで全力を発揮すれば、最早後がないことは。

例えメデューサを倒すことができたとしても、残る力では《兵士ミーレス》と戦うことすら難しいだろう。

全力とは、《神威転身》とは、それほどまでに強大な力なのだ。

だが、それでも――



「ジュピター様。あの子は……いえ、彼は私を護りたいと言ったんです」

『ならば、お主は力を使うべきではないのではないか? あ奴の願いに反する行為じゃろう』

「そうですね、分かっています。でも……私も、同じ思いなんですよ」



 告げて――ミラは、ゆっくりと剣を持ち上げる。

己の内側に宿る銀の炎を、意識するようにしながら。

いくつもの戦場を共にしてきたレイピアは、ゆっくりと頭上へ向けて掲げられていた。



「私も彼を護りたい。このまま、彼一人に戦わせることも、彼を犠牲に生き延びることも、私は望みません。それに、逃げる程度なら何とか力を残すつもりですから」

『……お主は本当に、一度言い始めたら聞かないのう』

「そういう人間を選んでいるのはジュピター様の方でしょう?」

『違いない』



 どこか、苦笑するような主神の声音。

それを頭の中で聞き届けながら、ミラは切っ先の向かう天空へと視線を投げる。

ウルカの一撃を受け、暴走を開始したメデューサは、《神威転身》を発現したウルカとも互角以上の力を発揮している。

《神威転身》は、言ってしまえば一時的なブーストだ。長時間保たせることは不可能であり、発現が終了してしまえば行動不能に陥ってしまう。

つまり、互角の戦闘を行わなければならなくなった時点で、ウルカの負けなのだ。

だからこそ、このまま放置するわけには行かない。

理屈よりも、言葉よりも――想いだけが、先行する。初めて抱くその想いに、ミラは小さく笑みを浮かべていた。



「ジュピター様」

『何じゃ、ミラよ』

「私は、諦めません。だから、祈っていてください」

『ふん……馬鹿者め』



 小さく交わされる言葉は、長く共に在った者同士の信頼の証か。

普段よりも遥かに自然体で言葉を交わしている己自身に苦笑しながら、ミラは己の魔力とプラーナを限界まで練り上げる。

宿るは刃、そしてその切っ先が向けられている、無限に広がる天空。

果て無き空を支配するジュピターの力の全てを、ミラは望み、そして宣言する。



「――――《神威転身》」



 その刹那――天空より打ち下ろされた眩く巨大な雷霆が、ミラの刃の切っ先へと降り注いでいた。

まず感じたものは衝撃。視界を埋め尽くす青白い輝きと、全身を巡る痺れるほどの熱量。

けれど、それに苦痛は存在しない。ただただ、燃えるような熱さだけがそこにあった。

魂すらも燃やすような、感情を直接打ち据えているかのような、嵐の如き衝撃。

それを余すことなく己の内側へと取り込んで――そして、ミラは理解する。

己の身に与えられた権能を、その力の本質を、そして今の自分に何が出来るのかを。



「なら、やるべきことは一つ」



 弾き飛ばされたウルカへ、メデューサが突撃している。

引き伸ばされた感覚の中、スローモーションで動く世界を知覚して、ミラは強く地を蹴っていた。

刃で切り裂かれたかのように、ミラの前を不可視の通路が発生する。

そこへと足を踏み入れて――ミラは、瞬時にメデューサへと肉薄していた。

平時であれば到達するのに三秒以上を要した距離を刹那の間に踏破したミラは、輝く光を纏う蹴りで頭の欠けたメデューサを弾き飛ばす。

それと共に身に纏う――否、身そのものである雷によって相手を焼いたミラは、電位差のトンネルを潜り抜けたその場に立ち、軽く息を吐き出していた。

そんな彼女の姿を見上げ、呆然とウルカが呟く。



「ミラ、さん……?」

「悪いわね、ウルカ。後々苦労しそうだけど……こいつは、ここで倒すわよ」



 切り札を切ってしまった以上、後戻りをすることはできない。

故に、ここで叩き潰す――この街ごと、全てを。

雷の爆ぜる体で振り返り、ミラは先ほど蹴り飛ばしたメデューサの方向へと視線を向ける。

輝きに焼かれたはずの《将軍ジェネラリス》は、しかし何事も無かったかのように起き上がり、ミラへと攻撃の意思を向けてきていた。

雷速で叩き付けた『質量ある雷撃』。だがその威力でさえ、メデューサを行動不能にするには足りない。

――故に、ミラは判断する。



「簡潔に言うわ。私にあれを倒すだけの火力は無い。だから――」

「僕が、それを用意しろってことですね?」

「ええ、頼んだわよ」



 時間が無い。《神威転身》を使ってしまった以上、勝機はその効果が続いている間しか存在しないのだ。

故に、ただ単純に言葉を告げ、ミラは進む。

交わしたい言葉もある、伝えたい思いもある。だが、今はその時間すらも惜しいのだ。

何故なら、自分一人ではあの化け物を倒すことができないから。



「本当なら、こんな行き当たりばったりの戦法なんて取りたくないのだけど――」



 初めて使う力で戦うなど、ミラの感覚からすれば不安しか残らない。

だが、習熟するだけの時間が無かった以上、仕方のないことではある。

少なくとも、《神威転身》の使い方については直感的に理解することができた。

ならば、後はそれを何とか使いこなす以外に道は無い。



「――やるしかないわね!」



 覚悟を決め、ミラは地を蹴る。

ジュピターの《神威転身》によってミラに与えられた力は、ウルカのそれよりも複雑なものだ。

あらゆる雷を操る力であることに変わりは無い。だがそれ以上に強力なのは、今のミラが人のみでありながら雷そのものと化している点だ。

瞬時に加速したミラは、一直線に貫くかのように刃で強襲する。

だが、メデューサが纏うものは強力な魔力のオーラ。ジュピターの力を全身に纏い、その浸食を受けないだけの鎧と貸しているミラも、相手の防御を完全に貫くことはできない。

だが、同時に相手の攻撃を受けることも無い。今の彼女は、人の体を持った雷そのもの。

雷の速度で移動するミラを、捕らえられるはずが無い。



「とはいえ、燃費は良くないみたいだけど……!」



 必要な分だけ炎を発し、それを刃へと変換するウルカと違い、ミラのそれは常に体全体――否、それ以上の広い空間に作用し続けている。

今のミラは雷そのものだが、ただそれだけで高速度の移動を完成させているわけではない。

電気が移動するのは、あくまでも電位差が存在するためだ。ミラは、自分の意思で電気の通り抜けるトンネルを作り上げ、その内部を一切の抵抗を無視して行動することが可能なのだ。

空気抵抗も、電気抵抗も無視する、ミラが移動するためだけの術式。

それを常時いくつも展開しなければならないため、魔力の消費が激しくなっているのだ。

とはいえ、泣き言と言っている暇は無い。今はただ――



「少しでも、力を削る……ッ!」



 質量を保ったまま雷光と化し、ミラは駆ける。

通常ならば身を遮るであろう空気抵抗も、自ら作り上げた不可視のトンネルの中ならば無視することができる。

秒間に200kmを踏破するその速度は、例えメデューサであろうと捉えきれるものではない。

今の彼女は、電位差のトンネルの中のみであるが、一切の障害を無視して目標地点へと駆けることができるのだから。


 雷と化して駆け、ミラは刃を振るう。

振るう刃は雷の速さで、赤黒い魔力のオーラを纏うメデューサへと突き刺さる。

だが、やはり纏う魔力を貫通するには至らない。

激しくスパークする刃も、その赤黒い魔力を僅かに削るのみであり、メデューサにダメージを与えることはできなかった。



(今は、それでも!)



 メデューサが魔力を滾らせ、その拳をミラへと振るう。

だが、遅い。圧倒的な身体能力を持つメデューサであったとしても、雷と化したミラには追いつけない。

振るわれる拳をしっかりと視認したミラは、その力で瞬時に相手の背後へと回りこんでいた。

放たれるのは、青白く発光する蹴撃だ。脇腹へと食い込んだ一撃は、メデューサの華奢な体を一撃で空中へと持ち上げる。

そうして宙へと打ち上げられた敵の姿を見据え、ミラは己の刃に指を這わせていた。



「雷霆よ――撃ち貫け!」



 強い撃滅の意志と共に放たれる雷の矢――否、それは柱と表現したほうが的確だろう。

普段ならば細い電撃の矢として顕現するはずの一撃は、今や巨大な雷の束となってメデューサに襲い掛かっていた。

目を眩ませる青白い輝きは、強大な破壊力と熱量と化してメデューサへと襲い掛かる。

だが、理解していた。これだけで倒せるほど、アルベールの力を有した彼女は甘くない。

故に――



「――雷霆結界ッ!」



 ミラは、今はなった雷そのものをエネルギーとして、己が自由に動き回れる球状の結界を形成する。

空中に打ち上げられたメデューサを中心とした空間。そこは、己が自由自在に動き回ることができる場所だ。

その内側へと、ミラは躊躇うことなく飛び込んでいく。

その瞬間――ミラは、結界の中を反射し続ける一筋の光と化していた。

この雷霆結界の範囲内ならば、ミラは任意の位置に電位差を発生させ、雷速を維持したまま移動し続けることができる。

秒速200kmの速度から放たれる攻撃の嵐は、さながら竜巻のようにメデューサへと襲い掛かっていた。



「はああああああああああああああああああッ!」



 無数に続く刺突と斬撃と雷撃。回避も反応も許さぬようなそのラッシュでさえ、メデューサはまるで反応しない。

与えられる傷はごく僅か。自動修復能力を持っている以上、倒しきる前に己が力尽きてしまうことは明白だ。

故に、少しでも時間を稼ぐ。相手に傷を回復させる時間を与えず、少しでも消耗した状態を維持させるために。

意思の光を感じず、けれど動いているメデューサ。

その仕組みが一体どのようなものなのかはミラにも分からないが、少しでも動けない状況を作る以外に道は無い。

自らの位置を悟らせぬよう常に移動しながら攻撃を加え続け――刹那、ミラはメデューサから発せられる魔力の高まりを感じ取っていた。



「――――っ!?」



 膨れ上がる、巨大な魔力。それと共に吹き上がる赤黒い魔力のオーラは、メデューサの全身を包み込み、雷霆結界の大半を埋め尽くしていた。

ミラは咄嗟に範囲内から飛び離れ、さらにトンネルを作り上げて距離を開ける。

いくら耐性があるとはいえ、あの内部で活動し続けるのは流石に危険だ。

それに――



「……剣の方の限界が近い、か」



 僅かながら侵食されているレイピアを見つめ、ミラは嘆息する。

あの戦闘を後数秒続けていれば、この剣も折れて使い物にならなくなっていただろう。

十分に名剣と呼べるだけの格を持った剣であったが、相性が悪いと言わざるを得ない。

ちらりと横へ目を向け、状況を確認し、ミラは覚悟を決める。



「仕方ないわね……それならまぁ、剥がしてあげるとしましょうか」



 メデューサに動きは無い。正確に言えば、徐々に魔力のオーラの領域を広げているだけだ。

果たして、あれがどこまで広がっていくのか。それは、想像すらも及ばぬことだろう。

だが、放置しておいて良いことがあるとも思えない。故に――



「見せてあげるわ。真なる雷、天すらも焼き尽くす雷霆を」



 魔力を、プラーナを捧げる。遥か天空へと駆け上がりながら、そこに在るジュピターの力をかき集める。

持てる全て、全力の一撃。メデューサの赤黒い魔力に対し、天空全てを青白く染め上げながら。

ミラは――刃を、振り下ろす。



「降り注げ」



 瞬間、無数の雷が、黒く染まるコーカサス全体へと降り注いでいた。

輝き、打ち砕き、そこに存在する魔物たちを余すことなく焼き尽くしていく。

だが、これはおまけに過ぎない。かき集めた力の余剰分を、こうして露払いに使った程度だ。

制御も完璧であり、一発たりともウルカの場所に落とすようなことはしていない。

――本番は、これからなのだから。



「そして――天の怒りを知れッ!」



 ミラの強い号令をかき消すようにして、乾いた棒同士を強く打ち合わせたかのような音が響く。

そして、その直後――一つの雷が巨大な光の柱と化し、メデューサをその魔力ごと飲み込んでいた。

やったことは単純だ。ただ、制御可能な全ての雷を叩きつけただけに過ぎない。

しかしその力は、かつてミラが使っていた広範囲の攻撃を一点に集めただけでもまだ足りない。

並みの《将軍ジェネラリス》であれば、ただそれだけで消し去る自信がある一撃。

その雷光の中へ――ミラは、自ら飛び込んでいた。



「はあああああああああああッ!!」



 巨大な雷の柱の中、自らもその流れに同化し、メデューサへと向けて突撃する。

雷光はメデューサの魔力を削り取り、極限まで加速したミラはその刃を敵へと向けて突き立てて――そのまま、地面へと激突していた。

無論、雷としての特性を得ているだけに、地面に落ちたところでダメージは無い。

だが――今の攻撃は正真正銘全力の一撃。もはや、余力は残されていなかった。

徐々に細くなり、霧散した雷の中、折れた剣を片手に何とか立ち上がったミラは歯を食いしばる。

――体の中心に折れた切っ先が突き刺さったままのメデューサが、ゆっくりと立ち上がろうとしていたが故に。

体は雷に焼かれ、先ほど以上に無事な部分など無い。だが、まだ動いている。まるでマリオネットのようにぎこちなく、だが確かな敵意を持って。



「く……っ」



 力を使い果たしたが故に、ミラに抵抗の手段は無い。

《神威転身》は既に解除され、ただ生身のミラがそこにいるだけだ。

起き上がったメデューサは、焼け爛れた顔をぐるりと巡らせ、黒く濁った視線をミラへと向ける。

ミラもまた、その姿から視線を外すことができずにいた。

よたよたと動き、焼けた喉からは音を発することも無く。それでもただ、悪意と怨嗟のみを垂れ流して。

ゆっくりと、その手が伸ばされ――



「――ありがとう、ミラさん」



 ――その声と共に、伸ばされていた腕は肘から先が消滅していた。

軽い衝撃と共に体を引かれ、ミラは目を見開く。傍にいたのは、見慣れた少年の姿。

ミラを庇うように抱き寄せたウルカの手にあったのは、白く輝く一振りの剣であった。

普段彼が使う大型の剣とは違う、ごく普通のサイズの剣。

けれど、そこに込められた力の巨大さは、先ほどミラが放った一撃よりもさらに大きいものであった。

それは、ウルカが操れる全ての炎を一点に集め、刃と化した一振り。

上位神霊ヴァルカンの作り上げた、最高にして至高の剣。



「神火の宝剣――これで、終わりだ」



 メデューサの動きに変化は無い。既に意識は無く、ただ与えられた命令に従って動くのみの人形だ。

ウルカはその悪意を、奥にある意思を睨み据えるように狙いながら、その刃を振り下ろす。



「跡形も無く、燃え尽きろ」



 その瞬間――メデューサの体は、その背後にあったコーカサスの街の三分の一を飲み込んだ巨大な白炎と共に、跡形も無く消滅していた。





















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