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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
126/135

124:創造の炎












 ――その瞬間、この世界に存在する全ての上位神霊契約者たちは、一人として残ることなくその気配を察知していた。

まるで世界が鳴動するような、強大なる力の発露。それは燃え尽きるほどに熱く、世界を焦がすほどの意志。

魔物が押し寄せる戦場と化したオリュークスで戦う者たちも、それを感じ取っていた。



「おー……これはびっくり」



 地下に掘られた穴の中、その闇の中に同化しながら、ザクロと呼ばれる上位神霊契約者は呟く。

闇の女王、冥界の女神、上位神霊プロセルピナの契約者。影に潜み、影を操る力を持つ彼女は、この闇に満たされた空間において無類の強さを発揮する。

現在、地上と地下の両側から攻められているオリュークスが戦線を維持できているのも、偏に彼女の力があってこそであると言えるだろう。

目立たないことは確かだが、彼女は都市の防衛をたった一人で半日以上請け負い続けることが出来る術者だ。

その力、その戦績は、下手をすれば歴戦のケレーリアにも匹敵する部分がある可能性も否定できない。


 そして、そんな彼女は――今この瞬間、己以上の力を発言した者の存在を察知し、小さな笑みを浮かべていた。



「ミラちん……じゃないねー、あの子か。ふむふむ、中々いい思い切り」



 影から発現した刃で地下に押し寄せる魔物たちを余さず斬り刻みながら、ザクロは納得したようにこくこくと頷く。

闇に同化した彼女を捕らえられるものは、同じくプロセルピナと契約を交わした存在のみだ。

安全圏から一方的に敵を血祭りに上げながら、より神霊に近い領域に身を置く彼女は呟く。



「面白い、面白い。もし帰ってこれたら観察しよう」



 今は遥か彼方で戦っている、二人の上位神霊契約者。

ザクロは、その二人が新たなる領域に足を踏み入れようとしていたことに、戦いの前から気づいていたのだ。

上位神霊プロセルピナは、滅多に契約者を作ることは無い。何故なら、彼女の能力に適応できる存在が、世界にもごく僅かにしか存在しないからだ。

光を通さぬ無限に闇、包み込まれれば心を蝕まれる果て無き深遠。それに対して完全に適応できる人間は、殆ど存在してない。

そしてザクロは、その数少ない適合者であり――神霊プロセルピナに近い感性を有している存在であると言える。



「どうなるかな、生きて帰ってこれるかな、楽しみだね」



 人にあらざる存在に近い感性を持つが故に、ザクロは気づいていたのだ。

強く揺るがぬ意志と、道を貫こうとする決意。上位神霊との同調が高まれば、《神威転身》は高い次元で発現する。

今、この力を発現している存在は、上位神霊と深く同調しているのだ。

その深さは――恐らく、教皇レウクティアよりも深い。



「楽しみだね……うん、楽しみ楽しみ。今後もずっと楽しみなんだから、生きていたらいいなぁ」



 影の少女はくすくすと笑う。

闇を纏い、深遠に身を沈め、人ならざる思いを抱きながら。

遠く感じる気配を手繰るように、さらに深き闇へと潜り込んでいった。











 * * * * *











 白金に軋む左腕。それは、肘から先だけで鎧を纏っているかのような、アンバランスな姿。

けれど、その内側は空洞だ。既に、ウルカの左腕は失われてしまっている。

断面こそ石化したままであるため、出血も無く行動に支障は無かったが――それでも、ウルカは強い喪失感を感じていた。

生まれてこの方ずっと使い続けてきた左腕を失ったのだ、それも無理からぬことではあるだろう。

だが、今この場でその事実に動揺し、動きを止めるつもりもなかった。



「……ここで、決める」



 炎で作り上げた左腕。白金の義手はただの金属の塊ではない。

本来の腕と同じように動かし、物を掴むことも可能だ。

そして、《神威転身》を発現したウルカの力は――



「全て、何もかも……お前には、譲らない」



 軋む白金の義手。炎から生み出された、ヴァルカンの権能。

腕を動かす感覚は、炎を操るそれと変わらない。炎から生み出した剣を握り、右手にはいつもと同じ刃を。

普段と変わらないスタイルではあるが、その力の質は比べ物にならない。

全身に炎を纏い、二刀を構え、ウルカは視線を上げる。

その先にいるメデューサは、全身から赤黒い魔力を漂わせ、ウルカに対し警戒を露にしている。



(そう、そうだ、僕を見ていろ……ミラさんに、攻撃なんかさせない。その為に――)



 魔力が、炎が揺れる。唸りを上げるような、強大極まりない力。

しかしそれを完璧に制御しながら、ウルカは強く地を蹴っていた。

刹那、それに反応したメデューサが、石化の魔力を弾丸と化して撃ち放つ。

ありとあらゆる物を、それこそ術すらも石化させる力を持ったメデューサの力。

一度石化すれば戻す手段は無く、ウルカの左腕も二度と元に戻ることは無いだろう。

故に、それを受ける訳には行かない。

正面から挑んだウルカに逃げ道は無く――故に、ウルカはそれを全て迎撃する。



「――『我が身は鍛鉄の焔』」



 するりと、まるで最初から知っていたかのごとく、聴きなれぬ言葉が口をついて出る。

その瞬間、ウルカの身からは炎が噴出し――それらが、全て刃となって形を成していた。

ウルカが呼び出したものは、ヴァルカンが作り続けてきた神器とも呼べる武器の数々。

剣があり、槍があり、斧があり――数え切れないほどの強大な武器が、この場に召喚されて牙を剥く。

そしてそれらは、ウルカの殺意と共に一斉に撃ち放たれていた。


 宙を駆ける武具の数々は、放たれた石化の魔力弾を一瞬の内に食い破り、メデューサへと向けて殺到する。

石化されるようなことは無い――それも、当然と言えば当然だろう。

ここに並ぶ武具の数々は、全てが上位神霊たるヴァルカンの作品なのだ。

力を込めた石化の光線ならばまだしも、数を放っているだけの弾丸程度で止められるはずが無い。

それでも、アルベールの力を与えられている以上、油断はできないのだが。



「はあああッ!」

「ッ……!」



 炎によって生み出された武具の数々の力に、メデューサは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

だが、それを黙って食らうほどメデューサも戦いに慣れていないわけではない。

弾丸が散らされたその瞬間から、メデューサはその場からの回避を行っていた。

彼女の立っていた場所には次々と刃が突き立ち、地面を焼き溶かすほどの炎を発する。

そんな炎の嵐の中を、放った本人であるウルカは当然のように走り抜け、メデューサへと刃を向ける。



「炎よ……刃よッ!」



 灼熱の炎を吹き上げるウルカの刃は、躊躇いなど無く一直線にメデューサへと向けて振るわれていた。

対するメデューサは、右手に魔力を集中させ、その反撃に手刀を振るう。

二人の攻撃は正面から激突し――爆炎と共に、同時に弾かれていた。

威力は拮抗している。それが故の結果だが、少なくとも状況は五分ではない。

何故なら、吹き上がる炎は、ウルカには一切痛痒を与えないからだ。



「断ち、斬れぇッ!!」



 炎を一切気にせずさらに踏み込み、ウルカは左の刃を振るっていた。

炎を踏み越え現れたウルカの姿に、メデューサは驚愕に息を呑む。

その隙は、今のウルカを前には致命的だった。

炎を宿す左の刃は目を灼かんばかりに燃え上がり、硬直するメデューサへと振り下ろされる。

刹那、炎は爆発的に燃え上がり――メデューサが、赤黒い魔力を全力で防御へと回す。

だが――それすらも容易く貫き、ウルカの放った炎は区画の一つを飲み込むほどの巨大な炎を発していた。

地面を赤熱させ、建物を消し飛ばし、かつて栄えていた街の一部を完全に破壊して――そこでようやく、ウルカの炎は収まっていた。



「はぁっ、はぁっ……ふぅ」



 急激な力の発現に荒れた息を整え、ウルカは改めて攻撃の惨状を確認する。

一区画を完全に焼き尽くした炎だが、延焼の気配はない。地面はマグマのように燃え上がっていたが、それ以外の炎は完全に制御し、消し去っていた。

攻撃の瞬間の爆発的な威力は制御しきれていなかったが、落ち着いた後の炎であれば全て支配下におくことが出来るのだ。

高まった自らの力を確認しながら、ウルカは再び視線を前へと向ける。

《神威転身》は発現しているだけで力を消費していくが、相手の状況を確認する前に力を途切れさせる訳には行かない。

小さく嘆息して足を踏み出し――



「――っ、刃よ!」



 ――背筋を駆け上った悪寒に従い、赤熱する地面を媒介として呼び出した大量の炎を刃と変え、自らの前方に無数に突き立てていた。

立ち並ぶ無数の刃はウルカを護るように展開され――その刹那、赤黒い閃光が刃へと向けて殺到していた。

莫大と言わざるを得ない、先ほどまでよりもさらに凝縮された魔力の本流。

それを源泉として作り上げられた石化の光線は、刃の群れに激突して強大なる魔力を発散っせる。

驚くべきは、ヴァルカンの作り上げた神器である刃の群れを、徐々にではあるが石化させていることだ。

能力越しにその感覚を察知しながら、ウルカは視線を細め前を見つめる。



(今の一撃を受けて、こんなに早く復帰した……? 確かに、腕ぐらいは斬り落とせた感覚があったんだけど)



 先ほどウルカが放った攻撃は、紛れも無く一切の手加減を抜かした全力の攻撃だった。

例え《将軍ジェネラリス》であるメデューサが相手であろうと、致命傷を与えられる自信があったのだ。

にもかかわらず、これほど早く復帰されたことに、ウルカは驚愕を覚えずにはいられなかった。

刃を石化されつつも防御は完遂し、生き残っていた刃を消し去って前方を見据える。

――そこで目に飛び込んできたものの姿に、ウルカは思わず息を飲んでいた。



「な……なんだよ、それ」



 そこに立っていたのは、紛れも無くメデューサだった。

幼い少女の姿をした《将軍ジェネラリス》。だが、その右腕は炭化した上に切断され、頭部も半ば焼け焦げて欠損している。

纏っていた衣服ももはや襤褸切れ以外の何物でもなく、下にある肌もまた焼かれ、焦げた跡を残すばかりだ。

――けれど、立っている。最早死んでいなければおかしい体で、急所を破壊されているにもかかわらず、変わらず動き続けていた。



「ぁ……ア……」



 口からこぼれる言葉は無く、ただ呻き声のような音を発するのみ。

けれど――それでも、メデューサは確かに立っていた。片方だけが残った瞳で、ウルカの姿を見据えながら。

そして次の瞬間、ふらついていた彼女の姿が、霞んで消える。



「っ、おおおおおッ!」



 石化した剣が砕け、ウルカは瞬時に状況を察知する。

起こったことは単純だ。一言で言えば、メデューサが石化した剣を砕きながら接近してきただけである。

だが、その動きの速さと鋭さは、先ほどとは比べ物にならないほどに高まっていた。

辛うじてその動きを見切ることが出来たのは、剣が砕ける瞬間を目にしたためである。

ウルカが振るった刃は炎を吹き上げ、振り下ろされたメデューサの拳を正確に迎撃する。



「ぐっ!?」



 腕に伝わった思いがけぬ重さに、ウルカは思わず呻く。

まるで箍が外れたかのように強大な身体能力を発揮したメデューサの一撃は、強化されたウルカですら拮抗するのが精一杯な威力だったのだ。

《神威転身》を発現していなければ、一方的に押し負けていただろう。

全力で攻撃を弾き返し、ウルカは歯を食いしばる。

一体どうしてこのような状態になったのかは分からないが、こうなっては一撃で仕留め切れなかったことが痛い。



(何だ、これは? 暴走……!?)



 攻撃を弾かれ、仰け反っていたメデューサは体勢を立て直し、再び先ほどと同じように姿が霞む。

ウルカは反射的に防御を固め――その一撃を受けきれずに、弾き飛ばされていた。

攻撃力だけならば拮抗する。だが、圧倒的にスピードが劣っているのだ。

動きから攻撃の着弾地点を予測することは可能だが、あまりにも速すぎるが故に回避も難しい。

幸い、欠損によりバランスが崩れているためか、一瞬停止するような動きがあるが――



(対応、しきれない……ッ!)



 地面に一直線の跡を付けながら着地し、苦い表情で敵を睨む。

それと同時にウルカが目撃したのは、既に攻撃態勢に入っているメデューサの姿だった。



「拙……!」



 回避は間に合わない、防御するには体勢が崩れ過ぎている。

死に体だ、全力で防御を重ねて対処するしかない。

そう判断した瞬間、メデューサの姿は消え――その攻撃が着弾するよりも早く、一筋の閃光が駆け抜けていた。



「――――!?」



 ウルカとメデューサの間に割り込むように放たれた光。

それは突撃途中だったメデューサを蹴り飛ばし・・・・・、その攻撃を妨害していたのだ。

そして、それを成すことができる人間は、たった一人。



「ミラ、さん……?」

「悪いわね、ウルカ。後々苦労しそうだけど……こいつは、ここで倒すわよ」



 全身から雷を迸らせ――否、まるで雷そのもののように輝きを発する彼女は、真っ直ぐと敵を見つめてそう告げる。

その身に宿る力は、紛れも無く《神威転身》の力そのものであった。





















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