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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
120/135

118:跳躍












「それで、もう準備はいいのか?」

「ええ。引継ぎは昨日の内に済ませたし、挨拶はきちんと交わしてきたからね。心置きなく戦場に向かえるわ」



 オリュークスの外壁から一歩外に出た、長く続く道を臨む場所。

始まりの場所へと立ち、昇る朝日に目を細めながらミラが告げた言葉に、カインは軽く苦笑していた。

彼女の言葉の中に、一切の迷いが存在しなかったために。

正面を見据えるミラの視線は、強い覚悟の中で僅かにすらぶれることはない。

そしてそれは、その外の面々に関しても同じことであった。



「しがらみの少ない俺やリーゼファラスはともかく……お前らには色々とあるだろうに」

「だからって、カインさんたちを二人だけで行かせるほど、付き合いは短くないつもりですよ」

「別に、死にに行くわけじゃないわ。勝って帰る……ただそれだけのことに、気負いすぎる必要もないもの」



 不敵に告げるミラは、果たしてそれを何処まで信じているというのだろうか。

今回の戦いが決死の作戦となることは、誰もが言われずとも理解していることだ。

魔物が相手であれば、例えどのような手段を用いられたとしても決して滅びることはないカインですら、そしてあらゆる力を防ぎ僅かな傷も負うこともなかったリーゼファラスですら、どうなるかは分からないのだ。

それほどにアルベールの力は強大であり、その眷属となった《奈落の渦》の魔物たちも強い力を有している。

油断すれば、あっという間に押し切られるだろう。これまでの戦いの中で、最も劣勢の状況に追い詰められていることは、最早疑うまでもない。

その状況下においては、例え上位神霊契約者といえども生き残ることは至難の業だろう。

けれど、ミラとウルカに絶望の色はない。自らの意志で、自らの足で、戦場へ飛び込もうとしているのだ。



「だから、カイン。私たちのことは気にしすぎる必要はないわ」

「リーゼさんも、カインさんと頑張って下さい。こっちは、危なくなったらちゃんと逃げますから」



 にこやかに告げる二人の言葉に、カインとリーゼファラスは顔を見合わせていた。

少なくとも、気負うような様子がないのは確かだ。二人とも自然体であり、非常にリラックスしていることが伺える。

戦いに向かうこの状況においては、最高の状態であるといっても過言ではないだろう。

少なくとも、緊張で動けなくなっているよりは遥かに危険は少ない筈だ。



「全く……貴方たちも頑固ですね」

「あら、知らなかったの? ま、とにかく後ろのことは気にせず戦ってきなさいな。ちゃんと、緊急手段は用意してるから」

「どちらかといえば、危険なのはカインさんたちの方ですしね。僕らは精々露払いですから、仕事だけちゃんとやって離脱します」

「……ま、その程度の方がいいだろうな。そこまで覚悟してるんだったら、今更止めはしないさ」



 言ったところで、二人が止まることはないだろう。

それに、アルベールの元へ辿り着くまで余計な消耗を避けなければならないことも事実だ。

ただの魔物程度ならばまだしも、メデューサのような力を与えられた魔物が相手となった場合、カインもリーゼファラスもただの攻撃で仕留めることは難しいだろう。

僅かな消耗が響くかもしれない現状では、非常に助かると言わざるを得ないのだ。



「さて……そんならまぁ、行くとするかね」

「でも、どうするのよ。コーカサスまでは結構あるわよ? その間にどれだけ襲撃を受けることか」

「行く前に消耗してしまうのは、流石に……」

「そんなもん、こうしてやりゃいいだけの話だろ」



 事も無げにそう告げて、カインは手に持った大鎌を縦一直線に振り下ろしていた。

刹那、カインの力が、大鎌より放たれる“死”の気配が唸りを上げる。

死神の権能、あらゆる存在の殺害権。その力は、カインの認識している物理的な事象にまで及ぶ。

その力を以ってカインが目標としたのは、目の前にある存在そのものであった。

即ち――



「『距離』を殺す、ただそれだけだ」



 自らと、目標の間に存在している『距離』の抹殺。

無論、断続的に存在している概念であるが故、その消失はほんの一瞬に過ぎない。

けれど、その僅かな間に、カインたち四人の姿は目標地点に到着していた。

あっという間に消えたオリュークスと、目の前に現れたコーカサス。

その姿に、ミラは驚きよりもまず呆れを覚えていた。



「……ホント、相変わらず無茶苦茶よね」

「今更だろ。リーゼがアウルの力を使っても同じようなことは出来るが、こっちの方が消耗は少ないからな。とりあえず、これでいいだろう?」

「ええ、問題はありません。ありがとうございます、カイン」



 最早いちいち驚くのも面倒だと、ウルカとミラは嘆息交じりに受け流す。

欠片を持つ者たちの強大さは今に始まった話ではないのだ。

驚いている暇があれば、進んだ方が益があるというものである。

そう胸中で呟き、ミラは軽く嘆息してから眼前の都市、コーカサスを見上げていた。

災厄が始まった場所。以来、誰も踏み入れたことのない、黒に染まった魔境。

以前来た時は、結局中まで足を踏み入れることはなかった。

あの時は、カインとリーゼファラスが全力で戦い、そして――



「……ふふ」

「ミラさん? どうかしましたか?」

「いいえ……ただ、やっぱり英雄なんてものにはなれそうもないと思って。世界のために戦おうなんてこと、さっぱり思っていなかったもの」



 誰かを護りたいという思い。或いは、敵を許せないという思い。

カイン達が抱いている思いはただそれだけであり、世界を背負おうなどという気概を抱いているものは一人もいない。

かつての自分ならどうだっただろうかと、ミラは己の身を省みる。

聖女として、『ケラウノス』として、世界のために殉ずることを善しとしていただろうか。

だが少なくとも、今のミラにそれはない。それを認めない者もいるだろうが――本人は、『いい感じに肩の力が抜けた』と考えるばかりであった。



「さて……どう行くのかしら?」

「どうせ、俺たちが近付いた時点で向こうはこちらに気付いてるだろ。だったら、正面から堂々と乗り込んでやるだけだ」



 そう言い放ち――カインは、その大鎌を再び振りぬいていた。

渦を巻くエネルギーが破壊の力となって顕現し、黒く染まった門へと叩きつけられる。

たとえ《奈落の渦》の力によって強化された門であろうと、カインの放つ強大なエネルギーに耐え切れるはずが無い。

触れた瞬間、門を浸食していた力は意味を失い――その向こう側にあった空間ごと、丸ごと消し飛ばされ消滅していた。

遮るものもなくなったコーカサスは、《渦》の力に浸食された黒い街並みと、その中に潜む無数の気配を晒し始める。

――その中へと向けて、薄く笑みを浮かべたカインは躊躇うことなく足を踏み入れていた。


 瞬間――無数の気配が、カインたちの元へと殺到した。

物量、威力、どれを取っても圧倒的な、無数の魔物による一斉攻撃。

人間であれば、肉片も残さず消滅することになるであろうその攻撃密度。

それに真っ向から立ちふさがったのは――



「邪魔だ」

「消えなさい」



 ――眩く光を放つ、炎と雷だった。

神霊契約の力を瞬時に解き放ったミラの放った雷が魔物達を縫いとめ、ウルカの放つ炎がそれらを余さず焼却する。

後に残るのは、炎によって焼け焦げた地面のみだ。

飛来した飛び道具による攻撃は一部通り抜けてきたが、それはリーゼファラスが展開した障壁によって弾き返されていた。

例えミラ達が防がずとも、カインやリーゼファラスには傷一つ付かなかっただろう。

二人が優先したのは、あくまでも攻撃のために接近してきていた魔物達の殲滅だ。

一箇所に固まってくれているのであれば、まとめて倒すチャンスだったのである。

炎と雷を纏う二人、そして消滅した魔物達の様子を目にし、カインは軽く目を見開いて声を上げる。



「ほぉ? 腕を上げたみたいじゃねぇか」

「ま、これぐらいは出来るようにならないとね」

「この程度なら、最低限の消費で十分。まだまだいけますよ」



 ミラ達は今回、最低限のプラーナを用いることで瞬時の大破壊を可能にしていた。

通常の契約のみでこれだけの威力を発揮しようとすれば、神域言語による詠唱がどうしても必要になる。

おまけに魔力の消費も多く、プラーナこそ消費せずに発動できるものの、効率は悪いと言わざるを得ないだろう。

だが、プラーナによる契約の行使であれば、発動も一瞬であり、かなりの威力を発揮することも可能なのだ。

消費も僅かに、発動も一瞬に抑えることにより消耗を最小限に済ませる――その難易度は高いが、修練と経験を重ねてきた二人にとっては不可能な内容ではなかった。



「とは言え、このまま迎撃していても埒が明きません。さっさと進んだ方がよいでしょう」

「だな。そんなら、行くとするかね」



 迎撃してばかりいても、状況は好転しないだろう。

四人は互いに視線を合わせて頷き、跳躍して移動を開始していた。

道をまともに進むことは無く、建物の屋根や壁などを使って直線的に進みながら、目指す先はこの街の中心――かつて上層の大神殿があった場所だ。

アルベールがカインたちの力を感知することが出来ているように、カインたちもアルベールの力を感知できている。

以前までは極限まで薄まっていた気配が、今ではしっかりと感じ取ることが出来るようになっていたのだ。



(己の能力が上がったのか、それとも奴が隠さなくなったのか――)



 胸中で呟きながらも、カインはその力の中心へと鋭い視線を向ける。

気になるのは、結局アルベールの能力の正体を掴みきれていないことだ。

現実を塗り替える能力である可能性が高いと、リーゼファラスはそう考えていた。

しかし、同時にそれだけの強力な能力があるならば、何故直接カインたちに攻撃を行わなかったのかが疑問なのだ。

何かしらの制限があるのか、それとも何かしらの目的があるのか。

敵の力が謎に包まれている現状は、非常に危険な状態であると言わざるを得ないだろう。



「カインさん、敵が来ます」

「ああ。面倒なのは任せるぞ」

「最低限はお願いしますよ」



 着地地点の掃除はミラが行っており、ウルカは移動時に飛来する砲撃の対処に専念していた。

空中を移動している以上、届く攻撃の殆どは《砲兵トルメンタ》による砲撃だ。

しかし砲弾の速度は彼らにとってはそれほど速いものと言うわけではなく、対処はそれほど難しくは無い。

ウルカが炎の剣を振るえば、飛来する砲弾は次々と爆発し、欠片も残さず消滅させられていた。

だが、範囲が広い以上、全てをウルカだけで対処できるわけではない。

飛来する攻撃の中で、自分達に直撃する可能性のあるものだけをウルカは対処し、残りの内で邪魔になりそうな場所への砲撃などをカインが対処していたのだ。

残るリーゼファラスは、破片の処理程度しか行っていないため、現状殆ど力を使っていない。



「……カイン、力の総量は」

「問題ない。強い力は使ってないからな。精々移動した分程度だ」



 現状、消費と呼べる消費は、最初にコーカサスまで移動するために使った空間跳躍によるものだけだ。

それも大量の消費と言うには程遠く、カインの力は有り余っている状態にある。

ミラとウルカによる護衛は、十分に成功していると言えるだろう。



「だが――」

「ええ、ここから先は……」



 力の気配を感じ取り、カインとリーゼファラスは頷く。

それはアルベールと同質のものであり、同時に、彼と比べれば明らかに小さな気配。

それがいったい何であるかなど、考えるまでも無いだろう。

上層と下層を仕切っていた外壁、崩れ落ちた門の前に立つその力の持ち主は、他の魔物達と比べても明らかに強大だ。



「おい、お前ら――」

「時間を稼ぎます。カインさんたちは、先へ進んで下さい」

「元々、あれの相手をすることが目的だったのだもの、ここで引くつもりはないわ。二人は、早くアルベールの下へ向かって」

「……大丈夫、なのですね?」

「無論よ。行って、二人共」



 躊躇いのない、ミラとウルカの言葉。迷いも恐怖も無いその声に、カインたちは小さく笑みを浮かべていた。

これだけの覚悟を、これだけの輝きを、止めることなどできはしない。

故にこそ、カインはこの言葉を告げていた。



「頼んだぜ。ウルカ、ミラ」

「……っ、はい!」

「勿論よ! ほら、行きなさい!」



 促すミラの声に従い、カインは背中に刃による骨格の翼を発生させる。

そのままリーゼファラスの手を取ったカインは、強く地を蹴って空へと身を躍らせていた。

外壁を飛び越えるように舞い上がっていく二人の姿――しかし、門の前にいる存在は、それを認めようとはしなかった。



「逃げるなああああああああッ!」



 幼い声に含まれる、赤黒い殺意。それは光となって、空を舞うカインたちへと向けて放たれる。

が――それよりも僅かに早く、上空より飛来した雷が少女、メデューサの顔面へと殺到していた。

石化の光を放とうとしたがために目を開いていた彼女は、その輝きに目を灼かれ、そして叩きつけられた雷によって吹き飛ばされる。

咄嗟だったため、プラーナも僅かに込めたものの、大きな威力とはなりえない。

けれど、カインたちから注意を引くには十分すぎる攻撃であった。



「残念、行かせはしないわ」

「お前はここで、僕たちが倒す」

「……邪魔を、するなッ!」



 立ち上がる《将軍ジェネラリス》は、ミラの攻撃の直撃を受けたにもかかわらず、痛痒を覚えた様子はない。

赤黒い魔力を身にまとい、怒りと共に咆哮する彼女へと、二人は油断なくその武器を構えていた。





















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