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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
1章:始まりのエチュード
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11:蟲毒












 薄暗い澱んだ空気の中を、一行は進んでゆく。

あまり広いとは言えない道は相変わらず洞窟然としており、けれどどこか生物的な生々しさを持っている。

その外観に対しては、さしものカインですら、生理的な嫌悪感を覚えずにはいられなかった。

鍾乳石から滴ってくる黒い雫は一応躱し、一行は一本道を奥へ奥へと進んでゆく。



「……どーも変な感じだな、こりゃ」

「お、何だい旦那、何か気付いたのかい?」



 呟かれたカインの言葉に反応したのは、後ろを歩いていたアルティ・フェインだった。

背負ったバスタードソードを極力鳴らさぬように歩いている彼女は、その努力を無意味にするような声音で声を上げる。

そんな彼女の言葉に対し、カインは嘆息交じりに肩を竦めながら答えた。



「道の大きさの事だ。この道、《兵士ミーレス》程度なら通れなくも無いが、《重装兵クルス》や《砲兵トルメンタ》は無理だろう」

「言われてみりゃ……確かに、そうだね」



 周りを見渡して頷いたアルティに、カインは小さく嘆息を零しつつ隣のウルカへと視線を向けた。

彼は緊張した様子ながらも、あまり無理をしている気配は無い。

とは言え、自分以外の事にまで意識を向ける余裕がある人間は少ないようであったが。

そんな中でも落ち着いた様子のアルティは、少々異質な存在であった。

その理由に思い至り、カインは彼女に対して問いかける。



「……お前、核を潰した事があるのか?」

「ああ、そういう事さね。と言っても、あたしがやったのはここまで巨大なものじゃなかったよ。それでも、入り口は大きかったんだけどねぇ」

「成程な……まあ、他に出口があるって事だろうよ」



 彼女の経歴に関しては納得しつつ、カインは肩を竦める。

上層の人間らしからぬフレンドリーな態度に、若干ながら戸惑っていたのだ。

ミラやリーゼファラスも若干友好的ではあるが、流石にアルティのように馴れ馴れしくはない。

彼女にしてみれば、実力のある者を認めるのは当然といった所なのだが――



「他に出口があるってどういう意味だい? さっき入ってきた所の他にも――」

「……アルティさん、黙ってください。何でそんな男といつまでも話しているんですか」



 ――不満げに口を挟んだのは、回復系の神霊契約者であるアイリーン・ピリアだった。

魔力を集中させて神霊に奉げる際に用いるロッドを片手に、彼女は嫌悪感に満ちた表情をカインに向けている。



「ここは敵陣ですよ。敵に気付かれたらどうするんですか」

「最初ッから気付かれてるよ。ここは相手の腹ん中だ。それでも敵が襲ってこないって事は……ま、理由はいくつか考え付くね」



 対するアルティは、不敵な笑みを口元に浮かべる。

そんな彼女の言葉に、カインは若干ながら驚きを覚えていた。

考えなしの脳筋かと思っていた彼女が、しっかりと頭を使って答えを出していたからだ。

分かりやすい性格をしているとは言え、彼女はそれなりの経験を積み重ねてきた人物である。

その経験に基づく知識は、確かに彼女の中に存在していた。



「まずは《指揮官プラエフェクト》がいる可能性。無駄な戦力の消耗を避けて、あたしらを奇襲で落とそうとしてる。そして他には……あー、なんだろね、副隊長」

「……はぁ。奇襲以外であるとするならば、私達を奥地に誘い込み、私達を喰らって己の力を高めようとするものがいる可能性だ」



 が、結局頭がいい訳ではないのか、アルティはミラの隣にいるメーリュへと話を振る。

その言葉を受けた彼女は、小さく嘆息すると共にそう口にしていた。

それを理解しているからこそ、彼女はアルティ達の軽口を咎めるような事はしていない。

今この場では、むしろ士気を保つ事の方が重要だと判断したのだ。

しかしその言葉に再び不満げな表情を浮かべ、アイリーンは声を上げる。



「あの汚らわしい魔物共に、そんな知恵があるのですか?」

「高い知能を得た高位の《指揮官プラエフェクト》、或いは――《将軍ジェネラリス》。そう言いたいんだろう、副隊長さんよ」

「……貴様に意見は求めていないが、同意しよう。私もそう考えている」



 カインの言い放った言葉にメーリュは無表情に頷き……一行に、緊張が走った。

当然だろう。個体数が最も少ないながら、圧倒的なまでの力を誇る《渦》の魔物の最上位、《将軍ジェネラリス》。

その力は上位神霊契約者すらも凌ぎ、《渦》の内部で仕留められたという報告は例外を除いて得られていない。

ミラもまた、その可能性を考えていたのだろう。重苦しい表情のまま、声を上げる。



「コーカサスほどとは言わないけれど、ここの《渦》はかなりの規模よ。最悪の可能性も、考えておくべきでしょう」

「ケラウノス様……でも何故、知能を得た魔物がそんな危険を冒そうとするのですか? それだけの力を得たと言うのに、己が仕留められかねないような危険を冒すのでしょう?」

「何だ、知らねぇのか」

「ッ……貴方には聞いていません、下層の癖に!」



 噛み付くように叫ぶアイリーンに、カインは肩を竦めて無言を貫く。

ちらりと動かした視線は、今のところ沈黙を保っている少女――楯使いのセレーネ・インフィの姿を映す。

彼女は、未だに緊張している様子であった。

これでも気が紛れないのであれば何をしても無駄であると、カインは嘆息交じりに前方へと視線を向ける。

――そしてそこにあった光景と聞こえてきた音に、若干目を見開いていた。



「無視をするなんて――」

「止まれ。おい、治癒術師。さっきの答えが知りたいなら、ここから下を覗き込んでみな」



 カインは手を上げて静止を促すと共に、アイリーンの事を呼び寄せる。

彼女はそれに対して嫌そうに表情を歪めていたが、好奇心が混ざったのか、カインにはあまり近寄らないようにしながら彼の示した先へと視線を向けた。

そして、目に入ってきた光景に、アイリーンは息を飲むように引き攣った悲鳴を発する。



「ひっ……な、ぁ……と、共食い、してる……?」



 カインが示した先、そこは深い崖のようになった場所があり、その最下層には無数の魔物達が蠢いていた。

――互いに殺し合い、喰らい合いながら。

その様子を見下ろして、カインはくつくつと笑みを零す。



「この蟲毒の壷は、《渦》の中には必ずある光景だ。あの魔物どもは、殺した人間の魔力と魂を喰らう。そうして溜め込んだ力を、今度は互いに喰らい合う事によって一つの固体に固めていくのさ。そうする事によって、より強力な固体が生まれるって訳だ」

「ああ、そういやあたしが昔行った所にもあったね……流石に、ここまで大規模じゃなかったけどさ」



 崖は一段だけ棚のようになっており、その更に下側で魔物達が喰らい合っている。

そのおぞましい光景に対して、面々は一様に言葉を失っていた。

元より緊張していた様子のウルカやセレーネなどは、顔色を蒼白にしてしまっているほどだ。

この中で平然としているのは、カインとリーゼファラス、そしてアウルの三名のみ。

背後にいる彼女たちへと、カインは若干興味深げな視線を向けてから、コートの内よりファルクスを取り出した。



「さて、降りるぞ」

「な……あんな場所に行くつもりなの!?」

「一段上の棚の部分に決まってるだろうが。他に進める道もねぇんだ、当然だろう」



 言って、カインはファルクスを思い切り足元の地面へと突き立てていた。

根元近くまで突き刺さったその柄尻、丸く穴が開いている部分に、カインは取り出した頑丈なロープを結び付けて強く縛る。

ロープはがけ下へと降ろし、一度ロープを強く引っ張るが、ファルクスが抜けるような気配は無かった。



「よし、こんなもんだろう。小僧、お前はロープなしでも降りられるか?」

「え、あ、はい。このぐらいの高さなら、何とか。でもロープがあるならロープ使った方が楽です」

「って言うか、いいのかい旦那。こんな所で武器を使い捨てにしちまって」

「ああ、コイツならまだあるからな」



 言いつつ、カインは笑みを浮かべながら同じファルクスをコートの中より取り出した。

寸分違わぬ形状のそれに、アルティは感心したように目を見開いて頷く。

そんな反応に苦笑を零しつつ――カインは、ロープの隣から崖へと身を投げた。



「ちょ、カインさ……ッ!?」



 その暴挙に驚いたウルカは咄嗟に引き止めようとして、思わず眼を点にする。

カインは、新たに取り出したファルクスを岸壁に引っ掛けながら、縦に真っ直ぐ傷をつけるように崖を降りていたのだ。

その無茶苦茶な動きに、ウルカは思わず深々と溜息を吐き出す。



「……本当に無茶苦茶だなぁ、あの人」



 ヴァルカンの剣を一時消し、ロープを掴みながら、ウルカは下に降りたカインを半眼で見つめていた。











 * * * * *











 下へと降り、蟲毒から溢れていた魔物を狩ったカインとウルカは、そのまま周囲の警戒をしつつ他の面々が降りてくるのを待っていた。

ロープも無しに簡単に飛び降りたリーゼファラスなどの例外もいたが、彼女たちは普通にロープを使って下へと降りてきている。


 ここまで戦闘は無かったとは言え、精神的な疲労がある者も多い。

そろそろミラが休憩を告げるだろうと考えつつ、カインはぼんやりと降りてくる面々を見上げていた。

ミラが降りて、次はアイリーンが降り始める。

と――



「きゃ――ああッ!?」

「っ、危ないッ!」



 瞬間、彼女は何かに驚いたかのように手を離し、そのまま落下を始めていた。

それに対して咄嗟に反応したウルカは、瞬時に神霊契約を行使する。

強く地を蹴ったウルカはそのまま崖を垂直に駆け上り、更に壁を蹴って上空へと飛び出す。

そして落下してきているアイリーンの身体を受け止め――彼女を抱えたまま、着地した。



「っ、う……」

「な、なな……」

「ピリア、無事か!」



 着地で足が痺れて顔を顰めながらも、ウルカはアイリーンを地面に下ろす。

それとほぼ同時に周囲の面々もすぐ傍まで駆け寄ってきた。

二人に怪我は無く、ウルカのダメージも大きいものではない、それを確認したミラは安堵の吐息と共に声をかけた。



「大丈夫のようね……何があったのかしら?」

「い、いえ……黒いものが見えた気がして、反射的に……」

「そうか……だが、無事で何よりだ」



 申し訳なさそうに俯くアイリーンに、小さく嘆息しつつもウルカは立ち上がる。

足は若干痛みを訴えていたが、多少休憩すれば問題は無い程度のダメージであった。

その事に安堵しつつも、ウルカはカインの方へと戻ってゆく。

と――その背中に、声がかかった。



「ちょ、ちょっと!」

「……はい、何ですか?」



 咄嗟に声をかけたのは、若干慌てた様子のアイリーン。

そんな彼女の言葉に振り返り、ウルカは言葉を待った。

アイリーンはしばし逡巡していたものの、意を決したように視線を上げる。



「あの……ありがとう、助かったわ」

「いえ、別に気にしないでください」



 元より、礼を言われる事など期待していた訳ではない。

それでも一応礼は受け取り、軽く会釈をすると、ウルカはそのままカインの方へと戻っていった。

動く様子の無かった彼は、いつも通りの笑みを浮かべている。



「中々鮮やかじゃねぇか」

「仮にも、仲間ですから。上層の人間だからって、見殺しにする理由にはなりません」

「そうかい」



 そんなクズにはなりたくない――胸中でそう呟いたウルカの心を見透かすかのように、カインは小さく肩を竦める。

そんな二人の様子を尻目に、ミラは周囲へと休憩の指示を飛ばし始める。

この場所は視界が広く、奇襲され辛いため、とりあえずの休憩にはもってこいだったのだ。

とりあえずカインも小型のボトルから水を口に含み、とりあえず一息を吐く。

背後には、大きく段差となっている小さな崖。その下で殺しあっている《渦》の魔物たちは、かなり数を減らしてきていた。



「……ふむ」



 下から魔物が上がってくる気配は無い。

これが最後の一匹となった時、その魔物はカイン達の方へと襲い掛かってくるのか、或いは――



(ボスの所まで連れて行ってくれるなら、後をつけるのも悪くはないか)



 下まで辿り着けば、通路はかなり広くなっている。

恐らく、勝利するのは《重装兵クルス》か《指揮官プラエフェクト》であろう。

これが前者ならば、後を追うのは簡単だ。

そんな算段をつけていた所で、カインは背後に気配を感じて振り返った。

そこに立っていたのは、近くに楯を降ろしたセレーネの姿。



「……何か用か?」

「様子を見に来た、だけ」



 ぼそぼそと小声で呟くと、セレーネは若干距離を開けながらカインの隣に並ぶ。

そうして崖のそこを除き見る彼女の顔色は、お世辞にも良いとは言えない物だった。

それなのに何故見るのかと嘆息し、けれどそれを口には出さず、カインはぼんやりと下を眺める。

と――そこに、小さく声がかかった。



「貴方は……本当に、人間?」

「それ以外の何に見える?」

「……《将軍ジェネラリス》、かも」

「そいつは面白い冗談だ」



 あまり本気ではないと思われる言葉に、カインも苦笑交じりにそう返す。

実際にそう思っているのであれば、彼女はこんな近くまで近寄って来なかっただろう。



「でも、貴方は人間だとは思えない……契約の力も無しに、あんな事が出来るなんて」

「下層だから気に入らねぇってか?」

「……正直、そういう意識があるのは否定できない。上層の人間は、そういう教育を受けてきているから。でも、貴方の異常は上層も下層も関係ない」

「そうかい」



 それだけ呟き、カインは沈黙する。

その反応に答える気は無いと判断したのか、セレーネもそれ以上追求する事はなかった。

彼女は、アルティほど単純に考える事が出来ないのだ。

強くて味方なら助かる――そこまで、事実を単純化させる事が出来ていない。

けれどやはり落ち着かず、セレーネは口を開いて何でもいいから言葉を発そうとする。

と――



「あん?」



 背後に気配を感じたカインが振り返り、それに反応するようにセレーネもまた視線で彼を追う。

そして、次の瞬間――



「え――」



 セレーネの身体は、叩きつけられた衝撃によって、崖の向こう側へと押し出されていた。





















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