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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
117/135

115:決戦へ向けて












 朝もやに包まれた大通りを、一組の男女が歩く。

片や、漆黒の不気味な男。そして片や、輝く髪を揺らす少女。

あまりにも不釣り合いな組み合わせであったが、朝も早いこの時間帯では、それを見咎めるような者は存在しなかった。

尤も、下層においてはそれなりに知られているカインに対し、余計なちょっかいをかけてくるような人間は、今の下層には少ないだろうが。


 昨晩、二人はただひたすら、語り明かして過ごしていた。

自分のこと、部隊のこと、戦い方のこと、そしてアウルのこと。二人はただひたすら、お互いの理解に努めていたのだ。

完全な連携が取れなければ、アルベールに勝利することは難しいだろう。

彼の力は強大だ。正面から挑めば、カインもリーゼファラスも一人では勝利し得ないだろう。

故に、二人で力を合わせる必要がある。だが、その際に互いの足を引っ張っているようでは話にならない。

互いが互いの短所を埋め、長所をより伸ばす必要があるのだ。

その為には、互いの理解をより深める必要がある。

何を考えているのか、何を望んでいるのか、何を使おうとしているのか――それを、知らねばならない。

だが、それ以上に――二人は、互いのことを知りたいと考えていた。



「ふふ……すっかり、朝になってしまいましたね」

「ああ、眠いか?」

「貴方も知っているでしょう? 私達は眠ることは可能ですが、必要というわけでもない。この程度で体調が崩れるようなことはありませんよ」

「ま、それもそうだな」



 軽く肩を竦め、カインは首肯する。

カイン自身、別段眠気などは感じていなかった。眠ろうと思えば眠ることも出来るが、今はその必要もない。

そもそも、あまり時間がないことは事実なのだから。このような場所で、無駄な時間を食っている場合ではない。



「とりあえず、ジュピターの所か? 今後の話を聞いておかねぇとな」

「ええ、そうですね……ふふ」

「どうした?」



 突然小さな笑みを零したリーゼファラスに、カインは疑問符を浮かべる。

そんな彼の言葉に、口元に拳を当てていたリーゼファラスは、どこかこそばゆそうに笑みを浮かべる。



「いえ、ジュピター様には『朝帰りか?』と揶揄されてしまうだろうと思いまして」

「ああ……まあ、あの幼女ならやるだろうな。それとも、そっちの方が良かったか?」

「ぇ……あ、いえ。興味はありますし、貴方とならばそれもいいとは思いますが……今は、止めておきます」

「それは、どうしてだ?」

「今の私では、きっと依存にしかなりませんから。その繋がりに溺れてしまっては、戦いの足が鈍ります」

「成程な……ま、それならお預けってことにしとくかね」



 くつくつと笑うカインを、リーゼファラスは僅かに目を見開いて見上げる。

そんな彼女の様子にもカインの調子が崩れるような事はなく、変わらぬ笑みを浮かべていたが。

しばしカインの様子を見上げ、リーゼファラスは僅かに口元を緩める。

これまで、アウルの前以外では見せることのなかった、柔らかな笑みで。



「ずるい人ですね、貴方は」

「知ってただろう?」

「ええ、そうですね。知っていました」



 決戦の前とは思えぬ穏やかな調子で、二人は朝の静謐な空気の中を歩く。

現実から目を背けているわけではない。ただ、この一瞬を無駄にしたくないだけなのだ。


 ――どちらにしろ、この場に戻ってくることはもうないのだから。


 それを胸中のどこかで理解して、二人はゆっくりと、刻み付けるように道を歩く。

そんな二人の視界にも、上層の門が映り始め――そこに、見知った姿があることに気がついた。

対する彼女も、二人の姿に気がついたのだろう。門の横で仁王立ちしながら、じっと二人のことを睨みつけていた。

二人は一度視線を合わせ、小さく苦笑を零し、それから彼女の方へと近づいていった。



「よう、姫さんか。こんな朝早くから待ってるとは、暇してたのか?」

「その発言は私に対する挑戦と受け取っていいかしらね? 昨日一日忙しくしていた私に対する挑戦なのよね?」

「ごめんなさい、ミラ。ですが――」

「ええ、分かってるわよ。必要なことだったんでしょう? でも、少しぐらい恨みごとを言わせて貰ってもいいでしょうに、全く」



 軽く頭を抱えたミラは、小さく嘆息を零してからそう声を上げる。

少々疲れ気味の様子ではあったが、余裕が無いわけではない。

一応ながら、方針は決まったということだろう。



「とりあえず、ジュピター様のところまで来てもらうけれど……軽く状況を説明しておくわね」

「ああ、頼む」

「簡単に説明すれば、テッサリアの放棄が決定したわ。あそこに送られた契約者たちは戻され、オリュークスの警備に当たる」

「良く説得しましたね、色々と揉めたでしょう」

「分かっているのなら勝手にいなくならないで欲しかったのだけどね……まあ、《奈落の渦》を完全に排除できれば、取り戻すのにも苦労はしないのだし……貴方達なら、わざわざテッサリアを中継点にしなくてもコーカサスに攻め込むことができるから」



 結局は、《奈落の渦》の――アルベールの排除が最優先という結論が出た様子であった。

一応は予想していた通りの展開であり、カインはその言葉に首肯する。



「で、俺たちはいつ出発だ?」

「テッサリアの戦力がオリュークスに到着し次第よ。それまでは、私達が守備戦力として残る必要があるから」

「了解。ま、詳しくはジュピターに聞けばいいだろ」

「……いつも言ってるけど、上層では絶対にジュピター様を呼び捨てにするんじゃないわよ」



 半眼を向けてくるミラに、カインはひらひらと手を振って答える。

意に介した様子も無い彼に、ミラは嘆息を零して踵を返した。

多少時間の余裕ができたとは言え、無駄な時間を過ごしているような暇はない。



「ほら、行くわよ」

「了解。行こうぜ、リーゼ」

「ええ、カイン」



 ほんの一言のやり取り――その言葉の応酬に、目を見開いたミラが振り返る。

彼女の目に映ったのは、ほんの僅かに笑みを浮かべた二人の姿だ。

そんな彼らの様子を目にし、言葉もなく驚愕して――ミラが感じたのは、安堵にも似た感覚だった。

小さく笑みを浮かべ、視線を正面へと戻し、ミラは再び歩き始める。



(ありがとう、カイン)



 胸中だけで呟かれたミラの感謝の言葉は、誰にも聞かれることはなく――三人は、ジュピターの待つ神殿へと足を運んでいった。











 * * * * *











「くくく、この忙しいときに会議をすっぽかして朝帰りとは……中々剛毅なことじゃな、リーゼファラスよ」

「申し訳ありません、ジュピター様」



 ジュピターの待つ部屋へと到着し、円卓の椅子についたとき、彼女が発したのはそんな言葉であった。

それに対して恭しく謝罪の言葉を口にするリーゼファラスだったが、その表情の中に反省や後悔の色は一切ない。

今回のカインとの話は必要な必要なことだったと、リーゼファラスは考えていたのだ。

戦いの上でも、自分自身の在り方の上でも、カインと通じ合うことはリーゼファラスにとって必須となっていたのである。

そんなリーゼファラスの反応に対し、ジュピターは僅かに眉を動かしていた。



「ふむ……ついに膜は破れたのかの? いい加減閉経してしまったのではないかと危惧しておったのじゃが」

「さて、何のことだか分かりかねますね」



 からかうようなジュピターの言葉にも、リーゼファラスは変わらぬ穏やかな表情でそう返す。

もしも以前の通りであるとしたら、リーゼファラスは苛立ち混じりにジュピターの言葉を断じていただろう。

だが、今の彼女にはそのような余裕の無い表情はない。

ジュピターには、リーゼファラスの心も体も、全てが安定しているように思えた。



「ふむ、ふむ……成程のぅ。カインよ」

「あ? 俺か?」

「うむ、お主じゃ。お主、良くやってくれたものじゃな。この堅物な小娘を、良くぞここまで解き解した」



 新たなる上位神霊の候補であるリーゼファラスは、ジュピターにとっては年の離れた後輩のようなものだ。

契約者達よりもよほど親近感のある相手であり、その不安定さを常々気にしていたのである。

しかし、ここに来てリーゼファラスは、以前よりも遥かに安定した様子を見せている。

それも、彼女にとって重要なファクターであったアウルを失ったにも関わらずだ。

決戦を前に、リーゼファラスが自暴自棄に陥っていないかどうかを案じていたジュピターにとっては、安心できることだったのである。



「この小娘は、本当に頑なな性格じゃったからな。儂もそれなりに気をもんでいたというのに、全く変わらない」

超越者わたしたちがそうそう変わるわけがないでしょう。それに、ジュピター様のそれは下世話な話ばっかりでしたが」

「さて、何の話かのぅ。ともあれ、お主には感謝するぞ、カインよ。良ければ、これからもこの小娘のことをよろしく頼みたい」

「ま、それに関しちゃ心配する必要はないさ。見ていると言ったんだ、言葉を違えるつもりはない。それより――この場に俺たちを連れてきたのは、その話をするためじゃないだろう?」

「然り、その通りじゃな」



 カインの言葉に、ジュピターは佇まいを直す。

それだけで、この空間の空気は新と静まり返り、静謐な気配を漂わせ始めていた。

下世話な話をしていようと、彼女は上位神霊たちの長なのだ。その力は計り知れない。

その力の一端を空気の中から感じ取りつつ、カインはじっとジュピターの姿を見つめていた。


 この場にいるメンバーはいつもの通り。

そこにアウルがいないことに若干の不足感を感じている者も、少なくはないだろうが。



「お主達に、命令を下す。此度のお主達の使命は、《奈落の渦》を支配せし者の抹殺だ」



 言われるまでもなく決まっていたその言葉を受け取り、メンバーたちは胸中で反芻する。

《奈落の渦》を支配した者、不気味な男、星天の王を滅ぼした者、アウルを殺した存在――その相手に対する感情はいくらでもある。

だが結局の所、彼を指す言葉は一つの表現に集束するだろう。

即ち――



「……あの男は、私の『敵』です。《女神》様を汚し、アウルを殺したあの男を、私は断じて赦さない」

「奴は、無意味な“死”を振り撒こうとしている。今回だってそうだ、どれだけの存在が無意味に死んだ? それだけは、絶対に認めない」

「同感ね。あの男を野放しにしておくわけにはいかない。この国が標的にされている以上、見逃すわけには行かないわ」

「できることは少ないかもしれませんけど、これ以上野放しにしたら、また危険が及ぶ。どんなことをしてでも止めないと」



 それぞれ考え方は違えど、結論は同じ。これ以上、アルベールを放置するわけには行かない。

彼の行動を許していれば、いずれ滅びるのは自分たちなのだ。

そんなカインたちの言葉を聞き、ジュピターはこくりと頷く。

しかし、彼女の表情の中に浮かんでいるのは、どこか苛立ちにも似た感情だった。



「しかし、現状では国の防備を増強する意見が多く出ておる。状況として間違いではないし、必要不可欠なことではあるが――」

「その意見の層が異常だと?」

「うむ。根源を絶たねばならぬ状況であるのは自明であると言うのに、好戦的な意見が殆ど出ておらんかった」



 会議に参加していたミラは、ジュピターの言葉に我が意を得たりと頷く。

現状、防御していてもジリ貧にしかならないことは分かりきっている。

にもかかわらず、防衛に関する意見ばかりが持ち上げられ、迅速に処理すると言う意見が表に出てくることがなかったのだ。

現状ならば間違いとも言い切れず、ミラは口を挟むことはなかったが――



「リーゼファラスよ。お主は、奴が記憶に残りにくいと言っていたな」

「はい、確かに。この場の面々は、アウルの仇という意識で結びついているためか、忘れるようなことはありませんでしたが……一度や二度程度の面会では、確実に記憶に残らないようです」

「ふむ……お主の報告では、現実改変の類と聞いておる。しかし、儂にはどうにも、意識操作に類するような能力もあるように思えるのじゃよ」

「それは……確かに。けれど、二種類の能力など……」

「或いは、単一の能力でありながら、様々な発現の系統を持っているのか、といった所じゃろう。どちらにしろ、一筋縄では行かんぞ」



 ジュピターの警告に、リーゼファラスは小さく頷く。

アルベールは何処までも計り知れない相手だ。だが、それでも戦わねば――勝たねばならない。

今はただ、手に入った情報をありのままに理解するだけだ。

余計な推測をして意識を凝り固まらせてしまっては、その考えに囚われてしまう。



「ともあれ、今すぐには動くことは出来ん。しばしの休息の後――最後の戦いと、するとしよう」



 ジュピターの言葉が響き渡り――四人は、同時に首肯していた。





















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