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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
114/135

112:レームノスの残滓












 体に襲い掛かる浮遊感。自分で飛び込むならまだしも、誰かの背の上で感じているが故に、ミラは思わず息を飲んでいた。

本能的に感じる肝の冷えるような感覚に耐えつつ、ミラはひたすら周囲の索敵を続行していた。

自らに降りかかるであろう攻撃は、一切考慮に入れていない、全力の探索行動。

それは、自らの傍にいる二人の実力を、一切の疑いも無く信じているためであった。



「――来るぜ」



 轟々と鳴り響く風の音の中、僅かにカインの声が耳に届く。

その意味を問うまでもなく把握して、しかしミラは微動だにせず周囲の索敵を続行する。

広がった感覚は、カインの言うとおり、既に敵の姿を把握している。

カイン達が飛び込むのを待っていたかのように、三人を追って壁の穴から飛び込んできた魔物が三体。

しかし、それらは既にリーゼファラスによって捕捉されている。



「邪魔です」



 鋭く響く声と共に、リーゼファラスの手刀が振るわれる。

空中で自由に動けないはずの彼女は、空中に作り出した水晶を足場に体を回転させながら、魔物達へと向けて正確にその手を振り抜く。

瞬間、その軌道をなぞるように、魔物達が真っ二つに分断される。

同時、切断面から水晶と化した魔物達は、一瞬の内に水晶の破片となって粉砕されていた。

これまでとは違う力の使い方をした彼女に、しかしミラは疑問を投げかけるようなことはしない。

それが一体何なのか、一目見た瞬間に理解していたからだ。


 ――彼女ならばそうすると、確信していたからだ。



「私が、口を挟めることじゃないし、ね……カイン! 《砲兵トルメンタ》が来るわよ、両側、正確なレンジ内まで五秒!」

「任せな――出番だ、シーフェ」



 囁くように、カインは告げる。

刹那、その掌からせり出すように現れたのは、漆黒の拳銃だった。

両手に現れたそれは、間違いなくカインの有する“死”によって構成された武器。

シーフェがその命とその“死”を以って創り上げた、死神のための兵器。

その冷たい感触を手に、カインは口元を釣り上げる。



「しっかりしがみ付いてろよ、姫さん!」

「何、を――ッ!?」



 刹那、引き金は引き絞られ――断末魔の咆哮の如き銃声が、地下空間に響き渡る。

その反動と共に、カインと彼に乗るミラの体が、空中で勢い良く回転を始めた。

放たれた弾丸は《砲兵トルメンタ》の砲口を撃ち抜き、その内部にある炸裂弾を爆ぜさせる。

それによって飛び散った強固な魔物の外殻は、回転するカインが次々と放つ弾丸によって撃ち落とされていた。

更に、合間を縫って飛びかかろうとしていた魔物達も、カインは銃の反動を巧みに操りながら回避し、全てを撃ち抜いて行く。



「いいな、いい出来だ! これなら、使わないなんてことはないぜ、シーフェ!」



 銃撃の反動によって空中を移動しながら、カインは地底へと向けて墜落してゆく。

光がないためどこまで落ちているのかはさっぱり分からないが、少なくとももうそう長くはないだろう。

カインの背中で強烈な衝撃に振り回されながらも、ミラは必死に地面の存在を探り続けていた。

右手側から飛び掛ってきた《兵士ミーレス》が銃撃によって砕け散り、頭上から押し潰そうと落ちてきた《重装兵クルス》はリーゼファラスによって両断される。

砕け散った破片の間を、銃撃の反動と水晶の足場を巧みに使い、カインはひたすらに地底へと落下を続ける。

時間にすればほんの数秒だろう、そこまで深い穴とは言え、いつまでも落ち続けられるようなものではないのだから。

けれど、強烈な反動の中で索敵を続けるミラは、それが永遠のように感じられていた。



「リーゼにくっ付いていればよかったわ……! 地底まで、あと七秒!」

「了解! なら、そっちに行っとけ!」

「は? って、ちょ、きゃああああ――ッ!?」



 突如、そう告げたカインは、両手の銃を手放して背中にいるミラの襟首を掴んでいた。

そのまま、彼は力任せにミラをリーゼファラスの方へと放り投げる。

流石のミラもこれには悲鳴を我慢しきれず、カインに対する恨みも込めて絶叫を放っていた。

それを背中で聞きながら、カインはその手に大鎌を形成する。

刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》とは違う急ごしらえの武器であるが、魔物相手には十分すぎる威力を持つ。

黒き骨格の翼を形成しながらミラの予告どおりに地面に降り立ったカインは、それと同時に大鎌で周囲を薙ぎ払っていた。

一回転、三百六十度全てを薙いだ大鎌は、それと同時に強力な衝撃波を発生させる。

放たれた死の旋風は、着地したカインへと同時に襲いかかろうとしていた周囲の魔物を、余さずに吹き飛ばしていた。



「到着、っと」

「……あんた、後で覚えてなさいよ」



 リーゼファラスに抱えられながら着地したミラは、恨みがましい声音でカインへと告げる。

対するカインは、皮肉気に口元を歪めつつ肩を竦めるだけに留めていたが。

ともあれ、地底に到着したことは確かだ。周囲の魔物は全て消し飛ばし、とりあえずは安全も確保されている。



「後は、ここを調べるだけだが……どうだ、姫さん」

「ったく……魔物はともかく、索敵範囲内に人間の反応は無し。ただ……向こうの方に、戦闘の痕跡みたいなものはあるわね」



 流石にこの場で視覚に頼ることが出来ないのは危険だと、ミラは魔力で明かりを作り上げる。

その輝きに照らされた地底には、いくつもの横穴が開いた空間が広がっていた。

穴の先を見通すことは出来ないが、少なくとも自然に開いたものであるとは考えられない。

そんな穴の一つを、ミラは指し示していた。



「戦闘痕自体はいくつかあるけれど、最も派手なのがあそこね」

「その割には、既に気配はないみたいだな」

「先に進んだのか、全滅したのか……どちらにせよ、行ってみるしかないでしょう」



 リーゼファラスの発した言葉に、カインとミラは小さく首肯する。

あまり時間はないのだ。手がかりがあるならば、急いでそちらに進まねばならない。

とは言え、この広い空間をこのまま放置することにも問題があった。

取れる手段は少ない――というよりも決まっているため、さっさと終わらせようとカインは声を上げる。



「リーゼファラス、とりあえず、行く前にこの縦穴を支えられる柱だけでも作っといてくれ」

「そうですね。魔物が近づけないようにしておいた方が帰る時も楽ですし」



 言いつつ、リーゼファラスは意識を集中させる。

流石に、これだけの大きさを持つ上に魔物を退ける力を持つ柱を形成するには、それなりの溜めが必要だ。

だがそれでも、リーゼファラスを消耗させるほどではない。

元より水晶を作り上げる程度の力など、彼女にとっては余技に過ぎないのだから。



「――《拒絶アブレーヌング》」



 込められたものは、魔物の存在を拒絶する意思。

あらゆる存在すらも否定する彼女の力が込められた水晶の柱は、魔物が近寄れば瞬時に結晶化するだけの力を持つ。

その柱が、六本。巨大な縦穴を埋めようとするかのようにそそり立ち、淡い光と共に縦穴を支えていた。



「これでいいでしょう。応急処置ではありますが、とりあえずは問題ないはずです」

「ええ。けど、思った以上の規模ね……上層の地表自体は固い岩盤に覆われているけれど、ここまで潜ってきたら流石にどうなっているか……」

「だからこその崩落作戦なのかも知れんな。ま、ことが済んだら広範囲に柱でも立てて応急処置をしとけ」

「そうね。今は、先に進まなきゃ」



 ここまでかなりのペースで進んできたものの、未だに前を進んだ部隊とは遭遇できていない。

痕跡を辿ってきたはずなのだが、どこかで道を誤ってしまったのか。

或いは、予想以上のペースで先遣隊が進んでしまっているのか。

どちらにしたところで、最早危険どころではない領域まで足を踏み入れてしまっていることは確かだろう。



「進むわ。編成は先ほどと同じで」

「了解。そっちは前だけ気にしてな」

「ええ、行きましょう」



 二人が首肯したことを確認し、ミラはリーゼファラスと共に先ほど発見した痕跡のほうへと歩き始める。

でこぼこした地面は非常に歩きづらく、気を抜けば転倒してしまいかねないほどのものだ。

これは、魔物達が無造作に掘り進んだがためのものだろう。

魔物達の足ならば、この程度の段差などなきに等しい。人間にとっての歩きやすさなど、考慮に入れるはずもない。

唯一救いがあるとすれば、通路自体の広さだろう。

これらの道は《重装兵クルス》が進めなければ意味が無いため、非常に広いスペースが確保されているのだ。

少なくとも、多少動き回る程度ならば全くと言っていいほど支障がない。

三人程度ならば、戦闘行動を取ったとしてもスペースに困ることはないだろう。



(まあ、カインが若干怖いけれど……でも、ここのところはしっかりと制御してるのよね)



 以前までのカインでは、恐らく乱戦において周囲を考慮するといった行動は取らなかっただろう。

力任せに能力を振り回し、周囲に死を振り撒くだけの存在となっていたはずだ。

だが、今のカインは違う。過去の記憶を取り戻し、ネルの力を自覚し、そして人の理を超えた。

今現在、カインは己の能力を完全に制御しきっており、無意味に破壊を振り撒くことはなくなっている。

それ故に、《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》を一般人が直視したとしても、それだけで死に至ることはなくなっているのだ。



「……ん?」



 ふと、奇妙な感覚にミラは顔を上げる。

光が届かぬ道の先、そこに奇妙な物体がいくつも配置されていたのだ。

ミラの能力では、周囲の物体を大まかに把握することができたとしても、その正確な形状を察知することは出来ない。

現状では、奇妙な突起物が地面からいくつも突き出ているようにしか感じられなかったのだ。



「気をつけて、この先に何かあるわ。人間大の、小さな柱……? 何だか分からないけれど、警戒した方がいいわ」

「ふむ……魔物の通り道となっているはずの通路に、何故そんな物が?」

「分からないけれど……でも、少なくともこれまでとは違った何かよ。私達にとって都合がいいかどうかは、低く見積もった方がいいでしょうね」

「ま、行ってみりゃ分かるだろ」



 気楽な――と言うよりも、何がきても同じだと言わんばかりのカインの態度に、ミラは小さく嘆息する。

実際の所、《奈落の渦》の魔物など、カインにとってはどれも同じでしかないのだが。

ともあれ、今までには無かった通路の変化に、ミラは意識を研ぎ澄ませながら足を踏み出していった。

接近するにつれて、徐々に全容をはっきりさせていくそれらの物体。

一つ一つの形状が異なり、大きさもある程度は同じだがまちまちだ。



「動く気配はない、人体の反応でもない、完全な無機物……多分、岩。でも、何でこんな所に」

「分かりませんね……まあ、少なくとも危険な気配はしませんが」

「ま、目で見てみりゃ分かるだろ」



 小声で言葉を交わしつつも、三人は警戒を怠らずに進んでゆく。

目標の物体まで、もうそれほど距離が開いている訳ではない。

遠からずして、それを目視することができるだろう。

故に、前を歩くリーゼファラスは、その先にある暗闇へとじっと目を凝らしていた。

近くに光源があるが故に、遠くの闇が逆に見通せなくなっている。

とは言え、光を消してしまえば周囲の索敵が疎かになってしまうことも確かであり、消すことは出来ないのだが。



(異常はない、ただの物体。けれど、何故――これほどまでに、不快な気分になるのか)



 内心で呟き、リーゼファラスは目を細める。

彼女は、己が苛立ちを抱えていることを自覚していた。

この魔物の気配に包まれた地下にいるだけでもリーゼファラスにとっては不快極まりない事態であったが、それ以上に何か奇妙な気配を感じるのだ。

どこか、以前感じたものと同じような――



「っ……これ、は」



 そして、ついにそれらを知覚範囲内に捉えたリーゼファラスは、驚愕に目を見開いていた。

――そこにあったのは、石像だったのだ。

武器を構える者、地に伏せる者、逃げ出そうとする者、ありとあらゆる姿をした石像の数々。

それらが何であるか、三人は既に知っていた。



「こいつらは……レームノスの時と同じ、か?」

「石化、能力……あの時の個体は取り逃していないはずです。ならば、まだ残りがいたということでしょうか」

「さてな。だが――こいつは、当たりみたいだぜ?」



 そう、カインが呟いた刹那――洞窟の奥より放たれた紅の輝きが、三人を貫いていた。





















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