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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
108/135

106:悪夢に包まれた街











 ――オリュークスの下層は、ほぼ全域に渡って混乱に包まれていた。

地面を掘り、地下から襲撃を仕掛けてくる《奈落の渦》の魔物達。

外に逃げようにも、地上から攻めてきた魔物がそれを阻んでいる。

唯一逃げ場となるのは上層だったが、その門が開かれるような事はなかった。


 下層の街には既に魔物が溢れており、門を開ければ上層へ雪崩れ込んで来てしまう事は目に見えている。

その状況において、わざわざ下層の人間のためにリスクを冒そうとするような者は、上層には殆ど存在しない。

無論、上層の者達とて、下層が蹂躙されているのを黙って見ている訳ではない。

下層が滅ぼされれば、次は自分たちなのだ。ならば、早めに打って出て敵を叩いておくに越した事はない。

その為、上層の戦闘部隊は既に戦場に投入されていたが――



「……芳しくはない、わね。元々いがみ合っていた者同士、連携なんて取れる訳もない」

「読めていた事ではあっただろうが、それでも黙ってみている訳にも行かないと……その結果、上層と下層の確執が深まるとしてもだ」

「ええ……意地の悪い事、この上ないわね」



 カインの腕に掴まりながら、下界の様子を見たミラは口惜しげにそう呟く。

上層と下層が肩を並べて戦うには、それなりのお膳立てが必要となるのだ。

今回のような襲撃戦の場合、まともに協力し合う事など出来るはずもない。

それどころか、互いに足を引っ張り合い、余計に被害を増やす事にもなりかねないだろう。

事実、幾人かの契約者が放った攻撃は、周囲を巻き込んでしまうようなものも存在していたのだから。



「ま、その辺の面倒な対処はお偉いさんに任せておけばいい。お前ら、何処に降りたい」

「……僕は、僕の家の近くに。もうどこかに逃げているかもしれないけど、そこから探します」

「私は上層の方へ。一刻も早く戦線に加わりたい所だけど、まずは状況を報告しないと」

「分かった。そこまで着いたら落とすから、着地は自分で何とかしろ」

「……無茶苦茶だけど、何とかできるようになった身からすると何とも言えないわね」



 街を一望できるような高度を飛行しているが、この高さからでも着地する事は不可能ではない。

契約の力を十全に操り、プラーナすらも制御できるようになった今の二人ならば、落下速度を殺す事などそれほど難しくはないのだ。

無論、着地の際周囲には少々気をつけなければならなくなるが。

若干憂鬱な気分を味わいながら、ミラはカインに対して聞き返していた。



「それで、カイン。貴方はどうするつもり?」

「とりあえず、家の様子を見てくるさ。その後は……まあ、適当に動く」

「……了解、頼んだわよ」



 深く追求する事はせず、ミラはただそれだけを返す。

言うべき事、やらねばならない事、手助けして欲しい事はいくらでもある。

けれど、それでも――カインもまた、この街の住人なのだ。

護りたい相手がいる、護らねばならない相手がいる。それは、彼もまた同じなのだ。

ミラには、同じオリュークスに住む者として、カインの行動を妨げる事はできなかった。



「……カインさん、僕はこの辺りで!」

「ああ、気をつけて行けよ」

「分かってます! ……カインさんも、気をつけて」



 カインが死なぬ事など、当の昔に理解していて――それでも、ウルカはそう声を掛けていた。

カインにも、護らねばならないものがあるのだから。

つい先日に大切な仲間を失ったからこそ、ウルカは若干神経質になっていたのだ。

そんな彼の内心を察し、カインは小さく苦笑する。



「分かったから、さっさと行って来い」

「はい! では、また後で!」



 頷き――ウルカは、カインの腕の中から飛び出していた。

重力の鎖に囚われ、地表へと向けて加速してゆく身体。

そんな彼の両手には、魔力の輝きと共に、真紅に燃える神の刃が顕現する。



「契約行使、《ヴァルカン》――」



 刃の発する熱気が気流を生み出し、ウルカの体を包み込む。

プラーナを操れるようになったとは言え、この場で使用する事は無い。

強力な力を操れるといっても、あまり長く利用し続けられる訳ではないのだから。

プラーナによるブーストは、今のウルカではごく短時間しか連続して使用する事は出来ない。

発現する力は強力であるものの、使い続ければ十分程度で戦闘不能になってしまうだろう。

くべる力を増やし、より高い能力を発揮しようとすれば尚更だ。

故に――



「炎よ!」



 下方へ向けて、炎を噴射。

ただし、射程は短く、地上まで炎と熱の影響を出さぬようにしながら、ウルカは落下の勢いを殺す。

以前までならば、そこまで精密な炎の操作は不可能だった。

ウルカが求めていたものは単純な戦闘能力であり、上層の術者に負けぬほどの実力を手に入れることこそが目的だったのだから。

けれど、今はその思いに、極端なこだわりを抱いている訳ではない。

上層に対する反骨心こそあれど、それに固執する事はなくなっていた。



(僕は――護る、為に!)



 以前カインと問答した、戦う理由。譲れないもの。

何故己が、上層に対する思いを抱いたのか――確信と共に、ウルカは地面に着地する。

余計な破壊を及ぼす事なく地上へと降り立ち、ウルカは周囲の気配を探っていた。

近くに人や魔物の気配は無いものの、街全体に戦乱の気配は広まっている。

あまり、悠長にしている暇はないだろう。



「早く、見つけないと……!」



 呟き、ウルカは駆け出す。

高い魔力を持たぬ下層の人間が相手では、魔力を察知する事も難しい。

自分の足で探さぬ限り、探し人を見つける事はできないだろう。

ウルカは両親の姿を思い浮かべながら、全力で下層の街を駆け抜けていた。


 ――ウルカの母は、上層の人間だった。

正確に言えば、上層から追い出された人間。正印教会に身を置く家系に生まれながら、契約どころか殆ど魔力を有していなかった者。

故に、彼女は上層を追い出された。罪を犯した訳ではないにもかかわらず。

もしも彼女の運がもう少し悪ければ、彼女がウルカの父となる人物に拾われていなければ、今頃彼女の命はなかっただろう。

故に、ウルカには許せなかったのだ。ただ才能がないという訳で、人を塵のように捨てられる上層の人間が。

契約の力だけを見て、全てを判断してしまうこの国が、どうしようもなく嫌いだった。

反骨心の出所はそこだ。けれど、結局の所――



(僕は……家族を、護るッ!)



 幾つもの戦場を経て、数々の成長を経て、そして大切な仲間の死を目の当たりにして。

ウルカが得た答えは、何処までも単純なものであった。

――今度こそ取り零したくないという、単純で純粋な願い。

何処までも陳腐で、美しい最初の想いを、ウルカはついに自覚していたのだ。



「だから……邪魔をするなッ!」



 叫び、ウルカは目に付いた魔物を斬り伏せる。

余計な炎など吹き上げない。けれど極大の熱量によって焼き斬られた魔物が崩れ落ちるよりも先に、二歩も三歩も前へ。

それだけの熱量を、意識せずに制御している事すらも自覚せずに。

ウルカは、己自身の戦場を駆け抜けていったのだった。











 * * * * *











 黒き拳銃、その完成を目前にして、シーフェはかつての事を思い返していた。

かつて上層を追われ、下層に身を落として彷徨っていた時の事を。


 基本的に、上層の人間が下層で暮らそうとした場合、おおよそ一週間程度で死に至ると言う。

それは、彼らの生活様式があまりにも違いすぎている為であった。

楽に手に入るものなどありはしない、明日の命すらも保障されていない。そんな場所で、上層と同じように安穏とした生活を送れるはずが無いのだ。

シーフェは、それを言葉の上では理解していたが、生憎といざそれが我が身に降りかかるまで実感する事が出来ていなかった。

下層で生きるためのコネも無く、生活費を稼ぐために売り出そうとした魔力銃も、シーフェが設計したそれは基本的に魔力を持つ者用の武器となっていたのだ。

そんな物が売れるはずも無く、果てはその近辺を縄張りにしていた一団に目を付けられ――そこで、あの男に出会ったのだ。

黒衣を纏う、漆黒の死神に。



「思えば……あいつ、あたし以上に流儀もへったくれも無かったわね」



 あわや連れて行かれそうになっている現場へふらりと現れた男は、周囲の状況など意にも介さず、シーフェに対して『銃を作ってくれ』と言い放ったのだ。

その頃から、カインは下層の傭兵達の間でも話題に上がる存在となっていた。

いかなる戦場であろうとも、必ず生きて帰る男。例え数千の魔物の群れであろうと、味方が全滅しようと、果ては一人で《奈落の渦》へと突入しても、その男は必ず生きて帰る。

自らの命を顧みない特攻じみた戦闘法は、周辺を牛耳るマフィア達にも恐れられていたのだ。


 脅されようと、銃口を向けられようと、まるで意にも介さずシーフェへと声をかけた男は、そのまま彼女を拘束する男達を吹き飛ばして彼女を連れ去っていた。

尤も、シーフェ本人からすれば、それほど助かった気もしていなかったのだが。



(あいつ、見た目のおっかなさからすれば連中と大差なかったし……あの外見で見下ろされると怖いわよ、色々と)



 一応、銃を作って欲しいと言う用件は伝えられてはいたものの、抱えられて連れ去られている本人からすれば、死神に追いつかれた亡者のような気分であった。

しかし、いざ連れて来られた場所は普通の家であり、工房も与えられ、必要な道具を要求すればすぐにそれに応えてくれた。

更に、彼がシーフェの銃を十全に操れる稀有な人物であった事も分かり――その頃には、シーフェもカインに対して心を許していたのだ。



「変な奴よ……ホント、変な奴」



 ――けれど、そんな彼に惹かれている自分がいる事を、シーフェは否定しなかった。

自分を救ってくれたから、などという理由で惹かれるほどメルヘンな頭はしていない、とシーフェはそう考えている。

けれど実際の所、彼女も己が単純である事までは否定できなかった。

己を余さず受け入れてくれたカインに対して惹かれてしまった事は、紛れもない事実だったのだから。



「分かってるのよ……あいつは、あたしじゃなきゃいけないって訳じゃない。それどころか、誰だって受け入れる」



 カインは死神だ。“死”そのものを己の在り方として考えている人間だ。

“死”は誰かを拒む事はない。“死”は全ての存在を平等に受け入れる。

故に、カインは誰が相手であろうとも、その態度を変える事は無い。シーフェもまた、その中の一人でしかなかったはずだ。

しかし、それを理解していたとしても――彼の事を求める心が、翳った事はない。



「あのメイドだってそうでしょう? あんたが興味を持った相手なんて、それこそリーゼファラスって聖女だけ」



 有象無象の内の一人でしかなく、カインに想いが届く事などありえないと理解して――シーフェは、それでも一つの銃を組み上げる。

――そのパーツ一つ一つを構成する“死”に、少しずつ体を蝕まれながら。



「あたしは、あんたの特別になんてなりようがなくて……でも、そのままで終わるのは嫌だから」



 小さな笑みと共に、シーフェは最後の部品を組み立てる。

黒く染まった、光を反射しない一丁の銃。大口径ハンドガン程度の大きさで、重量もさほど変わらない。

けれど――凍えるほどの冷たさを湛えた銃は、まるで吸い付くようにシーフェの手の中に納まった。



「せめて、さ……少しぐらい、役に立たせてよ」



 指の先から凍えてゆくような感覚を感じ取りながら、笑みを浮かべて。

――シーフェはゆっくりと立ち上がり、工房から立ち去っていた。





















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