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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
最終章:聖女の唄うレクイエム
106/135

104:蔓延る戦禍












 嘘のように平穏な道を、一台の車が走り抜ける。

比較的平地の多いファルティオンの周辺は、例え踏み固められた道でなくとも、それなりに走る事が可能だった。

魔物達の襲撃によって本来のルートからは大分逸れてしまったものの、真っ直ぐ向かえる以上、ロスはそれほど大きくはない。

しかし、これほど広い視界の中で一度も魔物の姿を見かけない事に、ミラは不信感を抱いていた。



「……今日になって、急に静かになったわね」

「襲撃がないのはいい事なんですけど……でも、やっぱり不気味ですよね」



 いつでも契約を発動させられる体勢のまま、同じような様子でウルカが同意する。

今日の移動を開始してから、既に数時間。既に昼過ぎの時間帯であるにもかかわらず、魔物の姿は一向に現れなかった。

上空を飛行するカインからの合図が来る事もなく、ただただ平穏な道筋が続いている。

それは非常に都合が良い事のはずなのだが――生憎と、それを享受できるほど楽観的な人間はいなかったのだ。


 魔物達の動きに何らかの意志が働いている事はまず間違いない。

そして意志があるという事は目的がある。昨日までの襲撃も、よくよく考えれば不自然な部分も多かったのだ。



「……ねえ、ウルカ」

「はい、何ですか?」

「ちょっと気になったんだけど……確かリーゼとかカインって、あの魔物達の攻撃じゃ死なないのよね」

「あ、はい。えっと……確か、あのアルベールって人の攻撃とかでもない限りは大丈夫らしいです」

「それならつまり……昨日までの襲撃は、カインたちを害する事を狙った訳じゃないって事よね?」



 その言葉にウルカは若干目を見開き、そしてこくりと首肯する。

この襲撃を仕掛けてきている存在がアルベールであれば、そんな事は百も承知のはずなのだ。

もしもカインやリーゼファラスを倒そうと狙っているのであれば、彼本人が出現するはずである。

けれど、現実として、襲撃に来ているのは魔物達のみ。

そこに、一体どのような意図が働いているのか――ミラは、それを気にしていたのだ。



「奴らの目的、何だと思う?」

「……正直、分かりません。普通に倒す事が可能な僕らなのか、それとも他の何かなのか……想像も難しいです」

「私達を仕留める事が無意味とは言わないけど、正直微妙ね。結局の所、重要なのはカインとリーゼだけなのだし」



 この戦いにおいて最も重要な存在は、この戦いを終わらせられる可能性のあるカインとリーゼファラスだ。

彼らはアルベールの天敵であるとも言えるため、真っ先に狙われたとしてもおかしくはない存在なのである。

しかし、二人が狙われるような事はなかった。アルベール本人が姿を現さなかった時点で、それは確定であると言っても過言ではない。

故に、疑問なのだ。果たして、先日までの襲撃は何が目的であったのか。



「もし、私達を仕留める事が目的ではなかったとして――他に何かあるかしら。今日になって襲撃が止んだ理由も含めて」

「そ、そんな事言われても……他なんて精々時間稼ぎぐらいしか思いつき――」



 ――その言葉に、二人はぴたりと動きを止めていた。

時間稼ぎという考え方は、当初からあった。だが、攻撃の激しさから、直接的な攻撃のほうに目的があると考えがちだったのだ。

しかし、もしも時間稼ぎが目的であったとしたら、今攻撃が止んでいるのは一体何故なのか。



「こちらに割く余裕が無くなった……違う、そんな筈がない。無尽蔵な魔物が、戦力不足になる筈がない……!」

「……現実を見なさい、ウルカ。正直、私も考えたくはないけれど……時間稼ぎをする必要が、なくなったのよ!」



 苦く、苦しげな表情で、ミラは歯を食いしばり顔を上げる。

考えたくはないが、辻褄は合ってしまうのだ。

カインはリーゼファラスの傍を離れられない状況であり、ミラたちも自動車以上の移動手段は持ち合わせていない。

つまり、自動車の動きを阻害してしまいさえすれば、この強大な戦力が到着するのを遅らせる事ができるのだ。

そして今現在、その阻害がなくなっている。それは即ち、これ以上遅らせる必要がなくなったという事を示しているのだ。



「スピードを上げて! それから、オリュークスの中まで踏み込まなくていい! 安全な位置で待機していて構わないから、そこまで全速力で! ウルカ、そっちも索敵は最低限で、魔力の消費を抑えなさい!」

「わ、分かりました!」

「索敵、きちんとやらなくて大丈夫なんですか?」

「正直、リスクは高いと思うけど……それ以前に、この状況を看過する事はできないわ。それに、もしオリュークスが襲撃されていたら……まず下層に危険が及ぶわよ、分かっているのでしょう?」

「ッ……はい」

「ある程度の位置まで来たら、私がリーゼを抱えて上層まで行くわ。もしもオリュークスが襲撃されていたら、貴方とカインは行くべき所に行って」



 苦い表情で呟くミラに、ウルカは驚いた表情で顔を上げる。

オリュークスの下層には、ウルカの家族がいる。そしてカインには、ガンスミスであるシーフェがいる。

一刻も早く彼らの元に駆けつけたいと考えているのは、紛れもない事実であった。

けれど、オリュークスの防衛に力を注がねばならない事も、また事実なのだ。

そちらに回らずに家族の元へ駆けつける事を許可したミラに、ウルカは目を見開いたまま問いかける。



「いいんですか? 確かに、速く駆けつけたいのは事実ですけど……」

「気持ちは分からないでもないもの。それに、都市の防衛には私が回るわ。リーゼを上層に放り込んだら、さっさと戻って敵の殲滅に回るわよ。貴方の力は炎だから、下手に攻撃すると大火災になるし……カインの方は、私の言う事を聞くとも思えないし」



 まあ、やる事が終わったなら協力してくれるでしょうけど、とミラは嘆息交じりに胸中で呟く。

カインは、己の目的を果たすために行動するだろう。

それを止める事は難しいし、それも仕方ないと諦めている。

それに――



(下層を護るべきなのは事実。けど……上層の方が優先順位が高い事も、また事実)



 ミラの考え方は平等だ。上層、下層という住み分けを全て平等に扱った上で、そう判断している。

国の中枢があるのは上層であり、これが壊滅すればこの国の動きが止まる事となってしまう。

そうすれば、後は完全に後手に回り、一方的に攻められる期間が続いてしまうだろう。

それだけは、絶対に避けねばならないのだ。



(出来る事なら、未然に食い止めたいけれど)



 もしも、敵の戦力が未だにオリュークスへと及んでいないのであれば、下層への到達の前に迎撃すれば済む話だ。

けれど、それはあまりにも希望的観測が過ぎるというものであろう。

今現在、魔物達の襲撃がないその意味――ミラは決して、それを軽視してはいなかったのだ。

カインやリーゼファラスという極大の戦力を足止めする必要がなくなったという事は――



(……もう、相手の作戦は成功していると考えるべき)



 ある程度の目的を達成したからこそ、足止めに戦力を割く必要がなくなった。

ならば、現状のオリュークスは一体どうなってしまっているのか。

テッサリア攻略のために戦力を割き、防衛力が低下している状態にある今のオリュークスは――



「お願い……!」



 最悪の可能性を考えながら、ミラはただ祈るように、遠くオリュークスの方角を見つめ続けていた。











 * * * * *











「いやはや、参ったわねこりゃ」



 外から聞こえてくる怒号や悲鳴に、工房に篭っていたシーフェは眉根を寄せながら顔を上げていた。

カインが所有し、シーフェが管理している家屋。オリュークスの下層の中でも比較的深い位置にあり、表通りからは離れているその場所は、昼間はあまり声も聞こえない閑散とした場所だ。

買い物の便はそれほど良くないが、工房を構えるには落ち着いていて都合の良い場所だったのだ。

しかし、今この場所には、遠くからの悲鳴が届くようになりつつある。



「……襲撃か。守りが手薄な時に狙ってくるとは、ちょっと拙いわね」



 かつての《奈落の渦》――星天の王によって支配されていた魔物達も、たびたびオリュークスに襲撃してきていたのだ。

けれど、それらの襲撃は全て、オリュークスに住まう能力者たちによって迎撃されていたのだ。

正印教会の本拠地であり、上位神霊ジュピターの分体が住まう場所。

その防御は堅牢であり、大きな襲撃も悉く跳ね返してきた。

けれど今現在、それを成し遂げてきた巨大な戦力は、その大半がテッサリアの奪還へと向かってしまっている。

無論この状況を考え、予備戦力は残してあるのだが、それでも今現在被害が発生してるという事は――



「予想以上の戦力が現れたか、予想外の何かが発生したか。まあ、こっちはしばらく動けないわけだけど」



 手元で組み立てられている黒いパーツを身長に持ち上げながら、シーフェは小さく嘆息を零す。

彼女が組み立てているものは、その職業の通り、魔力銃である。

大量の魔力消費と引き換えに常識外の威力を実現した彼女の魔力銃は、カインの愛用の武器でもある。

しかし、シーフェはそれに満足してはいなかったのだ。

カインが扱う武器が、その程度であっていいはずがない、と。



「まだ来るんじゃないわよ……せめて、これが完成するまで待ちなさい。後ちょっと、なんだから……」



 外から響く悲鳴も、絶叫も、意識の外に追い出して作業を続ける。

それに対して、何ら感慨など抱く事もなく。

何故なら、彼女にとって大切なものは、カイン以外に存在しないのだから。

それ以外の全てがどうなろうと、シーフェが気にする事はない。

全てを失ったシーフェにとっては、カインこそが世界の中心なのだ。

例え、『利用価値があるから』という理由で匿われたのだとしても、彼女は確かに恩義を感じていた。

故に、他のものなどどうでもよい。オリュークスが滅びようが、国全体が滅びようが、シーフェの知る所ではない。

今はただ、カインの武器を完成させる事。ただそれだけが、シーフェが己に課した存在意義なのだから。



「そう、これさえあれば……これさえ完成すれば……あんな玩具なんて、目じゃない兵器になる」



 出来上がっているパーツを一つずつ、慎重に組み上げていく。

シーフェが造り上げようとしているのは、漆黒の銃だ。

全てのパーツが――それこそ、内部のパーツまでもが黒い金属で出来上がった銃。

大きさや形状は、普通の魔力銃と変わらない。だが、その機構、その性質は、本来の魔力銃とは隔絶した能力を有している。

何故なら――銃を構成するパーツは、全てカインが能力によって生み出した金属を使用しているからだ。

材料となるパーツも、それを加工するための道具も、全てがカインの“死”の刃によるもの。

それは加工するだけでも難しい技術と危険を必要とし、組み上げる間に命の危険に晒される事も少なくはない。

だが、それでもシーフェは、その銃の作成を諦めはしなかった。



(あいつの武器を作ると決めて、あんな下らないものでお茶を濁して、ただこれの完成だけを目指してきたのよ……こんな所で、邪魔はさせない)



 持ち主の魔力を吸い取って強大な弾丸を放つ魔力銃も、シーフェにとってはただの遊び程度に過ぎない。

シーフェが目指したものは、カインの銃。カインのみに操れ、カインだけが絶大な力を発揮できる銃。

その為に、シーフェはただひたすら、カインの能力の研究を続けてきたのだ。

弾丸を撃てる機構を作るだけで、長い期間を要した。その刃に傷つけられれば、人間などあっという間に死に至る以上、作業は常に慎重と緊張を要した。

それでも、シーフェはただひたすらに、カインの為だけに全てを捧げてきたのだ。

――例え彼が、己の事を見ていなかったとしても。



(何だっていい、何だって構わない。あたしの印を、あたしだけにしか成し得ないものを、あいつの中に残したい)



 外を蠢く何者かの気配。届く悲鳴や、狂乱の声。

徐々に近づいてくるそれらに焦りを感じつつも、シーフェはひたすら作業に没頭する。

魔物が入り込んだとしても、迎撃できるだけの武装は用意してある。

兵士ミーレス》の2,3体程度ならば、シーフェ一人でも対処する事が可能だろう。

それでも、外に出て戦おうなどとは思わない。助けようとも思わない。



(カイン……さっさと、取りに来なさいよ)



 近付く気配の中、シーフェはただ、カインの事だけを考え続けていた。





















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