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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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99:終焉の始まり












「ッ、ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 獣も怯ませるような、激しい感情の篭った叫びが響き渡る。

それが己の叫びであるという事すら自覚しないまま、カインは己が能力を行使していた。

時間も、距離も、全てが邪魔。敵の元に辿り着くためには、障害となるものがいくつも存在している。

――故に、殺した。


 カインの放つ抹殺の意志は、その思考だけで超越ユーヴァーメンシュ内のあらゆる存在を殺戮する事が出来る。

生物は勿論、非生物、概念すらも。だが、自分と同格以上の力を持つ存在を、遠隔的に殺す事は不可能であった。

カインの有する絶対的な殺害権も、有効なのは己の力が通じる領域内まで。

己自身が別領域そのものである超越者を、ただの能力干渉のみで殺害する事は基本的に難しいのだ。

故に、カインは大鎌を振るう。死神として、死すべき相手を選別する。

時間と空間を殺して、アルベールの身へと大鎌を食い込ませて――彼の首は、既にそこには存在していなかった。



「あ……」



 目の前に敵が現れた事によって、アウルが反射的に振るった刃。

その一閃は、遥か格上の相手であるアルベールの首を切断し、斬り飛ばしていたのだ。

それだけで、彼の肉体的強度が低い事が伺えるだろう。これがリーゼファラスならば、刃が直接触れた所で傷一つ付かなかった筈だ。

だが、アルベールの身体はそれだけで斬り裂かれた。それは即ち、彼にとって防御力は重要な要素ではない事を示しているのだろう。

故に、この攻撃に意味はない。それを悟りながらも、カインは振るう刃でアルベールの身体を消し飛ばしていた。


 ――僅か刹那にも満たぬ間に、全ては終わり。


 動き出した時間の中で、ゆっくりと傾ぐ影が一人。

交じり合う二つの世界の中に赤い色を舞わせながら、アウルはその場に、ゆっくりと倒れていった。



「クソがッ!」



 怒りと、憤り。ない交ぜにしたままカインは叫び、倒れ行くアウルの身体を即座に抱き留めていた。

胸の中心に開いた拳大の穴は完全に背中まで貫通し、心臓の一部や背骨も穿って血を吐き出し続けている。

最早、完全なる致命傷だ。逆流した血で口元を汚し、未だ呆然と目を見開いているアウルを、カインは厳しい視線で見つめていた。

死をもたらす者であり、死を運ぶ者となったカインであっても、生を与える事は出来ないのだから。



「カイン、様」

「……お前も、終わるんだな、アウル」

「……です、ね」



 どこか苦笑のような、申し訳なさそうな表情を浮かべ、アウルは掠れた声で呟く。

今のカインに、他者の死を羨望する思いはない。それは最早、カインの願いではないからだ。

今の彼にあったのは、ただひたすら、強い悔しさだけであった。

自らが“死”でありたかった、“死”を選ぶ者でありたかったカインにとって、己自身の意志でアウルの終焉を選べなかった事が、何よりも口惜しかったのだ。



「え、今、何が……え?」

「アウル、そんな……そんな、事って!」



 未だ状況を把握し切れていないウルカと、怒りを露に地面を叩くミラ。

二人の視点では、何が起こったのかなど一切把握する事はできなかっただろう。

カインたちの力に圧倒され、突如として起こった異変に対処しきれず、その上でアウルが攻撃を受けたのだ。

だがそれでも、二人がアウルを仲間と認識していた事に違いはない。

戦場を共にした者が命を落とす事は二人にとっても初めてではないが――行動を共にする仲間が死に瀕している事は、あまりにもショッキングな出来事だったのだ。

けれど、彼らの視線を前にして、アウルはどこか満足そうな表情を浮かべていた。

その表情が、かつてテッサリアの街で命を落としていた男の死に顔に被り、カインは思わず目を見開く。



「アウル、お前は――」

「リ、ゼ……様」



 カインが問いかけようとしたその直後、アウルの視線がカインから外され、彼の背後へと向けられる。

そこに立っていたのは、呆然と目を見開いたリーゼファラスであった。

リーゼファラスのの瞳は揺れ、それと共に彼女の背負う世界もまた不安定に揺らいでいる。

これまで、一切揺らぐ事のなかったリーゼファラスの世界は、アウルが死に瀕すると共に大きく揺らいでいたのだ。

先ほどカインにかけられた言葉を証明している事すら気付かぬまま、リーゼファラスは声も出さずに――いや、声を上げる事すら出来ずに、アウルの事を見下ろしていた。

そんな彼女に対し、アウルは生気の抜けた表情で、淡く微笑を浮かべる。



「……あり、が……とう」

「アウル、アウル……私は」



 ふらふらと歩み、まるで力が抜けたかのようにアウルの前に跪く。

纏う戦姫の衣が力の欠片にほどけて消えても、それにすら気付かずに。

そんな彼女へ――アウルは、穏やかに、満足そうに、薄れかけた声を発する。



「きれい……でし、た。リーゼ、様……」



 そっと、震える手が伸ばされて。

反射的にそれを掴んだリーゼファラスは――その瞬間、大きく表情を歪めていた。

悲しみに歪んだ、慟哭の貌を。



「違う……違います、アウル! 私が貴方に見せたかったのは、こんなものじゃない! こんな、ものじゃ……!」



 血の気の失せたアウルの手を両手で包み、己の額へと寄せながら、顔を隠しつつアウルは叫ぶ。

美しいものを魅せると、そう宣言してリーゼファラスはアウルを己の従者としたのだ。

リーゼファラスにとってそれは、《女神》の世界を作るための宣言でもあった。

世界から《奈落の渦》を駆逐し、いかなる者もこの世界を穢す事のない、清らかなる地平を築く事。

その最果てを見せると、リーゼファラスは約束していたのだ。



「私の世界など、紛い物でしかない! こんなもので、満足するなど――!」

「いいん、です……ほん、とうに……きれ……ぃ」



 けれど、アウルは満足そうに笑う。

涙を流すリーゼファラスに対して、諭すようにしながら。

本当に、心の底から美しいと――その二つの世界に包まれて果てる事が、何よりの幸福なのだと。

アウルを抱き留めるカインは、彼女の辿り着いた“死”が、彼女にとって満たされたものであると理解してしまっていた。

故に、カインはその死を否定する事はない。

アウルは懸命に生き、戦い抜いて、そして心の底から求めるものに辿り着く事が出来たのだ。

彼女の死を、彼女の生を、無意味なものだと嗤わせはしない。

肩を抱く手に力を込めながら、カインはじっとアウルの顔を見つめ続けていた。



「リー、ゼ……さま」

「アウル、お願い、私は……ッ!」



 一方で、リーゼファラスには、この結末は認められるものではなかった。

超越ユーヴァーメンシュの中にさえ、他者の要素を取り込んでいる彼女なのだ。

その要素の対象となる相手を喪う事など、彼女に認められる筈がない。

けれど、最早その結末を覆す事は不可能だった。


 ちらりと、アウルの視線が動く。

既に光を失いつつあるその瞳は、カインの方へと向けられていた。

その瞳の中に映る意志を正確に読み取って、カインはわずかに目を伏せる。



(荷が重い……とは、言えないか。俺も、コイツを知ってしまった)



 リーゼファラスを頼むと、言外に告げてくるその視線。

何故己に対してそれが向けられたのかを理解できぬほど、カインは己の行いに対して無自覚ではなかった。

今や、カインはリーゼファラスの理解者の一人となったのだ。

彼女に対して何かを求めている訳ではないが、重要なファクターとなったことは否定できない事実である。

故に、それを任せられるのはカインを置いて他にいなかったのだ。


 ――故に、カインはそれを受け入れる。


 元より、死を尊ぶカインが、死に瀕したアウルの言葉を否定する事などありえない。

今、カインが贈れるものは、死に逝くアウルに対する《安寧》だけだ。

せめて、安らかなる眠りを――その意志だけを込め、カインは視線を合わせて首肯する。

それを目にして、アウルは心から安心したように、淡い笑みを浮かべていた。



「リ……ゼさ、ま……カイ……ンさ、ま……」



 血はとめどなく流れ、リーゼファラスが握る掌も、徐々に力を失っていく。

それでも、彼女の笑みだけは。望みへ辿り着き、願いを果たした満足だけは。

僅かな陰りも存在せずに、輝き続けて――



「……ぁ、りが……ぅ、し、ぁ……ゎ、せで……し、た」



 ――リーゼファラスが握っていたアウルの手は、力を失って零れ落ちていた。



「ぁ……」



 ただ呆然と、地に落ちた手を見つめて。

そして、満足そうな笑みのまま目を閉じた、アウルの死に顔を目の当たりにして。


 ――リーゼファラスの超越ユーヴァーメンシュは、揺らぎの中に霧散していた。


 己の意志の望まぬままに超越ユーヴァーメンシュの力を解除された衝撃は、そのままリーゼファラスの魂を打ち据える。

その衝撃に耐え切れず、リーゼファラスはアウルの亡骸に折り重なるようにしながら崩れ落ちていた。

彼女の身も纏めて抱きかかえ、カインは小さく嘆息を零す。

――考えうる限り、最悪の一歩手前に近い状態であるが故に。



「リーゼ! それに、アウル……!」

「今は起こそうとしても起きんだろうよ。それより、お前らは撤退の準備をしろ。奴は、まだ生きてるぞ」

「な……カインさん! だったらここで、あいつを見逃すって言うんですか! アウルさんに、こんな事をした……ッ!」

「まあ、お前らに分かれとは言わんが……奴は、俺よりも格上だ。俺が殿を務める、とっとと脱出しろ」



 言いながらミラにリーゼファラスを、ウルカにアウルを押し付けて、カインは大鎌を手に立ち上がる。

感情の滾る血の様に紅い瞳が向かう先は――離れた場所に立っている、黒い髪の少年だけだ。

その姿を認識して、ミラとウルカは息を飲む。その少年が、全くの無傷であったが故に。



「行けっ!」

「ッ……撤退するわ!」

「ちく、しょう……っ!」



 カインの言葉に尻を叩かれ、二人は歯を食いしばりながらもその場から離脱する。

プラーナは従前にあるが故に、その足は十二分に速い。だが――超越者からすれば、子供だましでしかない速度だ。

カインにとっても、アルベールにとっても。

己の力で保護しているとは言え、カインではアルベールの力を防ぎきる事は出来ない。

それでも、ミラ達が攻撃を受けていないのは、彼に攻撃の意志が無いためであろう。

少なくともアルベールは、現状ではカインとリーゼファラス以外の全てに対して興味を持ってないのだ。



「なるほど、こうなっちゃったか。でもまぁ、それだけ近くなったかな?」



 独り言のような呟きは、どちらかといえばカインに対する挑発に近かっただろう。

それを正面から受け取り、カインは小さく溜息を吐き出していた。

“死”という結末は、カインが常時考慮している可能性である。

今の仲間達に対しても、どのような形で終焉が訪れるか、ある程度考えてもいたのだ。

そして“死”は、カインにとって容易く受け入れられる概念でもある。故に――アウルの死に対して、憎悪を抱くような事などなかった。

命を落としかけるような状況であれば、当然助ける。まだ死すべき時ではないと、そう考えるが故に。

だが、アウルは確かに満足していた。満たされたままに、終焉を迎えたのだ。



「あいつにとって、良い事だったか、悪い事だったか……判断は、難しい所だな」

「ん、何だい?」

「あいつの死には、納得するさ。あいつが満足していた以上、俺から言う事はない。だが――」



 刹那――カインの放つ抹殺の意志が、黒き墓標の丘を紅月の輝きとなって埋め尽くす。

より闇を濃くし、瞳を紅く輝かせ、カインはその大鎌をアルベールへと向けた。



「貴様が俺達の敵である事を望むなら、そうしてやろう。アルベール、無価値の男。貴様が無意味な“死”を振りまくならば、俺の望まぬ“死”を振りまくならば――貴様は、俺の敵だ」

「……あはは」



 その言葉に、アルベールはただ楽しそうに笑みを浮かべていた。

発せられた小さな笑みには、どこか本物の感情が込められて――けれどそれを、酷薄な笑みで埋め尽くす。

隠すように、遮るように、否定するように。アルベールは両腕を広げて、カインに対して宣言する。



「僕は、世界の敵となる。この始まりの地で、全ての終わりを始めよう。止めたいならばかかってくるといい、僕はいつでもここにいよう」

「……高みの見物でも決め込むつもりか」

「ああ、無論その通りだよ。僕を止めたいなら、ここまで来なきゃ駄目だ」



 クスクスと笑い――アルベールの気配が、膨れ上がる。

彼の身から溢れ出す闇はカインのそれよりもなお深淵のように昏く、どこまでも落ちていくような錯覚を覚える。

そして、その闇の中には、無数に蠢く魔物の気配――



「《奈落の渦》……取り込みやがったか、テメェ」

「あんなのに持たせていたら勿体無いだろう? さあ、開幕だよ、死神さん」



 膨れ上がる気配は、あまりにも巨大。

無数と言わざるを得ないその数に対し、カインは大鎌を振るい力を昂ぶらせる。

それを見て、アルベールは不敵に笑み――その力を、解き放っていた。



「全ての終わりを始めよう。僕と、君と、彼女と。最果てへ、辿り着くために」



 黒く、暗く、全てを染め上げるように、黒い魔物は湧き上がる。


 ――《大侵攻》と評される無数にして無尽蔵な魔物達の襲撃は、この日、この時より始まったのだった。





















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