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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
1章:始まりのエチュード
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09:戦いへ向かう者たち












「まずは、貴方たちに労いの言葉を。よくやってくれたわ。貴方たちの尽力のおかげで、クレーテはとりあえず難を逃れた」



 戦闘を終了し、集合した者たちへ、ミラはまずそう声を上げた。

此度の戦いは、突然の襲撃に対する対応と言う意味でなら大金星だと言っても間違いではないだろう。

相手は《将軍ジェネラリス》こそいなかったとは言え、3000という圧倒的なまでの物量。

この場にミラが、リーゼファラスがいなければ、とてもではないが無傷とは行かなかっただろう。

前衛に負傷者こそいるものの、死者は無し――本来ならば、ありえない戦果であると言える。



「とは言え、ここから先も油断の出来ない状況は続くわ。《奈落の渦》は核を潰さない限り、あの魔物たちを吐き出し続けるのだからね。故に私達は、《奈落の渦》の奥底にある核を破壊する必要があるわ」



 純粋な事実ではあるが、ミラの発したその言葉によって、周囲の者たちに緊張が走る。

当然と言えば当然だろう。《奈落の渦》の中は、核を護る為に迷宮化しており、内部には多数の魔物が存在している。

今回のように距離を開けたまま一網打尽にするという方法は使えず、大規模な《渦》の中に入り込むのには決死の覚悟が必要となるだろう。

その中に入って生き残れる自信がある者など、ほぼ存在しないと言っていい。

そしてその事は、ミラも十二分に承知していた。



「無論、貴方たち全員に付いて来て欲しいとは言わない。悪戯に人員を増やしたところで、死者を増やしてしまうのが関の山だわ。だから、《渦》に突入する人員は追ってこちらから連絡する。残った者たちには、私達が戻るまでクレーテの警備を命ずるわ」



 《渦》の内部に入り込むには、少数精鋭が望ましい。

大人数では士気を保つ事も難しく、末端まで注意が行き届かない事が多いのだ。

上層だろうが下層だろうが、ミラは決して味方を無駄に死なせるつもりなど無い。

最低限の数で最高の戦力を――彼女が考えている事は、ただそれだけだった。



(尤も、それはリーゼファラス一人にやらせるのが一番なのかもしれないけれど――)



 胸中でそう呟き、ミラはかぶり振る。

リーゼファラスが尋常ではないほどの技量と能力を持っていることは分かっているのだ。

けれどミラは、未だ彼女の事を信用し切れていない。理解できない、と言い換えてもいいだろう。

何故彼女が自分に協力を申し出たのか、彼女の力が一体何なのか、それが分からないのだ。

人間は、理解できないものを本能的に恐れる。それを自覚していたとしても、ミラはリーゼファラスを一人で動かす気にはなれなかった。



「残った者たちの指揮に関しては、このクレーテの責任者であるフィニクス大司教に一任するわ。私達が出発した後の事は彼女に任せる……この街を頼んだわよ」



 返事の代わりに、ミラの目の前にいる面々は、足を踏み鳴らしつつ敬礼の姿勢をとった。

今回は上層の者たちだけではなく、下層の者たちもそれに倣っている。

彼らもまた、ミラの圧倒的な力と、下層の者を蔑視しない高潔な魂を認めていたのだ。

彼女の指示ならば正直に従ってもいいと、彼らはそう考えていた。

そんな彼らの姿勢に、ミラは小さく笑みを浮かべる。



「よろしい。では、事後処理の後に一時解散するわ。今日はゆっくりと身体を休めなさい」



 ミラはそう言い放つと共に踵を返す。

そして彼女が退場した後に、そこに残っていた面々は各々の事後処理へと向かっていった。

そんな気配を背中で感じつつ、ミラは自信の右手側へと視線を向ける。

そこに、二人の少女が立っていた。



「お疲れ様ですね、ロズィーア」

「貴方も少しは顔を出したらどうなのかしら。後衛で戦っていた者たちには、大層な人気ぶりのようだけど」

「興味ありませんので」



 相変わらずなリーゼファラスの言葉に、ミラは小さく嘆息する。

が、彼女は気を取り直すと、改めて目の前の二人へと声を上げた。



「少々、貴方のメイドを借りても良いかしら?」

「彼らを呼ぶのでしょうか?」

「ええ、そういう事よ。私も貴方も少々目を引き過ぎる。まあそのメイドも随分と目立っていたけど……」



 ちらりとアウルの方へと視線を向け、ミラは目を細める。

距離が開いていた為あまりしっかりとは確認できなかったが、ミラは彼女が発揮した異様な力を認識していた。

神霊契約の力ではない――つまり、魔力を感じ取れないただのナイフで、厚い装甲を持つ《兵士ミーレス》や《重装兵クルス》を容易く断裁した力。

リーゼファラスの力と並び、アウルの力もまた、異質にして異様なものだった。



「それでも、顔が広く知られている私たちよりはマシでしょう。頼んでもいいかしら?」

「ええ、アウル」

「はい。承知しました、リーゼ様」



 恭しく礼をし、アウルはその場から離れてゆく。

そんな彼女の背中をちらりと見つめて、ミラは小さく嘆息を零していた。

元より彼女たちが普通だと思っていた訳ではない。しかし――



「……はぁ。私の理解を超えているわね」

「あら、聞かないんですか?」

「聞いても素直に答えてくれるとは思えないのだけれど」



 目を細め、意識を研ぎ澄ませるようにしながらミラはリーゼファラスを見つめる。

飄々と、自然体でいる彼女は、そんな威嚇の視線に対してもまるで反応する事は無かったが。

舌打ちしたくなる気持ちを抑え、ミラは視線を逸らす。



「いいわ、今は聞かない。貴方の実力を把握する事は確かに必要かもしれないけれど――こちらも、追及できる立場ではないものね」

「そうですね……確かに貴方は、『拝謁』の資格を持っていません。話した所で、実感は出来ないでしょう」



 そんなリーゼファラスの言葉に、ミラはぴくりと眉を跳ねさせた。

拝謁――それは、正印協会の中でも選ばれた者にしか行われない儀式であるとされている。

近年でも、それが行われたのはリーゼファラスが拝謁を行った時のみ。

件の儀式は、未だ謎に包まれたままなのだ。一体どのような条件でその儀式が行われるのか、何も分かっていない。

ただ、拝謁は教会に所属する者にとって最大の栄誉であるとされている。

ミラも、若干ながら羨望の感情を持っていた。



「ですが――そうですね。今回の戦いで、彼の事を見極めようと思います」

「彼、とは……神霊ヴァルカンの契約者、ではないのでしょうね」



 下層の出でありながら、上位神霊との契約を結んでいたあの少年。

前衛が誰一人かける事無く戦闘を終える事が出来たのは、彼の貢献が大きいだろう。

突出して戦闘を行っていた面々は何人かいるが、黒衣の男と銀髪のメイドは広域に破壊力をばら撒けるような攻撃手段を持っていなかった。

その点において、契約者の少年、ウルカは優れていたと言ってもいいだろう。

けれど――



「貴方のメイドもそうだけど……あの黒衣の男も、また異常だった。契約者の少年の力は私にも理解できるけれど、あの男は理解不能だわ」



 目を細め、ミラはそう告げる。

黒衣の男、カイン。手に携えるのは漆黒の刃と白銀の魔力銃。

身体能力は非常に高く、上位神霊の契約者にも付いて行けるほど。

漆黒のファルクスは強固な《渦》の魔物たちの外殻を容易く斬り裂き、絶命させる。

そして魔力銃より放たれる弾丸は一発一発が非常に強力であり、契約者ですらありえないほどの戦闘能力を有している。



「貴方のメイドと、彼。身体能力と、戦闘技能――どちらもありえないと言うのは分かっている。けれど、それ以上に……彼らの使っている武器は、何?」



 《重装兵クルス》の巨体を寸断するナイフとファルクス。

魔力を感じないのに――“魔剣”ではないのに、異常な力を発揮するそれ。

カインに至っては、銃も異常だ。あれだけの威力を持つ弾丸は、消費する魔力もそれ相応に大きい。

だと言うのに、弾切れになる気配が欠片も存在しないのだ。

どれだけ巨大なカートリッジがあったとしても、あの威力をあれだけ連射するなど不可能だと言うのに。



「あのメイドを従えている貴方は、そしてあの結晶の力を持つ貴方は……それが何か、知っているのね?」

「…………」



 リーゼファラスは沈黙する。

答えを拒絶したからではない。彼女はただ、口元に満足そうな笑みを浮かべている。

『最強の聖女』だから――そんな下らない理由で思考停止をしない、真っ直ぐな彼女に対して。

心の底から、賞賛を送るように。



「――正確に言えば、知りません」

「嘘ね」

「嘘であり、本当でもあるといった所でしょう。貴方の予想は当たりです。私と、アウルと、そして彼。有している力は、確かに同種の物でしょう」



 嘯くように、リーゼファラスは嗤う。

麗しく儚げな聖女の容貌を、水晶のように透かせながら。

ミラがそれを水晶のようだと思ったのは、内側にある思いが透けて見えていたからだ。


 ――そこにある、歓喜が。



「けれど、私はその正確な部分までは知りません。だから見極めるのですよ、ロズィーア。彼が拝謁に相応しい人間であるかどうか……聡明な貴方ならば、分かるでしょう?」



 成程、と――ミラは、胸中で呟く。

つまりそれ・・が、拝謁の資格であるという事だ。

その力の意味を、ミラはまだ知らない。けれど――



「……貴方が一人で《奈落の渦》に挑まないのは、そういう理由かしら?」

「ふふ」



 リーゼファラスは小さく笑う。否定する事無く、蠱惑的な笑みを。

本来ならば、ミラでは彼女の行動を制限する事はできない。

階級の上でもそうであるし、実力の上でもその通りだ。

指揮官と言う立場を与えられているため、指示を出す権利は与えられているが、特権階級であるリーゼファラスはそれを拒否する事も可能だ。

けれど彼女は、一人で《奈落の渦》に挑もうとはしていない。

それが確実であったとしても。彼女がそれに足る実力を持っていたとしても。

彼女は、己の価値観・・・を優先する。



「……私、やっぱり貴方が嫌いだわ」

「そうですか。私は貴方の事を気に入っていますよ」



 ミラの言葉にも、リーゼファラスはにっこりと笑ってそう答える。

他人の意思など関係ないと言うように――ただ、事実を淡々と口にする。

そんな彼女の在り方に、ミラは若干の恐怖を抱いていた。

それを口にしようとした――その、瞬間。



「皆様をお連れしました」



 銀髪のメイドが、四人の人物を連れて姿を現す。

出鼻を挫かれ、言葉を失ったミラは、小さく嘆息しながらそちらへと向き直った。

傭兵隊の二人、ヴァルカンの契約者の少年、そして件の男。

彼らの姿を順に確認して、ミラは声を上げる。



「集まってもらった事に感謝するわ。そして、此度の戦いは本当にご苦労様……あなた達のおかげで、最小限の犠牲で済ます事が出来た。感謝してもし切れないわ」



 まずミラが発したその言葉に、一同は面食らった様な表情を浮かべる。

呼び出されてまず感謝の言葉を述べられるとは思っていなかったのだ。

流石に、ミラならばそういった言葉を口にしても不思議はないと思える程度には、彼らもこの誇り高い少女の性質を理解していたが。

ともあれ、本題はそこではない。それは、両者とも分かっている事だ。



「貴方たちに集まって貰ったのは他でもない……《渦》の核を潰す作戦に、参加して欲しいからよ」

「参加させる、じゃねぇのか?」

「強制はしないわ。元々、そこまでは契約に入っていないもの」



 遠慮のないカインの物言いにミラは若干驚いたものの、言葉を詰まらせる事無くそう口にする。

傭兵たちとは、最初からある程度の契約を結んでいる。

その要件の中には、《渦》の核を潰す仕事に関しては明記されていなかった。

つまり彼らの義務は、クレーテの防衛のみにあると言ってもいい。



「けれど、この作戦に加わってくれるなら、相応の追加報酬も出すわ。貴方達の実力には、それ相応の価値がある――私は、そう思っているもの」



 上層下層関係なく、力が有るか無いか。

それを言外に含ませながら、ミラはじっとウルカの瞳を見つめる。

対抗するかのように見つめ返してくる彼に小さく笑みを浮かべながら、ミラは改めて四人へ視線をめぐらせた。



「さて、どうかしら?」

「……僕は、参加します」



 最初に口にしたのはウルカだった。

彼はじっとミラの事を見つめ、まるでその真意を探るようにしながら、淡々と続ける。



「元々そのつもりでした。貴方達だけに、奴らとの戦いを任せるつもりはありません」

「……私達は信用に足りないかしら?」

「上層の人間が下層の人間に信用されると思っているのでしたら、随分と気楽な思考だと思いますよ。ただ……」



 僅かに、ウルカは視線を俯かせる。

彼の言葉の中には、相かわず上層に対する敵意が存在している。

しかし、それに僅かながらの迷いが生じているのも確かであった。

その原因は何よりも、今目の前に立っているミラなのだ。



「貴方は、他の連中とは違う……貴方個人であったら、多少信用してもいいと、そう思います」

「そう……なら、貴方の信用を勝ち取れるように努力するとしましょう。そちらは、どうかしら?」



 ウルカの抱いている憎しみは、簡単には払拭できないほどに強い。

それを理解して、ミラは小さく息を吐きながらも頷いた。現状の、人々の意識そのものへの苛立ちを胸中で吐き出しながら。

そして、ミラが次に視線を向けた先にいたのは、揺らめく黒衣を纏う男。

カインは、相変わらず皮肉気な笑みを浮かべたまま、態度を崩さず声を上げる。



「ああ、参加するぜ。中々出来ない経験だしな」

「……まあ、深くは聞かないわ」



 とてもではないが、正気とは思えない発言である。

けれど彼の実力は確かなものであり、その力を借りられるのであれば、ミラとしても文句はない。

出来る限り万全の状態で挑む事こそが、彼女の仕事なのだ。

しかし、残る二人はそうも行かなかった。



「わりぃが、俺たちは遠慮させてくれ」

「参加は出来ない、と?」

「ああ。傭兵は身体が資本だ。元々、俺たちは無茶をしない主義なんだよ。契約の時、散々確認しただろう?」

「ええ、覚えているわ。駄目で元々と言う部分はあったし、それでも構わない。とにかく、作戦に加わってくれるのは貴方たち二人と言う事ね」



 ガンツの言葉に小さく苦笑のような表情を見せつつ、ミラはそう口にする。

そんな彼女の言葉に対し、カインとウルカは落ち着いた表情で頷いて見せた。

二人の答えに内心で安堵し、ミラは声を上げる。



「感謝するわ。連絡は追って寄越すけれど……恐らく、出発は明日になる。しっかりと、身体を休めて頂戴」



 向かう先は死地。けれど彼らは、各々の目的を胸にその場所へと向かう。

本当の戦いの足音は、徐々に近づいてきていた。





















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