SF作家のアキバ事件簿267 ミユリのブログ ヲタ夢の先に
ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!
異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!
秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。
ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。
ヲトナのジュブナイル第267話「ミユリのブログ ヲタ夢の先に」。さて、今回は、寝ているヲタクの夢に入れる妖精メイドの百合物語。
僕の元セフレは、メイド弁護士の夢の中で、自分にプロポーズする彼女を見てしまう。スーパーヒロインに覚醒した彼女は、その秘密を言い出せなくて…
お楽しみいただければ幸いです。
第1章 ミユリのブログ
"秋葉原メイド協会のマデラは言った。
「これから、テリィたんとの接触を禁止します」
あまりにも唐突だったので、
私は一瞬、聞き間違えたのかと思った。
けれどマデラは、いつもの穏やかな顔をしていた。
「テリィたんは出入り禁止。
もちろん、貴女も例外ではありません。
もし今後、御屋敷でテリィたんに接触したり、
御給仕をしたりした場合は……」
そこで1度、言葉を切った。
「即、大阪の日本橋の御屋敷へ移ってもらいます」
日本橋。
アキバのメイドにとって、
それがどんな意味を持つのか、私は知っている。
「……そこまでするんですか?」
思わず聞き返した。
マデラは、微笑んだ。
私に代わって
メイド長になった人の微笑みだった。
「ええ。全寮制の御屋敷よ」
全寮制。
つまり、逃げ場はない。
「貴女からテリィたんを遠ざけるためだったら
私は何だってするわ」
その言葉だけが、なぜかブログを描く今も
未だ耳に残っている。
メイド協会の規則。
御屋敷の秩序。
そして、テリィたん。
世界はいつだって、
もっとも大切なものを守るために、
もっとも大切なものを遠ざけようとする。
私はまだ、その意味を知らなかった。
このときはまだ。
ただ、私はアキバのメイドだという思いだけが
妙に大きく残った。"
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヲタッキーズのエアリには
人が見ている夢の中へ入る能力がある。
彼女は、それを便利な能力と思ったことはない。
人が誰にも見せたくないものが見えてしまうから。
だから、かつて親友だったアレクの夢が
エアリと完璧なデートをすることと知ったときも
エアリは、ただ呆然とする。
夢の中のアレクは笑っている。
現実では、決して見せなかった顔で。
そして、夢の中のエアリは
そのことを知らないふりをしている。
「エアリ」
「何?」
「僕と、コスプレ盆踊りへ行きますか?」
そんな、少し変わった誘い。
そして、コスプレ盆踊りの夜。
夢ではなく、現実の世界で
2人はキスをする。
「交通事故でアレクが死んだ」
棺に手を置き、喪服のエアリは泣き崩れる。
夢には、続きがない。
そして、今。
エアリはジェシと向かい合っている。
互いの瞳をじっと見つめる。
言葉より先に距離が縮まる。
唇が触れる。
短いキス。
離れて、また笑う。
今度は、夢ではない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーツ通り。
人々が行き交う午後の街を
ジェシが颯爽と歩く。
メイド服。
彼女は、メイド弁護士だ。
ふと足を止め、通りの向こうにいるエアリを見る。
微笑む。エアリも微笑み返す。
2人の間を、車が1台通り過ぎていく。
まるで世界線そのものが
2人のために編集されたようだ。
「1枚」
エアリは、劇場のチケットを買う。
「どうぞ」
映画館。
スクリーンの光が、暗い客席を照らしている。
エアリの頬を涙が伝う。
ジェシは何も言わず、そっとハンカチを差し出す。
エアリは、受け取る。
映画が終わる。
2人は手をつないで劇場を出る。
夕暮れの街。
ジェシがふいに言う。
「まさか、彼と結婚するとは思わなかったわ」
エアリは、少し驚いてジェシを見る。
「そう?」
「うん。心から愛してた。一途だったもの」
エアリは、黙って歩く。つぶやく。
「障害なんか、関係ないのね」
その言葉に、ジェシは少しだけ笑う。
「とにかく、勇気のある女性だったわ」
「誰が?」
「相手の真の姿を見ようとしていた人」
ジェシは、前を向く。
「昔の映画って、大好き」
「どうして?」
「いつも必ずハッピーエンドだから」
ジェシは、笑う。
「ヒロインが最後には
ちゃんと悪の女幹部を倒すみたいに?」
「現実も、そうだったらいいのにね」
「大丈夫」
ジェシは、エアリを見る。
「夢は叶うわ」
2人は立ち止まる。向き合う。微笑み合う。
けれど、どちらもその先の言葉は口にしない。
ジェシが視線を外す。そして歩き出す。
エアリは、その背中を見送る。
夢の中では、何度でも未来をやり直せる。
けれど現実には、一度しかない。
だからこそ――
次に、誰かが差し出す言葉をエアリは知らない。
それが人生で初めて聞くプロポーズになることも。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベッドの上。
エアリは2人で撮ったプリクラをじっと見ている。
笑っているジェシ。
その隣で、少し照れたように笑っている自分。
「……ジェシ」
名前をつぶやき、エアリはプリクラを胸元に置く。
そして、目を閉じる。
夢の中へ。
ジェシの夢へ…
神田明神。
中山道に面した青銅色の明神鳥居の下。
エアリとジェシが向かい合っている。
2人はキスをする。
その光景を、少し離れた土産物屋のテーブルから
エアリが見ている。
「……私?」
夢の中なのに、夢を見ている自分がいる。
妙な感覚だ。
その時だ。
ジェシは、エアリの前に進み出る。
そして、膝を折る。
「え……?」
エアリの息が止まる。
ジェシが、小さな箱を取り出す。
蓋が開く。指輪。
そして、ジェシはエアリを見上げる。
「結婚して」
世界から音が消える。
エアリは唖然として、ただジェシを見つめている。
夢の中のエアリは、泣きそうな顔で微笑む。
そして差し出された指輪を両手で大切に受け取る。
指に通す。キラリ、と光る。
「……」
エアリは、その光を見つめている。
幸せだ。あまりにも幸せで……
だからこそ。
エアリは、ふいに目を開ける。
ベッドの上。
薄暗い部屋。
現実。
「……ウソでしょ?」
プリクラを握りしめる。
顔が熱くなる。
「ヤダ……どうしよう?」
誰より先に、未来を知ってしまうエアリ。
第2章 指輪物語
昼下がりのパーツ通り。
宝石店のショーウインドウの前で
エアリは立ち止まっている。
無数の指輪。
小さな光が、昼間の秋葉原に浮かんでいる。
その中の1つをエアリはじっと見つめている。
「結婚指輪を見てるの?」
声がする。
「下見かい?」
エアリの身体が固まる。
その声を、忘れたことはない。
「……アレク?」
振り返る。
そこに、アレクがいた。
いつものように笑っている。
まるで、何もなかったみたいに。
「どこにいたの?」
エアリは、思わず1歩近づく。
「会いたかった」
アレクは、少し困ったように笑う。
「そのセリフ、生きてる時に聞きたかったな」
「アレクったら……」
エアリは、笑う。
泣きそうになりながら。
「冗談だよ」
アレクは、そう言って
宝石店のショーウインドウを見る。
「冗談」
指輪が光っている。
エアリは、その光から目を離せない。
未来の指輪。
それとも、過去の指輪。
その違いが、まだエアリには分からない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
モーニングの時間帯。
ミユリさんは、カウンター越しに注文を告げる。
「チリドッグ」
「ポテトは?」
メイド長代行のマデラから声が返る。
ミユリさんは、顔を上げる。
「あら?注文があると言いましたか?」
「……」
「スクランブルエッグとバタートースト」
黙るマデラを尻目に
親友メイドのスピアが割り込む。
「ああ、雰囲気悪い」
「そう?」
ミユリさんは、笑顔のままだ。
「じゃあ、革命でも起こさない?」
「革命?」
「一緒に店を焼き払うの」
「テリィたんの御屋敷よ?」
スピアが目を丸くする。
「もうヤケクソね。いつまで続けるの?」
「マデラ次第よ」
ミユリさんは、スクランブルエッグを皿に盛る。
「お気の毒」
スピアがため息をつく。
「私は、ホール担当として
週90時間も勤労奉仕させられてるのよ」
「90時間?」
「ただし、このモーニングの
油でべとべとの煙を毎日吸ってたら、
私、そう長くは生きられないと思う」
「それはお気の毒」
「しかも、何かあると、
すぐ日本橋行きだって脅かされるの」
「でも、そうなったのは――」
スピアは、慎重に言葉を選ぶ。
「テリィたんとコンビニ強盗したせいでしょ?」
ミユリさんは、即答する。
「別に強盗したわけじゃないわ」
「……」
スピアは、黙る。
そして、深い溜め息をつく。
ミユリさんは、何事もなかったように
次の皿を運ぶ。
朝の御屋敷は、油の匂いと壊れた恋の
匂いがしている。
そして、アキバのどこかでは……
誰かが、誰かのための指輪を探している。
まだ、それが同じ未来につながっていることを
誰も知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アレクの亡霊は、
ショーウインドウの指輪を眺めながらつぶやく。
「知り合って、まだ数ヶ月だろう?」
「やめて」
エアリは、指輪から目を離さない。
「元カレに恋愛相談をする趣味はないの」
「僕は、もう死んでるから、嫉妬しないよ」
「そういう問題じゃないの」
「じゃあ、正直に言ってみなよ」
アレクは、笑う。
エアリは、しばらく黙っている。
それから、小さな声で言う。
「こんな気持ちは、初めてなの」
「……」
「彼女と、一生そばにいたいと思うの」
アレクは、黙り込む。
少しして、亡霊らしい低い唸り声を上げる。
「うーん……」
「何よ」
「ちょっと傷ついたかも」
「死んでるのに?」
「死んでても傷つく時は傷つくんだよ」
秋葉原の朝は、死者にも容赦がない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
スピアは、オレンジジュースをグラスに注ぐ。
「おはよう」
そこへ、夜勤明けのマリレが御帰宅する。
笑顔満面だ。
「おはよう」
そして、いきなりキス。
「夜勤お疲れ様。疲れた?」
「くたくたよ」
マリレは椅子に座った。
「今夜、ここのキッチンのバイト入ってたっけ?」
「今夜は、カルチャーセンターよ。ラテン語」
スピアは、笑う。
「それより、土曜は大丈夫?」
マリレが首を傾げる。
2人は、ボックスシートに並んで座る。
「土曜って何だっけ?」
「2人っきりのディナー」
「……今日は何曜?」
「木曜日。ねぇ少し眠れば?」
「わかった」
マリレは、メニューを開く。
「まずパンケーキ」
「私にもお願い。コーヒーもね」
その瞬間だった。
仲間たちが、どやどやと店に入ってくる。
「メイドちゃん、目玉焼きとミルク!」
「一番でかいグラスでね!」
「私はベーコン添えて。それからフレンチトースト!」
「私はソーセージとベーコン!」
「全員にオレンジジュースとお水!」
みるみるうちにボックスシートが埋まっていく。
「あとコーヒーね!」
スピアは立ち尽くす。
マリレが言う。
「スピア。このあと仮眠を取るんでしょ?」
「じゃあ、クリーム入れて」
唖然とするスピア。
そして、静かに歩き去る。
その背中に声が飛ぶ。
「あのメイドちゃん?」
「スピアよ」
「家でもメイド服着てくれるの?」
「萌えー!」
下卑た笑い声。
24時間ファミレスのナイトチームだ。
ココは、夜勤明けのバイト仲間たちが
朝食を食べながら人生について語る場所。
もっとも、人生について語る前には
まず朝食を注文しなければならない。
そこへエアリが御帰宅する。
「何にする?」
「テイクアウトよ」
その瞬間。
ボックス席からゲラゲラと笑い声が上がる。
エアリはその声を聞き少しだけ嬉しそうに笑う。
「あの派手な笑い声……マリレ?」
「そうみたい」
スピアは、口を尖らす。
「何か飲み物は?」
「No thank you」
エアリは、少し考える。
「でも、ちょっと聞いても良い?」
「何?」
「ねえ」
エアリは、何気ない顔で尋ねる。
「もし、プロポーズされたらどうする?」
ガシャン。
スピアの手から皿が落ちる。
床に叩きつけられ、粉々になる。
「おおーっ!」
「きたー!」
「プロポーズ!」
ボックス席から一斉に冷やかしの声と拍手が湧く。
マリレが慌てて手を振る。
「やめて、みんな。静かに!」
ようやく店内が静かになる。
スピアが、声を潜める。
「……あなた、誰かにプロポーズされたの?」
「違うわ」
エアリは即答する。
「社会学の授業で、今リサーチしてるの」
「リサーチ?」
「そう。ただのリサーチよ」
スピアは、エアリをじっと見る。
「それでテーマは?」
「テーマ?」
「腐女子と時空漂流者の結婚について?」
「ねえ、それは関係ないの」
エアリは、少しだけ顔を赤くする。
「一般的な話。あくまで一般的に考えて
交際期間って最低どれくらい必要なのかな?」
マリレがパンケーキを食べながら答える。
「愛し合ってる場合?」
「……仮にそうなら?」
「最初に会ったとき、運命の人だって
びびっと感じた?」
「仮の話よ」
「じゃあ――」
マリレは、コーヒーを飲んだ。
「これは、あくまで仮の話だけど」
1拍置く。
「2度目に会った、その瞬間から結婚できる」
「ええっ!」
また、ボックス席で笑い声が爆発する。
「きたない!」
マリレが、笑いながらテーブルを叩いている。
「きたないわ、それ!」
「何が?」
「その答え!」
マリレは、大声で笑い続けている。
スピアだけが、笑っていない。
「でも……」
マリレが少しだけ真顔になる。
「現実には、いろいろあるから」
その言葉を聞いて、スピアは少しがっかりする。
エアリも笑う。
けれど、その笑顔の奥では――
夢の中で見た指輪が、まだ光っている。
彼女は、知っている。
ジェシが自分にプロポーズしようとしてることを。
知らないふりをした理由は、ただ1つ。
その未来を、自分の手で壊したくないからだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
中央通り。
秋葉原のメイド法律事務所。
リルラとジェシがオフィスへ入っていく。
2人ともメイド服だ。
法と萌えが
かろうじて同じ建物の中に収まっている。
「だけど、秋葉原って、弁護士が活躍できる街じゃ ないわ」
リルラは、言う。
「でも、他の街では忙しすぎます」
ジェシが答える。
「それなら、ちょうど良いかもね」
リルラは、周囲を見回す。
「コスプレイヤーならともかく
普通の若者には退屈な街だから」
「秋葉原が?」
「まさか」
「大丈夫です」
ジェシは、苦笑する。
リルラが突然、彼女の顔を覗き込む。
「彼氏でもできたの?」
「センセ。裁判の話をしましょう」
ジェシは、先にオフィスへ入る。
「エアリ!」
その瞬間、ジェシの足が止まる。
棒立ちになる。そこにエアリがいる。
「こんにちは」
エアリは、微笑む。
「あら、ジェシ。リルラさんもお元気?」
「エアリ。どうしたの?」
「ちょっと暇だったから」
エアリは、紙袋を掲げた。
「ランチを買ってきたわ。
この前、テリィたんたちがお世話になったから」
「そうだったの?」
リルラが嬉しそうに笑う。
「それは、嬉しいわね」
そして、ジェシを見る。
「ね。優しい街でしょ?」
「……そうですね」
ジェシは、エアリから目を逸らせない。
「さ、チーズバーガーと……」
エアリが紙袋を覗き込む。
「あら、嫌だ。注文を間違えてるわ」
「それは何?」
ジェシが尋ねる。
「野菜と豆ペーストのピタパンだわ」
「私は、ちょっと勘弁ね」
リルラが即答する。
「それに豆のスープ」
「ダメダメ」
リルラは、立ち上がる。
「隣の店に行ってチキンを買ってくるわ。
ジェシは?どーする?」
「いいえ、センセ。これは私がいただきます」
「貴女、弁護士は肉食女子じゃないと
生き残れないわよ」
リルラは、ジェシの肩を軽く叩く。
「すぐ戻るわ」
そう言って、オフィスを出て逝く。
ドアが閉まる。静寂。
2人きり。
窓際には、アレクの亡霊が立っている。
「貴女、なかなかの知能犯ね」
エアリが振り返る。
「ジェシと話がしたかったの」
「センセのオフィスで?」
アレクが口を挟む。
「大胆ね」
エアリは、聞こえないフリをする。
ジェシと向き合う。
1歩。
また1歩。
そして、2人は唇を重ねる。
「Wow……」
窓際で、アレクの亡霊が小さく呟く。
2人は、気づかない。
「話したいことがあるの」
ジェシは、言う。
「私もよ」
「私たちの、この関係を続けるなら――」
エアリは、少しだけ視線を落とす。
「今を大切にしたいと思うの」
「今を?」
「つまり、先のことは考えないことにした」
ジェシは、黙る。
「そう?」
「で、あなたの話は?」
ジェシは、首を横に振る。
「逆よ、エアリ」
その声には、迷いがない。
「私は、明かりをつけて貴女と愛し合いたい」
アレクの亡霊が眉をひそめる。
「……変態かよ」
もちろん、2人には聞こえていない。
ジェシは、続ける。
「こそこそ会うのを、もうやめようってこと」
エアリが顔を上げる。
「出会って数ヶ月だけど……」
ジェシは、エアリをまっすぐ見つめる。
「貴女のこと、全部知った気がする」
エアリの瞳が揺れる。
「大切な人ができて、私は何より誇らしい」
ジェシは、笑う。
「私のこの愛を、世界中に知ってほしいの」
少しだけ息を吸う。
「もう、こそこそするのは嫌」
エアリは、何も言わない。
ただ、ジェシを見つめている。
窓際で、アレクの亡霊が外の秋葉原を眺める。
そして、ぽつりと言う。
「……意外に、良い奴だな」
秋葉原の午後。
メイド法律事務所の窓から差し込む光が
2人の間を照らしている。
まだ、指輪はない。
まだ、プロポーズもない。
けれど。
ジェシはもう、隠れることをやめようとしている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーツ通り。
花屋の前のベンチ。
エアリはひとりで座っている。
秋葉原の朝は、今日も騒がしい。
人が歩き、車が走り、信号が変わる。
けれどエアリは、その全部から取り残されたように
花屋の店先を見つめている。
「私は……呪われている」
1台の車が、目の前を通り過ぎる。
その瞬間。
さっきまで誰も座っていなかった隣の席に
アレクの亡霊が現れる。
「エアリ」
「……」
「そんなこと言うなよ」
「私は呪われているの」
「やめろって」
エアリは、うつむく。
「あなたはどうなの?」
「僕?」
「あなたは、時空テロリストに殺された」
アレクが黙る。
「それだけじゃないわ」
エアリは、指を折るように続ける。
「いい感じだった考古学者のグラド。
宇宙のクラゲみたいなのに食べられちゃった」
「……」
「ほら。私が好きになった人って……
だいたい死ぬのよ」
アレクは、頭を抱える。
「いや、それは……」
「だからジェシも」
「とにかく!」
アレクは、さえぎる。
「ジェシの夢は、あくまでも夢を見ただけだ」
「でも、私にプロポーズしてた」
「夢の中でだろ?」
「指輪まであったわ」
「だから夢だって」
アレクは、溜め息をつく。
「実際には、プロポーズなんてしないさ」
「……」
「寝てるときに
ちょっと頭をかすめただけかもしれない」
「頭をかすめただけで、神田明神で膝をつく?」
「夢なんて、そういうものだろ」
アレクは、ベンチの背もたれに身体を預ける。
「ジェシは軽い気持ちで近づいただけだよ」
「……」
「貴女の考えすぎだよ、エアリ」
エアリは、黙って花屋のショーケースを見る。
色とりどりの花。
どれも、誰かに贈るために咲いている。
「そうかな」
「ああ」
アレクは、笑う。
「夢は、未来の予告編じゃない」
「じゃあ、何?」
「寝てる間に脳が勝手に作る
意味不明な映画だよ」
エアリは、少しだけ笑う。
けれど、その笑顔の奥には
まだ神田明神の光景が残っている。
ジェシが膝をついている。
指輪を差し出している。
そして…
「結婚して」
エアリは、もう一度つぶやく。
「……夢よね」
アレクは、答えない。
死者にも、分からない未来はある。
ただ花屋の前を、春でもないのに、
一輪の花を抱えた少女が通り過ぎていく。
エアリは、その背中を見送る。
そして、まだ知らない。
あの夢が、ただの夢ではなかったことを。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
メイド法律事務所から、ジェシが出て来る。
黒いパンツに、青いシャツ。
メイド服ではないジェシは
少しだけ別の人に見える。
パーツ通りを歩いていく。
その姿を、通りの反対側にあるテーブルから
エアリが見ている。
ジェシが宝石店の前で足を止める。
店内へ入っていく。
エアリの視線が、追いかける。
しばらくして、ジェシが店から出てくる。
小さな紙袋を手にしている。
エアリは、口を半開きにしたまま動かない。
「……まさか」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。パーツ通り。
僕は、ポケットに両手を突っ込み
ミユリさんと歩いている。
秋葉原のネオンが、路面に色を落としている。
ミユリさんは、しばらく黙っている。
そして突然、言う。
「私、アキバを出たいです」
「それで、どうするの?」
「一緒に住みます。……いいでしょ?」
僕は、ミユリさんを見る。
「なぜ?」
ミユリさんは、当たり前のように答える。
「そばにいたいから」
それから、少し考えて、
「今からすぐ、名古屋へ行って部屋を探すの」
「名古屋?」
「大須です」
即答だ。
「私、働きます。世界で初めての御屋敷で」
「ヲタッキーズのみんなは?」
ミユリさんの足が止まる。
「悲しませるよ」
「……」
「だって、メイド協会が悪いんです」
ミユリさんは、少しだけ頬を膨らませる。
「協会は、メイドを悲しませても良いのですか?」
「それは……」
「とにかく、マデラはひどすぎます」
いつものミユリさんだ。
いや。いつものミユリさんより、少し僕に近い。
いや。かなり近い。
「それに」
ミユリさんは、僕を見上げる。
「テリィ様のそばにいなかったら
テリィ様の子供を一緒に探せないわ」
僕は、立ち止まる。
「ミユリさん」
「はい」
「僕たちは、いつも一緒だよ」
ミユリさんの瞳が揺れる。
「いつだって」
僕は、笑う。
「Always」
その瞬間だ。
ミユリさんが両手を僕の首っ玉に回す。
ぎゅっと抱きついてくる。
「ミユリさん……」
「離れません」
耳元で囁く。
「絶対に」
秋葉原の夜。
人々は僕たちの横を通り過ぎていく。
誰も知らない。
メイド協会が決めた距離よりも
僕たちの距離のほうが、ずっと近いことを。
そしてミユリさんは……
もう、僕を離すつもりがない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マチガイダ・サンドウィッチズ。
店の奥。メイド協会のマデラとYUI店長。
向かい合っている。
「彼女を24時間、閉じ込めておく事はできないぞ」
YUI店長が言う。
「ミユリ姉様は、変わってしまったの」
「それはもう、ヲタクじゃないってことだ」
「……リア充ね。それは分かってるわ」
マデラは、視線を落とす。
「だったら、もうやめよう」
「何を?」
「2人を、いつまでもヲタク扱いするのを」
「してないわ」
「今は、まるで犯罪者扱いじゃないか」
マデラの顔が曇る。
「実際、逮捕されたのよ?」
「だから何だ?」
YUI店長は、声を荒らげる。
「信じてあげなよ」
「私は、メイドを守りたいだけよ」
「そうすれば、心が離れていくだけだ」
マデラが顔を上げる。
「……」
「アンタは、ミユリ姉様を追い詰めている」
その会話を、少し離れたところで
ミユリさんがぼんやり聞いている。
何も言わない。
ただ、2人の言葉だけが胸の中に積もっていく。
守る。
追い詰める。
離れる。
どれも、自分のための言葉だ。
だから余計に、苦しい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
駅前コンプレックス。
シネコンの前。
エアリは、アレクの亡霊と並んで立っている。
「いいか?」
アレクが念を押す。
「指輪を出されても、腰を抜かすなよ」
「……」
「半分は冗談だからな」
エアリは、答えない。
「ねえ」
「ん?」
「そばにいて」
アレクは、少し笑う。
「大丈夫さ」
そして、わざと軽く言う。
「きっぱりNOと言うんだ」
エアリは何も答えない。
そのとき。
向こうからジェシが歩いてくる。
エアリの表情が変わる。
ジェシも手を振る。
「てっきり、中で会うものとばかり思ってたわ」
そして周囲を見る。
「外で待ってたら、人に見つかる……」
ジェシは、エアリの顔を見る。
「どうしたの?」
何かがおかしい。
すぐに分かる。
「エアリ?」
エアリは、頑なに目を合わせない。
そして、言う。
「もう、会えないわ」
ジェシの顔から笑顔が消える。
「どうしたの?」
声を潜める。
「誰かに知られた?」
「それは、永遠にない」
エアリは踵を返す。
歩き出す。ジェシが追いつく。
手首を掴む。
「ちょっと待って」
「もう終わりよ」
「いや」
ジェシは、首を振る。
「始まったばかりだ」
「もう会えないわ」
「一体どうしたの?」
ジェシの声が震える。
「訳を話してよ」
エアリは、振り返らない。
「さようなら」
「待って」
ジェシは、手を離さない。
「何があったのかも知らないけど――」
まっすぐエアリを見る。
「私たちは、きっと乗り越えられるわ」
「いいえ」
エアリは、首を横に振る。
「私たちは、別れるしかないの」
「待って」
「なぜなの?」
ジェシの目に涙が浮かぶ。
「ちゃんと説明して」
エアリは目を閉じる。
そして、とうとう口を開く。
「だったら言うわ」
ゆっくりとジェシを見る。
「続けても、意味がないの」
「……」
「私たちは、お互いをダメにするだけ」
「そんなこと」
「私はまだ、永遠の17才なの」
エアリは、自分に言い聞かせるように続ける。
「未来もある。これからなの」
ジェシは、黙って聞いている。
「あなたは、どうして秋葉原にいるの?」
「……」
「秋葉原にいるような人じゃないわ。
お母さんに会いに来て、帰らずにいる」
エアリの声が少しずつ強くなる。
「全国有数の事務所でキャリアを積めば
貴女は、きっと活躍できるはず」
「エアリ……」
「秋葉原にいたら
あなたは将来をフイにするだけよ」
言葉が、刃物のように自分自身を傷つけていく。
「私たちに、未来はないわ」
沈黙。
ジェシは、エアリを見つめる。
「……愛してるのよ、エアリ」
その一言で、エアリの顔が歪む。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
抱きしめたいという顔になる。
けれど、すぐに消す。
「無理よ」
「……」
「諦めて」
エアリは、涙をこらえながら言う。
「お願い」
そして、踵を返す。
今度こそ歩き去っていく。
ジェシは追わない。
ただ、その場に立ち尽くしている。
シネコンの巨大なスクリーン。
恋人たちが幸せそうに笑う映画の予告編が流れる。
その隣で。
現実の恋人たちは、別れようとしている。
少し離れた場所で、アレクの亡霊がつぶやく。
「……エアリ」
誰にも聞こえない声だ。
「それ、ホントに君の答えなのか?」
エアリは、振り返らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カレルは、カーテンを開ける。
窓の外。目の前にエアリが立っている。
泣いている。
「ノックした?」
「いいえ」
「じゃ俺に夜這いをかけてる?」
「いいえ」
「大丈夫か?さぁ中に入って」
窓から入って来るエアリ。
「何かあった?水でも飲むか?座ってほら。
よかったら話を聞くけど」
「仕事に行くんでしょう?」
「いいよ。そんなの。どうした?」
「ジェシと別れた」
軽くのけぞる。
「なぜ?ってか、そもそも付き合ってたのか?」
「彼女を巻き込みたくない」
「何が怖いんだ?彼女が逃げるとでも思ってる?
エアリ。ヲタッキーズの秘密を知ってから
君たちから逃げ出した奴がいるか?
いないだろ? 彼女だってそうさ。
話せばいい。
きっと認めてくれるよ」
「話せない。アレクが死んだ後、
ミユリ姉様とマリレと、
もう誰も巻き込まないと誓ったの」
「だったらもう1回3人で話し合えば良い」
「そうね」
微笑むエアリ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マチガイダ・サンドウィッチズ。
僕は、カウンター席で頭を抱えている。
独り言にしては大きなつぶやき。
「一緒に暮らすのは、無理だわ」
隣りでは、マリレがチキンを頬張っている。
ランチ休憩らしい。
「テリィたん。ミユリ姉様と一緒に住むなら
秋葉原を出なきゃね」
「そうしたら……誘拐だろ?」
僕は、さらに頭を抱える。
「強盗の次は誘拐」
マリレは、チキンを噛みながら楽しそうだ。
「波乱の人生ね」
「笑いゴトじゃないよ」
僕は、カウンター席に座る。
その隣に、マリレが腰を下ろす。
「ゆっくり。焦らない」
「……」
「あら?」
マリレが僕を見る。
「私、早口かしら?」
「いや」
僕は、苦笑する。
「僕とミユリさんだよ。
少し熱くなりすぎてるのかな」
マリレは、ポテトにタバスコを振りかける。
「それが、良いのかもしれないわ」
「そうかな」
「うん」
マリレは、ポテトを口に入れる。
「じゃあ、飲み物は?」
そのとき。
「マリレ!」
へそ出しメイド服のスピアが飛び込んで来る。
「こんなところで何してるの?」
マリレの顔が固まる。
「あっ……」
「何?」
「やばい」
「何が?」
「すっぽかした……」
スピアは、腰に手を当てる。
「ランチを食べるって約束したでしょ」
「今日だっけ?」
「そうよ!」
スピアがため息をつく。
「もっとしっかりしてよ」
「私は、いつもしっかりしているわ」
「そう。またテリィたんと2人で
秋葉原を守る作戦会議をしてたのね?」
「殴る代わりに皮肉?」
マリレは、笑う。
僕は、そろりと席を立つ。
「じゃあな」
僕が消えると、スピアが代わりに
カウンター席へ座る。
「いつまで怒ってるの?」
「そりゃ怒るわよ」
「もう良いでしょ?」
「私は、百合の相手が何処にいたか
いちいち考えなきゃいけないの?」
スピアの言葉に、マリレが少し黙る。
「ずっと家で寝てたの」
「……」
「夜勤だったから。今起きたところ」
「いつもバラバラじゃない」
スピアは、俯いた。
「一緒にいても、いないのと同じだわ」
「スピア……」
「そもそも一緒にいても
私のことを全然考えてないし」
「そんなこと(なくもない)…」
「上の空じゃん」
「ちゃんと考えてるわ」
「そうは思えない」
マリレは、真顔になる。
「2人のために仕事を頑張ってるの」
「……」
「すべて、2人のためにやってる」
マリレの声が少しだけ震えた。
「これ以上、どうしたら良いの?」
スピアは、しばらく黙る。
そして、小さな声で言う。
「私のために、時間を割いてほしい」
「……」
「例えば、明日の夜を楽しみたい」
マリレが顔を上げる。
「デート?」
「そうよ」
少し間を置いて、
「それからお願いだから、シーツを洗って」
「……」
マリレが笑う。
「わかった」
「マジ?」
「土曜は、2人きりで楽しく過ごす」
マリレは、スピアの手を握る。
「約束するわ」
「ちゃんと約束、守れるの?」
「守る」
マリレは、まっすぐスピアを見る。
「必ず」
スピアは、ようやく笑う。
マリレは、立ち上がる。
そして、ため息をつきながら、
キッチンの冷蔵庫へ向かう。
扉に貼られたポストイットが目に入る。
そこには、大きな文字で描かれている。
**『ファミレス対抗 eオリンピック大会』**
その下に
**『Saturday Night』**
「……あああ。hallelujah」
「何なの?」
「何でもない」
マリレは、ヤタラ勢い良く冷蔵庫を開ける。
「何か飲み物、あったかな?」
中を覗き込む。
「ああ」
1本のペットボトルを取り出す。
「あった」
土曜日。
誰かにとっては、2人きりのデート。
誰かにとっては、人生を変えるプロポーズ。
そして誰かにとっては
約束を守るための、ただの夜。
秋葉原の土曜日は、まもなく始まる。
第3章 Saturday Night
カルチャーセンター。
用具室。
棚には楽器やら、イベント用の備品やら。
雑然と並んでいる。
僕とミユリさんは、その隙間にしゃがんでいる。
「マデラと話したら、
きっと分かってもらえると思うんだ」
僕が話す。
ミユリさんは、首を横に振る。
「今は、何を話しても無駄です」
「なぜ?」
「昨日なんか、YUI店長と喧嘩してました」
ミユリさんは、少し笑う。
「それで、ちょっとYUIさんの意外な面
見た気もします」
「どんな?」
「……忘れてください」
「どうして?」
「御心配かけたくありません」
僕は、ミユリさんを見る。
「何もかも背負い込むなよ」
「テリィ様……」
「僕なら平気だから」
そう言って、ミユリさんの手を握る。
「力になるよ」
ミユリさんが僕を見る。
その瞳が、ほんの少しだけ潤む。
そのとき。
ガチャッ。
突然、用具室の扉が開く。
僕たちは、同時にはっと振り向く。
2人ともしゃがんだまま。
しかもミユリさんは
驚いた拍子に僕へ少しのしかかっている。
メイド服のまま。
「……」
扉の向こうに、ラテン語のセンセが立っている。
沈黙。
ミユリさんが慌てて身体を起こす。
「センセ。あの……これは、その……」
センセは、2人を見下ろす。
「人目を忍ぶデートかね?」
「……」
「なぁミユリ姉様」
低い声だ。
「出て行きなさい」
「はい……」
ミユリさんは、小さく頭を下げる。
そして、僕の横をすり抜け用具室を出て逝く。
扉が閉まる。
センセは、僕に向き直る。
「おい」
「はい」
「何やってたんだ」
「話です」
「コンビニ強盗の?」
「……」
「まだ懲りないのか」
センセは、呆れたように首を振る。
そして、扉を開ける。
「まったく……」
そのまま出ていく。
バタン。
1人になった用具室。
僕は、しばらく動けない。
遠くから、カルチャーセンターの時計の音。
Saturday Night。
街では、誰かがデートをしている。
誰かが別れようとしている。
誰かが約束をしている。
そして僕たちは…
用具室で未来について語る。
土曜日の恋は、どうしてこんなに
騒々しいのだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「じゃあ、テリィたんは貴女と住んでるの?」
マチガイダ・サンドウィッチズ。
リルラが何気なく聞く。
エアリは、少しだけ考えてから答える。
「というか、居候ね」
「へえ」
「もともと私は、セフレだし」
YUI店長がコーヒーを吹きそうになる。
「ものは足りてるの?」
「何の話?」
「生活よ」
リルラは、続ける。
「家賃とか、ちゃんと払ってる?」
「……」
「賃貸契約とか」
秋葉原では、噂は光より早い。
そしてマチガイダ・サンドウィッチズでは
その噂がサンドウィッチと一緒に提供される。
リルラとYUI店長は
エアリの話にすっかり食いついている。
「悪いけど」
エアリは、溜め息をつく。
「テリィたんの話ばっかりだけど
今日は聞きたくない気分なの」
「じゃあ、他に何か話題ある?」
YUI店長が言う。
「あるわ」
リルラが答える。
「また弁護士を募集しなきゃ」
エアリが顔を上げる。
「誰か辞めるの?」
「ジェシよ」
空気が変わる。
エアリの手がピタリと止まる。
「……どうして?」
リルラは、不思議そうにエアリを見る。
「オフィスの希望の星だったのに」
「優秀すぎたのよ」
リルラは、コーヒーを飲む。
「大須に戻る」
「大須?名古屋の?」
エアリの声が、わずかに震える。
「事前に聞いてたの?」
「いいえ」
リルラは、首を振る。
「今日、突然辞めたの」
「……」
「彼女らしくないわ」
エアリは、何も言わない。
大須。
その言葉だけが、頭の中で何度も反響する。
ジェシ。
大須。
そして、さっき自分が告げた言葉。
もう会えない。
偶然なのか。
それとも。
「……あ、そうだ」
エアリは、突然立ち上がる。
「私、カルチャーセンターに忘れ物したわ」
リルラが顔を上げる。
「今から?」
「ええ」
エアリは、バッグを手に取る。
「ごめんあそばせ」
そう言って店を出ていく。
ドアが閉まる。
YUI店長がリルラを見る。
「……あの子、何か知ってるんじゃない?」
リルラは、肩をすくめた。
「さあね」
けれど、その顔には笑みがない。
アキバは、何でも知っている。
ただし。
本当に大切なことだけは、
いつも最後まで教えてくれない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
スピアはミユリさんの手元を心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「なんで?」
「だって……」
スピアがミキサーの中を見る。
「カッテージチーズでシェイクを作ってるし」
「……あああああ」
ミユリさんは、ミキサーを止める。
「もうダメだわ」
「ねえ、一体どうしちゃったの?」
ミユリさんは、カウンターに両手をつく。
「もう、ぐちゃぐちゃ」
「テリィたんとのことで、まだ揉めてるわけ?」
「何とかしたいの」
「うん」
「でも……立たないのよ」
スピアが目を丸くする。
「テリィたんが?」
「違うわ」
ミユリは、うつむく。
「役に立たないの」
「テリィたんが?」
「ヤメて。怒るわょ」
「……」
「私が覚悟を決められないのよ」
スピアは、少し考える。
「いっそ寝れば?」
「もうやめて」
ミユリさんは、頭を抱えた。
「息が詰まりそう」
そのときだ。
御屋敷の入口が開く。
空気が変わる。
僕の御帰宅。
店内に緊張が走る。
マデラが飛び出して来る。
「ねえ、ちょっとダメ!」
僕の前に立ち塞がる。
「ちょっと待って。そこで止まって」
「マデラさん」
「テリィたん。貴方は出禁です」
マデラは、入口を指差す。
「ダメよ。御帰宅は許しません」
僕は、そのまま1歩、中へ入る。
「テリィたん!」
マデラは、非難するように指を突き出す。
けれど、僕は止まらない。
「出て行きなさい」
「話し合いたい」
僕は、御屋敷の中を見回す。
「僕は、この御屋敷のオーナーだ」
その言葉で、ホールはさらに静かになる。
誰も喋らない。
カップを置く音すらしない。
マデラが低い声で言った。
「出禁です」
「……」
「出て行かないなら、警察を呼びます」
沈黙。
そのとき。
「マデラ」
奥から声がした。
「話を聞いてあげて」
ミユリさんが出てくる。
「ミユリ姉様?」
マデラが振り返る。
ミユリさんは、僕を見る。
そして、静かに言う。
「テリィ様。出禁です」
胸の奥が痛む。
「……」
マデラが僕の前に立ち塞がる。
「聞いたでしょう?
ミユリさん。万世橋のラギィさんに電話を」
僕は、2人を見る。
そして、ゆっくり息を吐く。
「いいんだ。ミユリさん」
1歩、後ろへ下がる。
「もう行くよ」
僕は、後退する。
けれど、その瞬間。
ミユリさんは、僕とマデラの間に入る。
「ミユリ姉様」
マデラが驚く。
ミユリさんは、何も言わない。
ただ、マデラの前に立ち塞がる。
2人が向かい合う。
互いの目を、じっと覗き込む。
メイド長の座を奪われたメイド。
その座を奪ったメイド。
2人の間にあるのは、規則なのか。
それとも…僕をめぐる、女の意地か。
ホールは、息をすることさえ躊躇うほど
静まり返っている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ジェシの(母親の)家。
エアリは、玄関の前に立っている。
メイド服姿だ。
少しだけ深呼吸する。
そして、チャイムを押す。
扉が開く。
「はい?」
婦人が顔を出す。
「……あの、ラミレさん。こんにちは」
「こんにちは」
エアリは、頭を下げる。
「その……ジェシと、お話ししたいのですが」
少し間を置いて、
「エアリです」
婦人は、エアリの顔を見る。
そして、静かにうなずく。
「さあ、どうぞ」
「どうも」
エアリは、小さく頭を下げ、家の中へ入る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しばらくして。
ジェシの家から、2人が出て来る。
ジェシは、キャミソール姿だ。
エアリと並んで庭を歩く。
広い庭。手入れされた木々。
その木陰に、アレクの亡霊が立っている。
エアリと目が合う。
「すごく綺麗な庭ね」
「母の自慢よ」
ジェシが笑う。
「それは、貴女でしょ」
「え?」
ジェシが少し照れたように笑う。
「いや」
そして、すぐに真顔になる。
「私は期待はずれよ」
「そんなこと」
「ところで」
ジェシがエアリを見る。
「話って何かしら?」
エアリは答えようとして……
ふと、ジェシの手元を見る。
「その前に」
「何?」
「とりあえず、その植木バサミを離してくれる?」
ジェシは、自分の手元を見る。
庭仕事の途中だったのだろう。
大きな植木バサミを握っている。
「ああ」
ジェシは、笑う。
「これ?」
「怖いから」
「確かに」
ジェシは、植木バサミを置く。
エアリは1度、息を吸う。
そして、単刀直入に言う。
「貴女を失いたくない」
ジェシの表情が変わった。
「……」
「別れようと言ったのは、貴女の方だけど」
「そうね」
「でも」
エアリは、ジェシを見る。
「やっぱり、貴女を失いたくない」
ジェシは、何も言わない。
ただ、エアリを抱きしめる。
エアリも腕を回す。
2人は、しばらく、そのままでいる。
言葉よりも先に、互いの体温を確かめる。
やがてジェシが、エアリの耳元で囁く。
「明日、ディナーでもどう?」
エアリが顔を上げる。
「なぜ?」
ジェシは、微笑む。
「お互いの思いを、正直にぶつけ合うために」
「……明日?」
「ええ」
ジェシは、エアリの手を握る。
「明日なら、ちゃんと話せる気がする」
木陰から、2人を見ていたアレクの亡霊が呟く。
「……明日、か」
エアリは、気づかない。
ジェシが、もう1つ何かを決めていることにも。
そして――
庭のどこかで、小さな風鈴が鳴る。
明日の夜。
2人の恋は、言葉をひとつ増やす。
その言葉が、2人の人生を変えることを。
未だ、エアリだけが知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マチガイダ・サンドウィッチズ。
店の奥。
僕とマリレは、
テーブルの上のサッカーゲームに夢中だ。
「そこ!」
「抜け!」
ボールが小さな選手の足元を転がる。
そのとき、エアリが入ってくる。
「ちょっと話があるの」
マリレは、ゲームから目を離さない。
「手短に頼むわ」
「なんだ?」
僕が顔を上げる。
エアリは、2人を見る。
そして。
ゲームのボールを取り上げる。
勝ってたのに。
「おい」
「単刀直入に話すわ」
エアリは、ボールを握ったまま言う。
「どうせ、大したコトじゃないから」
「それ、相談する人の言い方じゃないだろ」
「意見を聞かせて欲しいの」
2人は、黙る。
「聞いてくれる?」
僕とマリレは、顔を見合わせる。
「実は……」
エアリが言う。
「秘密を打ち明けたい相手がいるの」
マリレが眉を上げる。
「それが、大したコトじゃないの?」
僕が聞く。
「誰だ?」
エアリは、答える。
「ジェシ・ラミレ」
「リルラの事務所の?」
「YES」
マリレが身を乗り出す。
「なぜ彼女に話すの?」
「ジェシと親しくなったから」
「親しいって?」
「そうよ」
「え?」
マリレが目を丸くする。
「つまり、エアリは?」
「付き合ってるわ」
「妊娠してるの?」
「ちょっと!」
エアリが真顔で抗議する。
「まだ寝てないわ」
「じゃあ」
僕は、頭をヒネる。
「超能力を使うトコロを見られたとか?」
「いいえ」
「なら、この話はもう続ける必要はない」
「ちょっと待って!」
マリレが割り込む。
「なぜ彼女に話す必要があるの?」
エアリは、ボールを握りしめる。
「必要があるから話したいの」
「……」
「隠し事は、したくない」
エアリの声が少しずつ強くなる。
「彼女には、私は正直でいたいの」
そして、はっきりと宣言する。
「彼女を愛してる」
沈黙。
「隠し事は嫌なの」
マリレは、首を横に振る。
「プライドがズタズタだわ」
「マリレ……」
「恋人と会話するのに
ヲタッキーズの許可が必要なわけ?」
マリレは、立ち上がる。
「少しは私の身になって考えてみてよ」
エアリは、黙る。
マリレは1度、深く息を吸う。
「私も単刀直入に言うわ」
そして、エアリを見る。
「恋人ができたことは、心から祝福する」
「……」
「でも、残念だけど」
マリレは、言う。
「秘密を守って」
そう言い残して、部屋を出て行く。
ドアが閉まる。エアリがため息をつく。
「彼女は、分かってない」
僕は、何も言わない。
「話をしないと、彼女は秋葉原から
出て行ってしまうの」
「いつから付き合ってる?」
「まだ3ヶ月だけど」
エアリは、微笑む。
「でも、彼女のことは十分に分かってる」
「……」
「こんな気持ちになったの、初めてよ」
エアリは、胸元に手を当てる。
「本気で好きなの」
そして、小さく言う。
「諦めたら、この世界線で生きる意味さえ
失ってしまうわ」
僕は、黙って聞いている。
「テリィたんにはミユリ姉様」
エアリは、続ける。
「マリレにはスピア」
「……」
「私も、2人のように大切な人に出会ったの」
僕は、しばらく黙っている。
そして、言う。
「でも、3ヶ月後か6ヶ月後には
別れてるかもしれないんだろう?」
「別れない」
「どうして分かる?」
「ミユリ姉様は、テリィたんに話した」
エアリは、僕を見る。
「なぜ私は話しちゃいけないの?」
僕は、答える。
「今、彼女は後悔してる」
「……」
「僕の人生を壊したと感じてる」
エアリは、少し考える。
「そうだとしても」
顔を上げる。
「姉様との関係は、壊れてないでしょ」
「……」
「今でも、お互いを大切にしてる」
僕は、黙る。
そして、静かに言う。
「よく考えろ」
エアリが僕を見る。
「アレクが死んだとき、お前は誓っただろ」
エアリの表情が変わる。
「これ以上、誰も巻き込まないって」
「……」
「それは、これ以上、
犠牲者を増やしたくなかったからだ」
僕は、言葉を選ぶ。
「エアリが話したら、その瞬間から
彼女の人生は永遠に変わる」
「……」
「それで良いのか?」
エアリは、答えない。
「お前の人生を彼女に押しつけることになる」
「……」
「彼女は一生、親にも言えない秘密を背負い
生きて逝くコトになるかもしれない」
長い沈黙。
僕は、最後に告げる。
「ジェシには、話すな」
エアリが顔を上げる。
「……」
「ジェシを愛してるなら」
僕は、まっすぐにエアリを見る。
「絶対に話すな」
握っていたサッカーゲームのボール。
エアリは、テーブルに置く。
コトン。
小さな音だ。
けれどその音は、明日の夜へ向かって
転がり始めたボールの音だ。
そして明日。
ジェシは、エアリに会う。
何も知らない顔で。
指輪を持って。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
駅前の地下ゲーセン。
インターネット幹線直下にあり
反応速度が素晴らしい。
その片隅にあるスナックコーナー。
マリレとスピアは、向かい合って座っている。
テーブルには、シェイクとオニオンリング。
マリレがストローをくわえる。
「……なんか、考えてたディナーと違うわ」
「え?ツナのチーズ焼き、好きでしょ?」
「そうだけど」
スピアは、オニオンリングをつまむ。
「今日は、そんな気分じゃないの」
「じゃあ、どんな気分なの?」
「ずいぶん大胆な質問ね?」
スピアは、恨めしそうにマリレを見る。
「答えは……」
少し間を置く。
「貴女がシーツを洗ったかどうか
チェックしてからにするわ」
「え?」
「ねぇ私のこと、考えてる?」
「もちろん」
「ほんのちょっとでも?」
マリレは、笑う。
「もう2年になるのに」
スピアが溜め息をつく。
「あなた、全然変わってない」
「ねえ、スピア……」
そのとき。場内アナウンス。
"シュビムワーゲンでお越しのお客様。
駐車場へどうぞ。ライトが付いています"
マリレの顔が変わる。
「あっ」
「どうしたの?」
マリレは、立ち上がる。
「すぐ戻るわ」
「ちょっと」
マリレは、もう走り出している。
取り残されたスピアは、しばらく呆然とする。
やがて。
「……もう」
ストローをくわえる。
チョコシェイクを一口飲む。
ゲーセンの電子音だけが、
2人の隙間を埋めて逝く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻。アキバの高級中華"新秋楼"。
入口近くの待合スペース。
「寒い?空調が効き過ぎ?」
ジェシが聞く。
「少し」
エアリは、肩をすくめる。
今夜のエアリは、いつものメイド服とは違う。
肩を出したデザイン。寄せ上げ。
ジェシの視線が一瞬だけ胸元に落ちる。
エアリは気づいて、少し笑う。
ジェシは何も言わず、自分のブレザーを脱ぐ。
「これを」
「ありがとう」
エアリは、受け取って袖を通す。
ジェシの匂いがする。
それだけで、胸が少し苦しくなる。
「あと、どれくらいかしら」
ジェシが、店員に近づく。
「待ち時間を聞いてくるわ」
「そうね」
ジェシは、店内へ入っていく。
1人になったエアリ。
何気なく、ブレザーのポケットに手を入れる。
指先に、硬いものが触れる。
「……?」
取り出す。小さなケース。
エアリの呼吸が止まる。
ゆっくり開く。
そこにあったのは……
指輪。
「……嘘」
エアリは息を呑む。
昨日、夢の中で見た光景。
神田明神。鳥居。ひざまずくジェシ。
そして。
「結婚して」
夢だと思う。
ただの夢。
けれど今。
その夢と同じものが
自分の手のひらの上にある。
エアリは指輪を見つめる。
ゲーセンでは、誰かが笑っている。
誰かがシェイクを飲んでいる。
そしてこの夜。
1人の女性は、もうすぐ人生を変える言葉を
口にしようとしている。
エアリは、ケースを握りしめる。
「……ジェシ」
胸の奥で、何かが大きく鳴る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
高級中華"新秋楼"。
空席を待つ客で、店内は混み合っている。
天井から赤いぼんぼりがいくつも吊るされている。
その下で、エアリはジェシのブレザーを着て
立っている。
まだ、胸の中には指輪の感触が残っている。
「エアリ!」
ジェシが駆け寄る。
「どうだった?」
「どうやら40分待ちみたい」
「40分……」
「今日はサービスデーなんだって」
ジェシは、少し笑う。
「だから混んでるのね」
「そうなの」
エアリは、答える。
けれど、心ここにあらずだ。
ジェシは、そんなエアリを覗き込む。
「……実はね」
「何?」
「前から行きたかった店があるの」
「へぇ。何のお店?」
「ええ。直会だけど」
「ナヲライ?」
ジェシが笑う。
「"ミョージン"っていう店なの」
その名前を聞いた瞬間。
エアリの胸が、また大きく鳴る。
「すぐ近くなの。歩いて行けるんだけど?」
エアリは、ジェシを見つめる。
夢の中の神田明神。鳥居。そして、指輪。
今度は"ミョージン"。
偶然なのだろうか。
それとも。
「エアリ?」
「……」
「大丈夫?」
エアリは、はっとする。
「あ……ええ」
無理に笑う。
「行きましょう」
ジェシは、安心したように笑う。
「じゃあ、決まりね」
2人は、店を出る。
エアリは、ジェシの少し後ろを歩く。
ブレザーのポケットの中。
そこに、指輪がある。
まるで、心臓がもう1つあるみたいだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
駅前の地下ゲーセン。
スピアは、テーブルに並ぶジャンクフードを
見つめている。
マリレが戻って来る。
「何か食べたいものある?」
「あるわ」
「あら。何?言ってよ。買って来る」
スピアは、目の前のジャンク料理を指差す。
「これ以外のもの」
「……」
マリレは、笑う。
「そんなに嫌?」
「だって、今日のディナーって、コレ?」
「"eオリンピック スペシャルメニュー"よ」
「分かってるけど」
スピアは、うんざりした顔でシェイクを飲む。
そのとき。また、場内アナウンスが響く。
"シュビムワーゲンをお停めのお客様。
駐車場までお願いします"
マリレの動きが止まる。
"トランクが開いております。
また、タイヤもパンクしております"
「……」
スピアを見る。
スピアもマリレを見る。
慌てて、マリレは
テーブルに残ったオニオンリングに視線を落とす。
そして、それを急いで口に放り込む。
「すぐ戻るから」
「え?」
マリレは、立ち上がる。
「ちょっと待って。貴女、一体どこ行くのよ?」
「トイレ」
「……」
「この頃、近いの」
マリレは、真顔で続ける。
「我慢してたの」
スピアは、額に手を当てる。
「はぁ……」
そして、ぼそっとつぶやく。
「何なの?」
マリレは、もう走り出している。
その背中を見送りながら、
スピアは1人、シェイクを飲む。
ゲーセンの巨大モニターでは、2人のキャラが
ゴール直前で激しく競り合っている。
あと少し。
あと1歩。
どちらが先にゴールするのか。
スピアは、画面を見る。
そして、なぜか胸騒ぎ。
「……土曜の夜って、こーゆーものなの?」
赤いネオン管が、ゲームセンターの床に滲む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地下ゲーセン。
「タイヤがパンクで、今度はトランクよ」
マリレは、溜め息をつく。
「ねえ」
隣で青いメイド服の仲間が笑う。
「私たちって、天才だと思わない?」
「次はスクリュー、行くわ」
「やめてよ」
盛り上がる、ファミレスの深夜シフトチーム。
eオリンピック大会のボーリング部門だ。
「マリレ!」
「勝ちたくないの?」
「勝ちたいわよ」
「じゃ、これ」
ナイトシフトの青いメイド服を差し出される。
「着て」
「なんで?急いでデートに戻らないと」
「勝負服だから」
有無を言わせず着せられる。
青いメイド服姿になったマリレは
アーケードゲームの筐体に乗り込む。
「デートは順調?」
仲間が聞く。
「最悪の雰囲気よ」
「やっぱり?」
一同はのけぞって大笑いだ。
「やっと来たか」
そこへ、隣のブースに
ガソリンスタンドの制服姿のカレルが現れる。
両手には、eボウリングの魂……
巨大なボール型の景品2つ。
それを自分の油まみれの作業着の胸に押し当てる。
「どうだ?」
「何が?」
「お前より巨乳だぞ」
「やめて」
「俺に勝てるか?うーん無理だな」
カレルが笑う。
「でも、マリレの出番で大逆転よ」
青いメイド服たちがマリレの肩を叩く。
「いける!」
「マリレ!」
「大丈夫!」
カレルは、高みの見物だ。
「それはありえないね」
「マリレ」
仲間が言う。
「ミスっても愛してるわ」
「ありがとう」
マリレは、深呼吸。
ゲーム画面を見る。
「念のために言っておくけど」
カレルが耳元で囁く。
「妙なパワーは使いっこなしだぞ」
「黙ってて」
マリレは、ゲームに集中する。
全員が画面を見つめる。
マリレがボタンを押す。
ボールが走る。
ピンが……弾け飛ぶ!
「ストライク!」
一瞬の沈黙。そして。
「大逆転!」
歓声が爆発する。
「やったー!」
「マリレ!」
青いメイド服たちが一斉に飛び跳ねる。
拍手。
ハイタッチ。
カレルに小指を立てる。
その喧騒の中。
マリレは、ふと顔を上げる。
少し離れた場所に……
スピアが立っている。
腕を組んで、こちらを見ている。
「……」
瞬時にマリレの顔から笑顔が消える。
「あ」
慌てて青いメイド服を脱ぐ。
「マリレ……何やってんの?あいつ」
すべてを理解した顔だ。
「eオリンピックなのっ」
マリレはダッシュ。
「ごめん!ダブルブッキングしてたの」
「……」
「この人たちとも、貴女とも」
「いいから」
「お願いよ、スピア」
「……黙って」
スピアが制する。
「私が話すから」
2人は、少し離れたベンチに腰掛ける。
「わかった」
マリレがうつむく。
「聞くわ」
スピアは、少し黙ってから言う。
「この間、私は聞き流したけど」
「……」
「エアリが私に言ってたの」
マリレが顔を上げる。
「"あの笑い声はマリレ?"って」
「……」
「私、実は妬いてたの」
スピアは、笑う。
その笑顔は、屈託ない。
「だって、あんな笑い方」
マリレを見る。
「私の前ではしないでしょ?」
「するわ」
「黙って」
スピアは、笑う。
「でも……あんな笑顔、初めて見た」
マリレは、何も言わない。
「あなたは変わったのよ」
「……」
「ガチなヲタ友ができたのね」
「スピア」
「それは、とても大事なことよ」
「どーゆーこと?」
「ヲタクとして生きていく上で」
スピアは、マリレの手を握る。
「あなたを独占しようとした私がバカだった」
「……」
「ヲタ友ができて」
そして、微笑む。
「貴女が幸せなら、私も幸せよ」
マリレの目が潤む。
「貴女を推してる」
「じゃあ……良いの?」
「YES」
スピアは、うなずく。
「もう良いの」
そして、指を1本立てる。
「でも」
「うん?」
「ツナトーストのデートの埋め合わせは
必ずしてちょうだい!」
マリレが笑う。
「ROG」
「それ何よ」
マリレは、スピアの頬にキス。
「ちょっと!」
その瞬間。
「ヒュー!」
「お熱いわぁ!」
「カレル、負けてるぞ!」
「うるさい!」
地下ゲーセンに笑い声が響く。
マリレは、青いメイド服をもう一度着直す。
「さあ、eオリンピック再開よ!」
青い仲間たちが歓声をあげる。
喧騒の中で、スピアは静かに笑っている。
推す、ということは。
推しを、自分のものにすることではない。
推しが、推しの世界を広げて逝くことを
喜びと共に許すことなのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マチガイダ・サンドウィッチズ。
扉が開く。
ミユリが入ってくる。
「いらっしゃい」
YUI店長が顔を上げる。
ミユリさんにカウンター席を薦める。
「何?」
「マデラは、秋葉原メイド協会の会長だ」
YUI店長は、手を止める。
「メイドたちの行動くらい、全部お見通しさ」
「……」
「今夜、こっそり出かけようとしてただろ?」
ミユリさんは、目を伏せる。
「でも今夜は、大人しくしてた方が良いぞ」
「……分かったわ」
少し間を置く。
「マデラも知ってるの?」
「こんなこと知ったら一大事さ」
ミユリさんは考え込む。
「最近、マデラって変よね」
「すごく苦しんでるんだ」
「私のことで?」
YUI店長は、小さく首を横に振る。
「いや」
少し間を置く。
「彼女自身のことでさ」
ミユリさんは、顔を上げる。
「教えて」
YUI店長は、カウンターから出ると
ミユリさんと同じ目の高さまで腰を落とす。
「良いだろう」
2人は、向き合う。
「マデラは若い頃、問題メイドだった」
「問題メイド?」
「いわゆるアバズレ17さ」
YUI店長は苦笑する。
「単車。ディスコ。喧嘩。タバコ」
「……」
「街の男たちともつるんで、盗みまでしてた」
ミユリが目を見開く。
「そんな……」
「でも、恋人がいた」
「恋人?」
「マデラは、その人にマジだった」
YUI店長の声が少し柔らかくなる。
「2人は、すごくお似合いだった」
「……」
「誰もが、2人は結婚すると思ってた」
ミユリさんは、小さく聞く。
「……百合?」
「百合だって、結婚くらいするさ」
ミユリさんは、息を呑む。
「でも、破局したの?」
「待てよ。先を急ぐな」
YUI店長は、首を振る。
「マデラは、その人に詩集を送った」
「それで?」
ミユリさんは、身を乗り出す。
「何があったの?どうしたの?どうなったの?」
YUI店長は、苦笑しながら、静かに言う。
「運転中のことだ」
ミユリの表情が変わる。
「マデラは酔っていた」
「……」
「そして、昭和通りで事故った」
沈黙。
「彼女は死んだ」
ミユリさんは、言葉を失う。
「マデラは、自分のことを一生許せない」
「……」
「これからも、たぶんそうだ」
YUI店長は、ミユリさんを見る。
「そして、今」
1拍置く。
「秋葉原で一番大切なメイドを
また失うんじゃないかと怯えている」
ミユリさんの瞳が揺れる。
「……私?」
YUI店長は、うなずく。
「ミユリ姉様」
静かな声だ。
「貴女のことだ」
ミユリさんは、何も言わない。
ただ、ユックリうなずく。
その顔からは、いつもの笑顔が消えている。
マデラは、自分自身を憎んでいる。
だからこそ。今度こそ、失いたくない。
それが"出禁"という言葉の正体。
ミユリさんは、立ち上がる。
そして、窓の外を見る。
Saturday Night は、未だ終わらない。
テリィ様。
心の中で、その名前を呼ぶ。
「……私、どうすれば?」
同時刻。その問いに答えるように
遠く地下ゲーセンでは、歓声が上がる。
そして。
ジェシとエアリは、神田明神へ向かって歩く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最近、秋葉原で流行っている店がある。
回転直会屋。
精進料理のような禅の雰囲気でありながら
チキンなどの肉も食べられる。
宗教的な制約より、食欲優先なので
インバウンドにも人気の店だ。
そのパウダールーム。
鏡の前に両手をつく。
エアリは、じっと自分の顔を見ている。
「……私は、きっとプロポーズされる」
鏡の中の自分に言う。
「そして私は……」
1度、息を吸う。
「結婚するか、ジェシと別れるしかない」
その背後。
壁に寄りかかっていたアレクの亡霊がつぶやく。
「なんて答える?」
エアリは、鏡から目を離さない。
「分からない」
「彼女を独り占めしたくない?」
「……そう」
「僕は、充実してたよ」
エアリが振り返る。
「君のおかげだ」
「でも」
エアリの声が震える。
「あなたは死んだわ」
アレクは首を横に振る。
「それは、違うな」
「……」
「僕を殺したのは、君じゃない」
エアリは黙っている。
「グラドだってそうだ」
「でも、私が……」
「エアリ」
アレクは、笑う。
「僕はこうして、今でも君に会える」
「……」
「それだけで、僕は嬉しいんだ」
エアリの目に涙が浮かぶ。
「もう、自分を許すべきだよ」
「無理よ」
「じゃあ」
アレクは、少しだけ笑う。
「僕が許すよ」
エアリが顔を上げる。
「僕は、君の一部だから」
そして肩をすくめる。
「これで解決だね」
エアリは、初めて微笑む。
泣きながら。
「……バカ」
「死んでも、ソレ言う?」
鏡の中。
エアリは、自分自身の顔を見る。
少しだけ、昨日までとは違っている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
閉店後の御屋敷。
御主人様方が消えた御屋敷。
昼間とは別の場所のように静まり返っている。
バックヤードでは、マデラが1人
デスクに向かっている。
伝票の山。
メイド協会の書類。
1枚ずつ処理していく。
そこへ。
「マデラ」
振り返る。
メイド服姿のミユリが立っている。
大胆な、へそ出しのメイド服。
「締め作業、手伝おうかしら」
マデラは、一瞬だけ驚く。
そして、微笑む。
「そうね。お願い」
ミユリは、デスクの前まで歩いてくる。
「手伝うわ」
伝票の山を見る。
「……すごい量でしょ?」
「これもメイド長の仕事だし」
ミユリさんは、テーブルに腰掛ける。
そして、思い出したように言う。
「あのときの、まだ残ってる?」
マデラの手が止まる。
「何が?」
「マデラが恋人からもらった詩集」
沈黙。
「読んでみたいな」
マデラは、視線を落とす。
「あれは、もう捨てたわ」
「……」
「大昔の話よ」
ミユリさんは、少し考える。
そして、微笑む。
「それじゃあ」
マデラを見る。
「新しい詩を、御主人様に描いてもらお?」
「……」
「だ・か・ら、メイド、頑張ろ?」
マデラの両目から、突然、涙が溢れる。
ミユリが驚く。
「マデラ?」
マデラは、涙を拭わない。
ただ、ミユリさんを見つめる。
「私にとって」
声が震える。
「貴女が詩なのよ」
ミユリの顔が柔らかくなる。
「……ありがと、マデラ」
マデラは泣きながら笑う。
そして。いつものように片目を閉じる。
ウィンク。
その瞬間。長い間
閉じられていた何かが、静かに開く。
秋葉原の夜は、まだ終わっていない。
そして、エアリの夜も。
もうすぐ、1つの言葉を待っている。
第4章 ミョージンにて
店先には、インバウンド客のために作られた
小さな鳥居が立っている。
最近、秋葉原で人気の回転直会屋"ミョージン"。
精進料理みたいな禅風の料理を回転テーブルから
選んでは食べて、ワインも飲める。
2人は、テーブル席で向き合う。
ジェシがグラスを置く。
「エアリ」
「何?」
エアリは、ピンと背筋を伸ばす。
「ちょっと……言いにくいんだけど」
ジェシもなぜか緊張している。
ワインを1口飲む。
「何?早く言ってよ」
エアリの背筋は、さらに伸びる。
「それじゃあ……」
1度、息を吸う。
「私、もう耐えられない」
「何が?」
「この状態を続けることが出来ないの」
エアリの表情が変わる。
「無理なの」
「ジェシ……」
「貴女と私の人生は、違う方向を向いている。
このままだと、きっと私たちは、
互いに嘘をつき合うわ」
エアリは、ジェシをまっすぐ見る。
「自分の本心をごまかして
何とかうまくいくだろうって。
でも、それはただ先送りにしてるだけ」
「……」
「言ってる意味、分かる?」
エアリは、少し考えてから、静かに言う。
「秋葉原を出たいのね?」
「……」
「リルラにそう言ったのね?」
「違う」
「じゃあ」
ジェシがバッグを見た。
「これは何?」
エアリは、ポケットから取り出したものを
テーブルの上に置く。
指輪。
ジェシの顔が固まる。
「どうして……それを貴女が持っているの?」
「ブレザーに入ってた」
「あ……」
「貴女、怖気づいたの?」
「怖気づく?」
ジェシは、呆然とする。
そして、指輪を見つめる。
「これは、母の指輪よ」
「……え?」
「母から質に入れるよう頼まれたの。
でも、私には出来なかった」
エアリの口が少し開く。
「だけど、鑑定だけはしてもらった。
でも、結局、売れなかったのよ」
「……」
エアリは、完全に固まる。
そして、ゆっくり両手で顔を覆う。
「嫌だ……」
「エアリ?」
「私ったら……本当にどうかしてるわ」
ジェシもようやく事情を理解する。
「私こそ」
「ああっ」
「ブレザーに入れっぱなしだったのね」
「ガチ馬鹿みたい」
「……」
「自分が信じられないわ」
エアリは、テーブルに突っ伏しそうになる。
「穴があったら入りたい……」
ジェシが、クスクス笑い始める。
「まさか」
「……」
「貴女、てっきり私が……」
エアリも笑い始める。
「だって!」
「私が指輪を出してプロポーズすると思ったの?」
「……」
2人は、とうとう声を上げて笑い出す。
張り詰めていた空気は、一気にほどける。
「貴女、それでずっと緊張していたのね?」
「もう、恥ずかしいったらないわ」
エアリは、笑いながら目元を拭う。
「でも……なんだか、ほっとしちゃった」
「マジで?」
「ええ」
少し間を置いて。
「たぶん」
ジェシは笑った。
「実はね」
エアリを見る。
「私がここに来たのは
お互いの思いをぶつけ合うためなの」
エアリがうなずく。
「だから、正直に話すわ」
ジェシは、少しだけ姿勢を正す。
「貴女がこの前言ったことは、99%正しい」
エアリの顔から笑顔が消える。
「私が別れ話をされたとき
貴女が私に言ったこと」
「……」
「私が弁護士としてのキャリアを捨てて
秋葉原に残れば、将来を棒に振ることになる」
ジェシは、静かに続ける。
「まったく、その通りよ」
1拍置く。
「でも、1つだけ違う」
エアリを見る。
「私だってキャリアを積みたい」
「……」
「でも、今の私は」
ジェシは、微笑む。
「貴女と一緒なら、どこにいても、
何をしていても幸せなの」
エアリの目が揺れる。
「貴女みたいな人は
今まで私の前には現れなかった」
ジェシの声が少し震える。
「こんな気持ちになったのは初めて」
そして。
ジェシはエアリの両手を握る。
「だから、勇気を出して言うわ」
エアリは、息を止める。
「聞いて」
ジェシは、まっすぐエアリを見る。
「エアリ」
「……」
「私と結婚して」
エアリの目が泳ぐ。
「ジェシ……」
「うん」
「ダメなの」
ジェシの表情が固まる。
「私は、貴女と同じ気持ちよ」
エアリの声が震える。
「私だって、結婚できたらどんなに良いかと思う」
「……」
「でも、出来ないの」
「……そう」
ジェシは、ゆっくり手を引く。
「ごめんなさい」
「謝らないで」
ジェシは、笑おうとする。
「なんだか……マヌケっぽいわね」
「ジェシ」
「この場で死にたくなった」
「ごめんなさい」
「いいの」
ジェシは、立ち上がる。
「貴女は、謝らなくていい」
バッグを手に取る。
「じゃあ。私は、もう行くわ」
「……」
「さようなら」
ジェシは、店を出て逝く。
エアリは1人、テーブルに残される。
さっきまでジェシが座っていた席。
そこに……アレクの亡霊が座っている。
「何をしてる?」
エアリは、顔を上げない。
「……」
「追え」
「ダメよ」
「追うんだ」
「アレク……」
「このままだと、君はずっと立ち止まったままだ」
エアリは、黙っている。
「彼女なしの人生で、後悔しないのか?」
「……」
「1人ぼっちになるぞ」
エアリがゆっくり顔を上げる。
アレクは、笑う。
「僕は、もういないんだ」
「……」
「だから君は、前へ進むんだ」
エアリの目に涙が浮かぶ。
「僕を乗り越えろ」
「……」
「歩き出さなきゃダメだ」
長い沈黙。
エアリは、微笑む。
「ありがとう」
そして。
「もし男の子が生まれたらアレクって名前にするわ」
アレクの目が丸くなる。
「Wow……」
少し照れたように笑う。
大好きな、あの眼差しだ。
「ありがとう」
そして、いつもの顔で。
「すごく光栄だよ」
エアリを見る。
「さあ」
アレクは、立ち上がる。
「行くんだ」
エアリは、うなずく。
「ええ」
勢いよく立ち上がる。
「――あっ」
皿を下げるワゴンとぶつかる。
フロアに汚れた皿やプラカップが転がる。
「ごめんなさい!」
ワインが床に流れる。
「すみません!どうしよう!」
口だけだ。エアリは、立ち止まらない。
バッグを掴む。店を飛び出す。
外へ。
ヒールを脱ぎ捨てる。
裸足のまま、夜の昭和通りを走る。
練塀町パーク。
真夜中。
ポケットに手を突っ込んだジェシ。
1人、トボトボと歩いている。
「ジェシ!」
振り返る。
「……エアリ?」
エアリは、息を切らしながら駆け寄る。
「待って」
「何?」
「ROG」
「……?」
「良いわ」
「何が?」
エアリは、ジェシの目を見る。
「あなたと結婚する」
ジェシは、言葉を失う。
「エアリ……ガチ?」
「ええ」
エアリは、笑う。
「貴女を誤解させちゃったわ」
「……」
「まるで、貴女にプロポーズさせておいて
私が断ったみたいになった」
「……」
「でも、違うの!」
エアリは、1歩近づく。
「私は、貴女と結婚したい」
ジェシの目に涙が浮かぶ。
「私も、こんなに誰かを愛したのは初めてだから」
エアリは、続ける。
「私は、見かけ通りのメイドじゃない」
ジェシは、黙って聞いている。
「貴女は、まだ私の全てを知らない」
1拍置く。
「でも、いつかそれを知る日が来る」
エアリは、微笑む。
「必ず来る」
そして、少しだけ困った顔をする。
「お願い」
「……」
「ジェシ。黙ってないで。何か言ってょ」
ジェシは、笑う。
「言いたいことは1つだけよ」
「何?」
「私は、この時を待っていた」
エアリの目が潤む。
「……」
「キスしても?」
エアリは、笑う。
「喜んで」
2人は、抱き合う。
そして、熱い誰より熱いキス。
真夜中の練塀町パーク。
遠くで電気街のネオンが瞬く。
「エアリ」
「何?」
「愛してる」
その少し離れたところ。
ブランコの陰に、アレクが立っている。
2人を見つめている。
やがて、その姿が少しずつ薄くなって逝く。
「ありがとう」
エアリが振り返る。
「アレク」
アレクは、微笑む。
小さく手を振る。
「頑張れよ」
エアリは、片手を上げる。
「ええ」
アレクの姿が消える。
真夜中のパークには、もう誰もいない。
エアリは、ジェシを見る。
そして、にっこりと微笑む。
「私も愛してるわ」
ジェシも微笑む。
2人は、手をつないで歩き出す。
Saturday Night へ。
おしまい
今回は、海外ドラマによく登場する"秘密を言えないプロポーズ"をテーマに、秋葉原の一夜の群像劇を描いてみました。アキバ版のアメリカングラフィティです。
海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、すっかりタトゥーだらけの家族インバウンドが増えた秋葉原に当てはめて展開してみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。




