009
決闘というシステムを取り入れるくらいには、この学園の教育方針は実践に傾いている。なによりも卒業要件に殺害が含まれているのだから、そういった授業があるのは自然の理だった。
シキが必須単位を取得したというのは、毎日授業が行われている座学の科目のことだ。定期的に行われる実践の授業には出席しなければならない。
大きな授業の時は、学園外で行われる。もちろん所在など教えてもらえるはずもなく、強制的に眠らされた状態で生徒は運搬される。
おそらく睡眠薬など効かない妖精に対しては、目隠しや遮音のヘッドホンなどをつけたらしいが、そもそも日本の地理に詳しくない妖精は外が見えてもどこにいるかなんて関係なかったであろう。
「おはようございます」
笑顔で起こされたシキがいたのは、小さな島だった。起きたのは道路の上だった。近くに古い建物がいくつかあったが、どれも使われている気配はない。しばらく探索して確信を持ったが、ここは人のいなくなった無人島である。
体育の授業に近い気はするが、格好は制服である。外ポケットにはなにも入っていなかったが、胸ポケットに紙らしきものがある。
シキはそれをアリーにも見えるように開いた。
――アリーって、日本語読めるのかな。
『※人にまで減少した時点で授業は終了』
デカデカと書かれている割には、必要な情報が欠けていた。これは殺し合えということなのだろうけれど、何人死ねばいいのか分からない。また、この島に何人の生徒が運ばれているのかも分からなかった。
紙をよく見ると下の方に小さめの文字で注意書きがあった。
『脱出者は退学と見なす』
退学なんて体のいい言葉を使っているが、死刑ということだ。海に浮きがぷかぷかと浮いているのが見える。おそらくあれを越すと退学になる。
「うーん、困ったなぁ」
一応唯一の持ち物なので、紙は折りたたんで胸ポケットに戻した。
「何が困るのですか?」
「食べ物が配給されてない」
「それは大変ですね」
アリーが大真面目な顔をするから、シキは笑いそうになった。でも笑い事ではない。コイツは人の何倍と食うのだった。
「食糧探しにいきますか……」
ふらふらとシキは立ち上がる。授業の目的は実践であるから、生きるための食糧はそこそこ用意されているだろう。まずはそれを誰かに盗られる前に確保しなければいけない。
周りを見渡す。人影はなかった。シキは奨学生である。不利な場所がスタート地点になっている可能性は大いにあった。
「アリーって食べ物好きでしょ」
「はい」
「匂いで分からないの。こっちに美味しいご飯があるとか」
「わたしは犬じゃないので……」
「そっか」
くだらない質問だった。誰に会ってもいいように、短刀を作り出してからひとまず近くにある民家に入ってみた。普通に食糧があった。次の民家にもあったので、食糧はわりと困らない配分なのかもしれない。まぁ、最悪魚でも釣れば生き残れるだろうとシキは考えている。魚釣りなどしたことはないが。
「さて」
シキは再び思案する。今回どのように立ち回るべきか。すでにシキは卒業要件の五名以上殺害を満たしている。わざわざやることはない。しかし、魔術師は皆死んでしまえと思っている。
最も優先すべきことは生還である。決闘と違い、今回は一対一ではないのだ。あちこちから恨みを買っているシキにはいささか不利な場面である。何人が参加しているかは分からないが、何十人と束になってこられたら多分死ぬ。唯一の救いが、魔術師のプライド的に相手が銃火器などを使ってこないところか。
「アリー、お散歩しようか」
二人で並んでアスファルトがところどころ割れた道路を歩き進めていく。
何にせよ、情報が足りない。何もせず勝手に殺し合ってもらうのも手かもしれないが、あまり他人頼りな行動はしたくない。
「海、綺麗ですね! 泳ぎたいです」
「今度ね」
今度なんておそらくないが予定を先延ばしにする。泳いでるところを襲撃されるなんてたまったもんじゃない。
アリーがちょろちょろ目移りするものだから、リードをつける意味で、シキは彼女の手を握った。
「手を繋ぐなんてデートみたいですね!」
気楽だなぁと思った。でもこののんびりした感じがずっと続けばいいのにとも思った。
そういう願いは受理されないもので、雑木林の方に近づくと一人の男子生徒と遭遇した。声を上げられたら困ると考え、思わず反射で首をかききってしまった。シキがいると広まれば、周りはいったん徒党を組むはずだからだ。
いや、しかし、なにか情報を持っていたかもしれない。惜しいことをしてしまった。男子生徒のポケットを漁る。目ぼしいものはない。
死体を木の陰に隠し、シキたちはお散歩を再開した。
まずは島の広さを知りたいので、なるべく外周を歩くことにした。思っていたより島は広そうだった。魔術師を養成するための実践訓練なのだから当たり前だ。鉄砲でドンパチするよりも広範囲に影響する。
歩き始めて二時間ほどで道路が途切れた。戻るのも億劫なので、道なき道を進むことにした。足場が悪くてもアリーは平然と歩いている。シキはたまに足を踏み外しては、アリーに引き上げられていた。
「まだまだ稽古が必要ですねぇ」
アリーの声色はいつも優しいし、表情は微笑みがデフォルトだが、稽古にいたってはかなりハードでバイオレンスである。決闘よりも生傷が絶えない。だから「稽古」の言葉にシキは顔を暗くした。
足場が悪いところをまた数時間歩く。不思議と人間には会わない。誰もいないことはないと分かってはいても不安になる。
口には出さなかったが、シキは「疲れた」と息を吐いた。
「よくそんな体たらくで一年生き延びましたね」
シキが生き延びられたのは、ただただ人殺しに戸惑いがなかったからだ。それと時の運。
空はもうじき日が暮れそうだった。完全に日が暮れてしまう前に、シキたちは一度休憩を取ることにした。明かりのつけられない夜に眠るのは危険だ。
「誰かが入った形跡はないね」
海側にあった一軒の和民家にシキたちは入る。大きな家具などは置きっぱなしにして引っ越したのだろうか。生活感はないが生活用品はそろえられたあべこべな部屋。
「はぁ、シャワー浴びたい」
海風に晒されて全身がべとついている気がする。不快だった。そんな不快さをおおよそ感じていないだろうアリーが、どこからか毛布を持ってきてシキと一緒にくるまった。埃っぽい。
「休むならさっさと休みましょう。わたしが見張りをしてますので」
妖精は眠らなくても平気らしい。シキからすると、シキが寝ている間にアリーが起きているのは身の危険を感じる行為だった。かと言って、休まないわけにはいかないので毛布とアリーに包まれたまま寝ることにした。
何時間くらい眠っていただろうか……。シキが目を覚ますと、肩の上にころんとアリーの頭が転がっていた。
「おはようございます」
小さな挨拶と共に控えめなキスをされた。このキスは最近できた習慣で、寝起きにアリーがシキの唇にキスをするというシンプルなものだ。魔力云々の話ではない。ただのスキンシップである。
「おはよう」
朝ではない。外は真っ暗である。何時か確認したくても、スマホは持っていないし、腕時計もなかった。星を読むという手がないこともないが、シキにその知識はない。
すり寄ってくるアリーを無視して、シキは周りに気を回す。……人の気配はなかった。
暗闇の中でアリーの手を探る。顔がすぐそこにあるようなので、ここらへんかなと。
「行こうか」
同じ場所に留まり続けるのは危ない。そろそろ移動した方がよい。
靴は履いたままなので、律儀に玄関から出ることはしない。縁側から外に出る。真っ暗だ。
足の裏の感触を確かめながら人工の道路まで出る。この暗闇の中、雑木林に入るのは危険だ。来た道も道路が一時的になくなっているので戻れない。
「絶対いいって言うまで手を離さないでよ」
動き回りがちなアリーに強めに言う。軽い「はーい」が返ってきた。
シキの当面の目標は情報収集である。あんな紙切れ一枚では行動指針を立てられやしない。他の生徒を捕まえて持っている情報を吐かせる。一般生徒や特待生ならば、奨学生のシキよりは有益な情報を持っているはず。
「それにしても人のいない島ですねぇ」
アリーの言う通りだった。昼にたまたま会った男子生徒以外、人の痕跡を見ないのだ。島の逆方向に固まっているのか。生き残り人数イコールクリア条件の時点で、少人数の参加はあり得ない。
「これ、美味しくない……」
現地調達したレーションを齧りながら、アリーは文句を言う。
「食べますか?」
食べかけのレーションが口の前にまで運ばれた。一応一口齧ってみたが、確かに美味しくなかった。カロリーだけは補給できるのだろうけど。
シキの魔力量は桁外れである。そしてそれを隠すような芸当もできない。ある程度訓練した魔術師であれば、簡単に魔力探知で見つけられる。そろそろ頃合いかとシキは考えていた。こちらは夜目が効かないのだから、圧倒的な有利に持ち込める夜を戦場にするはずだ。
夜目が効かないと言えど、別段シキの視力が悪いわけではない。アオイの時のような、よほど地味な魔術でなければ、発動時に光源となる。シキもアリーもそのあたりは見逃さなかった。
シキはアリーの腕を引いたまま、海側ではない方に転がり込む。ジメジメとした土の上。
放たれたのは水だった。ただし、圧力で極限まで圧したもののようで、アスファルトにぶつかった時嫌な音がした。
「物騒だな」
文句を言ってからシキは立ち上がる。離ればなれにならないようにアリーの手を掴む。遮蔽物が少ない海側では不利だ。ひとまず民家を盾にする。挟み撃ちにされていては敵わないが、別方向からなにか飛んでくることはなさそう。
場所が特定されているなら、隠れていても無意味だ。「行こ」とシキはアリーに言う。
方角は覚えた。一点に狙われないよう雑木林の中を歩き進めていく。距離は体感でしか分からなかったけど、大したものではない。
「トラップとか気をつけなくていいのですか?」
「あー。魔術師は基本トラップとか使わないんだよ。この前のが異例だっただけで……。だって魔術師にとって魔術は崇高なものでしょ? それを穢すようなことしないんだよ」
だからアオイの攻撃手段には驚きを覚えた。あんなことしたら学園にいい印象を持たれないからだ。卑怯な手段はここ一年、シキの専売特許だった。
「それに、トラップの仕掛け方なんて授業で習わないしね……」
今にも走り出したい気持ちを抑える。下手に走れば木にぶつかってしまう。
「シキそろそろではないですか」
距離感はアリーの方がしっかりしていたようだ。シキは空いてる右手に投擲用ナイフを出す。茂みが動いた、瞬間、シキはナイフを投げる。投げたら次のナイフを生み出す。
「十時方向と二時方向です」
アリーの指示通り、ナイフを二本投げる。低い呻き声が二つ聞こえた。
「あぁ、逃げてますね」
足音を隠す気配もない。この場から届きそうなところにはナイフを投げたものの、全員には当たらなかった。周辺を探したところ、男子生徒三人、女子生徒二人を見つけた。おそらく最初に標的にした男子生徒は、首をかき切られ死亡していた。つまり、四人の捕虜ができた。
まず、逃げ出さないように全員の足の腱を切った。次に手の動きを封じる。「ふう」と一息吐いたところで尋問の開始だ。しばらくは応戦してこないだろうから、魔術で小さな焚き火を作った。シキでもこれくらいならできる。
アリーが女子生徒のスカートに興味を示していた。女子生徒の場合、制服はスカートとスラックスを選択できる。シキはスラックスを愛用していたので、アリーはスカートを間近で初めて見たのだろう。
「スカートの方がやる時楽じゃないですか?」
シキはアリーを無視した。
一番ぎゃんぎゃんと騒いでいる、長身の男子生徒に目をつけた。あまり触りたくなかったが、シキは男子生徒の頭を強めの力で掴み、視線を合わせる。
「この島には何人が上陸した?」
「…………」
もちろん簡単に答えてくれるわけがなかった。シキはナイフではなく、少しごつめのペンチを出現させる。
魔術師の家庭というのは、どのくらい拷問に対する訓練を受けているのだろうか。とりあえず一本、上の前歯を抜いてみた。
歯医者でもやっていることなのに、男の悲鳴は絶叫だった。思わずシキは耳を塞ぐ。
残る三人の生徒は信じられないという目をこちらに向けている。
「質問が悪かったかな。そんな一日でこの島にいる人数なんて把握できないよね。質問を変えるね。君たちは何人グループなんだ?」
「…………三十一人」
数字を聞いて、そういえばしばらくあそこのアイスを食べていないなと思った。
「それにしても口割るの早いね」
いったんその男から手を離し、隣にいたもう一人の男子に呼びかける。
「今の話、本当?」
聞かれた男子がコクコクと縦に頷いた。
「指揮官は誰? いや、名前言われても分かんないや……。何年目の人? どんな魔術を使うの?」
歯を抜かれるのがそんなに嫌なのか、男子はすぐに情報を喋ってくれた。指揮官は四年目の女子生徒。使用する魔術は炎系統だそうだ。
「そう」
後は何を聞こうか悩み、悩んだ結果、シキは男子生徒二人を刺し殺した。どうせ、何人か死ななければ授業は終わらないのだ。
「ねぇ」
残る女子生徒二人に呼びかける。
「そういえば君たちの拠点ってどこ? ちゃんと話してくれないと、すぐには殺さないよ」
涙が止まらない方を軽く蹴る。
「泣かないでよ。私が悪いみたいじゃないか」
「でも泣いている女の子って可愛くないですか?」
アリーの性癖の片鱗が見えた。アリーは喋りながら、男子生徒の制服のポケットを物色していた。
「シキ!」
サディスト傾向の妖精に呼ばれる。捕虜の二人は地面に転がし、アリーに寄る。
「これを見てください」
それは授業開始時に与えられたメモ書きだった。
「それがどうしたの? 大したこと書いてなかったでしょ」
「シキが持っていた紙よりも、文面が多い気がします」
それは小さな文字だった。おそらく老眼の人には読めない大きさだ。シキは焚き火の光で照らして見る。
『或土式が死んだ場合、死者の数に関係なく授業は終了する』
メモ紙を焚き火の中に放り投げ、そのまま革靴で火を潰し消す。
いきなり視界を失った女子生徒たちは、一体どんな顔をしたのだろう。まさか八つ当たりで思い切り蹴られるとは思っていなかっただろう。
世の中は理不尽だ――




