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006

 暗い校舎内を歩き続けて三時間ほど。時計はてっぺんを回っている。まだまだ時間はあるが、トラップで精神を削られている今、シキは一秒でも早く相手を見つけたい。


 シキたちの現在地は四階。ちょうど階段を上りきったところだ。アリーも見覚えがあるようで反応を示していた。ちなみに昨日アリーが壊した扉は何事もなかったように直っている。魔術というのは便利なものだ。


 音楽室は当たり前のように鍵がかかっている。壊れてなどいない。アリーに開けさせるとトラップが複数発動する可能性があるため、シキが職員室でくすねてきた鍵を使う。決闘中に鍵を盗んではいけないというルールはない。しかし、常識的に考えれば窃盗(せっとう)は犯罪だ。


 シキは鍵を開けながら、自分は悪い人間になったなと思う。この学園に入るまではもちろん人殺しなんてしたことがなかったし、他人の物に勝手に触れることもなかった。真っ当な人間も追い込まれれば殺人鬼になるのだ。いやはや怖い世の中だ。


 音楽室の中は昨日と変わらないように見えた。多少楽器の位置は変わっているだろうが、目立つところはない。懐中電灯の光を右から左、下から上へと動かす。何もないより何かある方が嬉しい。何もないと見逃しているのではと不安になる。


「残りの教室もあと少しか……」


 残る部屋にいてくれればいいのだけれど。いないだろうなとシキの直感は告げていた。シキは端々で音を立てている。近づいてくれば逃げるだろう。シキへの対応策は簡単だ。魔術を使えないシキは遠距離の攻撃手段をほとんど持たないからだ。


 隣の音楽準備室も見た。何もない。準備が間に合わなかったのか? 廊下のトラバサミはあれど他にトラップはない。


 ――と思っていた矢先だった。


 一番最初に感じたのは浮遊感(ふゆうかん)だった。足が空を切ったのである。四階の廊下でだ。


「シキ!」


 アリーが咄嗟(とっさ)に伸ばした手すらも虚空(こくう)を掴んだ。


 かっこつけずに言えば、シキは落下した。重力のまま、真下へ。物理学を専攻しているわけではないので落下速度は分からない。体感で……あっという間に落ちた。一瞬だった。


 先ほど通ってきた三階の廊下に背中から落ち、続いて頭を打って足を打った。高さとして三メートルほどか。体を痛めるには十分な高さだった。


 上を見ると天井がすっぽりとなかった。カラクリは分からないが、魔術なのだろう。


 慌てた様子のアリーが穴から降りてきた。運動神経は良いようで、怪我もなく着地をする。


「大丈夫ですか!?」


 大丈夫なのだろうか。体を起こすがしっかりとダメージが入っているようで、重だるい。心なしか息がし辛い。


 落ちたのが一階分で助かった。いや、打ちどころが悪ければこれでも死ぬやつは死ぬ。


 アリーに体を預けながら、シキは慌てて辺りを見回す。すぐにそれは飛んできた。


 シキは自信のある動体視力と反射神経で、(やり)を斬り落とした。この芸当は槍が一本だからできる。シキの腕は二本しかないので、何本も同時に放られたら対策のしようがない。


 突然のデジャヴだった。浮遊感(ふゆうかん)である。地に足がつかぬ状況。シキは投げ飛ばされていた。ドアごとぶち破り、教室の中に投げ込まれていた。


 殴打(おうだ)した痛みとは別に、体力をガクッと持っていかれる感覚に(おちい)る。先程の槍がアリーに当たった証拠だ。


「シキ!」


 机と椅子が散乱する部屋にアリーが飛び込んできた。妖精だからか、彼女に傷口は見られない。


「怪我してないですか!?」


 している。投げ込まれた時に頭を切ったようで、(おそ)ろしいくらい血が流れている。ただし、意識はしっかりしていた。見た目ほどの傷ではないが、アリーはおたおたしていた。


 シキはアリーを無視して立ち上がる。形勢(けいせい)(くつがえ)すには今しかない。槍は魔術で出したものだろう。学生風情がそうばんばんと撃てるものでもない。多くのトラップといい、術者に負担は掛かっているはずだ。四階には大穴が一つ。上には逃げないだろう。


「アリー、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」



  ◆  ◆  ◆



 その音は突然した。アオイの用意したトラップではない。


 神代葵(カミシロアオイ)は魔力量と魔力操作に秀でた生徒だった。実家は魔術師の家庭であったものの、父親はサラリーマンとして働く家庭だった。お遊びレベルで教えられた魔術がアオイは好きだった。だから親戚の魔術師に教えを乞い、奨学生として学園に入学をした。


 しかし、奨学生とは随分と不利な立ち位置であり、なんとか一年間を生き延びたものの、残りの二年間は絶望的なものだった。


 提案を受けたのは二年目に入った時だった。シキを殺すことができれば、奨学生が抱える負債(ふさい)をなしにしてやると言われた。


 正直、このままでは誰かに殺される。それに奨学生という立場が目立つようになったのは、彼女が暴れるようになったからだ。アオイは提案を受け入れた。



 連戦続きのところに、アオイは持ちうる全てをぶつけることにした。物理的なトラップと魔術で作った道具を掛け合わせる。一番苦労したのは廊下の落とし穴だ。学園側の許可も取り、わざわざ本物の穴を開け、自身が魔術で生み出した偽物の床をセッティングした。


 魔力量的に一階分しか作ることはできなかった。しかし――


――なぜか三階にも、二階にも、一階の床にさえも大穴があいていた。


 音の正体は今目の前にあいた大穴だ。いきなり上から天井が抜け落ちてきた。人間の所業ではない。いくら彼女が〈狂戦士〉(バーサーカー)と言われていても、こんなバカみたいな力はないはず。


 昨日から連れている妖精のせいだろう。金色の目だから間違いない。妖精を使役するなんて話、前代未聞だが目の前で起きているのだから認めるしかない。


 アオイはひとまず考えるのをやめ、防御結界を貼る。その作戦は吉と出たようだ。


 大穴から二人の少女が下りてくる。いや、落ちてきた。妖精が主人を抱えながら、三階分の高さを落ちてきた。


 見とれている間に、妖精から下りたシキがこちらにナイフを投げてきた。アオイは結界でソレを弾く。


「制服ぼろぼろなんだけど、どうしてくれる?」

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