005
シキの五連戦目の相手となったのは、同じ二年目の女子生徒だった。珍しくシキにとっては見知った相手だ。たまたまだった。彼女も奨学生であり、狙われがちな奨学生の中、シキと同じく一年目を生存した猛者。
彼女の名前は、神代葵――カミヨアオイ。青いと音が入っているが、彼女は赤髪だ。シキの記憶に残った一番の印象は髪色かもしれない。魔術師とは世間と懸け離れた存在だから、奇抜な髪色の者は多くいる。しかし、赤というのは珍しい部類だった。
問題なのは、シキが気にしなければならない相手はこの学園の全生徒で、名前を覚えていたからと言って一人の情報を持っているわけではないということ。
決闘は場所指定と時間指定がされる。今回の場所は昨日と同じく校舎。時間は二十一時。
「夜かよ……」
思わず顔をしかめてしまう。シキは特別夜目が利くわけではない。反射神経や動体視力の類は優れていると自負しているが、特異性はない。
シキたちは洗濯物の乾燥を終えると一度自室に戻った。ずぼらなシキでも、洗濯したシーツはきっちりとマットレスに戻す。それからベッドの上に腰を掛けた。倣ったようにアリーも横に座る。
「夜の学校、楽しくないですか?」
この妖精は今世の知識をどこで手に入れてきているんだろうか。
「殺し合いだよ。楽しいわけないよ」
お化けの類は怖くない。妖精がいるくらいなんだから、世の中にお化けもいるだろう。それよりも人間の方がよっぽど怖いとシキは思っている。
「…………」
校舎を見て回りに行くか、アオイについて調べるか。どちらを優先すべきか悩む。
隣に座る金髪少女の顔を見る。わくわく、といった感じだ。
あまり悩んでいても仕方がない。机の上に置いてあるパソコンを開く。こちらももちろん学園の支給品だ。スマホで見るよりは大きな画面で映像を観ることができる。
パソコンに興味を引かれているアリー。邪魔。
決闘のアーカイブはタグ付けれていて、生徒名で絞ることが可能だ。シキはアオイの名前でフィルターをかける。
動画の数はそこそこ多い。さすが奨学生。でもシキには勝らない。それでも全部を観るのは時間的に不可能だ。直近から観ていくべきか。
「アリー。この赤色の髪の人が今夜の対戦相手だよ」
「人間でもこんなに髪の毛真っ赤になるんですね!」
「脱色して染めているだけだよ」
学園内に美容室はある。染めたければ染めてもらえる。
奨学生ということは、何か飛び抜けた能力があるということだ。如何せん、学費が全て免除になるのだから。シキの場合は、ご存知の通り卓越した魔力量だった。これのおかげでアリーを召喚しても生きながらえている。
アオイの場合は何だろうか。奨学生というのは例外なく噂になるものだが……、残念ながらシキには噂の仕入れ先がなかった。
「普通の魔術師に見えますねー」
妖精から「普通」と言われるのだから、レベルは普通より高いのだろう。
何事も器用にこなしているように見える。特化型ではなく、バランス型なのかもしれない。いや、この学園のことだ。バランスが取れているということだけで奨学生として受け入れはしないだろう。何かあるはずだ。
アオイの魔術師としての才を明らかにするよりも先に、シキには気になることがあった。彼女は今見てきた動画の戦い全てで、誰も殺していない。全て最終的に相手が負けを認めて終了となっていた。もちろん、そんな人がいないことはいない。五人すでに殺しているのなら、わざわざ無益な殺生はしないという人間もいる。シキには関係のない話だが。
シキに言わせてみれば、甘い。いつ敵に回るか分からないのだから、殺しておくのがベストだ。本音を言うと、わざわざけしかけてくるやつはうざくてムカつくから殺したい。
「シキ、お腹が空きました」
今日二度目の台詞だった。時計を見ると十三時を回っている。
「そうだね、いったんお昼にしようか」
◆ ◆ ◆
アリーとは意思疎通がしっかり取れるが、かと言ってアリーの意見をアテにできるわけではない。聞いたところ、アリーが人間と接するのは初めてだと言うし、人間が如何に醜い生き物だということを知らない。戦闘においては当分シキの指揮下に置かなければならない。
また、アリーに強い魔法をぶっ放させればいいと思う方もいるかもしれないが、ただでさえ魔力消費の効率が悪いのだ。そんなことしたら、シキの魔力が全て吸われて死んでしまう。
アオイの対策は特に立てられないまま夕方になってしまった。おそらく、動画内での決闘で彼女は本気を出していない。シキよりもよほど魔術師らしい。
負ける気はしていないが、怖くないというのは嘘になる。シキだって体はまともな人間だ。腕が折れれば痛いし、足がもぎれば痛い。痛みに弱いわけではないと思うが、出来れば何度も体験したくはない。ちなみに足がもぎれるくらいならば、治癒魔術師が何事もなかったように治してくれる。生きて帰ればなんとかなる。
「アリーって物理攻撃でも食らえばダメージになるよね?」
「はい。シキの魔力が削られると思います」
人の数百倍の魔力量があるからと言って、小さいところで無駄にしてはいけない。コントロールができていないのだから、下手にゴソッと削れると魔力が暴走しかねない。
隣に座るアリーの顔を掴む。
「なんですかぁ」
人と同じように柔らかい。骨らしきものもある。妖精特有の金色の瞳も、色違い以外は人間と変わらない見た目をしている。
長い髪の毛を乱暴に撫でてみる。
「あはは、くすぐったいです」
頭の形も人のそれだし、髪も上質な髪だった。
アリーの肩に手を置き、胸に耳をつける。ドクン、ドクン、ゆっくりと鼓動が聞こえた。
……アリーの急所も人間と同じと考えてよさそうだ。ただし、人間よりは丈夫であろう。シキの魔力が持つ限りは再生するはずだ。
心臓の音を聞きながら考え事をしていると、急に腕を回された。驚いて顔を上げようとしたが、力が強くて動けない。
「何をする……」
「いや、甘えたいのかなって思いまして」
「違う」
あっさりと解放された。シキの鼓動は少し速くなったが、アリーのは変わらなかった。
「シキ、わたし頑張りますから! 一緒に勝ちましょうね!」
「当たり前だよ」
勝って、生き残ってこの学園を出る。まだまだ死ぬわけにはいかないのだ。
◆ ◆ ◆
二十一時十分前。二十時五十分。
夕方から雨が降ってきたから、校舎まで傘をさしてきた。シキとアリー、二人で一本だ。なぜなら手元に一本しかなかったから。
立会人の教員だけがいた。アオイは別の入り口から入るらしい。
雨が強い。本革のブーツにはよろしくないな、とシキは思った。頑丈さと動きやすさを考慮して半年前から使っているものだった。スニーカーも手軽で悪くはないが、ある程度身を守れるのはこっちだった。
アリーはと言うと、召喚された時、白いワンピースだった。それはいい。本人がスカートの中身を気にしないなら機動性に問題はない。問題だったのは足元で、彼女は裸足だった。急ごしらえではあるが、靴下とスニーカーを調達して履かせたが、結構嫌がられた。
「これ、履いてないとダメですか?」
「ガラスとか踏んだら危ないでしょ」
教員にアリーのことを何か言われるかと思ったが、何も突っ込まれることはなかった。すでに召喚物として認識されているようだ。
ポツポツと傘に当たる雨音が鬱陶しい。校舎内の電気はついていない。つくかも分からない。シキの勘ではつかないとみている。前にも夜に決闘したことがあったが、電気はつかなかった。
「中に入りなさい」
指定された入り口は昇降口だった。入り口で傘をたたみ、傘立てへ入れる。誰にも盗まれないといいな。この雨は明日の昼頃まで降るらしい。
スマホで時刻を確認する。二十一時ちょうど。始まってしまったか。
シキは壁際にある電気のスイッチに手を伸ばす。嫌な予感がした。手を引っ込める。さっき傘立てに入れた傘を取り出し、今度は傘の先でスイッチを押した。ビンゴ。そもそも明かりはつかなかったし、触った瞬間魔術が発動した。小さな爆発だったが傘は壊れた。帰りはどうしよう。
今まで仕掛けてきた奴が本気じゃなかったわけではないが、今回がここ最近の中で鬼門かもしれない。シキの勘が告げている。
「シキ、早く行きましょうよ」
アリーに下手に動かれたくない。しかし、動こうとする彼女を引き止めるほどの腕力はない。シキは「ステイ」と繰り返す。
「アリーは私の後ろをついてきてくれる?」
「まぁ、シキが言うならいいですけど……何かあったらわたしが前に出るでいいですね?」
シキは「うん」と返す。
視線を廊下に移す。校舎の周りの建物も電気が消えているので、中は想像以上に真っ暗だ。非常灯まで壊されている。
「あまり使いたくないんだけど……」
シキは背負っていたリュックから懐中電灯を取り出す。
「その荷物、何が入っているんですか?」
「いろいろ」
毎回持ってきているセットがある。前回は逃げる段階で投げ出した。魔術の嗜みがないシキにとって人類の叡智である道具は必需品である。
廊下を懐中電灯で照らして思わず声が出た。「うわぁ」って。
「何です? これは」
アリーが不用意に触ろうとするから体を張って止める。そこに置かれていたのはトラバサミだったからだ。トラバサミなんてシキも実物を見たことがない。
「踏んづけたら足食われるよ。触らないでね」
罠を一つ一つ運び込むなんて魔術師がやるとは思えない。技術としてはシキが武器を作成するのと同じだろう。だがトラバサミを作るなんて悪趣味だとシキは心の中で笑う。
対戦相手のアオイはどこにいるだろう。廊下のあちこちにはトラバサミが見える。……いるとしたら二階から上だろうか。
校舎は四階建て。渡り廊下を通って別の建物に移ることができるが、昨日のように施錠されていることもある。
罠がトラバサミだけということはあるまい。わざわざ視界の悪い夜を指定してきたのだから、それなりの仕掛けがしてあるとみていい。
魔力探知が苦手な二人。視界と勘に頼るしかなかった。シキは右手に持っていた懐中電灯を左手に持ち替え、空になった右手に刀を出現させる。いつも使う長い刃渡りの刀だった。刃先をトラバサミが置かれていない床に軽く当てる。素材を……ウレタン樹脂系と言っただろうか。刃先でつつくと穴は開きそうだが、さすがに地雷までは埋め込めないだろう。
「行かないんですか?」
昇降口から入って十メートルも進んでいない。シキは覚悟を決めた。とりあえず散策をするしかない。トラバサミを避けつつ、怪しいところは刀で叩いてから歩く。
静かな廊下を進んでいると、ひやりとしたものを首筋に感じ、シキは勢いよく後ろを振り向いた。いたのはいたずらげな顔を浮かべているアリーだった。
「こんな時にやめろ……」
「びっくりしました?」
心臓に悪い。シキはお化け屋敷が得意ではない。お化けが怖いのではない、びっくりする仕掛けが苦手なのだ。普通の女子高校生としての感覚である。
二階に上がる前に渡り廊下の| 《》施錠を確認する。昨日のトラウマだった。本当昨日は肺が千切れるかと思った。
鍵は閉まっていた。フィールドがだだっ広くないのはせめてもの救いか。そもそも、刀を獲物とするシキにとって建物の中は不利なのだが……。
「ついに上へ行くんですね!」
何でコイツはこんなに元気なんだろうと思う。人の魔力で現界しているからだろうか。シキは消耗させられるばかりだ。
階段にはワイヤートラップが設置されていた。あまりにも原始的な策略にシキは驚く。魔術師らしくないからだ。
シキはアリーを連れて一度下がる。トラップから距離を取ったところで、投擲用のナイフを投げた。それがワイヤーに当たると、すぐに小さな爆発が起きた。今の音でシキたちの居場所はバレてしまっただろうが、もしもの時の逃げ道を確保する方が重要だった。
他に階段には目立ったトラップはなかったが、なかったはず。シキは傭兵をやっていたわけではない。普通の女子中学生だったのだ、一年前までは。罠を全て見抜くなどできようがない。
目の前を矢のようなものがすごい速度で通った。文字通り目の前すれすれである。シキは思わず情けない声を出した。
教室側の壁を見る。魔法陣が描かれたプリントが貼ってあった。シキはそれを破り捨てる。
教室の中まで見回りながら進んでいるので、進捗率は低い。このままだと朝になってしまう。決闘は授業時間外と決まりがあるため、このまま膠着状態では引き分けになる。引き分けにももちろんペナルティはある。敗者よりは大分軽いものらしいが……。
後ろを見ると退屈そうに欠伸をしている妖精の姿が見えた。
「緊張感ないね……」
「だって相手の顔が見えないんですもの。やっぱり拳の届く距離にいないとね!」
本当にコイツは妖精なのだろうか。パスが繋がっているから、確かに妖精だということは分かるのだが、言動がらしくない。
「ねぇ、なんか役に立つ魔法とかないの? 妖精なんだから私よりは魔力の使い方上手いでしょ」
妖精は生まれた時から魔法が使えるはずだ。仕組みも魔術よりずっと簡易的と聞いているが……。
「この校舎を爆破する、とかですかね?」
そんな派手なものやられたらシキの魔力が枯渇する。
「もっとこう……スモールなのないの。地味なのでいいから」
「うーん……。花を開花させるとか!」
すごいし意外な魔法だけど、今ここで役立つものではなかった。シキは思わず溜息をついた。情けない。自分が。あれこれ言うが、結局自分が何もできないだけなのだから。
「仕方ない……。とりあえずは今の調子で回ろうか」
止めていた歩を進めたわずか二十秒ほどあとのことだった。
「痛っ!?」
右足に痛みが走った。咄嗟に足をどける。見落とした。小さいが魔法陣が描かれていた。
「大丈夫ですか? シキ、足の裏見せてください」
片足立ちになって、靴のまま裏をアリーに見せる。暗いけど見えるだろうか。
「特に見た目は変わりないみたいです。まだ痛みはありますか?」
「ちょっとズキズキしてる」
嫌な予感がした。多分、毒だ。即効性ではなく遅効性の。魔術を巧みに操れるならば毒の種類を特定し、解毒も可能だろう。そもそも毒の対処は基礎だという。大抵の生徒ならなんとかなるに違いない。シキは不出来なのだ。
毒を食らったとあっては、このままにしておくわけにはいかない。シキはリュックから小さなケースを取り出した。ピルケースである。
「何をするおつもりですか?」
シキの行為に予想ができたのであろう。アリーはバカを見るような顔をした。
カプセルを全部で五つ取り出して、一気に飲み込む。水は持ってきていないし、校舎内の水を飲むのは気が引けたので唾で飲んだ。食道に張り付くような感覚もあるが、気合で唾を飲んでなんとかした。
そう、毒の種類は分からない。それなら手持ちの解毒剤を全部飲むことにしたのだ。多分医療知識のある人がいたら、アホかコイツと思うに違いない。
「……美味しかったですか?」
「とても」
適当な返事をしてからリュックを背負い直す。足の痛みは消えていない。どれかの薬が効くことを祈るしかない。
吐きたい。
シキは思った。水なしで飲んだ行為がよくなかった。知っている。薬を飲む時はコップ一杯のお水を飲みなさいと小さい頃言われた。気持ち悪い。
「大丈夫ですか?」
体調の波が魔力を通じてアリーに伝わっていらしかった。アリーはリュックの隙間から手を入れ、シキの背中を擦る。妖精にも人間みたいな素振りができるものだと感心した。
「リュックはわたしが持ちますよ」
シキは素直にお願いすることにした。
「重いですね。何を詰め込んでいるのですか」
「いろいろとね」
旅行には予備の予備を持っていくタイプなのがシキだ。それなのに水の一本も入れてないとは不覚だった。
小さく息を吸って吐く。行こう。さっさと殺して、ベッドで体を休めよう。




