004
アリーの食べる量を見てから、食堂が食べ放題であることに心底感謝した。五人分は食べているんじゃなかろうか。
食堂は寮のある建物の一階に入っている。ありがたいことに二十四時間営業だ。
なによりもありがたいのが、規約上この建物内での殺生は禁止されている。一応ほかの場所よりも安心して、食事や睡眠が取れるのだ。まぁ、あくまでも規約上の話であって、気に入らないやつをこっそり殺すやつはいる。シキも毎食毒が入ってないか警戒するくらいには気をつけている。
「人間のご飯って美味しいんですね!」
「それはよかった」
それにしても食い過ぎだろうと思う。食べた分が少しでもエネルギーに変換されることを祈りたい。
先に一人前を食べ終えたシキは食堂の中を見回す。少し遅めの時間なので人はまばらだが、明らかにシキたちは避けられている。
基本的にいつも避けられるかいちゃもんをつけられるかの二択なのだが、今日は決闘のことがあったから避けられているらしい。決闘の様子は中継される。殺す瞬間も誰かに見られているのだ。
「シキって友達はいないんですか?」
「何、ヤブから棒に」
「だって、学校とは友人と過ごす場だと聞いていたので……」
「魔術師の学校で刀を振り回すやつに友達ができると思う?」
アリーは沈黙した。失礼なやつだな。シキから見るにアリーも友達が多いタイプには見えない。
「友達なんて環境が変われば変わりますもんね」
下手なフォローだった。しかし、確かに中学生時代までは普通にシキにも同級生の友達がいたのだ。決して友達が多かったわけではないが、休みの日には映画に行ったりクレープを食べたりした。そんな娯楽も一年以上体験していなかった。
生徒には連絡目的でスマホが支給されている。魔術師とは言え、時代は令和だ。ただし、外部のインターネットに繋ぐことはできない。もちろんSNSなんて閲覧も投稿もできない。シキは別にスマホ依存症ではなかったが、友達と連絡が取れないのはいささか不安だった。きっと本来のシキのスマホにはメッセージがきているはずなのだ。……もうとっくに解約されているか。シキは売られたのだ。帰る場所は用意されていない。
「食べ終わった?」
おびただしい量の皿が空になっていることを確認し、驚愕した。本当に一人で食べ切った。小柄な体のどこに吸収されたのだろう。
「デザートってあります?」
心底呆れた。召喚されたばかりだというのに、順応性高過ぎない? 本当に彼女が妖精なのか怪しくも思えるが、魔力の負担具合は本物っぽい。
セルフサービスのアイスを積み上げ、アリーは美味しそうに頬張っている。頭キーンとならないのかな。
魔力消費がエグいとは言え、今日の戦闘においてはシキが対応できない敵を倒してくれた。本当に今日は死ぬ思いだったので助かった。これからも魔力消費抑えめで存分に活躍していただこう。
◆ ◆ ◆
狭い自室に戻り、寝る前にシキはアリーに戦闘スタイルに関わることを確認していた。
「普段から蹴りとかで戦っているの?」
「はい。あとは武器があります」
「武器?」
今日は何も持っているように見えなかった。アリーは「これです」と言って、右手に身長くらいある金の杖を出現させた。素人のシキが見ても魔法の杖であることが分かる。装飾もしてあるし、結構いいやつなのでは?
「これで殴ります」
「は?」
確かに重量はありそうだけど、それで魔法を使うのではないのか。
「わたし……魔法使うのあまり得意じゃないので……直接殴った方が速いんです」
〈狂戦士〉たる所以か。つまり脳筋が二人になっただけだ。面白い。
「白兵戦と洒落込むか」
死ぬ前に殺してなんとかここを出る。当分の目標はこんなところかな。
はぁ、とシキは溜息をつく。気持ち悪さはないものの、倦怠感は続いている。今日は早く寝よう。
シキはベッドに潜り込む。すると当たり前のようにアリーも布団に入ってきた。
「何だよ」
「わたしも寝ようかと思いまして」
「床で寝なよ」
「床はさすがに冷たくて硬いです……」
シキは捨てたはずの良心が痛んだ。
だが……単にシーツも毛布もしばらく洗濯をサボっているのであった。いつだっけな、洗ったの……。元々ズボラな性格でもあるし、春は忙しかった。忙しかったのだから、仕方ない。仕方ないのだが、気になるものである。
「それにこうしていた方が、シキ的には負担が少なくていいのではないですか?」
嫌がるシキを抑え込むようにしてアリーが抱きついてきた。
術者と召喚物の距離が開くと、距離に比例するように魔力の消費量が増える。だから今の体勢が一番理にかなっているのだ。
魔術師たるもの冷静に論理的に動くもの。ただし、シキは魔術師ではない。正確には魔術師ではありたくないと思っている。
「…………」
シキは十七歳らしくなく、自分の体調を優先した。明日は絶対洗濯をするぞと誓い、アリーの温もりを受容した。
◆ ◆ ◆
洗濯は嫌いだ。掃除も嫌いだ。料理も嫌いだ。つまるところシキは家事が嫌いだった。家にいた時は母が全てやってくれていた。学業優秀、スポーツ万能だったシキは母任せでも怒られることはなかった。
いきなり全寮制の学園に放り込まれ、嫌いな家事をしなければならなくなった。
今日は平日だが、シキには関係ない。必須単位をすでに取得している。呑気に授業に出る気はない。
「わぁ回ってますね」
乾燥機に張り付いているアリーは放っておくことにした。シキは置いてある硬い椅子に腰を下ろし、支給品のスマホを取り出した。今日の予定は今のところない。決闘なんていつも急に入るのだからあまり気にしても仕方ない。
「朝も見てましたね、それ。何ですか?」
乾燥機からスマホに興味を示したアリーが後ろから覗いてくる。妖精に電子機器は必要ないだろう。
「わたしにも触らせてください」
「嫌だよ」
メッセージアプリでもいじられたら困る。
「ねぇ、暇です。シキ」
アリーがべたべたとへばりついてくる。うざい。暇と言われてもあと二時間はかかる。下着類もまとめて洗濯したので、ここを離れるわけにはいかない。
「学校とは楽しいところだと聞きました。全然楽しくないです」
「この学校に楽しいところなんてないよ。来るところ間違えたね」
「そんなぁ」
本当に残念そうな声だった。間違って召喚してしまった手前、申し訳ないことをしたなと少しは思う。少しだけ。
「何か楽しいことしましょうよ」
ぐらぐらと体を揺すられる。
「何。楽しいことって」
「セッ、」
「しない」
反応速度には自信があった。シキはアリーの言葉に被せるように否定をする。
「何ですか、もう。体さえあればできる、最大の娯楽だと思いますけど」
事実かどうかは否定しない。シキはしたことがないのだから否定のしようがない。でも事実かどうかを調べる気にもなれなかった。
シキはスマホを操作する。開いたのは動画のアーカイブが残るアプリだった。この学園の専用アプリの一つだ。いや、その言い方はおかしい。このスマホに入っているアプリは全て専用のもので、外部では流通していない。
「何です? 何です?」
その体勢きつくないの? という感じに、私の後ろからスマホを近くで覗くアリー。
「昨日の決闘の映像だよ」
「ほえー。撮ってあるんですか、わざわざ」
「中継されるからね。ついでに残してるんじゃない?」
つまり昨日必死に逃げ回っていたシキの言動が一部始終残っているわけだ。学園内にカメラが配置されているのを見たことがないから、撮影はおそらく魔術でされているのだろう。
「シキ、すごい走ってますね。体力オバケですか」
妖精に言われたくない。
昨日の黒い化け物は、想像通り向こうの男子生徒が召喚したものだった。妖精ではないだろう。召喚儀式を見るに呪詛に近い。呪いに追っかけられていたと思えばいいだろう。
「校舎が決闘の場所になるんですか?」
「なることが多いけど、学園内の敷地だったら寮と図書館を覗いて指定可能だよ。私相手だと隠れ場所が多いところを皆選びがちかな」
「……シキからは決闘を申し込まないのですか」
「私から申し込んでも断られるからね」
決闘は拒否もできる。例外として奨学生は拒否できないが。もちろん全員が拒否をしていたら埒があかないので、拒否をすればペナルティがつく。ほとんどの生徒がシキに挑まれるくらいなら、ペナルティを受け入れて棄権をする。
シキは〈狂戦士〉としての異名の他に、〈卑怯者〉というものがある。魔術での正々堂々とした勝負はせず、様々な小細工を仕掛けることが多いからだ。前回は逃げ回るのに忙しかく何もできなかった。映像を見返して無様だと再認識する。
「過去の映像もあるんですよね」
「あるよ」
「見たいです!」
シキは隠さずに嫌な顔をした。人間は成長する生き物である。昨日の自分より今日の自分の方が成長している、はず。近々の映像は振り返りのため見るが、昔の映像なんて見たくもなかった。
いつだってシキは死線ギリギリだ。魔術に生身の体で挑んでいるのだ、本来ならまだ生きていることがおかしい。そんな死に物狂いな姿をアリーに見られたくない。
「私の映ってない映像ならいいよ」
「シキの映像じゃないと意味がないです」
それもそうだ。術者のことを知りたいと普通に思うだろう。乾燥機が止まるまで約一時間半。まだまだ暇な時間は残っている。
「じゃあいいよ。はい。他のところ押したりしないでね」
「はーい」
前々回の配信を選択して、アリーにスマホを渡す。ちなみにアーカイブの上から十個は全てシキが関わったものだ。最近、やけに決闘を申し込まれることが多い。そんなものだ。誰だって相手が弱っている時に仕掛けたい。それにしても多い気はする。新学期とは平均して少なくなるものなのだ。普通にやることは多いし、様子見の期間でもある。
アリーが肩から降りてくれたので、シキは体を少し縮めて思案する。あまりにも、あまりにもシキが標的にされ過ぎている気がする。とある実習授業で暴れ回ってから、変わり者以外は決闘など申し込んでこなかった。誰だって死にたくない。
「シキ、動画が止まっちゃいました」
「どれ」
停止ボタンが押されただけだった。シキは画面をタップして、思考に戻った。
決闘を拒否できないシキにとって連戦は負担が重い。一応、七日の内五日まで、一日に一戦までと縛りはあるものの五日連続は辛い。昨日で四日連続。おそらく今日もくるだろう。
「はぁ」
気分が重くなって溜息をつく。最近溜息ばかりだ。よくない。
「シキ!」
隣に座っていたアリーのタックルを受ける。遠慮とか配慮というものがない。普通に痛い。
「動画を観ていたらなんか変なものが出てきました! わ、わたし、何も触ってないですよ」
どれどれとアリーを疑いながらスマホを返してもらう。アリーのせいではなかった。
『決闘の申し込みがありました』
乾燥機が終わるまで、まだ一時間以上あった。




